15話 過保護な王子
窓から見えた彼女に声をかけようと腰を浮かす。しかし目の前に悪友がいることを思い出して、慌てて席へつこうとした。
それを奴が見逃すはずもないのに。
過保護な王子 ―心配するのは当たり前―
「へぇ、あの子のこと、知ってるの?」
「レオン、仕事中だ」
「アルバート様、あの娘をご存知なのですか?」
言葉遣いを変えても、仕事中にする話ではない事実は変わらないだろうとつっこむも、『いいじゃない』と一蹴された。
仕事中、とは言っても、庭が見渡せるソファに身を沈めて、これから使う書類の整理をしていたので、その仕事はあってないようなものだとは思う。
普段は窓を背にして座っているものだから、彼女がこの前を通るとは知らなかった。
そう思いつつ、そっと下にいる彼女を見た。
毎日通っているんだろうかと思いつつ、書類を捌くことも忘れない。その一方で、悪友は聞きだそうと言葉を連ねていた。
「あの子、最年少で東屋の管理を任せられた子だよね。リゼット・ディズレーリ、だっけ? 森の管理人の一人として有名だった庭師の孫娘だ」
つらつらとよくもまぁ、そんなことまで覚えてられるなと呆れる。
その頭の中に、一体何人分の情報が入っているのか少々気になるところではあったが無視した。
この悪友に、これ以上の情報を与えるわけにはいかない。うかつに話せば、根掘り葉掘り聞かれるに違いないのだから。
「新人だから『あの』東屋を任せられてはいるけど、そのうち他のところを任せられるんじゃないかと噂だよ。庭師たちの間では、結構有名人らしいね」
無視だ、無視。
相手をしたら、こっちが馬鹿を見るに違いない。関わらない方がいいんだ。だから返事はしない。
「何か神秘的だし、黙々と仕事をこなしてるけど、笑ったら可愛んだろうな。話したいね」
お前にしてみれば、性別さえ女なら何だって可愛んだろう?
そうつっこみたい。
むしろ、リゼットに話しかけたいとか言ってほしくない。何か妹を汚されてるみたいだ。
「今度話しかけてみようかなぁ。あ、東屋に直接行くのも」
「レオン、いい加減にしろ」
口に出した瞬間、やってしまったという自覚が広がる。
罠に引っかかった。まんまと彼の張った罠に。
いつもなら、絶対はまらないようなものに。
「ふぅん。ダメなんだ」
ニコニコと楽しげにこちらを向き、分かりきった疑問を飛ばす。
手元にあったサイン用のペンを容赦なく投げると、幼馴染に酷いなーと苛つくくらいのんびりとした言葉が返ってきた。
ついでに言えば、ペンはしっかりとやつの手の中だ。
避けなければ壁に傷でもつけていただろう。もっとも、彼に突き刺さっていたかもしれない。
「彼女をお前の毒牙にかけるわけにはいかない。友人として当たり前だろう?」
「友人として、ねー。それにしても、僕の扱いヒドくない?」
そんな会話をしているうちに、彼女は東屋の方へ消えていってしまう。
残念ではあったが、こいつに晒されるくらいならまだましだろうと思う。
こいつの女関係はすごい。曜日ごとにどころか、日にちごとに恋人が決まっていそうな感じだ。……むしろ日にちごとどころじゃないかもしれないとさえ思う。
「心配しすぎなんじゃないの?」
「俺は彼女が幼い頃から知ってるんだ。心配するのは当たり前だろ?」
兄と妹みたいなものだと付け加えると、悪友は何とも言えない顔をして笑った。
何を含んだ顔かは分からないが、いいものではないということは断言できる。
「心配性のお兄ちゃん役ってわけだね。過保護」
「何とでも言え、今年でようやく十七だぞ」
この国の成人年齢を忘れてるんじゃないの、アル。
相手が珍しく、仕事中にも拘わらずこちらを愛称で呼んだ。友人の口調で『アル』を責めていた。
「十六を過ぎれば立派な女性だよ? もう彼女は妹でも、女の子でもないんだ。そこんとこ、ちゃんと分かってる?」
「いくつになってもリゼットは変わらない。……妹みたいな友人だ」
無茶を言っている自覚は一応あった。
王族で十七歳と言えば、もう結婚の適齢期だ。
事実従姉は十六歳になってすぐ隣国に嫁いだし、今年十六歳になるその妹にも、あちらこちらから縁談が沸いているらしい。
貴族も似たりよったりといったところだろう。十七歳は立派な大人だ。
「そう言い張るんならいいけど。後で悔いると思うよ? こういうことはタイミングを逃すと面倒だからね」
「お前もノースも、将軍でさえ、これを色恋沙汰にしたいらしいな。どうしてすぐにそこへ結び付けるんだ?
お前と違って俺は恋に落ちにくいぞ」
――結び付けさせてんでしょ、君のその態度が。知らないよ、取られたりしても。ちょっと僕も興味湧いちゃったし?
「お兄ちゃんの目を盗んで行ってみようかな」
誰かに取られる? リゼを?
そう思った瞬間に感じた痛みと苛立ちの名前を、未だ付けずにいた。