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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
46/109

【閑話】それはとても幸福な【休題】

 甘いの注意。二人の未来を知りたくない方も注意。えっと、ほんのりと何というか……事後? 色気あまりないですけど。

 本編の展開が辛すぎて嫌だ! という方はどうぞ箸休め程度に。

 目が覚めて、リゼはびくりと体を震わせた。心地いい微睡みは一瞬で弾け飛び、リゼの心拍数を一気に跳ね上げる。

 ここにいるのは自分一人だけではないのだという自覚は、リゼの心を簡単に乱す。自分だけのものではない体温がじんわりと伝わる異常さに身を固くすると、知らず回されていた手がするりと動き、リゼは思わず声を上げた。

「ひゃっ」

 慌てて声を上げた口に手をおき、至近距離にいる相手の顔を確認する。

 変わらず安らかな寝息を立てていると知ると、リゼは小さく息を吐いた。それから自分のおかれた状況を理解しようとして、昨夜の記憶を探る。

 探るまでもなく、いつもどおりの日々だったはずだ。それなのに記憶が一切ない。おかしなことに、全くないのだ。

 いつもどおり仕事を持ち帰った彼を寝所で待ち、書類をさばき終わった彼が隣に入ってくるのを労う。それから一日にあったことを報告しあい、眠くなったら寝る。大きなベッドで、まるで包み込まれるようにして眠るその瞬間が、リゼは好きだった。

