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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
31/109

26話 一日一目

 部屋へ送っていくまでの道のりをゆっくり歩く。彼女の手を握ったまま、一歩一歩彼女に合わせるようにして。暗闇の中でも、道を違えたりしないように。


 一日一目 ―会えれば満足なんて―


「この辺でいいですよ? わざわざ送っていただかなくったって」

 手を繋いだまま彼女は居心地が悪そうに零す。ずり落ちそうな上着を、繋いでいない方の手で押さえつつ、彼女はこちらを見上げた。

「俺の気が済むんだ。付き合ってくれ」

 手を離す気にはなれず、そのまま小さな宮殿の造りをした官舎の中へ入った。一度か二度ほどしか入ったことのないそこは、元乳母のマリアのいる官舎より古くて狭い。

 年季の入った壁や照明が目に入り、どこか落ち着いた。煌びやかな飾りも何もないけれど、温かくて心地よかった。

「今日は、お会いできないと思っていました」

「そう、だな。今日は忙しかったから」

 建物に入れば、瞬く間に夏の暑さが戻ってくるように感じた。

 彼女が暑くないか確認しようと隣を向けば、案の定額に汗をかいた彼女が見える。手を繋いでいるから余計に暑いのかもしれない。

 じっとりと汗ばんだ手を離せば、少しヒンヤリとした風が手を掠めた。

「脱げばいいだろう? 上着」

「寒いんです」

「……汗、かいてるぞ」

 頑なな口調の、彼女の額を拭ってやる。一瞬身を引いて顔を赤くして、彼女はこちらを見つめた。

 意固地になっている理由はわからなかったが、彼女の顔を見ると説得が難しそうだと分かる。こういう顔をするときは、大抵てこでも動かないのだ。

「アルバート様、もう少し上着を貸してください」

 離したままの代わりに、彼女は両手で上着を掴んだ。

 そこまで言うので、『ほどほどにしておけよ?』と言い聞かせれば、笑顔を返された。最近見ることがなくなっていた満面の笑みが現れ、一瞬体が揺れた。

 幼い頃と変わらない表情なのに、その表情を形作る顔は明らかに違っていた。

「最近、お忙しそうですね」

「一応これでも、優秀な王子だからな」

 もう一つの理由としては、俺を街へ下ろさないようにしているからなのだが、それは言わないことにした。

「東屋に毎日行きたいんだがな」

「お忙しいなら、仕方ないです」

 満面の笑みはもう消えていた。

 淡い大人びた笑顔で、まるでこちらを諭すようなことを言う。しかしその顔が僅かに翳っているような気がして、その頭を引き寄せた。

 彼女の頭が胸に当たる。思ったよりずっと高い体温がじんわりと広がった。その広がる体温とともに感じる感情はなんだろうか。

「俺が毎日行きたいんだ。楽しみを取ってくれるな」

 彼女と会えば、心がひどく落ち着く。

 温かくて、離れがたくなる。

 その安らぎを求めているのか。彼女の栗色の髪を眺めながら考えた。手の下の髪は柔らかい。黙ったまま胸に頭を預けている彼女は今、一体何を考えているんだろうか。

 体を傾けて彼女の顔を覗き込めば、赤い顔のまま固まっているのが見えた。

「リゼット?」

「私だって!」

 急に彼女が顔を上げた。顔を下げている自分と、上げた彼女の距離が一気に縮まった。

 身長差があるのでそんなに近くは感じない。が、動揺したのは事実だ。一方、さっきまで真っ赤だった彼女はそんなことを気にせず口を開く。

 彼女の恥ずかしがる基準が分からない。

「私も、楽しみにしてます」

 何を言い出すかと思えば、と苦笑した。勢い込んで話すから、何を言われるかと思っていたが。

「そうか、それならいいが」

「はい」

 そこでようやく自分たちが、どれほどの距離で会話しているか気付いたらしい。

 少し色が治まったと思った頬に、再び熱が灯る。紫の瞳は大きく見開かれ、次いで目にも止まらぬ速さでその場にしゃがみこんだ。

 耳まで真っ赤になっていて、どうやら勢い込みすぎて気付かなかっただけで、恥ずかしいことではあるらしい。

「す、すみません。あの、色々一生懸命で」

 頬に手を当てて、リゼットは叫ぶように言った。一生懸命なのは、頬を見れば分かった。

「いや、よく伝わったぞ?」

「アルバート様、私をからかってらっしゃいますね?」

 むっとしたような彼女の声に、いや? と否定形で返す。いつの間にか戻っていた空気に、そっと息を吐いた。

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