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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
23/109

20話 冬になれば

 暑い日差しに目を細め、足早に東屋へ入る。日陰に入ったことで多少涼しくはなったが、未だ暑さは和らがない。雫になって落ちる汗を拭って、腰を下ろした。


 冬になれば ―会えないかも、なんて―


「それにしても暑いな」

「そうですね、この地域は毎年」

 植物を育てる彼女は、気候にも詳しい。

 我が国は南に海があるものの、ここ王都は大陸の中だ。元々国境の北、東、西は陸続きなので、国土のほとんどが内陸の気候に属するらしい。

 昼夜、夏冬の温度差が大きいと言われている。海側では気候が変わるらしいが、詳しくは知らない。

 しかしそこは王都より遠く離れているだけあって、ここより穏やかな気候変化をするらしい。いつか行ってみたいと口に出せば、リゼットに昔笑われた。

 四季もあるこの国は実り豊かなことで有名だった。平坦な地が多く、水の便もいいからだろう。

 農業が盛んな地域は特に土壌も豊かだから、余計よいのかもしれない。寒さが厳しくなる北の方は、農業が盛んではなかったが、酪農をしているところが多いはずだ。

「今年の冬は、寒い気がします」

 ぽつと出し抜けに彼女が呟いた。

「毎年だろう?」

「いえ、特別に」

 何を見てそう思ったのか、何を感じたのか彼女は何も語らない。

 しかし澄んだその瞳が空を眺めるので、自分もそれに倣った。青い空には雲はほとんどなく、眩しいまでに明るい。

 それだけなのだが、彼女にはその他の情報が入っているんだろうか。横目で観察しても、それは分からなかった。

「今年の冬は、管理人が出ることはないかもしれないですね」

 特に寒い年の冬、東屋の管理人達は管理室に来なくなる。

 王の温情ということで、仕事はしなくてよくなるのだ。まぁ、寒いにも拘らず、わざわざ東屋を訪ねる人間もいないだろう。確かに。

「去年の冬は、閉まらなかったな。そう言えば」

「赴任して初めての年で、一番辛かったです。そう言えば」

 この東屋で再会したのは、去年の秋のこと。

 冬は閉まるものだとばかり思っていた彼女は、相当驚いていた。

 確かに、彼女と初めて出会って森で遊んだ数年間は冬が厳しく、森はおろか東屋が全て閉まるほどだったのだから、そう思い込んでいたとしても仕方ない。

 それを思い出して笑えば、彼女も苦笑いを返してきた。

「今年は閉まるのか」

「私がきちんと予想しているのであれば、多分」

 こんなに日が照っていて、暑いのに。

 話しているのはもう冬の話。その奇妙さに笑いが漏れた。まだ夏は長く、冬は遠いのに何を考えているのやら。

「そういえば、アルバート様。今日はご視察だったのでは?」

「報告済みだ。だからゆっくりと休んでるんだ」

 嘘を吐いた。報告を終えた後、再びあの部屋へ帰るわけもなくここへ向かった。

 元々報告した足で向かおうとしていたのだから、そこまではいい。しかしその途中、フィルスト侯爵に捕まってしまったのだ。

「王妃様が探してらしたとか。お帰りになる前から」

「あの人に、俺の視察計画を考慮する優しさはないんだ。残念ながら」

 彼女に笑いかけつつ、頭では違うことを考えていた。

 すぐさま東屋に向かいたかったのに、侯爵は簡単に放してはくれなかった。

 繰り返し王族と貴族の調和について語り、それがどれほど重要なことかを説いた。曖昧な返事しかしないこちらに少々不満げではあったが、それでもしつこく食い下がった。

 そんなことは、真面目な兄にでも話していただきたい。

「冬、か。来てほしくないな」

「まだ夏ですよ」

 その頃になれば、自分はもう少し成長しているだろうか。

 いや、もしかしたら婚約者が決まっているかもしれない。考えるだけで嫌になった。抵抗できないのか、抗えないのか。

 しかしそう思うだけで、どうしたらいいのか分からずに立ち止まるしかない。どうすればいいのか、どうしたいのか。

 何がそんなに嫌なのか。

「冬が来る前に、アルバート様がお好きな秋が来ます」

「そうだな。この国が一番豊かに、美しくなる季節だ」

 この国の四季で一番好きな季節だった。

 収穫時期である秋は民の暮らしも楽に、そして景色が美しくなる季節なのだ。あちこちで行われる収穫祭が、その喜びを大きくしている。

 穏やかな春も好きではあるが、読書をするのに適していると言う点においても、秋の方が勝っていると言えた。

「読書の季節ですし、ここも過ごしやすくなります」

「こう暑いと、読書もする気がなくなるしな」

 その代わり、剣の鍛錬によく誘われる。この暑い中何をそんなと思うのだが、どうにも暑いと燃える人間が多いらしい。

 おかげでクタクタだ。本当に手加減しないのだから嫌になる。

 剣を振るうたびに汗が流れてフラフラするが、相手は相手でびくともしなかった。

 最近思うが、訓練に誘われるのは、周りにいる人間が暑さでやられて暇をしているせいかもしれない。

「今年の冬はすぐでしょうか」

 ぽつり、と彼女が小さく呟く。

 去年は冬が来るのが早く感じたからこその問いだろう。確かに、去年は秋から冬までの期間が短いように感じてしまった。そして冬はもっと長かった。

 東屋が閉められていなくても、防寒対策のほとんどなされていない東屋で話そうなどとは流石に考えられず、会えない日が続いたから余計そう思うのかもしれない。

「そうだな。でも遅く来て、早く過ぎ去ればいいと思っている。勝手な話だが」

「そう、ですね。私もそう思います」

 冬になれば否応にもここから足は遠のく。

 自分は平気でも、彼女の細身に寒さは応えるだろうから。会えなくなるのかと思えば、何とも言えない不快感が胸を襲った。

 その不快感を治める方法が見つからず、仕方なく彼女の頭を撫でた。何故か不快感は治まらず、一段と酷くなって頭を悩ませた。

 内陸の気候云々は専門じゃないので、間違いだらけです。湿潤大陸性気候よりちょっと温かいかなぁというイメージ。

 どちらにしろ、大陸性気候ですけど、雨量は少なくないです。海洋性気候もちょこちょこ混じってる感じで。

 北の方は思いっきり冷帯な感じ。南の方は温帯(温暖湿潤とか)です。……高校の地理の教科書見ながらぼんやりと考えてました。

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