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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

とおくにいこう

作者: 黒井ハナ
掲載日:2026/08/21

 深夜0時を過ぎる、ほんの少し前。

 ユミから着信があった。

 受話器を取った私の耳に、彼女の明るい声が響く。


「ねえ、聞いて!」


 彼女は、せかせか話し始めた。


「さっき変な夢、見ちゃって」


 どんな夢を見たのか、彼女は語り始める。


「夢の中でね、お母さんがごはん作ってたら、玄関のチャイムが鳴ったの」


「それで、あたしが家のドアを開けたら、黒い影の人が立っていたの」


ーー黒い影の人って誰?


「よくわからない。空気のような、液体のような、

曖昧な形。でも、ちゃんと人の形……人形のような見た目をしていたの」


 それでね、と彼女は続ける。


「その影が怖くて、立ちすくんじゃったんだけど、お母さんは優しく家の中に招き入れてね。お父さんも部屋から出てきて、その影の人をもてなし始めたの」


「お父さんもお母さんも、すごく優しく接していたんだけど、その人に注いでいるお酒が進むと、その人、どんどん、喚き散らして、暴れ始めたの」


「その人、とっても怒っていたけど、同時に泣いているような、君の悪い叫び声あげていて……」


「その人、包丁を手にして、お母さんの首を切り裂いてしまったの」


「お父さんが黒いその人を止めようとしたんだけど、逆にその人に、お腹を何度も、何回も刺されてちゃって」


 何度も。


 何度も。


 何回も。


「影の人は砂のように崩れ落ちちゃった。そしたら、家の中が黒い霧と靄に覆われて、真っ暗になって、本当に真っ暗闇になって、何も見えなくなっちゃった……」


「怖くて、夢から飛び起きたんだけど、そのままベッドで泣いちゃって」


「そしたらね。お父さんとお母さんがあたしの部屋に駆けつけてくれて、夢だから大丈夫だよ、って慰めてくれたの」


「しかも元気づけてくれるために、みんなで旅に出よう。これから、どこか遠くに行こうって言ってくれて」


 彼女の声は、パァっと明るくなる。


「家族旅行の話になったのが嬉しくて、あたしってほら、あまり旅行とか行けてなかったから」


 彼女は弾んだ声でいた。


 思わず「よかったね」と言ってしまいそうなくらい。


 軽快に。


 明るく。


 --でも私は知っている。


 三年前、彼女の父親は借金を苦に、妻の首を切り裂き、家に火をつけたこと。

 その子は助かったが、それは奇跡的なことだった。

 そして父親は、炎の中で、ひとり、自ら命を絶ってしまったことを。


 電話口からは、大人が二人、談笑しているような声が聞こえた。


 それは同時に、まるで断末魔(だんまつま)のような、甲高い声。


 それらの声はもしかしたら、私の気のせいだったのかもしれない。


 ただ、ユミの声は、本当に嬉しそうに、明るく(はず)んでいた。


 心の中から。


 本当に。


 幸せそうに。

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