01話 うたた寝姫に目覚めの挨拶を
新しく始まりました。ノロノロジレジレ、ときどきイライラするかもしれませんが、ゆっくりとお付き合いください。
今日も一人、供もつけず彼女のところへ。この王宮で唯一、心休まる場所へ。
一日で数時間だけ、『王子』から『俺』へ戻れる場所へ。
うたた寝姫に目覚めの挨拶を ―可愛いけど相手をして欲しい―
それは王宮の中でも一際奥まったところにある東屋。
数代前の側室が自殺したとか何とかで、今ではほとんど人が近づかない。しかし全く人がいないというわけでもないのだ。
人が来なくても、そこは紛れもなく王宮の一部であり、そこの管理はしなくてはいけない。季節折々の花々もあるし、東屋だって定期的に手を入れなければいけないのだ。
たとえば、急に来る来客に備えて。
「まぁ、俺みたいな物好き、なかなかいないが」
一人ごちて、ちらりと見えた東屋に足が速くなる。
別に逃げるわけもないのに、つい足が速くなるのを止められない。ふわり、とまだ暑いとは言えない風が花の香りを運んできた。
進むごとに花が増え、東屋へつく頃には一面花畑だ。
「……っと」
ひょいっと外からでも判別できる栗色の髪の持ち主へ声をかけようとして、その名を飲み込む。かくん、とその首が傾き、こくりこくりと揺れたからだ。
気配を消して音を立てないようにして近づくと、案の定健やかな寝息がたっていた。それを見て、声も出さずに笑った。
背を預けるようにして寄りかかっているイスは、雨を凌ぐ程度の造りの東屋に相応しく、少々寝るのには不適切だ。
木でできているそれに寄りかかったままだと、なかなか眠りにくいだろう。
なのに。
「よく、寝てるな」
揺れる頭に合わせて左右に舞う栗色の髪。今は閉じられているが、瞼に隠された瞳は深い紫で、その形は未だに丸くて幼い。
初めて会ったときと、彼女はあまり変わらないように思う。
いや、変わったか。身長は伸びてすらりとした。言動も大人びて、何かを悟ったような口調になっている。それでもそれ以外は、笑顔も声も何も変わらない。変わっていない、はずだ。
「あぁ、でも」
呼び方は変わったか。もうあの頃のように、彼女は親しげに呼んではくれない。
「なぁ。リゼ」
幼い頃の呼び名で呼びかければ、ぴくりと瞼が震えやがて紫の瞳が姿を表した。
一度、二度状況を確かめるように瞬き、それからこちらが目に入ったらしく飛び上がって背筋を伸ばす。
本人曰く『動きやすい』らしい男物の服がひらりと揺れた。目の端にそれを捕らえ、ゆっくりと笑む。
「よく寝てたな、リゼット」
「なっ。あっ。アルバート様っ!!」
笑って言うと、彼女は可哀想なくらい顔を赤くして押し黙ってしまう。それからボソボソと『来ていらしたなら、そう言って下さればいいのに』と非難めいたことを言ってきた。
袖のところを弄りつつ、目を合わせないのは気まずくて、居た堪れないせいだろう。
「気持ちよさそうだったから、起こすのもどうかと思ってな。久しぶりの寝顔もじっくりと見たかったし」
「そんなもの、じっくり見るものではありません」
お茶を淹れてきます、と少々怒ったように宣言して、東屋の近くにある管理室へ入ってしまう。
そこは東屋からは見えないように工夫して配置された、東屋の管理者の待機場所だ。
東屋から見えて貴人の機嫌を損ねないように。しかし用事で呼ばれればすぐ馳せ参じれるように。
何と言うか、王族らしい考え方だ、と逆に感心してしまうほど、王族本位に作られたこの『王宮』という空間。
「俺もその一員か」
「アルバート様? 何ですか?」
「いや、眠り姫の寝顔は特別愛らしかった、と」
ぽんぽん、と栗色の柔らかい髪の毛を撫でてそう言えば、『以後気をつけます』と彼女は肩を落とす。
『可愛らしい』云々の発言に照れる余裕もないらしい。むしろ耳に入っていないのではないだろうか。
こちらの訪れに気付かなかった挙句、寝顔まで見られたことをよほど気にしているらしい。この場合、何と慰めても回復しないことは承知している内容なので、心の中で思うだけにする。
『眠り姫に目覚めの挨拶が出来てよかった』なんて言ったが最後、今度こそ本気で落ち込まれるかもしれないから。
それだけは避けなければいけない事態だろう。そう思いつつ、彼女の髪を掬った。
「あの、気をつけますよ」
「分かってる」
この行為をどう受け取ったのか、彼女は不思議そうに首を傾げた。こちらは何の含みもないので、ただ了解の意を伝えた。
そしてまた、懲りずに彼女の髪を撫でる。
「あぁ、言い損ねていたな」
「え? 何をですか。言い損ねた、なんて」
「おはよう、リゼット」
眠り姫、いやうたた寝姫に目覚めの挨拶をしよう。その瞳に、自分が映った喜びを込めて。
恋愛じゃないと言い張る王子がすごいと思います。
長々と続けることになると思いますが、最後まで見てくださったら幸いです。