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第七話 捨てる神あれば拾う神あり

『中央都市サントゥス』に向けて、歩いていたアレクが街道沿いの小さな集落を通過しょうとした時の事だった。


突然、けたたましい蹄の音が響いた。

御者を振り落とした荷馬車が暴走し、積み荷の木材をガタガタと鳴らしながら、集落の露天群へ猛スピードで突っ込んでいく。


「危ない!」

アレクの叫びも虚しく、荷馬車は露店に正面衝突した。


ガシャン!バリバリ!!


混乱と悲鳴、砂埃が舞う中、アレクは反射的に駆け込んだ。砂埃が晴れると、凄惨な光景が広がる。数軒の露店が木っ端微塵になり、露店主らしき男が木材と荷馬車の車軸の下敷きになってうめき声をあげていた。


「くそっ!」

アレクはすぐに駆け寄り、車軸に手をかけたが、彼の力ではびくともしない。

「駄目だ!動かせない…どうすればいい?」焦燥がアレクを襲う。


「アレク!」

その時、聞き慣れた予期せぬ声が背後から飛んできた。宿屋の盗難事件で彼を助けてくれた、商人を名乗る少年だった。


「君は、あの時の…一体どうしてここに」

再会に驚くアレクをよそに、少年は長い木の棒を掴み、鋭く命令した。


「君は男を助け出す準備をしろ!」

少年は棒を車軸の隙間に差し込み、頑丈な木箱をテコの支点として滑り込ませた。


「私が棒の端を押し下げる。車体が浮いたら、直ぐに男を引きずり出せ!」

少年は細い体躯には不釣り合いな大きな棒の端に全体重をかけ、一気に押し下げた。ミシリと音を立て、車体がわずかに持ち上がり、横に傾いた。


「今だ!早く!」

アレクは呆然とする暇もなく、傾いた隙間から男の体を掴み、全力を込めて引きずり出した。男が安全な場所に引き出された瞬間、少年の力が尽きる。


ドスッ!凄まじい音と共に、荷馬車は元の位置に落ち込んだ。


「き、君に…また助けられた。それに、今の仕組みは?…まるで魔法のようだった」


少年は汗を滲ませ、立ち上がった。

「テコの原理だ。力は弱くとも、知恵を使えば、大きなものも動かせる。君も無事でよかった」


少年は荒い息を整えるために道の脇へと歩いていった。アレクは、少年が知恵と技術で自分の無力さを打ち破った事実に、圧倒的な感銘を受けていた。


少年の視線は、既に混乱に陥っている集落の人々へと向けられていた。彼は冷静な声で指示を飛ばす。

「負傷者は店の残骸から離れた場所に集めろ!誰か、熱した水を!荷馬車から逃げた馬を追える者はいないか!」


人々はその迷いのない指示に反射的に動き始める。そして少年は、最も重要な指示を出した。

「誰か!すぐに『ラナハイム』の西のギルド長にこの惨状を報告しろ。怪我人の手当てと、露店の補償を至急求めろ」


集落の一人が顔を曇らせた。

「それは無理だ。西のギルド長は横着者で…この集落のことなど、どうせ無視される」


少年は細い眉をピクリと動かした。

「無関心で、自己保身に走る、腐った貴族と同類か」


彼は有無を言わさぬ口調で命令した。

「いいか『引きずってでも』連れてこい、このままでは、君達の生活が破綻する」


少年の強い意志に押し切られ、数人の男が荷馬車に乗って集落を飛び出していった。


二時間後、文句を大声で言いながら、西の『アルカディ王国』商業ギルド長ドルトンが荷馬車から降りてきた。彼は惨状を目の当たりにしても、怪我人へのいたわりもなく、ひたすら文句を述べる。


あまりにもの態度にアレクが、

「この惨状を見て、その言葉はないでしょう!」と言って、アレクが前に出ようとするのを少年が手で制した。


「おい!小僧、お前が騒ぎの元凶か!私に命令したのか」

ドルトンが怒鳴りつけようとした瞬間、彼の視線は少年をまともに捉えた。ギルド長はピタリと口を閉じ、顔が一気に引きつる。

少年は静かに、氷の様な眼差しで冷たく言い放った。


「ヘインズ商会のドルトン殿」

そう呼ばれたドルトンの顔色は急変し、額から脂汗が滲み始めた。


「西のアルカディ王国商業ギルド長であるドルトン殿。あなたはこの惨状を見て、最初に口にしたのは、事故の煩わしさと、ご自身の不満でした。その振る舞い、商業ギルドの心得に照らして、いかがなものでしょうか?」


