海の分かつ色と花言葉 2
バスを降りると花屋さんへ向かった。
「あ、カスミソウないや」
花を眺めながら雪菜がポツリと言った。
羽美はすでにマーガレットの花を買っていた。
「何?カスミソウ買うつもりだったの?」
「うん、お母さんが好きだったんだ」
答えながらフゥとため息をつく。
ないものは仕方がないので代わりの花を買う事にする。
「結局カーネーションにしたんだ」
羽美の問いに首を縦に振る。
カーネーションは雪菜が一番好きな花だ。
「羽美はまたマーガレット?」
「うん。母さんが好きだったんだ。なんか花言葉気に入ってて」
「花言葉?」
雪菜は素っ頓狂な声を出した。
マーガレットどころか知っている花言葉なんて一つもない。
羽美はしばらく思い出すようにしながらしてから言った。
「確かね、『誠実』だったと思うよ」
「へぇ誠実かあ。羽美パパみたい。もしかしてだから好きだったとか」
「私はそう思っているんだけどね」
照れもせず羽美は笑った。
そしてカーネーションを指差す。
「カーネーションの花言葉、知ってる?」
「え、知らない。羽美知ってるの?」
「前ハマッてた時期があってね。その時調べたんだ。確か『純愛』だったと思うよ」
――――――は?
と、言いかけて口を閉ざす。
純愛?
羽美はニヤニヤした笑みを顔に貼り付けて雪菜にもたれかかった。
「雪菜が恋したら好きな人にカーネーションでも贈ればぁ?」
やっぱりきたか。来る事が分かっていれば切り返しも簡単だ。
「なんで女から男に花のプレゼントよ」
「あーその考え方古いよ。今は逆チョコとかだってある時代だってのに」
「あーはいはい。根本的なとこから食い違ってるんだって。羽美、私が恋とかそういうのに興味ないの分かってて言ってるんでしょ。自慢じゃないけど好きな人とか出来た事ないから。妄想は自分の頭の中だけにとどめといて」
「わかってないなぁ。興味あろうがなかろうが関係ないのが『恋』なんだって」
とかなんとか格好いいこというからには。
「羽美はいるのかなぁ、好きな人」
「ノーコメントでお願いします」
どこかの芸能人ぶって片手を挙げる羽美を見て「アホか」と頭を小突いてやった。
「同じ学校だったらわかったのにねぇ」
「ほほぅ、それは嫌味かな。綾瀬くん」
羽美は頭がいい。中学受験で難関私立学校に全額免除のオマケつきで受かった。
ちなみに塾などに通った事はない。つくづく嫌味な女である。
羽美は頭がいい上にスタイルもいい。
だけでは飽き足らず顔もよければ性格もいい。
本日羽美のファッションは163センチの身長によく映えるロング丈の淡いクリーム色のワンピースに、軽いデニムのジャケットを羽織っている。
腰の辺りまであるストレートの髪はさらさらで生まれつき少し茶色い。
肌の色素も薄ければ髪の色素も薄い。
ついでに頭の中まで空っぽだったらなら私がどれだけ雪也兄ちゃんにからかわれずに済んだことか。
雪菜はため息を禁じえなかった。
152センチの身長はこれから成長期なので良しとしてもだ。
日焼け止めをぬったことのない肌は思う存分太陽の光を吸収し少し小麦色になっており、顔の周りでざっくりボブカットにしている髪は「これぞ日本人」というほど黒くてそのくせ何故かくせっ毛だ。
赤の生地に黄色のロゴがプリントされているTシャツに太ももを惜しげなく曝すデニムの短パンを穿いている。
対照的ともいえるこの幼馴染を事あるごとに比較して楽しんでくれたのは実兄の雪也だ。
懐かしい思い出が頭をかすめ――――
言葉を失う。
胸をつく感情。
なんとも言えないこの気持ち。
――――――慣れないね。
この感覚には、いつまでも。
自嘲するように雪菜は毒づいた。