第3話:拡大と代償
地下教室は、予想より早く広がった。
三週間で、生徒は十五人。
市場で噂が回ったらしい。
「本当に解けるようになる」
「E級の問題を当ててる」
倉庫は手狭になり、授業は三部制になった。
朝、夕方、夜。
俺とリネアで交代しながら教える。
床に書いた計算式が消える頃には、喉は焼けるように乾いていた。
「……寝てる?」
授業後、リネアが呆れた声を出す。
俺は石箱にもたれたまま答えた。
「寝てない。考えてる」
「同じよ」
水袋が飛んできた。
「倒れたら終わり。自覚ある?」
「ある」
水を飲みながら倉庫を見回す。
チョークの跡が残る床。
ここが、俺たちの戦場だ。
「でも問題は別でしょ」
リネアが言う。
俺は頷いた。
金だ。
⸻
その夜、銅貨を並べた。
全部で百二十七枚。
生徒一人から、週に銅貨五枚。
三週間分を集めても、銀貨二枚にもならない。
E級試験の受験料は一人銀貨一枚。
十五人分で、銀貨十五枚。
現実は残酷だった。
「……足りない」
呟きが漏れる。
これ以上取れば、搾取だ。
それはやりたくなかった。
扉が小さく鳴る。
「まだ起きてる?」
エナだった。
こんな時間に珍しい。
「どうした」
彼女は布袋を差し出した。
「追加」
中には銅貨。
「父さんの工具、売った」
血の気が引く。
「馬鹿か!」
思わず叫んでいた。
「返してこい!」
「もう無理」
首を振る。
「でも、それで受けられるなら――」
「違う」
立ち上がる。
頭が熱い。
ここまで背負わせるつもりじゃなかった。
布袋を押し返す。
「受験料は、俺がなんとかする」
「でも――」
「約束だ」
強く言うと、エナは唇を噛んだ。
やがて小さく頷く。
「……信じてるから」
その言葉が、胸に刺さる。
⸻
翌日、市場を歩きながら考える。
合法的に短期間で大金を得る方法。
そんなものはない。
「行き詰まってる顔ね」
横を見ると、リネアがいた。
「つけてきたのか」
「偶然よ」
嘘だ。
彼女は声を落とした。
「裏市場がある」
足が止まる。
「学院の下級生には、裏で試験情報を売る奴がいる」
苦い顔をする。
「私も昔、一度だけ利用した」
「奨学生がか」
「だからよ」
リネアは短く笑う。
「落ちれば終わりだった。綺麗事だけじゃ生き残れない」
沈黙。
頭の中で計算が回る。
成功すれば、生徒全員が受けられる。
失敗すれば、全部終わりだ。
「……案内できるか」
自分の声が、やけに静かだった。
リネアは俺を見つめる。
「覚悟、決めたの?」
拳を握る。
前世の俺なら、こんな選択はしなかった。
資格は正攻法で取るものだと信じていた。
だが、今は違う。
「俺は受からせるって言った」
それがすべてだった。
「まずは生き残る。そして、勝つ」
リネアは小さく息を吐く。
「……本気なのね」
「本気だ」
彼女は背を向けた。
「なら来て。戻れないわよ」
「知ってる」
俺は後を追う。
地下教室は、もう引き返せない。
俺も、生徒たちも。
⸻
(第3話 終)




