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第7章

 さて、運命の七月十四日がやって来た。俺もロドニーもフランチェスカも、普段通りに過ごそうとしながらも――やはり新しくやってくるニューカマー三名がどのような人物なのか、とても気になっていた。とはいえ、いかにも興味津々といった様子で待ち構えるというのも、何やら自分たちが安っぽく思われ……ホテルのロビーでさり気なくたむろするといったようなことは誰もしなかったわけである。


 折しも、天候が悪くなってきており、ここオカドゥグ島だけでなく、他のカリブ海の島国でも経験していたとおり、スコールか嵐でもやって来そうな空模様であった。無論それがスコールであれば、よもや雨が降ってくるとは思われぬ瞬間にばーっとそれがやって来るのだが、ハリケーンがやって来るというのであれば話はまったく別のこととなる。まずもってそんな中を自家用ジェット機で飛ぼうものなら、それがバミューダトライアングルでなくとも自業自得の結果として大海原への墜落を経験することになるだろう。


「天候が安定するまで、ミロスたちは島まで戻って来ないかもしれないわね」


 ホテルの従業員たちが建物のすべての窓を閉めてまわる中、俺たちは食堂のほうでいつも通り食事していた。インターネットに接続できないという信じられない不都合はあるものの、それぞれの部屋にて映画やドラマを見ることは出来たことから――モーガン・ケリーもそんなふうにして暇を潰しているのではないだろうか。


「まあ、それだってちょっとの遅れって程度のことだろ。たぶん」


 ロドニーはいつもカクテルを飲んでいることが多かった。マティーニにフローズン・ダイキリにキューバ・リブレなど……バーテンターの腕がよかったせいもあったに違いない。


「どんな人が新しくやってくるのか、とっても楽しみねっ」


 ミカエラはバーへ一緒に行っても酒のほうは絶対飲まなかった。ゆえにこの時も南国に特有の甘ったるい飲料を飲んでおり――色合いから察するに、パパイヤ系の味の何か――時々リスのようにピスタチオといったナッツ類を合間に齧っていたものである。


「えーっと、招待客は全員で十一名ってことだから、これで三名が無事到着した場合、残りは三名ってとこかな」


「もしかしなくても三名だろ」と、カシューナッツを手にとると、手首のあたりを叩き、ロドニーがぱくりとそれを口へ入れる。パチパチと拍手を送るミカエラ。「最後の三名の中に人間そっくりのヒューマノイドさんとやらがおらず、もう少しでやって来る第二陣の中にいた場合……どいうことになるのかな。ようするにミロスには答えについてはすでにわかってるわけだろ?執事の特権としてさ。となると、最初からジェット機に乗ってた人間があやしいとなるのか、それとも最後に搭乗した人間があやしいってことか?」


「わたし、正直いってあんたたちと仲良く話すようになったみたいにはうまくいかないだろうなって予感はしてるのよ」と、フランチェスカ。「だってそうでしょ?ここへやって来ることを決めた時から、今のモーガン・ケリーみたいにひとりでぽつねんと孤独に過ごすことになるんだろうなってほんやり思ってたくらいだからね。それにこの会の趣旨としちゃ、そっちのほうが正しい態度だとも言えるんじゃない?」


「まあなあ。ある意味モーガンのおばちゃんのあの態度のほうが正しいくらいだものな。そういや、バーで会った時、彼女こう言ってたぜ。このあたりのカリブ海の島国は自分の庭とまでは言わないが、小さな頃からあちこち旅行しててよく知ってるんだと。となるとどうなる?その後モーガンは美味しい酒のせいでうっかり口が滑ったみたいな顔して、すぐスツールから下りてしまったが……俺たちが観光気分で数日あちこち旅行したって以上に、あのおばちゃんのほうがカリブ海の島国についてはよく知ってるってことになるんじゃねえか?」


「確かに、そういうことになるな……」


 俺はそのことが何を意味するのか、自分の部屋でひとりきりになって考えたくなった。食事も酒も申し分なく美味しいものが毎日出てきたが、実はこうした一流シェフによる料理の皿が自分たちのためのものでなかったのだということを――嵐の中であるにも関わらず、無事オカドゥグ島へやって来た第二陣三名の顔ぶれを見て俺は知るということになる。


 もちろん、ロドニーは有名なプロのテニスプレイヤーだったし、フランチェスカはセレブな女優であり、ミカエラがのちに何者だったかを思えば……世界の有名人の中に唯一ドブネズミのようなジャーナリストが一匹混ざっていたと感じたのは、おそらく俺ひとりきりではあったろう。


