少年の瞳と玉子焼き 1
痛みが証
傷痕が絆
だから涙をほほえみにする
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カレンダーが八月の終わりを告げる。それは同時に新学期が始まるのを示すものでもあった。
キーンコーンカーンコーン
チャイムと同時にあくびをひとつ。校長の長い話に辟易していたのは雪菜だけではない。体育館を出、教室に着くまでに列は乱れそれぞれ仲の親しい者の所へと向かう。
雪菜のところには新島咲がやってきた。
小学校が違った咲とは中学から仲良くなった。
テニス部所属の彼女は真っ黒防止のため日焼け止めが必需品らしく、なんとか小麦色の肌を保っている。
もっぱら基礎練とボール拾いばかりしているとの事だが、それでも4か月も続ければ脂肪が落ち、筋肉がつく。
体重はあまり変わらないらしいが、見た目は随分と綺麗になった。
ストレートの黒い髪をポニーテールにしていて、パッツンの前髪の下にある目はチワワみたいで可愛い。
本人は一重であるのを気にしているが、それが余計咲を可愛く見せているから結局チャームポイントだと雪菜は思ってる。
「校長センセの話って何のためにあるんだろ」
「先生たちでさえ聞いてなさそうだよね」
他愛ない会話をしつつ教室に入る。
クラスにはもうすでに何人か戻ってきていて、騒がしいくらいの声が響いた。
「えぇ、汲科それってうけるぅ」
必要以上に黄色い声が正直うるさい。声の主は顔を見なくてもわかる。
葵波留だ。
雪菜の親友兼幼馴染の羽美には劣るが頭がよく、顔もいい。羽美が上品な百合の花ならば、葵はきらびやかなバラの花だ。
運動神経も抜群によく、スポーツテストの結果も運動部生よりよかったりする。
自然と葵の周りには人が集まるようになり―――今やクラスの中心人物だ。
難航していた話し合いも両者ひかなかった男女間に起きた諍いも、葵が一言発するだけで収束する。
そんな彼女を先生たちも可愛がった。
けれど、雪菜は葵が好きじゃなかった。
苦手や嫌いといった、はっきりとした負の感情を持っていたわけではないが、どうしても好きになることができなかった。
葵がいる空間は息苦しい。
葵の一言に態度を変え、意見を変え、葵の言葉はいつしか「絶対」へと形をかえた。
それに比例するように、始めは使命感からだった葵の優しさは――――単なる感情からのわがままへとなる。
男に黄色い声を使うようになったのはいつからだったか。
陰で自分の思い通りにいかない子を罵るようになったのは。
朱に交われば朱くなるのか、はたまた類が友を呼んだのか。
葵の隣にいることが多い「汲科」はめったにいない美形だった。
たかが中一、されど中一。
幼さより完成された美が目立つ彼は同学年の中で大人びて見えた。
整った顔立ち。
サラサラの黒い髪。
丁度良い筋肉でがっしりとした体。
身長も高い。
ハーフというオプションが彼をますます魅力的にさせていた。
だからこそ。
雪菜は葵よりもこの男が無理だった。
好きになれない。嫌いではない。葵と違うのは確かに彼を「苦手」だと認識していた点だ。
4月の自己紹介で、まともに見てしまったあの瞳。
インスピレーションというのか直感というのか、潜在意識という名の本能が言った。
――――――ムリ。
この人はダメだ。友達になんてなれない。仲良くなんて出来ない。会話なんてしたくもない。
しかし込みあげてくる嫌悪感に相反するように、雪菜の目は汲科を追った。
怖いもの見たさと同じ感覚だった。
汲科の持つ、透き通る、怖いくらいの青い瞳。
似てる、あの海の色に。
汲科を意識するたびに、海とお母さんを思い出す。
声なんて、聞きたくないのに。
顔なんて、見たくないのに。
どうしても。
目が、奪われてしまう。奪われたら、離せなくなる。
青い瞳から。
決して大きい声で話しているわけではないのに汲科の声ばかりひろってしまう。
耳に入ってくる笑い声。
心臓が高鳴る―――ドクン。
また・・・だ。
あの気持ち。体中が侵されていく。
フル回転する頭、フラッシュバックする記憶。
「・・・・・・っ!」
顔を覆う。
そのため二つの視線に気付かなかった。一つは葵玻流。
もう一つは、汲科奏斗の――――。
汲科君、登場