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第十八話 真実の暴露

アレクは夕食を終えると、ユリウスを先に部屋へ戻し、向かいの扉をノックした。

「ヴィック、少し話があります。」


内側から不機嫌そうな声が響いたあと、ガチャリと扉が開く。

青い瞳が覗いた。その中には、わずかな苛立ちが浮かんでいた。


「相談したいことがあって……明日の旅のことで。」

「相談?今さら何を相談する。あの子供を村まで送る…そう決めたのはお前だろう。」


けんもほろろな言い方だった。

アレクは言葉を失う。実のところ、旅の相談は口実で、ただヴィックと話がしたかっただけだ。

昼間の気まずさを、少しでも解きたかった。


まさか、ここまで冷たく突き放されるとは思わなかった。


「……そうですね。」

肩を落とし、アレクはすごすごと部屋へ戻った。


「ユリウス?」

部屋の中にいるはずの少年の姿がない。

アレクは血の気が引くのを感じた。

旅の途中、見知らぬ場所の宿屋だ。昼間の人買いの件もあり、アレクの胸は最悪の予感で満たされた。


階下の食堂に駆け下りる。

カウンターの親父は居眠りをしている。

ユリウスの姿は、どこにもない。


アレクは勢いよくヴィックの扉を再び叩いた。

「ヴィック! ヴィック、開けてくれ!」

「……いい加減にしろ、また何だ!」

「ユリウスが……ユリウスがいないんです! どこを探しても!」


ヴィックは一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに深くため息をつく。

「なんだ、そんなことか。騒ぐな。この近くに川があっただろう?

ああいう元気なガキは、水の音に誘われて遊びに行くもんだ。」


背を向けて部屋へ戻ろうとする。

「どうせすぐ帰ってくる。ほっとけ。寝ろ。」


「冗談じゃない!」

アレクは思わず声を荒げた。

「夜中に外へ出てはいけない。災害級のモンスターが出るし…

それを知ってて放っておけるわけがない!」


ヴィックは振り返り、呆れ果てたように目を細めた。

その表情には、怒りを通り越した虚無感が滲んでいた。

「……好きにしろ。」


アレクはヴィックに構わず、剣を手に外へ飛び出した。


夜が沈み始めていた。

宿の門はまだ閉じられていないが、空気はすでに夜の冷たさを帯びている。

アレクは息を切らせて走った。やがて、川のせせらぎが聞こえる。


水辺の石の上に、ユリウスの姿があった。

小さな背中が、月明かりを受けて光っている。


「ユリウス!」

駆け寄る。安堵と怒りが入り混じった声が出た。


「心配しただろう! 夜中は危ないんだぞ!

 すぐに戻る」


剣を構えたままの緊張に、ユリウスは首を傾げた。

「危ない?」

「ああ! 夜は災害級のモンスターが出る。昔、旅の冒険者にそう教えてもらった!」


アレクが腕を掴もうとすると、ユリウスは頑として動かず、澄んだ瞳で言った。

「……アレクにいちゃん。そんなの嘘だよ。」


アレクは動きを止める。

「え……?」


ユリウスは首を振った。

「夜に街道を歩くと魔物が出るなんて、おとぎ話だよ。こんな人通りの多い場所に、そんな強い魔物なんて出ない。

危ないのは野盗とか人さらいくらいって、お母さんが言ってた。」


その無邪気な言葉が、アレクの信じていた世界を音もなく崩していく。


その時、背後から足音が近づいてきた。

ヴィックだった。

好きにしろと突き放したものの、やはり心配になって追っかけて来たのだ。


「ヴィック……」

アレクは縋るように問う。


ヴィックは、アレクの瞳に映る最後の希望と、それに縋るような切実な思いを読み取った。


「街道には……モンスターが出るんですよね?」


その青い瞳に、一瞬、深い嘆息と諦めが浮かんだ。彼女は鼻先でわずかに笑い、その表情には、怒りや苛立ちを通り越した、冷たい虚無感が滲んだ。


――これ以上、嘘を重ねるべきではない。


アレクの信じてた世界を壊す時がきたのだ。


『サントゥス』に着けば否が応でもアレクはあの冒険者の言葉が嘘だと知るだろう。

その時、一人でその失望の渦に立たせるよりは、今この場で自分が、彼の夢に『現実』という名の楔を打ち込むべきだ。 憎まれ役になろうとも、それが、彼をこの先守る唯一の方法だとヴィックは決断した。


