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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
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04話 彼女を巻き込んで街へ行こうか

 王子様は王宮から出たことがない?

 とんでもない。一ヶ月に一度の頻度で王宮を抜け出している。たまに彼女を巻き込んで。


 彼女を巻き込んで街へ行こうか ―問題児の自覚なし―


 王宮から出るというのは、難しそうに見えて実は意外と簡単だったりする。

 兄である第一王子に言わせれば、『不可能』であるらしいが、コツとタイミングさえ掴めば最小限の労力で出れたりするのだ。

 まぁ、ここだけの秘密であり、ばれでもしたら部屋に軟禁、なんてこともありえるのだが。

「コツ、と言っても、抜け道を確保するだけなんだが」

 いつもの東屋から程近い、王宮を囲む壁のところで笑う。

 古びて人目にも付きにくいそこは、いくつかレンガが外れるようになっており、恰好の抜け道であった。

 手早く数個外せば、あっという間に人が一人抜けることができる程度の穴ができる。

 ……どうして誰も気付かないのか。不思議でならないのだが、こんなこと考える人間がいないからだろう。

 さて、と最後の確認のため自らの身を見回す。

 服装は貴族の子息達が街へ行くときのものだ。王宮で過ごすときとあまり変わらない気がするも、腰に剣を佩いていれば自然と目立ってしまう。

 どうしたもんか、と思う一方で、そればかりは仕方がないのでそのまま出ようとした。

 まさか剣をおいて行くわけにもいかない。もしものときに自分の身が守れないという事態は、一番避けなければいけないのだ。

「アルバート様!!」

 出ようとレンガに足をかけた瞬間、ぐっと後ろから服を引かれた。

 バランスこそ崩さなかったものの、たたらを踏んで後ろにいる人物に笑いかける。その声を聞き間違えるはずもなかった。

「リゼット。どうかしたか?」

「どうかしたか、ではありません。また抜け出そうとしていらっしゃいましたね?」

 後ろを振り向けば、むっと眉を寄せて怒っている少女がいた。

 意地でも放さない、という決意の表れである手がしっかりと服を握っていている。今日はタイミングが悪かったらしい。

「ちょっと街を視察するだけだ」

「ならばきちんと門から出るべきです。こんなところからではなく。許可をお取りになって」

 言い訳をしようものなら、さらに続くであろうお説教。

 どちらが年上なのか分からなくなってくる。彼女のお説教で街へ行くのを辞めるつもりなんて、全くないわけではあるが。

「アルバート様? 聞いていらっしゃるのですか? あぁ、またこんなところに穴が……。この前他のところを直してもらったばかりなのに」

 前回抜け出すのがばれたときに使用した穴は、翌日にはしっかりと塞がれていた。

 どうやら彼女がその日のうちに知らせていたらしい。迅速すぎる対応だ。

 しかし古い壁にはそんな穴いくらでもあるわけで、数日もしないうちに新しい穴を見つけていた。何せ街へ行くのは、彼女の東屋へ行く次に楽しみにしていることだ。

「リゼットを連れて行けば、同時に二つの楽しみができるわけか」

 思いもよらぬ名案だったが、彼女が賛同してくれるはずもない。

 かくなる上は強行突破だな、と数秒で決心し、彼女の腰に手を回した。初めて抱き上げたときよりも重いのは確かだったが、未だあの頃抱いたイメージを払拭できずにいる。

 弱く、小さく、守ってやらねばならない存在だという思いを、まだ持っていた。

「ちょっ。アルバート様っ。アルっ」

「懐かしいな」

 掬うように抱き上げれば、他のことに気を回す余裕がないらしく、呼び方が昔のものに戻る。いつもそれでいいのに、そんなことを思ってその体を包む。

 そのままスピードを上げて走り出せば、きゅっと小さな手が肩口のところを掴んだ。

 先ほどのように放さない、と決意したようなものではなく、ただ縋りつくように。それが何だか愛しくて、小さく笑った。

「これでお前も共犯だな。リゼット」

「……共犯と言うよりも、被害者です。アルバート様」

 王宮から少し離れてスピードを緩めれば、彼女は拗ねたように横を向いた。

 いつの間にか呼び名も元に戻っていて、それをほんの少し寂しいと感じた。それを表に出すのも嫌で、彼女の乱れた髪を梳いてやることで我慢する。

 さらさらとした手触りのそれを見ていると、自然と笑みが溢れるから不思議だ。

「あの、そろそろ降ろして下さいませんか。もう、『あの頃』の私ではありませんから」

 その言葉に小さく傷ついた自分がいるのは確かだった。

 いつまでもあの頃のままの彼女でいてほしいという思いを、頭から否定された気さえした。確かに、もう彼女は足を挫いて泣いていたあの頃のままではない。

 自分の背に掴まり、懸命にお礼を紡ごうとしていた彼女はもういないのだ。

「そう、だな。リゼットももう、あの頃の俺の年齢も超えているんだな」

 その事実に気付かなかったわけではない。

 見えていなかったわけではない。

 ただ漠然と、変化を認めるのが怖かった。認めてしまえば何かが終わってしまう気がしたんだ。

 彼女を降ろす一瞬前。

 手を放すことに戸惑いを覚えたことは胸に仕舞っておこうと思う。なかったことにしてしまうのがいいのだと自分に言い聞かせて、そっと手を放した。

 心の奥底で、どこか明確には分からないけれど『どこか』で、何かが壊れる音がした。

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