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第二十一話 夜明けを繋ぐ

ジャンは血塗れの鉗子を放り出し、手早く傷口を洗浄し始めた。


「弾が抜けたのは、せいぜい第一段階だ。ここからだぞ、化膿と熱との戦いは」


ジャンは傷口を観察し、「縫合はしない。閉じてしまえば、膿が出せずにすぐに死ぬ。ラナ、オークの皮と蜂蜜を混ぜた湿布をすぐに用意しろ」と指示した。


ジャンはアレクを一瞥し、「本当は動かしたくないが、この場所キッチンでは清潔が保てん。動かせば出血と悪化のリスクは高いが、清潔さを優先する」と言った。


「お前の力なら可能だろう。細心の注意を払って二階へ運べ。絶対に振動させるな。垂直に運べ!」


アレクは、「わ、わかりました」と答えた。


ラナが軟膏を傷口に詰め、厚手の清潔な布を当てた。


ジャンは立ち上がり、「治療代は後で請求する。この子は、今夜が山だ。よく見てやれ」と言い残し、足早に台所を出て行った。


ラナはヴィックの処置された傷口を注意深く観察していた。


「兄ちゃん、まだあんたの名前を聞いてなかったね」

「アレクサンダーです。アレクと呼びます」

「わかった。アレク。あたしが先導する。これは力じゃない。優しさだ」


ラナは、血を拭ったヴィックの小さな手を、アレクの腕にそっと置いた。

「さあ、お嬢さんを花嫁を抱き上げるように運びな。絶対に揺らすんじゃないよ」


アレクは、この切羽詰まった状況にもかかわらず、その言葉に思わず顔を熱くした。独身の彼にとって、それはあまりに現実離れした言葉だった。動揺を隠そうと、彼は思わず唾を飲み込む。


「(こんな最中に、何を考えているんだ俺は!)」

彼は己の不謹慎な感情を叱責し、深く息を吸い込んだ。漁師として鍛えられた腕を、ヴィックの背中と膝の裏に回す。

彼は最大限の集中をもって、一瞬でヴィックの体を抱きかかえて持ち上げた。抱き上げた体は完全に水平に保たれている。


アレクは、まるでガラス細工を扱うかのように、一歩一歩、慎重に歩みを進めた。階段の軋む音さえ立てないよう、全身の筋肉をコントロールし、鍛えられた体幹で振動を全て吸収する。


重い扉の向こうの喧騒は遠のき、二階の部屋にはヴィックの荒い息遣いと、湯気の微かな湿り気だけが漂っている。


彼は音を立てぬよう静かにベッドの傍らに膝をつき、優しく置くように、ヴィックの体を寝台の上に降ろした。


全身の力を抜き終えた瞬間、シャツは汗でびっしょりになっていた。極度の集中と緊張で、彼は激しい疲労を感じていた。


「第一段階が終わったよ、アレク。ご苦労様。ヴィクトリアの看病はあたしがやる。あんたは部屋で休んでな」


ここで彼女を一人にはできないという強い思いが湧き上がる。


「いや、俺がやります」

アレクは食い下がった。


「湯で体を拭くのも、熱を測るのも、薬草を飲ませるのも、全て俺にやらせてください」

「俺は、俺の傲慢さで、ヴィックにもひどいことを言った。彼女は、俺を助けてくれたのに……俺は」


彼の強い決意のこもった目に、ラナは小さく息を吐いた。

「……根負けしたよ。ま、あんたの覚悟は本物と見えるね」


ラナは清潔な布と湯の入った鍋をアレクに手渡した。

「わかった。湯で体を拭き、傷口を清潔に保つのはあたしがやる。あんたは慣れていないだろう。だが、その他の看病――熱を下げること、薬草を飲ませること、そして何より、彼女の側にいて、目を離さないこと。それはあんたに任せる」


