表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜胆の東屋  作者: いつき
本編
103/109

80.5話 裏の顔表の顔

 一体どこまで追いついたかな、と馬車から馬を一頭外して乗った。見るからに敏そうなその駿馬はアルの愛馬だ。

 きちんと主でないことが分かっているらしく、少しだけ不満そうに鼻を鳴らされてしまう。それでもお前の主人の為なんだぞ、と小声で言うと大人しくなった。

 なるほど、彼が自慢してくるのも分かる、敏い馬だ。

 そんなどうでもよいことを考えつつ、馬を軽く走らせる。よく晴れた日で、そこかしこに店が開かれている。

 この寒い中、ここまで日が照り温かいのは珍しい。

 小春日和というやつかな、と一人ごちていると、穏やかな雰囲気とは明らかに違う空気を身にまとった人間が二人、向こうの方で見えた。

「見つけちゃった。案外早かったね。ほら、行くよ。君のご主人様の恋人守る役がまだ残ってるんだから」

 ぽんぽん、と馬の首を叩き、二人にそっと視線をやった。

 王直属部隊が聞いてあきれる。まるで気配を隠せていないじゃないか。上手く騙せたと思っていいのかな。

 二人以上いる感じでもないし、まして見失ったからといって焦っているようにも見えない。

 つまりこの二人は分かったつもりになっているのだ。

 こちら側は『外れ』だと。

「そんなに単純に見えるのかな。僕ら。結構これでも大人たちを翻弄したことで有名なつもりだったんだけど」

 大きな独り言はやつらに聞かせるつもりではないにしろ、やつらにこちらの存在を気づかせるのには十分だったようだ。

 ゆっくりと振り返った一人が、慌てたようにもう一人に話しかけている。それをしっかりと見届けてから、馬をやつらとは反対に走らせた。

 ……もう一回くらい、罠に引っかかってくれると助かるんだけど。

 馬を走らせながら、人気の少ない道へ、道へと進んでいく。そして首にかけてあった、呼子笛と呼ばれる小さめの笛を口に挟んだ。

 そっと息を吹き込めば、ピリリリリと短い間隔で音がする。大分近くなっていた二人がはっと息を呑んだのに気が付き、思わず口元が歪む。

「今更遅い。直属部隊がどれほどのものか、確かめさせてもらおう」

 ほんのわずかに変わった口調に、『アルバート様か』と声がかけられる。

 残念、違うよ、と答えてやる義理もない。

 そう思った瞬間、後ろで大きなものが落ちたような鈍い音が響いた。馬を足踏みさせながら振り向けば、追いかけていた二人が地面に突っ伏していた。

 見れば透明な糸が絶妙な位置に張られていて、糸が肩より少し下に引っかかって落ちたらしい。

「案外呆気なかったな。縛りつけて、とりあえずそこの空き家に入れといて」

 駆け寄ってくる仲間にそう指示し、この辺を空き家にしといてよかったなぁと思う。

 元々空き家の目立つ場所で、人が近づきにくい地理だったが、権力財力を使ってこの辺一帯を無人にしていたのだ。

 お金に糸目をつけないという、おおよそアルからは想像のつかない作戦だったが、結果として成功したのだからよかったと思うべきだ。

「さて、少し話を聞かせてもらおうかな。えっと、ダリウスさんとカイルさん?」

 名前を呼べばびくりと体を震わせる。暗に素性がこちらへ丸分かりになっていることを告げておいてから、にっこりと笑った。

「猿ぐつわなんてもの、したくないから。素直に答えてほしいんだけど」

 粗い縄で上半身と下半身を縛られ、さらには手首と足首にも拘束具がつけられた二人を見下ろす。

 そしてアルのように下ろしていた髪をかきあげてから、クラバットをきっちりと結びなおした。

 そうしてみると先ほどとは違い、アルと間違えるということはないだろう。服装を整えたことを確認して、二人の顔を見るようにしゃがみこんだ。

「レオン・ハノーヴァー、貴殿は国の臣であるはずだ」

「もちろんだよ。だからこんなことしてるんだ」

 両手で膝を抱え込みつつ、屈託なく笑って見せる。それから反対にこちらから改めて質問することにした。

「さてさて、君たちに今回命令を下したのは王妃様ってことであってるかな?」「……答える必要はない」

 そんなことを言って、二人はこちらから目を背けた。縛られているのに気丈なことだ。

 それとも縄を外す自信があるということか。そんな技術がないわけじゃないし、訓練を受けていないわけでもないだろう。

 そんなことを考えて、懐に手を入れた。

「拷問でもしてみるつもりか?」

「いいや。その必要はないよ」

 王妃様であろうがなかろうが、そんなことは現時点で関係ない。そう言って、懐から出した小剣を手の中で弄んだ。

「リゼが謀反を起こすとか、その手の問題を起こさない限り、王はリゼには手出しはしないよ。その時点で、お前たちを誰が操ってるかなんて簡単に予想がつく。今更お前たちをいたぶって、そんな答えが聞きたいわけじゃない」

 今自分がどんな表情をしているか、なんて分かりきっている。きっと、アルと同じ顔をして、彼にはきっとまねできないような表情を作っているのだろう。

 僕は彼の裏の顔なのだ、と自分に課してきた使命を口の中で繰り返した。

「残念だけど、僕はアルのように慈悲深くもないし、同情するつもりもない。僕の守るべき人間に手を出そうとした。それだけで僕は君たちをどうとでもできる。幸い、もみ消す程度の権力もあることだし」

 縄から抜け出すことができないように、手を切りつけようか。

 それとも肩を外してみようか。

 歩いて逃げられないように、足の腱を切ってしまおうか。

 さてどれが適切かな?

「おいおい、文官がいる前でそうこと言うの止めろよ」

「次期将軍殿のお手を煩わせるまでもないかと思いまして」

 後ろから声をかけられたので、小剣はそっと懐に収めることにした。

 そして何食わぬ顔で振り向けば、呆れたような顔の将軍子息。穏やかな顔に似合わぬその口調は、アル曰く『猫かぶり』だとか。

 大して親しくはないが、今回の計画に必要な人物だった。何せこの年齢層でこの人以上に強い人間を知らないのだから。この人を押さえておくに越したことはない。

「転がしときゃいいだろ。こいつらの仲間がすぐに回収に来るぞ」

「勿体ないですね」

 地面に転がる二人へと笑いかけ、剣を片手に佇む人に目をやる。

 長い手足に、伊達者らしい服装。どこからどうみても貴公子然としているが、彼は剣を腰に佩かぬまま肩に担ぎ上げ、ついでに地面に這いずっている二人を靴の先で軽く蹴った。

 その姿はおおよそ文官には見えない。彼の本性はこちらなのだと強く感じる。

 まぁ、あの人の息子が大人しいわけがないな、などと知られたら無事では済まないようなことを考えていた。

「王子の相手に手を出そうとか……お前ら命知らずだなぁ。側近がかなりのやり手だって、今じゃバカでも知ってるのに」

 彼はそう言って、彼らを縛った縄を片手で持ちずるずると引きずりながら笑った。

 重い、という言葉は聞かなかったことにして、リゼのところへ帰ろうと馬にまたがった。


 裏の顔表の顔 ―彼のできないこと―


 よく似ている自分たちは、まだまだお互い未熟なところばかりだ。だから自分にできないことを彼が、彼にできないことを自分がやるのだと思っていた。そうしてようやく、大きな力に対抗する力を持つのだ。

 久々のレオン視点ですが、案外友情に厚い人なのだろうなーと思っています。その分信用を勝ち取るのが難しそう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