ドルトンは言葉が出てこない。少年はため息一つで言葉を遮り、鋭く言い放った。

「どうやら、西のギルド長ドルトン殿は、その肝心な心得を、とうにお忘れのようだ」


少年は一切の容赦なく、命令した。

「それではいけない。この集落の人々の前で、思い出していただきましょう。よろしいですか、ドルトン殿。私の言うことを、一字一句違わず復唱なさい」


ドルトンは小さく頷く。


「商業ギルドの心得、第一。我ら商人は、利益を求める前に、まず公正と信頼を築くべし」

「くっ…!商業ギルドの心得、第一!我ら商人は、利益を求める前に、まず公正と信頼を築くべし!」

ドルトンは顔を真っ赤にして復唱した。


少年は冷たい視線を変えずに続けた。

「心得、第二。我らギルドは、仲間のギルド同士で助け合い、困難時は助け合うこと。商業の安定と復興に尽力すべし。職務を怠り、保身に走るべからず」


ドルトンは再び大声で復唱する。


最後に、少年は最も痛烈な一撃を浴びせる。

「そして、心得、第三。弱きを無視し、困難から逃げたる者は、商人失格と心得よ」


ドルトンは顔を蒼白にさせ、かすれた声で絞り出した。

「心得、第三…弱きを無視し、困難から逃げた…逃げたる者は…商人失格と、心得よ」


少年は感情のない眼差しを向けた。

「よろしい。ドルトン殿。心得を復唱したからには、行動はそれに従うべきです。今から、この事故の負傷者の手当てと、露店の補償、そしてこの集落の復興計画を、あなたが責任をもって主導し、報告しなさい」


「…りょ、了解しました…」

ドルトンはもはやただの怯えた男だった。


少年は何も言わずにアレクを促し、その場を離れた。

「あ、あの…あなたは一体…」

アレクが口を開いた、その時。

『ぐぅ〜〜〜〜〜』

場違いな、あまりにも正直な音が、アレクの腹の底から鳴り響いた。アレクは恥ずかしさのあまり俯いた。


少年は愉快そうに笑い出した。さっきまでの厳格な顔はどこにもない。

「飯、行くか!」

「あ…はい…あ…でも」

懐具合を気にしてアレクは躊躇した。

「誘ったのは私だから、奢りだ。遠慮するな」


アレクがそれでも渋ると、少年は急に不機嫌になった。

「あ…もう五月蝿い、ゴチャゴチャ言うな!奢るって言ってんだから、黙ってついてこい」

有無を言わさぬ口調に、アレクは観念した。


二人は集落の端に停めてあった、ロバが引く幌付きの小さな荷馬車に向かった。少年が御者台に上がり、手綱に触れた瞬間、小さく『くっ』と息をのみ、手を引っ込めた。


「どうしました」

アレクは少年の手を取った。テコの原理を利用した際に無理をしたのだろう。手のひらは赤くすり切れ、一部皮膚がめくれている箇所さえあった。


ドルトンを震え上がらせた威厳からは想像もできない程、少年の手は小さく、華奢だった。アレクが怪訝な顔で見つめるせいで、少年は慌てて手を引き戻した。


「っ…なんだよ!離せ、バカ野郎」

少年の頬がうっすらと赤らんでいる。


「あ…すみません。その手じゃ手綱を握るのは無理ですよね?俺が御者台に上がります」


「そうか?じゃあ君に任せる」


二人は並んで御者台に座った。


「荷馬車で、この集落を離れて…どこへ行くんですか?」

「一番大きな街はラナハイムだが…」

『ラナハイム』アレクにとって嫌な思い出しかない街だ。表情が曇ったのを少年は見過ごさなかった。


「君はどうしたい?中央都市を目指してるんだっけ?それなら『ラナハイム』では引き返す事になる…その先を目指すと言うなら、次の街『カレム』に入るほうがいいんだろうが…ただ飯にありつけるのは夜になるぞ!」


「じゃあ、『カレム』でお願いします。夜になっても、腹は持ちこたえてみせます!」

「カレムでいいんだな!君の腹の中の虫が死ななければいいが」

少年はおかしそうに言った。


アレクはロバに指示を出し、速度を上げた。


「あの…改めて聞かせてください。あなたは一体、何者なんですか?」

アレクの問いに、少年は澄んだ青空を見上げて言った。


「私か?私はただの旅の商人だよ。それ以上でも、以下でもない」


「…とてもそうは見えませんでしたが」

「ハッ。見えなくて結構。お互い様だろう」


少年は初めてアレクを真っ直ぐに見た。その眼差しは、どこか遠い未来を見据えているように、静かに輝いていた。


「着いたら、話そう。飯を食ってからな」


アレクは再び腹の虫を刺激された気がして、手綱を握る手に力を込めた。荷馬車は、次の街『カレム』へと続く道をひた走る。二人の間に、新たな旅が始まった。

『本編を読まなくても分かる『勇盾』簡単物語』


街道での暴走事故を「テコの原理」で解決した少年は、傲慢なギルド長をも知恵と威厳で屈服させ、集落を救う。少年の正体に驚愕しつつも、アレクは彼と共に次なる街カレムへ。空腹と手の傷をきっかけに距離を縮めた二人の、新たな旅が幕を開ける。

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