「わかってるね、アレク。今夜一晩、一睡もしてはいけない。交代はしないよ」


アレクは強く頷いた。

「はい。任せてください」


彼はベッドの傍らの椅子に静かに腰を下ろし、震える両手を強く握りしめ、ベッドに横たわるヴィックを見つめた。

彼の脳裏には、ヴィックに浴びせた自らの傲慢な言葉が、何度も反響する。


「俺は……俺は、お前を死なせるわけにはいかない」

静かに、しかし強い決意を込めて、彼は心の中で誓った。


真夜中が近づく頃、ラナが二度目の薬草を持って上ってきた。

「これが二回目だ。少しずつ、時間をかけて飲ませてやりな」


アレクはヴィックの頭を優しく持ち上げる。その首筋は、既に微かな熱を帯び始めていた。


意識のない彼女の口は開かず、薬は何度も流れ落ちたが、アレクは諦めなかった。

濡れた布で何度も口元を拭い、一滴ずつ、まるで赤子に乳を与えるかのように、根気強く飲ませ続けた。


東の空が白み始める前の、最も暗く、冷たい時間帯。

ヴィックの体が、急激に熱を持ち始めた。


「……っ!」

アレクが額に触れると、高熱に驚いて手が跳ね返される。ジャンが言った「化膿と熱との戦い」、その“山”が来たのだ。


アレクはすぐに階段を駆け降り、冷たい水で布を濡らした。

何度も絞った冷たい布を、ヴィックの額、首筋、そして脇の下に当てる。

熱は激しく、布はすぐに生ぬるい湯気となって乾いていった。


ヴィックはうわ言を口にし始めた。

「サンダー……サンダー、許してくれ……もうすぐ……もうすぐ私もそこへ行くから……だから許してくれ……」

意識の混濁の中、苦痛に顔を歪ませた。


夜明けが近づく、最も暗く冷たい時間帯。ラナが新しい薬草を持って静かに部屋に入ってきた。


「まだ熱が下がりません……」

アレクは震える声で言った。

ラナは薬草を置き、ヴィックの額に手を当てた。


「大丈夫……ヴィクトリアは死んだりしない。この子はそんなことで死んだりしないよ!」


アレクは意を決して口を開いた。

「ラナさん。ヴィックがずっと『サンダー』という名前を呼んでいます。苦しそうです。そのサンダーさんという人を呼んで、会わせてあげるべきではないでしょうか」


ラナはアレクの目を真っ直ぐに見つめた。

「……会わせたくても、もう会わせられないよ、アレク。あのコはもういないからね」


アレクは息を呑む。


「サンダーは、人じゃない。……ヴィクトリアが一番可愛がっていた愛馬の名前さ」


アレクは震える声を必死にこらえてラナに聞いた。

「ヴィックは愛馬を……サンダーを、自分が殺したんですね?」


ラナは息を吐いた。

「そうするしかなかったんだよ……あの子は……もう、あの状況で皆を生かすために……あの子はそうしたんだ」


東の空が完全に白みきった頃、ヴィックの体がようやく落ち着きを取り戻した。

一晩中、沸騰した湯のように脈打っていた首筋の熱が、少しずつ引いていく。


「……よかった」

アレクは椅子に座ったまま、崩れ落ちるように深く息を吐いた。安堵の感覚が、わずかに疲労を遠ざけた。


「アレク」

階下から上がってきたラナが、冷たい水と新しい薬草を持って部屋に入ってきた。

ラナは高熱が引いたヴィックを見て、小さく息を吐いた。

「よくやったね。最初の山は越えたよ。この娘の生命力は大したものだ」


「これでヴィックはもう大丈夫ですよね?」


「まだだ、兄ちゃん」

ラナは顔色を変えず、冷静に言った。

「今度は膿との戦いになる。そして熱はまた来る。体力が戻るまで、何度でもだ」


「少し休みな。あたしが昼の間は看る。眠らなきゃ、あんたが先に倒れるよ」


「……いえ。大丈夫です。俺は、ここにいます」

アレクは歯を食いしばって言い、薬草をヴィックの唇に一滴ずつ落とした。


ラナの言った通り、熱は三日目の夜に再び急上昇した。


アレクはすでに限界を超えていた。高熱にうなされるヴィックのうわ言は、ますます苦しげになっていた。


