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第十一話 本気の強さへの誓い

街道沿いにある食堂で昼食を取った時の事だった。この食堂には旅人用の馬車置き場がなく、二人が乗る荷馬車は、賑わう街道から少し外れた公営の馬車繋ぎ場に留めてあった。


簡単な昼食を済ませた二人は、荷馬車を置いてあった場所に向かって賑わう通りを歩き始めた。


「あの食堂の飯は塩気が強かったですね!もう喉がカラカラだ」

彼にとって、食堂は単に飯を食う場所だった。他の客が自分たちを品定めするような視線を投げかけていたことなど、露ほども気づいていなかった。


「そうか?私には丁度良い加減だったが」

ヴィックの声は低く、警戒の色が滲んでいた。ヴィックは、食堂にいた男たちの執拗な視線と、彼らが自分たちの後をつけている気配を掴んでいた。


「ヴィックは、何だかさっきから静かですね。腹でも下しましたか?」

アレクはからかうように笑ったが、ヴィックは答えなかった。


二人が賑わう通りを離れ、人通りが途絶えた馬車繋ぎ場へと続く細い砂利道に入った瞬間、ヴィックは立ち止まった。周囲の喧騒は遠くなり、ここは急に静寂に包まれている。


「アレク。少し黙れ」

その強い口調に、アレクはようやく異変に気づいた。

「どうしました、ヴィック?」

「……いるぞ。三名だ」


ヴィックはアレクに振り返ることなく、囁くように言った。アレクも即座に振り返る。細い砂利道を、大柄な男たちのシルエットが三つ、にじみ出るように姿を現した。アレクは、初めて彼らの存在を知り、驚きで目を見開いた。


「そこのお二人さん。ちょっと立ち止まってもらおうか」


先頭の男が、下卑た笑いを浮かべて言った。見え見えの物取りだ。

ヴィックは静かに息を吐いた。


「物目当てか。持っているものは全て渡そう。手荒な真似はしないでくれ」


ヴィックは穏便に済ませるつもりだった。無益な争いを避け、旅を続けることを優先する。物で済むならそれで済ませたかったのだ


「そいつは話が早い」

男たちは笑い、一歩踏み込んできた。ヴィックは、腰の剣に手をかけたアレクを制するように、わずかに手を上げた。


「私の持っている金はこれだけだ」

「ふん、ケチな金だ。だが、お前が持っているもっと価値のあるものは別だ」


男の目が、ヴィックの整いすぎた容姿に釘付けになる。その貪欲で汚れた視線に、アレクは一瞬で血の気が引いた。


「そうだ。お前のそのツラは、ちょっとした好事家に売れば、銀貨十枚は、いや金貨にも値する。まさか、こんな街道で大当たりを引くとはな!」


男たちの笑い声が静かな馬車繋ぎ場に響き渡る。物取りどころではない。人攫い、奴隷商人への売り飛ばしだ。


その瞬間、アレクの理性は弾け飛んだ。

「てめえら!」

アレクは叫び、腰の剣を抜き放った。ヴィックが制止の声を上げる間もなく、アレクは先頭の男に一直線に斬りかかる。


「馬鹿め!」

男は得物としていた斧を振り上げ、アレクの剣を力任せに弾き飛ばした。アレクは体勢を崩した。


男たちがアレクを打ち負かしたことに気を良くし、再び一歩踏み込んできた、その一瞬の隙。


ヴィックはわずかに腰をひねり、右手を開いたまま背後の腰、ズボンの内側に滑り込ませた。その動作は、まるで緊張を解くための癖のようにも見え、男たちは警戒しなかった。


だが、ヴィックの指先が、隠された特注品のグリップを掴んだ瞬間、体温を帯びた非常に薄い刃が、無音で柄の中に収められていた鞘からスライドして飛び出す。


次の瞬間、血を求めるギザギザの刃が、男たちの目に見えない角度から閃光のように抜き放たれていた。


ヴィックの脇腹を狙って斧の柄で薙ぎ払ってきた。ヴィックは身を翻してそれを避け、その隙に懐タガー(短剣)を抜き放つ。


ヴィックの動きは、アレクとの手合わせよりも更に速く、軽い身のこなしと、予測不能な角度からの攻撃。まるで舞を舞っているかのようだ。


「ぐっ!」

タガーは短い刃先がギザギザと波打っており、ヴィックはそれを相手の腕や首筋といった急所ではないが、確実に動きを止める場所に深々と、しかし致命傷を避けるように突き立てていく。男が血を噴き出し、よろめいた。


だが、アレクの意識は、既にその光景に奪われてはいなかった。

残りの二人がヴィックに気を取られている間に、アレクは斧を弾いた男に再度斬りかかった。

しかし、アレクは一瞬、躊躇ちゅうちょした。それが致命的な隙となった。


「どうした、若造!殺すつもりもないのに、剣なんか抜くんじゃねえ!」


男は、アレクの動きを見抜き、大きく笑いながらアレクの剣を打ち払う。男の剣の切っ先がアレクの右腕にカツンと当たった。

鋭い痛みと、温かいものが流れる感触。


「ぐ……!」

アレクは一歩下がり、腕を抑えた。剣先が皮膚を浅く切っただけで、大した傷ではない。


「アレク!」

ヴィックが叫んだ。その声は、これまで聞いたことのない、底知れない怒りを帯びていた。


アレクが顔を上げると、ヴィックの周囲の空気が、まるで熱を持ったかのように歪んで見えた。彼の顔は、昼の光の中でも表情を読み取ることはできないが、放たれる殺気は、アレクの肌をチリチリと焼くようだった。


