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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
104/109

81話 手に入れたぬくもりは

 あれだけ望んだものがコロン、と手の中に入った。それをどう大切にしようかと迷う一方で、これはもう二度と手放せないな、と笑ってみせる。

 このぬくもりを手に入れてしまったんだから。


 手に入れたぬくもりは ―もう手放せない―


 リゼットとレオンを連れて部屋に戻ると、ノースが扉の前で気遣わし気にうろついていた。手袋をした手が組まれたり離されたりと落ち着きなく動いている。

 その横でマリアは微笑みながら何か言っているようだった。

 いきなり理由もまともに説明せず、協力してくれとだけ言ったこちらに対し、マリアはいつも通り微笑んで迷いもなく頷いたのだ。『それがアルバート様のためになるのでしたら喜んで』と。

 こちらが言うのもなんだが、もう少し詳しく聞くなり迷うなりするべきだろうと思った。

 レオンといい、マリアといい、協力に迷いがなさ過ぎてこっちが恐ろしくなってしまう。そんなのでいいのか、と。

「ノース、マリア。今帰った」

「あら、お帰りなさいませ、殿下。遅かったですね」

「アルバート様っ!! 私はこの数時間生きた心地がしませんでしたよ。リゼット様を……」

 声をかければ、マリアはおっとりと、ノースは勢い込んでそれぞれ返事をしてきた。

 二人に対し『あー、すまない』と謝罪の言葉を口にすれば、マリアはそのままの笑顔で口元に手をやりいいえ、と小さく返事をする。

 マリアとは裏腹に青い顔で怒っていたノースはこちらの言葉を聞くと、一度息を吐き、無事ならいいのですといつも通り苦く笑った。

 謝罪の言葉を口にしてみたところで、真剣味に欠けてしまうのは幼いころからの癖だろうか。レオンとともに叱られすぎていて、今更怖くはなかった。

「今日からリゼットにこの部屋を使ってもらおうと思って、連れてきたんだが」

「あの、アルバート様には別の部屋をご用意」

「いや? 俺の部屋はここだろう?」

 ノースが他の部屋を準備しに行こうとするのを止めれば、ノースは『え』と珍しく目を見開いて固まった。その顔を見つめ返せば、再度『あの』と声をかけられる。

 はっきりしない返答だと思っていると、ノースは少しだけ迷ったようにこちらへと向き直った。

 そしてどこか不満げに、というか怒っているように眉を寄せて口を開いた。

「一つお尋ねしますが、同じお部屋で過ごすおつもりですか?」

「離れたら守れないだろ」

「……お休みになられるときも?」

 その言葉にようやく言いたいことを悟り、うっと詰まった。

 侍女をつけるし、自分はソファで眠ればいいだろう、レオンもいたら万が一にも間違いなど起こるはずもない……というのは甘いだろうか。

 そういう視線を送れば、ノースは言葉の代わりに大きなため息を一つついた。一方のマリアは、あらまぁと口元に手を当てて目を瞬いている。

「アルバート様の寝室をリゼット様に当てましょう。アルバート様は執務室に簡易ベッドを運ばせますので、それで我慢なさいませ」

「あぁ、すまないな」

 ノースはすぐに立ち直り、てきぱきと指示を出し始めた。

 何をしても数分停止するようなことはもうないのかもしれないな、と思う。マリアはもともと何が起こっても目を瞬かせる程度だ。

 その昔、剣の練習中に腕を切り、血だらけになったときも、ノースはその場で卒倒したがマリアは『まぁ、どうしましょう』と大して驚いた様子もなく医者を呼び、お湯の準備をしていた。

 そんなことがレオンを含めて数回あり、さすがのノースも慣れたようだ。

「あっさりと認めたね。我が父上にしては珍しい」

「お前が相手なら、階単位で引き離す」

 レオンがからかうように言えば、ノースは同じような笑みを浮かべてからさっくりと切り捨てた。その笑顔は似ており、親子であることがよく分かる。

 そしてレオンの父親だと分かるような、性格の悪そうな笑顔を改めてリゼットに向き直ると、穏やかに口元を緩めて笑いかけた。

 その変化があまりにも見事で、こいつらは本当に親子だな、と思うのだ。苦労人なので忘れがちだが、ノースも実のところ食えない人物であることは分かっていた。

「選んでくださって、ありがとうございました。リゼット様。本当に、よかった」「そんな、私は」

 ノースの言葉に否を唱えたリゼットだったが、ノースはゆっくりと首を傾げて『いいえ』と微笑したままちらりとこちらに視線をよこしてきた。

 その笑みは幼い頃から見知っているものであったが、何故だか今はとても胸に響いた。

 いつだって見守ってきてくれたこの侍従は、今回もいつもと変わらずにそっと見守ってくれていたらしい。いつも通り、何の変化もなく。

「アルバート様は、とても大切なものを手に入れられたのですね」

 そう言って、ノースはマリアとレオンを連れ立って部屋を出ようとした。呼び止めようとすれば、レオンによく似た華やかな笑顔を向けられる。

 今日はよく、レオンと似た表情を見る。

「何か、ございますか、アルバート様」

「いや……。ノース、ありがとう」

 結局、何と言っていいか分からず、いつもと代わり映えのしないお礼を口にした。ノースはそれに『何もしてはおりませんよ』と返して折り目正しく腰を折った。

 パタン、と小さな音が響き、はっと息を吐き出す。そしてそのままリゼットに視線を向ければ、リゼットは顔を下に向け、自らの靴先を見ているようだった。

「リゼット、大丈夫か? 疲れたなら寝てもいいぞ」

「へっ? あ、ちがっ……! あの」

 予想以上に俊敏な、というより慌てている返答に目を丸くすると、リゼットは顔を赤くして気まずそうに目を逸らした。

 その赤い頬の理由を考えると同時にかっと頭に血が流れ込んできて、こちらも頬が熱くなる。

 すぐさま否定しようと口を開いたはいいが、さてどうやって彼女に話せば安心してもらえるのだろうと、出す言葉を決めあぐねた。

「あの、な。俺はお前が嫌がることなんてしないし、ご両親に心配をかけたくないとも思っている。だからな、その……そんなに緊張しないでくれるか? お前を傷つけたくてこうしているわけじゃないんだ」

「あの、分かっているので、大丈夫です。ただ、緊張するなというのは――むり、です」

 こちらの言い分にリゼットは素直に頷いて見せたが、確かにこんな状況下で緊張するなという方が無茶ではあった。

 リゼットの緊張がうつったように、じんわりと熱が体に広がった。

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