彼女は目を閉じ、深く息を吐くと、冷たく告げた。

「それは……嘘に決まってるだろ。」


青い瞳が細まり、言葉が夜の空気を切り裂く。

「災害級のモンスターなんて出ない。

そもそも、この街道にはモンスターなんてもの自体いない。

ここは商人も旅人も行き交う最も安全な道だ。」


アレクの中で、何かが音を立てて崩れた。

剣を握る手から力が抜ける。

夜風が静かに吹き抜けた。


アレクはユリウスを連れて宿屋に戻ると、激情のままにヴィックの部屋へ押し入った。

感情の整理もつかぬまま、部屋の主をまっすぐに見据える。


「全てが……嘘だったんですか。街道のモンスターも、……どうして、そんなことを!」


ヴィックはその純粋すぎる問いを聞くと、ふっと笑った。

それは呆れとも、憐れみともつかぬ、冷たい笑みだった。


「だいたい何故、見ず知らずの男のそんな荒唐無稽な話を信じた?」


寝台に腰を下ろし、優雅に足を組む。

その落ち着いた姿に、アレクは言葉を失った。

喉の奥から声が出てこない。


ヴィックは、震えるアレクに容赦なく言葉を重ねた。

「純粋なのは結構だが……お前は、世間を知らなすぎる。」


その言葉が、アレクの胸の奥で深く響いた。

――世間を知らない。

旅に出てから、アレクは自分がいかに狭い世界で生きていたかを思い知らされていた。


『中央都市サントゥス』という大都市の冒険者ギルドに所属していると豪語していた男。

彼の語る世界は夢のように眩しく、アレクにとって『外の世界』そのものだった。


「まさか……『サントゥス』に冒険者ギルドがあるって話も……」


アレクは掠れた声で、最後の希望を尋ねるように問うた。

ヴィックは鼻で息を吐き、冷ややかに笑う。


「――まぁ、嘘だな。」


きっぱりとしたその断言が、アレクの心にひびを入れた。


「そもそも、この大陸にあるのは商業ギルドと教会だけだ。冒険者ギルド自体存在しない。『サントゥス』には商業ギルドの本部と、『エルナスの光教会』の総本部がある。」


鈍い音。床に落ちた剣が転がる音に、アレクは気づかなかった。顔を覆い、崩れ落ちる。


『冒険者ギルド』『街道のモンスター』『災害級の危険』――信じてきたすべてが音を立てて崩れていく。


「……あの赤髪の双剣使いと『サントゥス』で出会ったというのも、嘘か。」

誰に聞かせるでもなく、アレクは呟いた。


諦めの滲むその声に、ヴィックが反応する。

「赤髪の双剣使い、サントゥス?」


それまでの冷笑が一瞬で消えた。

ヴィックはわずかに身を乗り出す。


アレクは顔を覆っていた手をずらし、驚きの眼差しを向けた。

「冒険者が言ってたんです。赤髪の双剣使いと『サントゥス』で酒を酌み交わしたって。だから……『サントゥス』に行けば会えると思ってた。」


ヴィックの左眉がぴくりと跳ねた。

「酒を? ……嘘もいいところだな。あの下戸が酒を飲めるわけがない。」


その一言。

感情に任せて滑った言葉を、アレクは聞き逃さなかった。


「ヴィック……! ヴィックは赤髪の双剣使いを知っているんですか?」


ヴィックの表情に、一瞬「しまった」という色が浮かんだ。


ロペス爺さんからアレクが偽の冒険者に『モンスター』だの『サントゥスの冒険者ギルド』の話で担がれた話は聞いていたが、『赤髪の双剣使いとその偽の冒険者がサントゥスで酒を酌み交わした』という話は聞いてなかった。

そのせいもあってうっかりしてしたのもあるが、気落ちしているアレクに気を取られたというのもあった。


冷徹な仮面が剥がれ、動揺が顔に滲む。

だがその揺らぎは一瞬だった。

すぐに彼女は深く息を吐き、いつもの無表情を取り戻す。


「落ち着け、アレク。」

寝台の上で姿勢を正し、静かに言葉を紡ぐ。

「私は商人だ。旅の途中で様々な噂を聞く。それだけのことだ。」


理屈は正しい。だが、言葉の奥に何かを隠しているようにも思えた。

嘘と真実、その境界が霞んでいく。


ユリウスはそんな空気など知らぬように、寝台の上で穏やかな寝息を立てていた。

アレクが抱き上げようとすると、ヴィックが制した。


「いい、そのままで。起こしたら可哀そうだ。」


そう言って、そっと布団を掛ける。

微笑みは柔らかく、教会に飾られた聖母像のようだった。


その瞬間、アレクの脳裏をユリウスの言葉がよぎる。

「だって、お姉さんの匂いがしたもん」


……そんなはずはない。ヴィックは男のはずだ。


アレクの胸は激しく揺れていた。

ヴィックの整った顔立ちや、時折見せる優しさに、彼はいつしか恋にも似た、おかしな感情を抱き始めていた。

だからこそ、ヴィックは男でなければならなかった。 男でいる限り、この感情は『憧れ』や『友情』の範疇に押し込めることができる。もし彼女が女性だとしたら、制御不能な衝動に、自分の全てが飲み込まれてしまう気がしていた。


ヴィックは静かに言った。

「アレク……確かに、嘘は人を傷つける。だが時には、嘘をつかなければならない時もある。

嘘をすべて悪と決めつけるな。その嘘の真意を、見極めろ。」


「……真意」

掠れた声で呟く


ヴィックは背筋を伸ばし、表情を戻した。

もう感情の揺らぎはどこにもない。

それが、アレクにはかえって遠く感じられた。


アレクはまだ知らない。

ヴィックがモリスの従兄妹であり、ロペス爺さんと旧知の仲だということ

グレイ伯爵家の出来事をすべて知ったうえで彼に同行していること。

そして―ヴィックが女性であるということを


夜は静かに更けていく。

アレクは床に落ちた剣を拾い上げた。

指先が冷たく震えていた。



『本編をを読まなくても分かる『勇盾』簡単物語』


信じていた「冒険者ギルド」や「魔物」の存在が嘘だと知り、絶望するアレク。追い打ちをかけるヴィックの冷徹な言葉に傷つくが、彼女が漏らした失言から「赤髪の双剣使い」との繋がりを疑い始める。嘘と真実が交錯する中、アレクはヴィックの正体に一歩近づく。

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