 嵐のせいで、第二陣の参加者は今日はもう到着すまいと思っていた俺たちは、各自自分の部屋で静かに過ごすことにし、「こんな人物がやって来るんじゃないか」とか、「こんな人間がやって来たらどうする!?」と、架空の笑い話もそこそこに、それぞれの部屋のほうへ引き上げることにした。ちなみに、フランチェスカは三階、ロドニーは四階、モーガン・ケリーは五階の部屋を与えられており――このことに何か深い意味があるものなのかどうかは最初、よくわからなかった。ミロスの話では「社会的身分の高い順とか、そうしたことはまったく関係ありませんよ」とのことだったのだが。


 とはいえ、あんまり暇すぎて、ミカエラが「ホテル内を探検しましょうよ!」と言った時、俺たちは一階から七階まで――そのすべての部屋を、ということでなかったにせよ――順に見てまわったということが何度かある。午前中は大抵、廊下や空室となっているどこかの広い客室などを従業員、あるいは掃除ロボットなどが掃除してまわっており、俺はある時ふと気になって、外の非常階段まで調べたことがあるのだ。


 一応俺たちは、便宜上この場所を<ホテル>と呼んではいるが、実際にはここはそのようなことを目的としたゲストハウスのようなところではない。オーナーのアダム・フォアマンが、これだけ多くの人々を毎年招いているのか、友人や知人が一夏過ごすということがあるのかどうかもよくわからない。だが、非常階段に続くほうのドアは内側からしか開かないようになっており、外からは特殊な電子錠によってしっかり施錠されていることから――おそらく、一部のホテルの管理人以外、この扉から中へは入れないのでないかと思われた。他に、社会的身分の高低は関係ないとのことだったが、一番上の七階はやはりスペシャル級のスイートルームといったような趣きなのを……俺とミカエラはちらと室内を覗き見て知ってもいたのである。


「わたしたちもまたいつか、新婚旅行でこういうところへやって来ましょうねっ」とミカエラには言われたが、俺はその頃には「ああ、ハイハイ」といった具合で、適当に流す術を心得ていたものだ。そして、第二陣の客がやって来るという日も――「嵐の風音なんかがおかっかないわ。こんな時に部屋でひとりぼっちでいたら寂しくで堪らないと思うのっ。だからテディ、わたしたち一緒にいましょ」と、いつものように腕を組まれると、俺はこの時も「ああ、ハイハイ」といった具合で、ミカエラと自分の部屋で一緒に過ごすことにしたわけだった。


 そんなふうにしてふたりでソファに座り、壁のホームスクリーンに映しだされる映画を見ていた時のことだった。ミカエラが『101匹わんちゃん』が見たいというのでそうしたのだが、彼女は途中で眠ってしまったのである。


「やれやれ。君は毎回襲ってくれとばかり眠るけど、結局そんな気なんかないんだろ?……」


 バルコニーへ続く窓をゴツッと何か叩く音がし、俺が外の様子に注意を向けた時のことだった。おそらく風で何かが飛ばされて来、窓を一瞬叩いていったのだろう。それと同時、廊下のほうが騒がしくなったような気がした。俺はミカエラのことをそのままにしておき、吹き抜けになっている階段のほうへそっと足音を忍ばせ近づいていった。


「やれやれ。参ったよ。マイアミのほうでもう一泊しても良かったが、どうにか飛べそうだということだったのでね」


「いやあ、それでも随分えらい目に遭ったね。私なんか、ずっとエアカーの研究ばかりしてるから、あんな乱暴なタイプのランドクルーザーに乗ること自体久しぶりだったしね」


「でもなんとか無事に到着してよかったよ。あれで我々三人がもしカリブ海で遭難するなりしていたとすれば――明日の新聞のトップを飾るところだよ。『世界は今世紀最大の頭脳をふたりも失った』なんてタイトルでね。残念ながらおれはそこへは含まれないから、この二名というのは君たちふたりのことさ」


「やれやれ。ノーベル生理学賞受賞のお医者さまが何をおっしゃいますやら」


「もっとも、この中で一番の大金持ちは間違いなくジェイムズ・ホリスター、君だってことは間違いないけどね」


「そりゃそうだ」


 アッハハハ、といったような屈託のない笑い声が続き、俺はどうしても気になって、彼ら三名の姿をちらとでも見たいという誘惑に打ち勝てなかった。ジェイムズ・ホリスターという名で大金持ちといえば、エアカーの揚力エンジンの開発者である彼以外、俺の中で思い当たるような人物はいない。


 とはいえ、その場所からはロビーにいくつも並ぶ小テーブルにて寛ぐ、三人の中年及び初老の男の姿が見えるだけで――しかも三人とも、上から見る分には見分けがつかないくらい似たりよったりのスーツ姿で、同じように足を組んでいるのだった――誰がジェイムズ・ホリスターなのか、残りの二名は何者なのか、俺は両眼とも視力のほうは2.0で良いほうであったにも関わらず、彼らがどこの何者かまでははっきり見極めることが出来なかったのである。


