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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
27/109

23話 小さな戸惑いに襲われる

自分とどことなく似ている容姿。髪さえ染めて、手を加えれば身代わりにさえなる男だ。その男がすぐ目の前で笑っていた。彼女の、すぐ前で。


 小さな戸惑いに襲われる ―胸騒ぎの正体は何だろう―


 似ているのは当然といえば当然で、彼は血の繋がったはとこだ。

 実はそうなんだが、彼女は知らないだろう。有名な貴族以下、少しでも貴族というものに名を連ねていれば、誰でも知っていることだろう。

 呼びかけようと口を開くが、不意に小さなしこりができた。

 呼びかけようと開いた口から声が出ない。何を戸惑う必要があるのか、何を迷う必要があるのか。自分にそう言い聞かせるのに声が出なかった。

「リゼットさん」

 レオンの声が柔らかく、彼女の名を呼んだ。

 周りの人間から、一番よく似ているところとして上げられる『声』だったが、自分の声はあんな声だっただろうか。

 あんなに穏やかに彼女の名を、呼べていただろうか。

 他人の口から出る、自分のものとよく似た声は、それだけで違和感を誘い、落ち着かなくなる。

 どうして彼がここへ?

「……で、……?」

「いえ」

 遠くて言葉を聞き逃す。

 よく聞こえずに苛立つのに、どうしてか足が動かずに立ち尽くした。体が鉛のように重くて、何もできなくなっている。

 唯一動いているのは、ゆらゆら揺れて動揺を顕わにする自らの心だけだ。何故揺れているのか、どうしてこんなに動揺してしまうのか、よく分からなくなってしまった。

「……リゼ」

 しかし、戸惑いも迷いも動揺さえ、レオンが発した一言で吹き飛んだ。

 それでその正体に気づいた。取られるとでも思ったのだろうか。大切な友人を、レオンの毒牙にかけるのは嫌すぎる。

 彼女は誰より幸せになってほしいのだ。何よりも大切なのだから、この心ももっともだろう。――無理やりに見える言い訳(それ)を見ないようにした。

「レオン、いい度胸だな」

「何が? 君は今日来れないっていうことを伝えに来ただけだけど?」

 レオンはなんとも楽しそうに笑う。

 その笑顔が腹立たしく、足早に彼の元へ行き、リゼットの肩に手をかけた。握る一瞬前に、その線の細さで力を込めるのを戸惑わされる。

 しかしそれを押し殺してこちらへ引き倒す。予想以上に彼女の体はこちらへ傾いた。罪悪感とともに彼女の腰を支える。

「あ、アルバート様」

「すまないな、リゼット。この馬鹿の相手なんてさせて」

 こちらの胸に頭を持たせかけたリゼットは、焦ったように体を起き上がらせた。

 赤くなった頬が彼女の動揺を顕著に表している。それに目を細めていたかったが、いかんせん目の前にはまだ例の馬鹿がいる。

 ちらっと視線を上げれば、にこっといい笑顔が返ってきた。リゼットを思いの外気に入ったか?

「レオン、お前」

「気になったんだから、仕方ないでしょ?」

 少し離れたリゼットに、その『いい笑顔』を向けてレオンは腕を組む。

 彼女は少しだけ気まずそうに視線を逸らし、レオンからの笑顔を流した。万人が虜になるとまで言われる、あの『笑顔』をだ。

 その行為に何故だか安心感を覚えた。

 どれだけ妹役の彼女を取られたくないのだろうか。

「ノースが呼んでたぞ。さっさと帰れ。で、二度と来るな」

「またお説教かぁ。どうしてさぼったのがばれたのやら」

 『二度と来るな』という言葉への反論はなかった。どちらかといえば、聞こえないふりをしているという方が正しいか。

 念押ししようと口を開けば、レオンはくるりと踵を返した。

「父が卒倒しないうちに帰るよ。じゃぁね。リゼ」

 『リゼ』と彼がリゼットのことを呼んだ。家族以外の人に呼ばれたことがないと、幼い日少しだけ恥ずかしそうにしていたことを思い出す。

 それなのに、レオンはリゼットのことをその愛称で呼び、リゼットはそれを拒絶しなかった。ただ顔を赤くして、レオンの方を見る。

 どうしてそんな目で、奴を見る?

「馴れ馴れしく呼ぶな」

「僕の勝手でしょ、どう呼ぼうが。リゼは嫌がってないし」

 大貴族の息子に呼び方が嫌だと言えるわけないだろう。

 彼女は自分たちよりよほど色んなことを弁えているし、気を遣える。そんな彼女が名門、ハノーバー家の長男に逆らえるはずもない。

 レオンの性格を知らないならなおさらだ。それはレオンにも言えるか。レオンも彼女の性格を知らない。

「アル、それならアルがその最たるをいくんじゃない?」

「は……?」

 気付かない、わけではなかった。

 だけど無意識に目を背けていた。考えないようにしていた。実は自分の言葉こそ、彼女を縛り付ける何よりのものなのだと。

 自分の言葉にこそ、彼女は逆らうことができないのだと。考えたくないその事実を、友人によって突きつけられた。

 そして自分は、それを跳ね返すだけの根拠もなく、その言葉を受け取るしかなかった。

 王子の言葉に、逆らえる少女ではないのだ。リゼットは。

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