絞る手の震えが、彼女の熱のせいか、自分の疲労のせいか――もうわからなかった。


「頼む……生きてくれ」

声に出すと同時に、彼はヴィックの手を握りしめた。その手が、かすかに握り返したような気がした。


やがて、東の窓を淡いオレンジが染め始める。

静寂が訪れ、ヴィックの熱が――本当に引いた。


呼吸は荒い喘鳴ではなく、静かで規則正しい寝息へと変わっていた。


「……ラナさん!」

階下で仮眠をとっていたラナがすぐに飛び上がってきた。


ラナは脈と呼吸を測り、深く頷く。

「やったね、アレク。山は越えた。この子の生命力と、あんたの看病の勝利だ」


その目尻に、わずかな涙が滲んでいた。


「まだ油断はできないが、もう最悪の危機は去った。あんたも、三日ぶりに座り込まずにいるじゃないか」


熱は微熱で安定し、傷口も化膿の兆候は見えなかった。


怪我から五日目の朝。

アレクはいつものように清潔な布を絞り、ヴィックの額に当てた。

その瞬間――閉じられていたヴィックの長い睫毛が、微かに震えた。

ゆっくりと持ち上げられた瞳が、震えるアレクの顔を捉えた。


アレクは驚きのあまり、手に持っていた布を床に落とした。


「ヴィック……!」

その名を呼んだ瞬間、安堵の涙が一気に溢れた。

「わかるか……?アレクだ」


ヴィックは何も言わなかった。ただ、その弱々しい顔に、力尽きそうな看病人を慈しむような笑みを浮かべ、華奢な手で、アレクの頬にそっと触れた。


意識が戻ってからの最初の食事は、ラナが用意した冷めた重湯だった。


翌朝。ヴィックは微熱が続くものの、体力が回復しているのを感じた。


かすかに体を起こす。

朝、目覚めたときに見た――あの疲弊しきったアレクの顔。それが彼女の脳裏に焼き付いていた。


階下から足音が聞こえ、ラナがすぐに顔を出した。

「起きたか。調子はどうだい、お嬢さん」

「悪くない」


ラナは湯でヴィックの額を拭きながら言った。

「あんたの生命力は本当に大したもんだよ。もう峠は越えた」


「……アレクは?」


ラナは手を止め、ふっと笑みを浮かべる。

「ああ、兄ちゃんかい。あんたが目を覚まして、ひと息ついた直後――文字通り、死んだように寝たよ」


「昨日からまる一日、一度も目を覚まさない。まるで、あんたの看病のために、魂だけで立っていたみたいだったね」


ヴィックの目が見開かれた。自分が見た極度に疲労したアレクは錯覚ではなかった。


ラナは再び作業に戻りながら、冗談めかして言った。

「ところでヴィクトリア……あの兄ちゃんは、あんたの彼氏かい?」


その瞬間、ヴィックは驚きと動揺で顔を真っ赤にして慌てふためいた。


「なっ……なっ、なんでそうなるっ!」


「おやおや、違うのかい?」

ラナはニヤリと笑う。

「あんなに必死に看病するからさ。てっきりそうだと。あの献身ぶりは普通じゃないよ。しかもあんたも、目を覚まして真っ先に彼の心配だ」


「ラナッ!!」

肩の傷に響いたらしく、ヴィックは顔をしかめた。


「ほらほら、無理するんじゃないよ。せっかくアレクが必死に看病してくれたのに、傷が開いたりしたら大変だ。またあの子が看病すると言って必死になるよ。……あんたも罪な女だね」


「誰のせいだと思ってる!」

ヴィックは呻いた。


「それだけの減らず口が叩けるなら、もう大丈夫だね」


ラナは愉快そうに笑いながら部屋を出ていった。


一人残されたヴィックは、まだ熱の残る顔を枕に埋めた。「彼氏」という単語だけが、頭の中で何度も反響した。


『本編を読まなくても分かる『勇盾』簡単物語』


銃弾を受けたヴィックを救うため、アレクは不眠不休で懸命な看病を続ける。数日間にわたる高熱の山を共に乗り越え、ついにヴィックは意識を取り戻した。命の恩人であるアレクの深い献身を知った彼女は、ラナのからかいに動揺する。

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