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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
21/109

18話 実家に帰らない彼女

 王宮の外れにある離宮、もとい官舎に部屋を与えられている彼女。毎日、東屋近くの管理室と自室を行き来するだけ。実家に戻ろうとは、思わないのだろうか。


 実家に帰らない彼女 ―嬉しいけど少し心配―


「実家、ですか?」

「東屋の管理人だって、申請すれば休みは取れるはずだろう? 帰らないのか?」

 疑問に思ったことをそのまま言うと、彼女は不思議そうに首を傾げた。

 そんなこと聞かれるとは思っていなかったらしい。しばらくこちらの意図を計るように視線を彷徨わせる。

「わざわざ帰ろうとは思いません。そもそも、ちょっとそこまでというわけにも、いかない距離ですから。祖父がいれば、また違ったのかもしれませんが」

 彼女の祖父殿が亡くなって、彼女のご両親は都を出た。

 祖父殿が生きていらした頃から商いをしていたので、それ自体はそんなに不思議なことでも驚くことでもない。

「心配、されないのか?」

「されてはいませんね。多分。行き遅れるのを承知でここへ来てますから」

 朗らかに笑って、彼女はお茶を淹れ直し始めた。

 そこに悩みや負の感情は見受けられない。本当にそう思っているらしい。

 ……何と言うか。達観しているというか、少女らしくないというか。十六にもなれば、それは立派な年頃の少女で、そろそろ花嫁修業でも、ということになるくらいだ。

 現にこの王宮にも、その『年頃』の少女達が入って花嫁修業をしていた。

 もっとも、その少女達は兄ないし自分の嫁へ、という思惑を背負っているので、近づきたくもないのだが。兄もそうなのだろう、どことなく避けていた。

「行き遅れる気満々なのか」

「満々というか、仕方ないかなぁと」

 柔らかい湯気を立てて出された紅茶に手をつけて、息を吐いた。

 仕方ない、か。

 朗らかに笑っている彼女とは反対に、こちらは真剣に悩んでしまう。この国で行き遅れというのは悪目立ちしてしまうのだ。

 あまり感心もされない。むしろ、『どこかに問題があるのではないか』と思われてしまうのだ。笑いごとではない。

「実家に帰ってみるのも大切だぞ」

「ここにいないと、どこかの王子様が街へ降りて行ってしまいますから」

 彼女を諭してみても、やり込めてしまう。

 むっとして彼女を見れば、にっこりと笑い返された。年下の妹役に見事に口を噤まされて、思わず笑った。

 自分にとって、ここは生まれた土地で死ぬまでここが故郷なのだ。

 ここ以外に行くところも帰るところもない。それを別段おかしいとも、寂しいとも思っていなかった。

 しかし。

「それにアルバート様のお話し相手に、休みはありませんし。身分不相応ですけど、務めさせていただいているんですから、休みたくないです」

 彼女と話すようになって、彼女に会いに行くようになって、自分の普通が普通ではないと知った。

 ここが寂しい場所で、自分は王族でしかない。

 そんなある意味当たり前のことを、彼女に出会ってようやく学んだ。そしてその事実を忌み始めた。王族を自覚するたびに嫌だと思った。

 初めて出会ったあのときから、ときどき思うことだ。

「帰らないのか」

「そんなに帰って欲しいんですか?」

「いや、帰らないのなら、そっちの方が俺も嬉しい」

 ごく自然に出たそれは本音だった。

 実家に帰らない彼女を心配しつつ、その帰らない事実自体は嬉しかった。一人でこの場へいるには、この東屋は寂しすぎる。

 そう思って告げると、彼女は不意をつかれたらしい。口を開いてぽかんとした後、見る間に顔を赤らめた。

 予想外の反応に、こっちも驚く。

「アルバート様は、ときどき心臓に悪い方です」

「どういう意味だ」

 訳も分からず反応すれば、赤い顔もそのままに『そのままの意味です』と半ば怒鳴られるような形で言われた。

 何で怒られるんだろうと疑問に思ったが、逆撫でしそうなので何も言わないようにする。一体何が気に障ったんだろうか。

 嬉しいと伝えたかっただけなんだが。

「リゼット?」

「いえ、私が一方的に色々と考えているだけですから」

 その言葉を理解するより早く、リゼットは立ち上がって小さく笑った。

 もう怒ってはいないらしい。その横顔がほんの少し翳っているように見えたのは、気のせいだろうか。

 その表情をよく見ようとして、彼女の腕を掴んで無意識に引き寄せた。彼女が驚いたように目を見開いて、こちらを見つめる。

 それに我へ返って慌てて手を離した。

「すまん、悪かった。……手、大丈夫か?」

「痛くはありません。あの、びっくりした、だけですから」

 どことなく気まずくなって、視線を逸らす。それは彼女も同じらしく、どことなく居心地が悪そうにした。

 どうしたのか、今日はいつもより全てがぎこちない気がする。いつもどおりお茶を飲み、雑談をしていただけなのに、何も言えない状況になるなんて。

 今までなかった状況だった。

「リゼット、悪かった。こっちを向いてくれ」

 何とかもとの空気に戻そうと、彼女に声をかけた。

 それに従い、彼女はゆっくりとこちらへ向き直る。その拍子にまとめ切れなかった後れ毛が揺れ、まだわずかに赤みが残る顔が見えた。

 それに何故かこちらの心が揺れ、首を傾げた。何に心を揺さぶられたのか。どうして動揺したのか。その揺れは何を意味するのか。

 ――何も分からなかった。

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