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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
36/109

30.5話 立場と心

 多分名前を覚えてもらえてない、お兄ちゃん視点。ちなみに……私もよく間違えてます。ということで、クライヴ視点。

 出て行ってしまった自分の弟を見つめながら、自然とため息を吐く。隣のレオンも同じようで、苦笑いを抑えないままこちらに視線を寄越していた。

 その視線にこちらも小さな苦笑いで答える。

 分かりやすすぎる我が弟の行動が、何だか心配で愛しかった。自分にはどう足掻いても持てないものを、彼は持っているのだと分かってしまう。

「困った弟だ」

「まぁ、アルですから」

 王子、というその立場は複雑で面倒だ。いくつもの制限に縛られて、自由さえほとんどない。

 まして第一王子である自分の体が弱いのだから、第二王子である彼にも跡取りとしての教育が施されている。

 多分、他の国の第二王子よりは大変な立場に立たされているのだろう。たとえ明日、自分が死んだとしても彼ならやっていけるはずだ。

 普通の学校へ行き、剣術を修めようと、彼はどこまでも跡取り候補なのだ。

 自分が王位についても、補佐役ではなく王としての仕事を分担させられるのだろう。気の毒であると思う反面、心強く思ってしまうのは少し後ろめたかった。

「アルは、気付いていないらしいね」

「優しい方です。自分のせいでリゼットが傷つくところを見たくないのでしょう」

 臆病とは、彼は言わなかった。

「でも、本当は、怖いだけじゃないかな。認めるのが。いや違うな。認めて、離れていかれるのが、だ」

 ぽつりと呟いてしまった言葉に、手遅れだと思いつつ苦い顔をする。

 つい出た本音は零れたまま戻ることもなく、それを分かっているのに手で口を押さえた。分かっていても、口に出してはいけない類のものだったのに。

 それはアルにも言えることであるし、自分にも言えることだからだ。言ってはいけなかったことだと悔やんだ。

「彼は、そんな人間ではありませんよ。何より大切な人間の未来を守りたいという人だ。ご自分の変化に気付けないだけで、気付いたらきっとリゼットのためになることをするでしょう。

それは、私が保証します」

 力強いその言葉に、『それもそうだね』と小さく同意した。

 彼は強い。心の底からそう思う。

 自分より年下で、王族に向いてないのかもしれないと思うような性格で、でもとても優しくて強い。自分の弟はそういう人間だ。

 そういうふうに、周りの人間が育てたのだ。目の前にいる、彼の友人であるレオンもその一人だろう。

「君たちが、手塩にかけて育てた第二王子だ。自分の保身のためだけに、気持ちを認めないということではないのかもしれないね。

でもね、レオン。僕は思うんだけど……。一度自覚してしまえば、恐れを抱くのは当然だと思うんだ」

 それはアルだけではなくって。全ての人に言えることだとは思うけど。

 呟きながら、ぼんやりと弟のことを思い返した。

 彼は優しくて、強くて、とても繊細だ。誰よりも人このことを考える反面、その結果自分が傷つくことがよくある。

 兄の自分が病床にいる間、彼がどれだけ傷ついてきたかは何となく分かっていた。だから、彼がこれ以上傷つくのが怖い。

「強くあろうとするのは、いい考えだと思うよ。実際、そうじゃないと王族なんてやってられない。

だけどね、強くあろうとするのと強いことは違うんだ。リゼットさんが傷つくかどうかはさておき、僕は弟が傷つくのを見てられない」

 庭師の少女を見たのは、何年か前だ。

 ペーターさんが生きていた頃に一度会い、そしてこの一年で再会した。印象は変わらず、最初の頃のまま『可愛らしい女の子』だった。

 好奇心の強そうな目で、聡そうな眼差しで、こちらを見ていたのが印象深い。そしてその印象どおり、彼女は聡かった。

 再び会ったときの礼と口上はすべらかで、緊張の欠片も見えなかった。父と対峙してもそれは変わらず、ただ静かな目であの薬草園のことを語った。

 その彼女が、アルの話が出ると少しだけ動揺したのだ。

 父がどう思ったかは分からないが、近くにいた自分にははっきりとその動揺が伝わった。そして二人っきりで会ったときに確信したのだ。

 『彼女はアルに恋をしているのだ』と。

 身の程知らずとは思わなかったが、随分と辛い選択をしたものだと思った。彼女ならば、他に選びようもあるのに、と。

「傷つかず、手に入れられるものは意外に少ないものですよ。クライヴ様」

「分かっては、いるけどね」

 自覚していない弟と、自覚しつつ隠している彼女。その二人の未来など、自分がどうして計れるだろう。

「『王子の恋人ほど、危険な立場はない』か。確かに事実だ」

 面倒なことこの上ないが、自分たちの交際相手や結婚相手は国の将来さえ左右する。

 花嫁選びを失敗しようものなら、国はたちまち傾いていくのだ。そういう例を、自分はいくつも知っている。

 そしてそうなるつもりはサラサラない。もちろん、父も母も一緒だろう。そしてそれは、弟も例外ではないのだ。不幸なことに。

「恋してないと、一言言えば済んだのにね」

「巻き込みたくないとも、言ってましたね」

 近いうち、彼は自覚することだろう。

 そして、苦しむことだろう。

 彼らの運命がどうなるかは分からないが、どう転がろうとも苦しむことは事実だった。それだけ王子という立場は重くて、色んな制約が立ち塞がるのだ。

 こういうとき、何もしてやれない自分が歯痒かった。彼が一番傷ついているときも、自分は寝ているだけだったから。

「賛成できないのに、傷ついて欲しくないと願う僕が一番臆病者かな」

 立場的に、応援はできない。

 傷つかぬよう、彼女を守ることもそんなにできない。

 父と母が本気になれば、アルも自分も太刀打ちできないことは目に見えていた。それでも、願ってしまうのだ。どうか二人が傷つかぬようにと。

 結ばれることを賛成できないくせに、それでも幸せであるようにと願ってはしまうのだ。どうしようもないことに。

「そういえば、あなたもお優しい方でしたね」

「君には負けるよ」

 ここにも一人、優しい人間がいた。

 アルの影となり、補佐をする彼も、実はとても優しいのだ。普段は色んな言葉や行動で誤魔化されてしまうけど。


 立場と心 ―そのどちらも優先はできない―


 王子という立場を捨ててしまえば、楽になるよとアルには言わないでおこう。彼は躊躇いもなくそれをやってしまいそうな気がした。だから相反する願いを口にする。

 『叶わぬよう』、『幸せであるよう』と。

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