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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
20/109

17話 不機嫌になったら思い出す顔

 条件反射のようなものだ。怒鳴りたくなったら、口の中で彼女の名を呟く。イライラしたら、彼女の顔を思い浮かべる。心が静まる魔法のようだと思った。


 不機嫌になったら思い出す顔 ―それは他の誰でもなく彼女―


「最近、抜け出すことが増えてきているようだが?」

「サボリ癖は、今に始まったことではありませんよ。父上」

 何のために呼び出されたのかと思えば、そんな用件か。

 今更な指摘に苦笑いを返してしまう。授業や仕事から抜け出すのは、今に始まったことではない。

 むしろ城外に出る回数は、あの東屋へ正式な管理人が来てからというもの、著しく少なくなっている。

 優秀な彼女が次々と穴を塞いでいるのだ。まあ、その代わりと言うか、東屋へ行くことを目的にした抜け出しは増えているんだが。

 どっちにしろ、抜け出した回数はそんなに変わっていないだろうに。……目的が変わっただけなのだから。

「お前は、王位継承権第二位の王子である自覚を持っていないのか?」

「持ってますよ、最低限ですが」

 父の重たいため息が一つ。

 兄とは違い、何かしらトラブルを持ち込むのは、決まって弟である自分なので、父のため息も聞き飽きている。

 時間がゆっくり流れるのを感じる。あぁ、長くなるな、なんて思った。

 懲りないわけではないのだが、その懲りた状態を長く維持できないのだ。だから、同じようなことをして、同じように怒られる。

「……最低限持っていてさえ、それか」

 深く深く、眉間に刻まれるしわ。

 若々しいと言われる顔に、わずかに浮かぶのは疲労感で、それを見ると流石に申し訳なくなる。申し訳なくなるが、止めようとは思えない。

「仕事の方はやってますし、街で問題を起こしたこともありません。剣は持っていますし」

「そこは問題ではない!」

 苦々しいその言葉に少々むっとしてしまった。普段滅多に話さないのに、こういうときだけ口数が多い。

 思い返せば、自分はこの偉大な父とまともに話したことがあまりない。会っても、毎度このように怒られているような気さえする。

 兄もそうなんだろうかと一瞬思うが、出来のよいあの人に限って、お叱りを受けるようなことはしないだろうと考え直した。

「街娘に現を抜かしているのではないかと、もっぱらの噂だ」

「現を抜かしているなら、半刻で戻りませんよ」

 苦笑いしつつ、反論する。

 あの『現を抜かす』というには、穏やか過ぎるお茶会を思い出したからだ。彼女は遅くとも半刻すれば、こちらを追い出してしまう。

 それは俺が説教を受けないための気遣いだ。妹役に心配されるというのは少し情けない気もするが、その気遣いが妙に嬉しいのも事実だった。

「ともかく、街へ降りるような真似は二度とするな。分かったな、アルバート」

「街へ、ですか。まぁ、努力はします」

 今気付いた。

 自分は父に愛称である『アル』と呼ばれたこともなかった。母が友が、そして幼い頃の彼女がごくごく自然に呼んでいたその名を、この人は未だ呼んだこともない。

 不自然なことなのに、とても自然で今まで気づくこともなかった。苦笑を通り越して、もはや嘲笑に近い笑いが漏れた。

 自分たちは赤の他人より遠い親子なのだ。

「アルバート!!」

「残念ながら、私は兄と違って従順でもなければ、出来もよくない。王族として生きる気も、正直あまりないです」

 苛立ちを感じるのは、それでも自分が王族であると知っているからだ。

 父や兄のように、高尚な思いを抱いていないのに、自分は第二王位継承者で、いくら足掻いてもそれが変わることはない。

 何を学んでもピンとこず、この国や民のことを本当の意味で理解できないにも拘らず、だ。

「しかし、王族でいる限り、最低限の責務は果たすつもりではいます。――お話が以上ならば、私は帰らせていただきます」

 乱暴な口調であるのは自覚していた。しかし、口調を抑えることなく部屋を出た。ちょっとした反抗だった。

 ばたんと大きな音を立てて扉は閉まり、扉の両側へいた兵士が一瞬目を見開く。そのまま足早にその場を去って、王宮の廊下を歩く。

 いつの間にか人目の少ない道を歩いていて、その足は確実にあの東屋へ向かっていた。

「リゼット……リゼ」

 この苛立ちを何とか抑えたくて、彼女の名を呼んだ。

 浮かぶのは、はにかむような笑顔で思わず立ち止まる。へなへなと座り込みそうになりながら、壁に額を押し付ける。

「何してるんだ、俺は。あんなもの、聞き流せばいいだろう」

 別に街へ出るなと言う話であれば、ある程度の従順さは保てたはずだ。

 なのに真正面から反抗して、父を怒らせた。

 理由は分かっている。今の自分の状態を『現を抜かしている』と表現されたからだ。

 情けないことに、たったそれだけで苛立ちが募った。彼女との茶会を、そんな風に見られることが悔しかった。

「王族失格だな。それでもいいが」

 彼女の声と顔を思い出して苦笑いする。

 それからノロノロと体を引き上げて、心の中の苛立ちを押し殺した。リゼットに会うのに、そんな感情は必要ない。

 それからやっと歩き出すことができるようになった。

 向かうのは東屋で、会いたいのは彼女。彼女にさえ会えば、この苛立ちも忘れられる気がした。

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