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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
35/109

30話 彼女より大切

 目の前には兄、イスの後ろにはレオン。二人に挟まれて逃げ場がなくなり、思わず肩をすくめた。二人して何がしたいんだ、一体。

 頭を抱えたくなるような光景だった。


 彼女より大切 ―そんな女の子、いるわけない―


「え? リゼってそんなに特例なんですか?」

「そうだよ。だからレオン、簡単に手を出してはダメ。我らが王様もさすがに怒るかもしれないよ」

 始まりは何だったのだろうと思い、思わず額に手をやった。

 仕事をしていると兄が来て、三人でお茶をすることになり、何故かリゼットの話になった。

 兄とレオンの共通点など色々とあるだろうに、狙い済ましたかのようにその話題になった。

 二人して似たような笑顔を浮かべてこちらを見るのだから、地獄以外の何ものでもない。(兄と自分は似ているので、当然のように三人とも似たような容姿になる)

「そうか。リゼってそんなにすごいんですね」

「レオンはリゼットさんのことをそんな風に呼んでるの? 親しいのかな?」

 兄に対してレオンは敬語だ。三人の中で一番年上だからだろうか。物心ついたときから敬語だ。同い年のこちらには、そんなことしないのだが。

「いえいえ、アルほどじゃありませんよ」

「アルも親しいんだったね」

 二人してこちらを見る。

 一人は自分と同じような配色で、自分よりずっと繊細な顔立ちをしている。その瞳に宿るのは、知的に輝く光だった。

 もう一人は自分とよく似た造りの顔立ちで、こちらより少し色素の薄い髪と瞳を持っている。その目は好奇心に満ち溢れていて、こちらから何もかもを聞き出そうとしていた。

 二人して自分と似ているだけに、どこか不気味だ。

「で、リゼットさんに手を出す気はなくなったかな。レオン」

「いやですね。僕だって普通に恋に落ちることだってあるんですよ?」

 同時ににこやかな笑顔を作り出し、お茶に手を出す二人。

 形だけ見れば、穏やかな茶会だが、話している内容は聞いても仕方のないことだ。正直、聞いていて気分のいいものではない。むしろ、腹が立ってくる。

 どうして兄とレオンの会話に、リゼットが入ってくるんだ。親しくないだろ、二人して。

「レオン、リゼットを気安く呼ぶな。そこまで親しくないだろ」

「アルよか親しいわけじゃないけど。でも、アルよりリゼのこと、分かってると思うよ」

 挑戦的な瞳に出会って、ぐっと唇をかみ締めた。

 何が言いたいのか分からず、ただ遠回しに非難されていることは分かった。

 それは兄も同じようで、いつもはのんびりと構えている人が僅かに眉を寄せていた。何が言いたいんだろうか。二人してそんな顔をして。

「何が言いたい、レオン」

「ねぇ、アル。君、本当にリゼットのことを大切に思ってるの?」

 ふざけたような、からかうような声色はなりを潜め、レオンはこちらを向いた。

 『リゼ』から呼び方が直っていて、その瞳は厳しい色を映している。笑い飛ばすにも、無視するにも真剣すぎて、肩を揺らして戸惑った。

 当たり前のことを聞かれた。

 それなのにどうしてか、即答できない自分がいる。

「当たり前だろ。おかしなことを聞くな。リゼットは妹みたいな友人だぞ? 大切以外のどんな言い方が当てはまる?」

 彼女より大切な人なんているわけがない。そんな女性も友人も、いるわけがない。レオンでさえ、及ばないと言ってもいい。

 彼女は大切な友人だ。

 何を悩むことがあると言うんだ。いつもどおりに、これまでどおりに、そう言いさえすればいいはずなのに。

 どうして、声が震えてしまいそうなのか。

「ふーん。大切、ね」

「アルの言う大切は、過保護の同義だね」

 レオンが席を立ち、イスの後ろに回りこむ。

 兄はにっこりと笑ってカップを置いた。過保護だろうか。

 あの細い手首や、頼りない肩、軽い体などを見れば、手を貸してやらなければいけないと思わざるを得ないだろう。彼らは違うんだろうか。

 ――本当に男か? 騎士の心得なんか、習ってないとでも言うつもりか? どうやったって、彼女らは『守るべき』対象だろう。

「違うよ、アル。それは女の子皆が大切っていう話になっちゃう。リゼットが、じゃなくなる」

「聞きたいのは、その大切が彼女だけである理由だよ」

 彼女だけの理由?

 そんなもの、考えたことがなかった。幼い頃会ったからか、アルと呼んでくれたからか。普通に接してくれたから?

 そのどれもが、そうだと言えばそうなのかもしれないと思う理由だった。しかしどれも決定的というわけではなく、あやふやなことは変わらない。

「気付いたら大切だった。それだけだ。二人して何が聞き出したいんだ」

 苛立ったのは二人にか、自分にか。

 逃げるように立ち上がり、部屋を出ようとする。しかし逃げ場である東屋に、この問題の中心である人物がいることを思い出し、再びイスへ座りなおした。

 手を伸ばして取ったカップは生ぬるく、口に入った液体は渋い。眉を寄せて二人を見た。

「君の行動は、まるで恋人への接し方だ。そう思わないのかな。僕もレオンも、それが聞きたかっただけだよ」

「ありえません。そんなものと一緒にしないで下さい、兄上。王子の恋人ほど、危険な立場はないことをご存知のはずだ。

そんなものに、巻き込むつもりはありません」

 このとき、どうして自分の口から『恋愛感情ではない』とは言えなかったのか。

 恋ではないと否定しさえすればいいなんて、思いつきもしなかった。

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