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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
34/109

29話 与えられた資格

 仕事が終わってすぐに向かうのは、もちろん東屋だった。夏の気配がわずかに緩み、少しずつ秋の気配が増してくるのを感じた。


 与えられた資格 ―任せられたのは、二人の形見―


「クライヴ様が、話されたのですか?」

「あのときの驚き具合を教えやりたい」

 リゼットに向かってそう言えば、それはそうですねと静かに納得された。そして東屋の近くで座り込み、こちらに背を向けて土いじりをしていた彼女は立ち上がる。

 彼女はそのまま膝や手についている土を払い落とし、こちらに視線を合わせて首を傾げながら笑った。

 おいてあった水で手を洗い、丁寧に拭いてからこちらに近づいてくる。

「クライヴ様は、私のことをそのように」

「からかわれたぞ」

 むすりと返せば、リゼットは再び笑い『行ってみます?』と続けた。

 それに頷けば、彼女はこちらに手を向ける。小さい手がこちらの手を掴み、ゆっくりと引っ張ってきた。いつもは触れることさえ『恐れ多い』なんて言うのに。

「よく他の人にバレないな」

「他の人にとって私は、祖父の後を追いかけていた幼子のままですからね」

 二年目ですから、本当ならこんな大きな仕事任せられるわけないんですけど。

 リゼットが苦く笑って、歩き出す。東屋から程近い森へ入るには少し歩くので、馬に乗ってくれればよかったと思った。

 それでも緩く繋がった手を見れば、これでもいいかと思ってしまう。

「どうしても、忍びなかったんです。初めは、立ち入り禁止が暗黙の了解だということを知らなくて、ただ壊れた鉢などを直してたんです」

 彼女にしてみれば、その薬草園は小さい頃から出入りしていたところだ。立ち入り禁止で、まして他の人間は場所さえも知らないなどと、思いもしなかったんだろう。

 ただ『祖父にとって、かけがえない場所』。そんな印象しか持っていなかったのだろう。

「だけど、王様に呼ばれて、この薬草園を守る仕事をいただきました。すごく、誇らしかったです」

「そう、か。そうだろうな」

「はい」

 繋いだ手に力を込められて、思わず彼女を覗き込む。彼女は笑って、より一層繋いだ手に力を込めた。それでも全く痛くなくて、笑ってしまった。

「私が継いだのは、祖父の仕事だけではないんだと」

「仕事、だけではない?」

 父が何を思ってリゼットに薬草園を任せたのかは知らない。

 何を思い、王の立ち入りさえ禁ずる権限を与えたのか。それは分からない。

 それだけその薬草園を大切にしているんだろうか。実務一辺倒のあの人にしては珍しい。

「私にとって、この薬草園は祖父の数少ない形見の一つで、それは王様にとっても変わらないんだなと。だから、二人分の形見を任せられているんだと」

 小さな門に手をかけて、彼女は胸を張った。いつもは身分がどうとか、自分には不釣合いだとか、そんなことばかり言うのに。

 この薬草園は、彼女をここまで変える力があるのかと感心した。以前来たときもその物珍しさにあちこちを見回したが、今回もやはりぐるりと辺りを見渡した。

「最初はね、ちょっと迷った。いいのかなって」

 口調が幼くなって、思わず驚く。再会したときにはすでに敬語だったので、なおさらだ。

 その口調は男物の衣にも、特例と称される庭師の肩書きにも似合わない。だけど懐かしいその話し方は、紛れもなく『リゼ』のもので、心の奥に何かを灯した。

 繋いでいない方の手を伸ばし、その頬に触れる。びくりと顔を上げるリゼットに、初めて会ったときの面影を探した。

 いくつも見つけられたのに、どれもあの頃のままではなかった。

「アル、バート……様」

「呼び方までは戻らないか」

 丸くて柔らかいだけだった頬は、いつの間にか年頃の少女らしい色があった。無闇に触れていいものではないのだと自らに言い聞かせる。

 彼女と目が合えば、彼女はふっと視線を下げてこちらから目を外した。伏せられていた目を縁取る睫が、細かく震えている。

「二人分の形見か。責任重大だからな。迷って当然だろう。でも、決めたのはお前だ。やるんだろう?」

「はい、精一杯努めるつもりです」

 するっと繋がれた手が離れた。

 さっきまで強く握っていたはずの彼女が、手から力を抜いたのだと分かる。離された手は何の抵抗もなく体の横で揺れた。

 その手に目をやり、眉を寄せる。

 自分の心の変化に、気付いてしまったのだ。気付くべきではない、その変化を。少し前なら何でもなかったはずなのに。

 手を繋ぐのも、離すのも、大した心情変化はなかったはずだ。自然だと、信じていたから。妹役の彼女と手を繋ごうが、離そうが、それは大きなことではないと思っていた。

 それなのにどうして今更、離したくないと思ってしまったのか。

 その離れてしまった手を、どうしてまた掴まえたいなどと思ってしまったのか。

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