 たまに違う展開もあるが、大抵はこんなものだろう。

 なのに昨日は寝所に入った記憶もない。なのに自分は何も着ていない。……リゼは今更ながら上掛けを引き寄せた。

 相手が寝ているとはいえ、こんな姿で寝ていたのかと思うととても恥ずかしく思う。

 どんなことがあろうと、たとえ彼とそういうことになったとしても、絶対に着ていた寝間着がないとは、本当に何があったんだろう。くらくらと失っている記憶がリゼを苛んだ。

 何も着ていないのは目の前にいる彼も同様で、しっかりと鍛えられた体が上掛けから覗いて、リゼは目をそらした。

 明るい中で、こんなにはっきりと見たのは初めてだった。気まずさが勝ち、リゼはすかさず違う方向へ体を向けようとした。

 しかし目の前の顔を見て思い止まる。

 眠っているせいで、鳶色の瞳は見えなかったが、端正な顔立ちははっきりと分かる。元々本人が言うほど武骨な顔立ちはしておらず、笑みを浮かべれば途端に甘くなる。

 配色とも相まって、優しい雰囲気さえ醸し出す。王子という優雅さとは無縁だ、というわりに、仕草も立ち振舞いもとても王子然としていた。

 リゼはしばらく状況把握できないことを忘れて見入った。端正ながら女々しくないのは、この眉のせいかと思いながら、恐る恐る指先を当てる。

 通った鼻筋をなぞり、唇にたどりつく。この唇が言葉を紡ぐのだと思うと気恥ずかしい。

「あ、髭」

 男の人なんだなぁと、リゼは再確認した。見たことのない一面を見れた気がして、何だか嬉しくなる。

 しばらくそうしているうちに、視線はさらに下がり首元へと移る。自分とは違うそこを指で撫でながら、さっきまで恥ずかしかったはずの胸元に視線をやった。

 鎖骨から続く、しっかりとした筋肉に指をやろうとした瞬間、手を掴まれた。

「そろそろ、我慢できないんだがな。リゼット」

「ア、アルバート様っ!! お、起きてらしたのですかっ?」

 リゼの顔が見る間に赤く染まったのと同時に、離された手で上掛けを掴み体を反転させる。頭まで上掛けを引き上げると、アルからしっかりと隠れた。

「何でそっちを向く?」

 楽しそうな声に反論しようと口を開いた瞬間、わき腹をさらりと撫でられた。

「そ、そんな。ひゃっ、触らないでください」

「お前から始めたくせに、俺はダメなのか?」

 少しだけ不機嫌そうなアルの声が耳元で響き、リゼはびくりと肩をそびやかせる。そしてイタズラに動き回り、上掛けをはね除けようとするアルの手を掴んで抗議する。

「ただっ、綺麗だと思っていただけです」

「俺もそうだがな」

 アルは抵抗するリゼの手を押さえつけ、腰を引き寄せてから耳元で笑った。布越しではない体温を感じ、リゼは肌を粟立たせる。

 記憶にないはずの昨夜を思い出したように体が戦慄き、いとも簡単に手から力が抜けた。それを感じ取ったアルは、無遠慮に上掛けの中で手を動かし、リゼの肌をなぞった。

「昨日、夜に何があったか、お前知らないんだろうな」

「アルバート様はご存知なのですか?」

 リゼが驚いたように声を上げて、再び体を反転させた。引き寄せられていたせいで、二人の間に距離はなくなり、肌がぴったりと触れ合った。

 それに気付いたアルは気まずそうに視線をそらせたが、当のリゼは全く気がついていないらしい。

 自分が知りたいことに一生懸命なのは昔と変わらず、こんなときにも同様なのかとアルは思わずため息をつきそうになった。

「覚えているも何も、そもそも寝たのは数時間前だしな」

「へ?」

「あー、疲れが残ってないなら何よりだ」

 ぼんっとリゼの顔が赤く染まった。リンゴのように熟れた頬とはまさにこんな感じなのだろう、などと勝手な思いを抱きながら、アルが笑う。

 動揺のあまり全ての思考を止めてしまったらしいリゼを見ながら、アルは謎解きをした。

 何のことはない、昨夜の一部始終だ。張本人にして見れば、記憶がない時点でかなり不安だったが、聞かないわけにもいかずリゼは耳を傾けた。

「酒をな、リゼットが飲んだんだ」

「お酒、ですか?」

「かなりきついやつを一気に煽って、それから俺に向かって『最近、どーしてリゼって呼んでくれないの?』と涙目で聞いてきてな。

まぁ、それが可愛らしくて」

 リゼの顔が一層赤くなっていく。それはアルから聞いた言葉に身に覚えがあったからだ。

 最近全く呼んでくれなくなった愛称を気にしていたのは紛れもなく事実で、リゼは上掛けを口許まで引き上げた。

「だから満足するまで呼んだんだ。結構呼んだな」

「な、何で服っ」

「あー、まぁ、あれだ。据え膳だったんだ。リゼが可愛くてな」

 わざとらしく愛称で呼ぶアルを恨めしそうに見つめ、リゼは涙を浮かべながら昨夜の記憶を探る。

 しかしどんなに努力したところで、酔いさえ残っていない頭にそんなものは欠片も残っていなかった。

 もちろん、最近持っていた小さな不満が解決された自覚もない。愛称を呼んでいたのは、記憶にないアルだと思うと恥ずかしい反面、惜しいとさえ考えてしまう。

「お、覚えていません」

「そうか、残念だな。ところで」

 リゼの目の前にある端正な笑顔に小さな色が混ぜられた。それに気付き、リゼは首を傾げる。何を言われるのか見当もつかない様子だ。

「リゼだって最近、アルと呼ばないだろ? それはいいのか?」

 ぐいっと近くなる鳶色の瞳に、リゼは言葉をなくした。

 優しい色合いのそれに浮かぶのは、いつものような優しさや温かさではない。少年のような無邪気さと、それと相反するようなイタズラ好きの色だ。

 完全にリゼが出す答えを楽しみながら待っていた。

「だって、アルバート様は、アルバート様です」

「そうか。昨日あれだけ『アル』と呼んでいたのは、夜だからか?」

 アルが少しだけ意地悪そうに笑いながら、向かい合うリゼの顎を人差し指で持ち上げた。くすぐるようにリゼの顎の下をなぞり、輪郭を確かめるように撫でる。

「お、ぼえてません」

「そうか。なら繰り返してみるか? 案外、思い出すかもしれないぞ。自分がどんな声で俺を呼ぶか」

 ふわりと浮かべた笑顔は間違いなく優しく、いつもどおり愛しいものに向けられる特別なものだった。

 しかし対照的にリゼの唇をなぞる指先は、リゼが泣いても容赦をしない『夜』のものだ。

 そのことに気がつき、リゼは逃げようとした。しかし次の瞬間にはベッドに縫い付けられるように上から覆い被さられ、リゼは口を開けたり閉じたりを繰り返す他なかった。

「いくらでも、お前が望むように呼ぶ。だからお前も、望むように呼んでくれ。頼むから、敬称などつけるな。悲しいから」

 転がりでた本音を聞き、リゼは大人しく頷いてからアルの頬に手を伸ばした。柔らかみの少ないそこに手のひらを押し付けてから、リゼは口を開く。

「アル」

「何だ」

「愛してます。アルを、愛してるの」

「奇遇だな、俺もリゼを愛してるよ」

 冗談を言うような口調で答えてから、アルはリゼの頬に口づけた。

 裸で交わすには少々幼い、可愛らしい口付けだった。ベッドの中で二人、しばらく笑いあいながら頬に口付けをしあって笑った。

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