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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
33/109

28話 とりあえず

 仕事が一段落して立ち上がった。うんと体を伸ばし、窓の外を見やる。いつもの東屋は、王宮の方からあまり見えないのが残念で、森が広がる一体にしか視線を向けることができなかった。


 とりあえず ―暇になれば、彼女の事を考えてみたり―


「アル、まだ終わってないよ」

「終わってはいませんが、休憩は必要ですよ、兄上」

 書類を兄の机に置き、侍従の淹れてくれたお茶を手に取る。真面目な兄はペンを持ったまま、こちらを見て苦笑した。

 二十歳を過ぎた男にしては白くて、細い。しかしその頭には、世界各国の知識が入っており、異国の語も話せた。

 勉学の才能は他の追随を許さず、いくら努力しても兄と同じようにできなかった。

 真面目な気質は王から信頼を得ており、病弱であるにも拘らず未だ王位継承権第一位の座を守っている。

 王になりたくないこちらとしては、願ってもない状況だ。今のままの方がありがたい。

「君は要領がいいね、相変わらず。家庭教師が期待したとおりに育ってる。大臣達も感心してたよ」

「そうでしょうか。雑だと王には呆れられましたが」

「そんなことはないだろう? アルはとても優秀だと聞いたよ。剣術の腕も上がっているとか。兄としても鼻が高いな」

 兄がイスから立ち上がり、ソファの隣に座る。一人分沈んだはずだが、レオンが座ったときに比べればあまり沈んだ感じがしなかった。

 この前寝込んだときにまた痩せたか? と心配してしまう。

 口に含んだお茶は、兄の好む茶葉らしい。香りが豊かというわけでもなく、味もどこか控えめだ。口に含んだところでやっと分かるほどの香りは甘く、リゼットの作る茶菓子によく合いそうだ。

「また新しい本を入れたそうですね」

「アルも好きそうだったよ。薬草の本だから、暇になったら行ってみるといい。好きだろう?」

 兄もノースも、書物庫の管理人でさえ、俺が薬草学の本が好きだと誤解している。

 様々な分野の本に手を出すことは事実であるが、薬草に詳しいわけではない。むしろ身近によほど詳しい人間がいるので、知る必要がないとさえ思っている。

 それなのに誤解されるのは、多分持ち出す本がほとんど薬草学の本だからだろう。その本が一人の少女に抱えられていると知っているのは、自分一人だけだ。

 一般にもっと開放すればいいのに、とすごく思う。

「ありがとうございます、後で見ます」

 新しい本が入ったと知れば、彼女はどんな顔をするだろうか。きっと嬉しそうな顔をして、瞳をこれでもかというくらいに輝かせるんだろう。

 抑えきれない好奇心をその顔に映し、そのときばかりは昔のような口調で話す。

 そして稀にだが、『アル』と呼ぶこともある。再会して以来、『アル様』と呼ばれることさえ少ない。『アル』になると、もう皆無といって差し支えない頻度だ。

 『アル』と呼ばれると、無意識の中で自分が未だ『アル』であるということに、喜びを覚える。

 アルバートでもなく、敬称つきでもなく、ただ出会った当時のままの名前。それがどれだけ得がたいものか、彼女は知らない。

 自分たち王族が求めても求めても、滅多に手に入れられないものであると。知らないからこそ、嬉しい。

「最近、よく笑うようになったね。一年前より、ずっといい顔をしてる」

「兄上の体調がよくなったからでしょう」

 彼女と再会する前の夏。兄は重い病に倒れた。

 今度こそ駄目かもしれないと言われた。多分、兄の言うようにあまりいい顔はしていなかっただろう。

 王位継承権が一気に迫ってきた。兄が苦しんでいるときに、後継者がいなくなると騒ぎ始める人たちが嫌で仕方なく、書物庫に篭ることが多くなった。

 兄が回復してもその不信感は治まらず、しばらく仕事も手につかなくなった。今思えば、王族自体への不信感だったのかもしれない。

「去年の秋くらいから、だんだん顔色もよくなった。丁度、あの子が来たくらいだよね」

「は……?」

 確かに元へ戻り始めたのは、去年の秋くらいからだし、そこに不可欠なのは『彼女(リゼット)』だ。だからって何故、兄がその事実を知っているんだ。

「ほら、あの子。ペーターさんところのお孫さんだろ?」

「リゼットの祖父殿を知ってらっしゃるんですか?」

 頭にいくつもの疑問符が浮かぶが、兄は実に清々しく笑った。当たり前じゃないか、と前置きして語り始める。

「あの森の管理人は、大体優秀で経験値もある。当然のように接する機会は色々あっただろう? それに、あの子は特例だよ」

「はい……?」

 暇になって顔を思い浮かべるのは、自分だけのはずだ。話の合間に、何気ない会話に、彼女を結びつけるのは自分だけだと。

 それはどうやら違うらしい。

「先代の王が亡くなっても、ずっと守られ続けてきた『あの』薬草園を任せられた、特例中の特例だ。彼女が許さなければ、たとえ王でもそこには入れない。

まぁ、これを知っているのはごく一部の人間だよ。庭師にいたっては、現在の森の管理人、三人しか知らない」

 君の友人はそこまでの人物だったってこと、アルは知らなかっただろう?

 兄はイタズラを成功させた子供のような顔をして笑った。驚きすぎて声も出ない。

 リゼットがそれまでの力を持っているとは知らなかった。いや、隠していたのだろう。存在は知られているが、正確な位置が秘められている薬草園だから。

 薬草園に行きたいとふと思った。この前行ったときは、そんなこと知らなかったから。

 薬草園に入ることが、そこまで重要なこととは知らず、ただ普通に入ってしまった。

 バレたら父になんと言われるか。王でさえ入るのが許可制なのだから。彼女の顔を思い浮かべて笑った。


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