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第3話:情報戦

第2巻「査問」


第3話:情報戦



 エナが戻ってきてから、地下教室の空気は完全に張り詰めていた。


「……どんな奴だった」


 俺が問うと、エナは記憶を辿るように目を伏せた。


「黒い外套で……学院章は見えませんでした。でも、監視官の人と話してて」


 ほぼ確定だな。


 学院側の人間。


 しかも――


「私の顔、ちゃんと見られました」


 エナの声は震えていない。


 だが、握った拳が白くなっている。


 怖いのに、踏みとどまっている。


 ……強くなってるな。


「尾行は?」


 リネアが即座に挟む。


「気づいた限りでは、ありません」


「“限りでは”ね」


 リネアの表情は厳しい。


 俺も同意見だった。


 学院が本気で動くなら、もっと静かにやる。



「状況を整理する」


 俺は石板を引き寄せ――途中で止めた。


 ……また同じ絵面になるな。


 代わりに、床に簡単な図を描く。


「学院側は、地下教室の存在を“疑っている段階”だ」


 円を一つ。


「だが、場所はまだ特定できていない」


 円の外に点を打つ。


「だから個別に当たりをつけている。エナがマークされたのは、その一環だろう」


 エナが小さく息を呑む。


「じゃあ……私のせいで――」


「違う」


 即座に否定する。


「むしろ逆だ。まだ“点”でしか見られていない証拠だ」


 ここで萎縮させるのが一番まずい。


「本気で掴んでいるなら、今日の踏み込みはもっと強引だった」


 リネアが静かに頷く。


「……同意」



 問題はここからだ。


 俺は床の図にもう一本線を引く。


「学院の次の一手は三つに絞れる」


 指を立てる。


「一つ。継続監視」


「二つ。泳がせて上流を探る」


「三つ。見せしめの個別査問」


 沈黙が落ちる。


 エナの喉が小さく鳴った。


「どれが一番……来そうですか」


 いい質問だ。


 俺は少し考え――


「二つ目だ」


 と答えた。


「泳がせて、教室の中枢を掴みに来る」


 なぜなら。


「学院にとって重要なのは、“違反者一人”じゃない」


 床の円を指で叩く。


「地下教室そのものの摘発だ」


 エナの顔色が変わる。


 理解した顔だ。


 この子は、本当に飲み込みが早い。



「……対策は?」


 リネアが腕を組んだまま問う。


 試すような目。


 いいだろう。


「こちらも情報戦で返す」


 俺は即答した。


「まず、エナ」


「は、はい」


「明日から、わざと動きを増やせ」


 目が丸くなる。


「え?」


「市場、資料屋、安宿。普段行かない場所にも行け」


「それって……」


 リネアが先に気づいた。


「囮?」


「半分正解」


 俺は小さく笑う。


「向こうが“点”で見てるなら、ノイズを増やす」


 床に点をいくつも描く。


「追跡コストを跳ね上げる。どれが本線か分からなくさせる」


 エナが息を呑む。


「……できます」


 迷いは、あった。


 だが逃げなかった。


 いい。


 本当にいい生徒だ。



「ただし」


 俺は声を低くする。


「絶対に一人で裏路地に入るな。危険を感じたら即引け」


「はい」


「リネア」


「何」


「学院側の動き、読める範囲で洗ってほしい」


 一瞬。


 本当に一瞬だけ。


 リネアの視線が揺れた。


 ――学院側の人間としての顔。


 だが次の瞬間には消えていた。


「……貸し一つ」


「高くつきそうだな」


「覚悟して」


 薄く笑う。



 作戦は決まった。


 だが。


 胸の奥に、嫌な引っかかりが残る。


 今回の学院の動き。


 確かに少し、早すぎる。


 まるで――


 最初から、誰かがこちらの規模を知っていたかのように。


 俺は床の図を見下ろしながら、静かに思った。


 これはまだ、前哨戦だ。


 本当の査問は、これから来る。

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