表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

第4話:裏市場

第4話:裏市場

裏市場は、街の地下にあった。


「……本当に来るとは思わなかった」


 リネアが小声で言う。


 俺たちは古い排水路の入口に立っていた。石の階段が闇へと沈み、湿った空気がゆっくりと這い上がってくる。


「他に方法がない」


 地下教室の生徒は増え続けている。教材、場所、そして試験料。どれも足りない。


 正規の手段では追いつかない。


「学院の下級生には、裏で情報を売る奴がいる」


 リネアは苦い顔をした。


「私も昔、一度だけ利用した」


「何を買った」


「E級の中でも、《基礎計算術師》の過去問」


 短い答えだった。


「公式には流通しない資料。ここなら手に入る」


 俺たちは階段を降りた。


 足音が石壁に反響し、やけに大きく聞こえる。



 地下は別世界だった。


 灯石の青白い光が並び、粗末な屋台が通路を埋め尽くしている。香辛料の刺激臭、金属の擦れる音、低いざわめき。


 誰もが顔を隠していた。


「目を合わせるな」


 リネアが囁く。


「余計な興味を持たれる」


 俺は頷き、人の流れに紛れる。


 耳に入ってくる単語は危険なものばかりだった。


「偽造証書」「登録番号の改竄」「代理受験」


 この世界の闇が、ここに凝縮されている。


「こっち」


 リネアが袖を引いた。


 奥まった区画に、小さな机がある。老人が一人、帳簿をめくっていた。


「試験資料を探してる」


 リネアが言う。


 老人はゆっくり顔を上げた。


「どの資格だ」


「E級の中でも、《基礎計算術師》の過去五年分」


 俺が答えると、老人の目が細くなった。


「高いぞ」


「いくらだ」


「銀貨三枚」


 予想以上だった。


 今の資金では届かない。


 沈黙が落ちる。


「……分割は?」


 俺が言うと、老人は鼻で笑った。


「ここは慈善事業じゃない」


 その瞬間、周囲の空気がわずかに変わった。


 視線が集まる。


 まずい。


「買わないなら去れ」


 老人が帳簿を閉じる。


 その瞬間――


「待て」


 低い声が割り込んだ。


 振り向くと、大柄な男が立っていた。腕に刺青。明らかに用心棒だ。


「そのガキ、さっきから妙に目立つ」


 俺のことだ。


「学院の匂いがするな」


 心臓が跳ねる。


 リネアの肩が強張った。


「違う」


 俺は即座に言う。


「ただの受験生だ」


「証明できるか?」


 できない。


 空気が張り詰める。


 逃げ道は遠い。


 ここで揉めれば終わる。


 頭を高速で回転させる。


 そして――賭けに出た。


「問題を出せ」


 男を真っ直ぐ見る。


「今ここで解いてやる」


 ざわめきが広がる。


「面白い」


 男が笑う。


 老人が一枚の紙を滑らせた。


 見た瞬間、頭の奥で何かが起動した。


 ――《試験構造解析:有効》


 問題の骨格が透けて見える。


 罠は二箇所。誘導は一箇所。本質は単純な比率計算。


 前世で何百回も見た構造だ。


 俺は地面に指で式を書く。


 思考が澄み切る。周囲の音が遠ざかった。


 数十秒後、答えを書く。


 沈黙。


 老人が確認する。


 そして、小さく笑った。


「正解だ」


 空気が変わる。


 敵意が、興味に変わった。


「いい腕だ」


 大男が肩を叩く。


「気に入った。値引きしてやる」


 老人が渋々言う。


「……銀貨二枚だ」


 それでも足りない。


 だが――


「残りは働いて返す」


 俺は言った。


「問題作成でも計算でも。使えるだろ」


 老人はしばらく考え、


「……三日だ」


 と答えた。


「三日働け。それで残りを帳消しにしてやる」


 そして帳簿を開きながら、面倒そうに付け加える。


「三日後、ここに来い。俺が案内してやる」


 交渉成立だった。



 資料を受け取り、俺たちは裏市場を出た。


 地上の空気がやけに清々しい。


「無茶する」


 リネアが呟く。


「でも、成功した」


 俺は資料を握りしめる。


 これで生徒たちの合格率は跳ね上がる。地下教室は次の段階に進める。


 同時に――


「三日間、裏市場で働くの?」


「そのつもりだ」


 危険だ。


 だが必要な賭けだった。


 リネアはしばらく黙り、


「……私も行く」


 と言った。


「一人じゃ死ぬわよ」


 俺は笑う。


「心強いな」


 闇に足を踏み入れた実感があった。


 もう後戻りはできない。



(第4話 終)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