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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
11/109

10話 その髪を飾るのは

 この髪には何度も触れた。褒めるために、慰めるために、何度も撫でた。だがこんな風に触れたことは、ただの一度もなかった。


 その髪を飾るのは ―一生これだけでいいのに―


「あの、アルバート様。これは?」

「日頃の感謝を込めて、というよりは、お前に少女らしさを身に着けてほしくて」

 彼女の手に箱を落とすと、案の定彼女は首を傾げた。

 職人に『箱も作りましょうか?』と聞かれたが、そんなことをするといよいよ引き出しに仕舞いこんで、使わなくなりそうだったので、厚紙の簡素なものに入れた。

 こちらの発言の真意を測りかねたらしい彼女は眉を寄せるも、『開けないのか?』というこちらの言葉に恐る恐る箱を開く。

「髪、飾り?」

「そうだな。そう見えてくれると嬉しい」

 中から現れたのは、薄紫色を基調とした髪留めだ。

 彼女の瞳の色より少し薄いそれは、髪に着ければ瞳をよく映えさせるだろう。モチーフにされている花は『竜胆』で、根が薬にもなるそれは、彼女が好んで育てている花だ。

 しっかりとしている造りを前に彼女は首を振った。わずかに眉を寄せている。

「受け取れません」

「まぁ、予想はしていたが」

 全く、予想を裏切らないにもほどがある。

 喜ぶ顔が見たいのに、そんな表情を映さない。おまけに困ったような表情さえ浮かべられて、流石に落ち込みそうになった。

「リゼットは、この花が嫌いか?」

「いいえ、大好きです。とても、キレイ」

 そっと言われた言葉に、この意匠が気に入らないわけではないらしいと安心する。

 なら後は何の問題もないだろう。

「派手でもないし、丈夫に作ってある。宝石の類もついていないから、少々乱暴に扱ったところで壊れない。しっかりお前の髪を留める。それだけのものだ」

「でも、私は庭師ですからどこかに引っ掛けるかもしれないですし、土で汚れるかも。やはり受け取るわけにはっ」

 それに、高価そうだし、と付け加えられる。

 強情なのはよくよく知っているが、ここまでとは、と思わずため息を吐きたくなる。何が悲しくて、悩んで選んだものを付き返されなければいけないんだ。

「台座分だけだから、そこまで高いというわけでもない。お前の場合、もう少し自分を飾るべきだ。これはその手始め。

いつも旨い茶を入れてくれるお礼だ。あぁ、心配なら無用だ。これは水でも洗えるし、長くもつものだから」

 着ければ着けるだけ味が出るらしい。十年以上使えるぞ、と繰り返し説得すれば、少しだけ心惹かれたらしい。

「ほら、着けてやるからじっとしてろよ。まとめにくいからな」

 将軍仕込みの素早い動作が、こんなときに使えようとは思ってもみなかった。

 彼女の頭を固定すると、抵抗もしなくなる。柔らかい栗色の髪を掬い、髪留めで固定した。これで大分動きやすくなるだろうし、緩むこともないので安心だ。

「悪いな、リゼット。俺の周りに『紫』を持つ者はいないんだ。

それに、これは俺がリゼットに贈りたいと思ったものだ。他の者にやれない。お前が受け取ってくれなければ、使い道がないんだがな」

「アルバート様が、そうおっしゃるなら。……ありがたく、いただきます。ありがとうございます、アルバート様」

 ちらり、と見えた横顔は、ほんの少しだけ緩んでいた。

 上気した頬で気に入ったことを知ると、もっときちんとまとめてやればよかったと思い、髪を一度ほどいた。

「リゼ、櫛」

「へ?」

「櫛だ。きちんと結ってやるから、櫛」

 思わず昔の呼び方に戻った。

 手を差し出せば、おずおずと出される。黒くて安っぽいそれは、使い勝手のよさだけが追求されたもので少女の持ち物ではない。

 むっと眉を寄せて次の機会には、櫛と鏡を一緒にして贈ろうか、と計画する。櫛を受け取って髪を梳いていると、つい五、六年まではこれが日常だったと思い出す。

 こうやって髪を結うことも頭を撫でることもその頃は普通で、何らおかしいことはないと思っていた。今の二人からは想像さえできないのに。

「相変わらず、器用ですね」

「そうか? 久しぶりだから、案外緊張してるんだが」

 本当は、それだけではないけれど。

 こんなふうに、彼女を『女の子』だと思って接するのは初めてだから。ずっと妹として接してきていたから。妙に緊張しているのは仕方のないことだと言い聞かせた。

「ありがとうございます。私でも、女の子らしくなれた気がします」

「お前の瞳に負けはしないかと心配してたんだが、杞憂のようだったな。よく似合ってる」

 こちらを向いて礼を言う彼女に笑いかけ、改めて彼女を見た。

 濃い色の髪に負けて、全く目立たないのではないかと思っていた髪留めは、少し大きめに作ったおかげで存在感がある。

 しかし、かと言って目立つかと問われれば、そんなことはなく控えめに彼女の髪を彩っていた。思っていた以上に自分の見立てが正しく、少々浮かれた。

 だから、気付かなかった。

 その格好も、表情も、彼女が子供でないと示しているのだと。女の子、でもなく、すでに女性になりかけているんだと。

 そんな当たり前のようなことに気付かなかった。気付かない、ふりをした。

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