海の分かつ色と花言葉 1
今はきっと不安定だから
笑うゆとりもないのだけれど
笑わずにいる事は不可能だから
いつか崩れてしまう前に
出来上がった偽笑に気付いて
でも、こんな心を知らないで
――――――――――――――――――――――――――――――
目覚まし時計が耳元で鳴り響く。
うるさい
布団から左手を伸ばしベッドサイドに置いてあるキノコの形をした目覚ましを止めた。
柊雪菜、中学1年生。
目前に迫った夏休みを指折しながら待っているごく普通の―――
「寝坊した!」
ファンシーな時計が6時半を示す本日は土曜日。
いつもは5時には起きている雪菜といえども慌てる必要がない。
というわけもなく。
今日は親友の 綾瀬羽美との約束があったのだ。
信じらんない、信じらんない、信じらんない!!!
よりによって今日寝坊するなんて!
顔を洗い、前日に用意していた服に着替える。
朝食を作る余裕はなく栄養剤なるものを口に放り込みお腹をごまかす。
そうこうしているうちに兄の雪也が声をかけてくる。
「羽美もう来てるぞ」
「まじでっ!?」
待ってあと少し!
必死に支度を整える妹を哀れに見つめながらも雪也は伝言を伝えるために再び玄関へと消えていく。
「雪菜ー、早くー」
「ちょっと待ってー」
羽美のじれったそうな声に答えるや否や靴を足につっかけて癒えの扉を開けた。
そこには雪也と仲良く談笑している羽美がいる。
「お、本当に早い」
驚いたように羽美はそう呟くと雪也にむかって「じゃあね」と手を振った。
「気をつけろよ」
お見送りしてくれる雪也に適当に手を降り返し、雪菜は羽美と並んで歩き出す。
「て、歩いてる余裕ない!」
「バス来ちゃうよ!!」
エレベーターを降りるなり言葉も交わさずバス停に向かってダッシュする。
必死の走りの甲斐あってなんとか乗りたいバスに間に合った。
息切れして苦しい体を叱咤してなんとか後部座席までたどり着かせる。
座ると同時にドッと疲れが襲ってきた。
「苦しい・・・」
呼吸を整えながら言った羽美の言葉に雪菜も無言で頷く。
「・・・・まぁ、乗れてよかったよ。じゃなきゃ次は30分後だもん」
少なすぎだよねぇ、と笑う羽美につられて雪菜も笑った。
「・・・・・花は?」
雪菜がそう呟いた途端、羽美の表情が変わった。
笑顔が消え、ない事が分かりきっている身の回りを必死に見回す。
ゴトン
道が険しくなった。
窓から見える風景が色とりどりの住宅街から青一色の海へと変わる。
「花は、なんとかなるよ・・・・・」
羽美が小さく言ったのに雪菜は微かに頷き返した。
それから二人とも一言も発しない。
ザザーン、と波の音が風に乗って聞こえてくるようで、
―――――目を閉じた。
7月12日――――今日は母が命を失った日。
私には母がいない。
そして羽美も、同じく。
雪菜の母親は海での転落事故で。
羽美の母親は交通事故で。
何の因果か奇しくも同じ日にその命を失った。
まだわずか3年前の話だ。
柊家は家族で海水浴に来ていた。
7月12日、その日雪菜は足を滑らせ崖から落ちそうになる。
一瞬の事だった。
雪菜を助けようと手を伸ばした母親の手に掴み投げ飛ばされ
――――雪菜の代わりに母親だけが奈落の底へ。
落ちていく母親をしっかりとその瞳に焼け付けながら、雪菜は何も出来なかった。
なにかこの世の出来事ではないような気がした。
映画の1シーンを見ているかのような感じさえした。
その後。
雪也がやってきて泣きながら周りに助けを求めた。父は携帯で救急車を呼び、雪は抜け殻の雪菜から無理やり事の一部始終を聞きだすと青ざめた顔をしてどこかへと走っていってしまった。
ただ、雪菜だけが。
何も出来ずに突っ立っていた。
崖の下から運ばれてきた母親は血まみれで一瞬誰だか分からなかった。
雪菜の家族たちは母親を墓地に入れようとは思わなかった。それは本人が生前、
「死んだ後、どうせ誰にも迷惑かけるわけでもないなら、海とか明るい場所がいいわね」と言っていたのを思い出したからだ。
ならば、当人の希望でもある海へ――――その命を失った海へ――――還そうという事になった。
そして今、2人はその場所に向かっている。
冒頭の詩は中3作です