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竜胆の東屋  作者: いつき
本編
100/109

78話 望んで、望んで

 くすりと笑われて視線を上げれば、父は見たこともない表情をしていた。

 何故そんな顔をされるのか理解できずにいると、父はまた面白そうに口角を上げた。


 望んで、望んで ―それでも手に入ると思わなかった―


「そんなに手に入れたいか? 母に猛反対されるだろうし、貴族もまた然りだ。お前の味方などほとんどいないだろうし、彼女も傷つく」

 そこまでしてお前は本当に、彼女を手に入れたいのか、と父は笑いながら問うた。それは馬鹿にしたような笑いではなくて一瞬戸惑う。嘲笑われるのだとばかり思っていた。

「そんなことは、言われなくても分かっています」

 そんなこと始めから分かっている。彼女を傷つけずにそばへ置くことなど不可能だ。

 どんなに大切にしていても、どれほど守っても、どこかで傷ついてしまう。それこそ、箱にでも入れて部屋に閉じ込めてしまわない限り、この王宮で無傷のまま過ごすことは無理だろう。

 それは父に指摘されるまでもなく、自分の胸の中に重くのしかかっている問題だった。

「いいや、お前は分かっていない」

「そんなのっ」

「分かってないから、ここにリゼットを連れて来なかったんだろ」

 トントンと執務室の机を指先で軽く叩いて、父は全て分かっているように笑った。今度は嘲笑い交じりで、こちらが何も分かっていないかのような口ぶりだった。

「お前は下手だな」

「何が、おっしゃりたいのです」

「愛し方が、下手だ」

 あなたに何が分かるのか、と口の中で小さく呟く。

 少なくとも息子が父親として見ないようになったあなたよりは、いくらかましだろうと思う。

 それを見越しているのだろうか、父は右手の甲に顎を載せて、こちらを心底つまらなさそうに見据えた。それにまた胸の内がもやもやとして腹が立つ。

 いつだってそうだ。自分と父は違いすぎる。兄と父は似ているのに、自分はどうあがいても父の思うような解答には辿り着かない。

 今度もそうなのかと思うと少しやるせなかった。一度でいいから認めてほしかった。話を聞いてほしかった。

 無理だろうと思っている反面、そんなことばかり今回は考えていた。

「アルバート、お前は少し勘違いをしているようだから教えてやるがな」

 父は少し、呆れているようだった。小さい溜息として出されたそれに答えずにいると、椅子から立ち上がった父がゆっくりとこちらに歩いてくる。

 珍しい光景に固まっていると、父は右膝をついてこちらの視線に合わせた。あぁ、そういえば跪いていたんだったと今更気づく。

「手に入れようとしているものは、始めからお前の手の平だぞ」

「……はい?」

「手に入れることばかりじゃなく、手に入れた後のことを考えないとな」

 あの子はお前が思っているよりずっと強いから、少しくらい傷ついても平気なんだ。

 お前が少し、あの子を信じればそれだけで。

「あの子はお前のものになるのにな」

 その瞬間、部屋の静けさを破るように扉が開いた。一度として聞いたことのない、この部屋の扉がたてた音が耳に入る。

 それと同時に、半ば叫ぶように名前を呼ばれた。

「アルっ!!」

 跪いている状態で後ろから抱き着かれて、慌てて床に手をつき体を支える。右手を床に、左手を膝について何とか持ちこたえれば、後ろに誰がいるかということに意識がいった。

 間違えるはずもない。しかしここへいるはずのないその人物が本物かどうか確かめるために体を反転させた。

「リゼット」

「申し訳ございません、王様。私が悪いのです。私が、アルバート様を」

 名前を呼んだ彼女はこちらをちらりと見た後に、父に視線を向けた。そしてこちらに抱き付いたまま、リゼットは父へと謝った。

 大きな声だったが、ほんのわずかに震えていることが抱き着かれた背中越しに分かる。

「リゼット、私は」

「この方は私のために手を離す機会を下さいました。それでも戻ってきたのは私の責任です。罰なら、私が受けます」

「おい、リゼット」

 父の言葉を遮ってまで伝えられたその言葉に、自然と体が震えた。そうか、彼女は選んだのか。

 その内容よりも事実に呆然とする。

「お前に罰を与えるわけにはいかないだろう。うちの馬鹿息子を変えたわけだしな。リゼットの決断にとやかく口を出すつもりはない」

 それを認めるかどうかは私以外の問題であるし、認めさせるのはアルバートの仕事だ。

 そうだろう、とこちらを見つめてきた父を見返す。言葉が思いつかず、はっと息を一つ吐いた。

「父上は認めているんですか?」

「元々お前の相手に興味がなく、強制する必要がないと思っていただけだ」

 兄と違って向いてないだろ、アルバートには。

 さらりとそんなことを言って、右膝をついている体勢から立ち上がる。それからリゼットに向かって微笑んで見せた。

 毎回思うことだったがやはり見覚えのない、優しげな表情でリゼットを見ていた。

 こちらを見る父はもうすでに『王』の顔で、しかしどこか先ほどまでとは違って見えた。その口元が小さく笑みを形作り、呟くように言われた。

 『ほら、手に入った』とそれだけ言って、父は外へ出て行った。

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