海の分かつ色と花言葉 3
3年。
3年たった。
傷を乗り越えるには、十分な月日でしょ?――――――――と。
こんな感情に襲われるのは別段珍しい事ではない。
考えなしに、意思とは別のところで生まれてくるこの衝動。
どうやって対処したらいいの?
答えがないなら―――――
せめて笑おう。
そう決めたのは他でもない自分自身。
どうしても生まれてくる気持ちを、消す事など出来ないなら。
泣くか、笑うかして、誤魔化すしかないのかな。
そんな気持ち忘れてしまうほどバカ笑いするか、大声で泣き叫ぶしかないのかなって。
そう思ったから。
それなら笑うほうがいい。
そうやって、3年。
けれど、思ってしまうんだ。こんな時は特に。
どうして私は「泣く」を選択しなかったのかな。
私はまだ子供で、小学生の子供で、いくら泣いても許される。
そんな時に、真っ赤にはれた眼をして笑い続けた。
今からとなればさぞ不自然なほど。
ザザーン・・・・
波の音が大きくなる。
この音を再び聞けるようになったのはいつだっただろうか。
一時期雪菜は波の音を聞いただけで笑顔が消えた。
海の写真でさえも見ただけで声が出なくなった。
母親が死んだ直後は、青色を目にしただけで吐き気が込み上げてきた。
数歩歩き、浜辺に立つ。
目に映る景色は青い海。
初めて、ここに来た日。
雪菜は青い地獄を見た。
耳に届くバカでかい波の音。
景色は母を奪った海一面。
透き通るような青色に太陽の光が反射して、
潮風が運ぶ、母の跡。
愛する人を焼いて、人とも分からなくなった遺骨を砕き、海にまく。
これが人の終わりだというのなら、なんて――――――
「雪菜?」
羽美の声でハッと我に返った。
「さっきから何1人で笑ってんの。かなり不気味だよ」
「え、笑ってた?」
「自覚なし?危ないよ、思い出し笑いは変態への入り口らしいよ」
相変わらず茶々を入れてくる羽美と軽口をたたきあいながら砂浜に足跡を残していく。
舗装された道もあるが、足跡を残す砂浜のほうを2人とも好んだ。
―いけない。
雪菜は思った。
もはや癖にまでなってしまった雪菜の笑顔は反面鏡だ。
悲しい事を思い出すたび、嫌な事があるたびに、顔に笑顔が浮かび上がる。
もう、嫌、なの。誰かの悲しむ顔。
見たくない、涙。
「・・・・雪姉ちゃん、連絡あった?」
先ほどまでのからかう口調とは一変して、気遣うような声色で羽美が雪菜に問いかけた。
雪菜の動きが一瞬固まる。
「まだ、だよ」
声がいくらか低くなる。
けれど笑顔はたやすく出来た。
だからお願い羽美。
申し訳なさそうな顔は止めて。
雪――――雪菜の実姉。
雪菜より七つ年上の雪は母が亡くなった後四日間行方不明となった。
発見されたのは数駅離れたネットカフェで、その間ろくに食事もとっていなかった雪は心身共にボロボロだった。
父と雪二人で話し合い、雪は高校二年の夏という中途半端な時期にも関わらず学校の寮へ入寮した。
卒業後は就職したらしいが就職先は一切知らされず連絡も絶たれた。
今現在どこにいて何をしているのかさえわからない。
――――どうして!?お母さんだけじゃなくて、雪姉ちゃんまでいなくなるの!?
姉を寮へ入れた父を責めた。
――――雪也兄ちゃんもいなくなっちゃうの!?
離れていく家族に恐怖を覚え、縋るように雪也に問うた。
父は俯き、出そうになる声を堪えるように泣いた。
兄は幼い妹を抱きしめ、その肩に顔を押し付け泣いた。
唐突に悟る。
この二人の涙は己の不用意な発言のせいだと。
泣き言は誰かを傷つけるのだと。
一陣の風が吹く。太陽の光を受けた海の表面が輝いている。
「こんにちは、お母さん」
自然と優しい声になる。
太陽がその役目を月に譲る少し前に帰路についた。