「物で済むものを、余計なことをしてくれたな」

ヴィックは冷たい声で呟いた。それは、男たちに向けられたものだが、アレクの心臓を鷲掴みにするような響きがあった。


ヴィックの戦闘スタイルが変わった。もはや相手の動きを止めるための『牽制』ではない。一つ一つの動きが、『完膚なきまでの破壊』を目的としている。


ヴィックは、タガーを左右の手に入れ替えながら、軽やかなステップで二人を翻弄した。


一人が腹を抱えて呻き、膝から崩れ落ちた。もう一人が恐怖に怯え、後退しようとした瞬間、ヴィックのタガーが閃光のようにその男の太腿を貫いた。男は断末魔の悲鳴を上げ、地面に倒れ込んだ。


最初にアレクと戦っていた男は、その異様な光景に顔色を失った。

「ば、化け物……」


男が斧を捨てて逃げ出そうとした瞬間、ヴィックは既にその背後にいた。ヴィックは、男の背中をタガーの柄で打ち付け、地面に叩き伏せる。


一瞬にして、三人の男たちは、街道から外れた土の上に転がり、呻き声と血の匂いを撒き散らす塊と化した。ヴィックは荒い息を整えながら、タガーの血を拭うこともなく、三人の男たちを見下ろした。


ヴィックはゆっくりとアレクに近づいた。アレクは、呆然と立ち尽くし、ただその光景を凝視していた。


倒れた男たちの呻き声、土に散った血、そして血を滴らせてまだ熱を帯びるヴィックのタガー


その全てが、夢か幻のように遠い。


目の前で何が起きたのか、理解はできる。

だが心が追いつかなかった。


「……アレク、大丈夫か!腕を見せろ!」


掴まれた右腕から痛みが走った。

だがアレクは痛みを感じることすら二の次だった。


ヴィックの指先は荒いが、傷口に触れる手つきは驚くほど慎重だった。

怒りで震えているのに、触れる圧だけは優しい。

その矛盾が、アレクの胸を締め上げた。


「たいした傷ではない。だが、血が出ている。くそ、まったく……」


ヴィックは舌打ちした。

男たちへの怒りなのか

アレクが無茶をした怒りなのか

それとも――自分が男たちにやり過ぎたことへの怒りなのか。


アレクには分からなかった。


だが――胸の奥が痛かった。


自分は何一つできなかった。

ヴィックが命を張って、怒り狂い、血塗れになって守ってくれたのに、自分はただ足を引っ張った。


その事実が胸を抉り、耐え難いほど情けなかった。


「ヴィック…」


声を出した瞬間、喉が詰まり、涙がこぼれそうになった。


「すみません…」


本当は、惨めで、悔しくて、情けなくて、ぐちゃぐちゃな感情があった。

でも出てきた言葉は、たったそれだけだった。


自分の不甲斐なさを隠せず、絞った声が震えた。


ヴィックの表情は変わらなかったが――

その一言は、ヴィックの胸の冷たい鉛を音を立てて砕いた。


アレクが黙っていたのは、恐怖でも嫌悪でもなかった。

自分を怖れていたのではなかった。

気づいた瞬間、ヴィックは大きく息を吐いた。

深く、長く、体の奥底に沈んでいた緊張が崩れていく。


「アレク、何故謝る?」


タガーが柄の中に収められる音が、驚くほど柔らかく聞こえた。


「俺は何の役にも立たなかった」


アレクは唇を噛み締めたまま、目をそらすことしかできなかった。


「そうだな。お前は人を傷つけることは無理だ…軍人でもないしな」


刺すような事実。

だが責めている声ではなかった。

ヴィックはただ、真実を静かに置いただけだった。


「でも、そう言うヴィックだって商人じゃないですか」


震えた声で返したアレクの言葉は、半分泣き言に近かった。


「私は…これでも人を殺めた事があるからな」


その一言は、優しいようで、あまりに遠くて、残酷だった。

ヴィックが歩いてきた道の片鱗が見え、その重さにアレクは息を呑んだ。


「人を殺めなければならない事態がない方が人は幸せだと思うが…違うか?」


ヴィックの眼差しは鋭くもあり、哀しみも含んでいた。


「……はい」


アレクは迷わず答えた。

その答えは未熟で理想主義かもしれない。

だが、それでもアレクの本心であり、生き方だった。


ヴィックは微かに目を細めた。


「だったら…もう何も気にするな。私は人を殺める事を知ってた…お前はそれを知らないから、ただ躊躇した。それだけの事だ」


アレクの肩が震えた。

責め言葉ではなく、肯定だった。


「お前は本気になれば、多分私でも敵わないと思う…本気になればな」


その言葉は、慰めではなかった。

旅の間に積み重ねられた事実が裏打ちしている、確信の声だった。


胸が熱くなった。涙が滲んだ。


本気――

自分にはまだ、本気がなかった。


その未熟さごと、ヴィックは否定せず、切り捨てず、受け止めた。


アレクはたった今、

『強さ』の意味を違う角度から突きつけられた気がした。


それは剣の腕前ではなく――

守りたいと願った時、ためらいなく踏み込めるかどうか。


胸が痛くて、苦しくて、息が震えた。


「……俺、もっと強くなります」


その一言は、涙を堪えた声で、誓いのようだった。


ヴィックは何も言わなかった。

ただ静かに頷いた。

『本編を読まなくても分かる『勇盾』簡単物語』


食堂を出た後に、賊に絡まれたヴィックとアレク。未熟ゆえに傷つき、己の不甲斐なさを悔やむアレクに対し、凄絶な実力で敵を退けたヴィックは、その優しさゆえの迷いを肯定する。凄惨な戦いを通じ、二人は互いの業と志を分かち合い、絆をより深めていく。

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