 その後、彼らは招待客の第一陣である俺たちがちょうどそうであったように、ミロスや他の従業員たちに案内される形でエレベーターホールのほうへ向かったようだった。それでも多少なり収穫のようなものはあった。三人は前から顔見知りだったのか、それともジェット機内で親しくなったのかどうかわからないが、すでに互いのことをファーストネームで呼び合っていた。会話のほうはただの世間話といったところではあったが、それでも俺にはジェイムズ・ホリスター以外の二名についても――無論知り合いといった意味ではなく――心当たりがなくもなかったのだ。


(もし俺の勘違いじゃなかったとすれぱ……残りふたりのうちひとりは、生体3Dプリンターで全臓器を製造することに成功したアーサー・ホランドと、もうひとりはヒューマノイド研究の功績によってノーベル賞を受賞したクリストファー・ランドなんじゃないのか?)


 招待客は全部で十一名――これでいくと、残り三名は一体どんな有名人がやって来るのか、それとも俺のような一般市民に毛が生えた程度の存在なのかどうか、俺はそんなことが気になって仕方なかったものである。


 とはいえ、四階のロドニーの部屋まで走っていき、「第二陣の招待客らの正体がわかったぞっ!!」などと息せき込んで騒ぐつもりは毛頭ない。ただ、ひとりで考えごとがしたかった。『本物の人間そっくりのヒューマノイド当てクイズ』だって!?その権威であるところの、ノーベル賞まで受賞してる研究者がやって来たんだぞっ。おそらくアーサー・ホランドもそうだろうが、彼らの研究費用としては百万ドルなぞそれでもまだまだはした金だったことだろう。だがもし、アダム・フォアマンがこんなカリブ海に絶海の孤島を所有し、そこに従業員を何人も住まわせてもどうとも思わぬほど超リッチな男だというなら――アーサー・ホランドの研究にしてもクリストファー・ランドの研究費用にしても、スポンサーとして今後いくらでも出資しようというその話しあいのためにやって来たということなのかどうか。


 この日の夕刻にあった晩餐会にて、俺などはなんとなく、この『本物の人間そっくりのヒューマノイド当てクイズ』のメインゲストは彼ら三名なのではないかという気がしていた。もちろん、ロドニーは偉大なテニスプレイヤーだったし、フランチェスカはもし彼女が女優でなかったとしても、その美しさだけで十分価値ある女性でもあったろう(そしてここにミカエラのことも含めていいかもしれない)。だが、俺は一応アンドロイド工学を専門にして勉強したこともあったから、ミカエラやフランチェスカが「なんか、どーってこともない中年のおっさん三人組って感じね」などとヒソヒソ話しているのとは違い――彼ら三人の科学者としての真の偉大さがわかっていた。むしろ、そちらにちらと目を向けるだけでも、神に対して顔を隠したというモーセと同じくらい、畏敬の念に打たれるものさえあったのである。


 そうなのだ。おそらく俺の如き三流の物書きの本なぞ、お忙しくてクリストファー・ランドが読んでることなぞはまずありえない。それでも、「君の本をその昔読んだことがあるよ」と言われたとすれば、俺は即座にギクッと体を強張らせ、内容に関して専門家としての意見を述べられたとすれば――「ははっ。まったくランド閣下のおっしゃる通りでごさりまするうっ」とばかり、平身低頭、ひたすら卑屈に恐縮しまくったことだろう。


 そんなわけで、俺は緊張のあまり互いの顔合わせも兼ねた晩餐会を辞退しようと考えなくもなかったのだが――やはり好奇心には打ち勝てず、一応正装してそちらへ参加した。そしてロブスターのカクテルサラダを前菜として食べながら思った。こうしたコース料理でいった場合、俺などはこの前菜のようなもので、クリストファー・ランドとアーサー・ホランドとジェイムズ・ホリスターのような時代を代表する真のインテリこそ、今回の会の趣旨にも適った真打ちのメインディッシュではないのかと、まったくそんな気がしてならない。


 とはいえ、ランド博士もホランド博士もホリスター博士も、少しも偉ぶったところのないざっくばらんな人たちのようで、挨拶が済んだあとは三人でひとつのテーブルを囲み、最近の時事問題のことやある特定の科学分野に関することについて――他の参加者たちが間に入っていけないような会話を交わしていたのは確かである。


「最初はおれも臓器プリンターなんていうインチキくさくてうさんくさい研究、本当は嫌だったんだよ」


「ハハハ。それが今はどうだい」と、クリストファー・ランド。「その昔はブタの心臓を移植するとか、色々な研究がされていたっていうのに……病変のある一部分を置換手術するなんていうんじゃなく、免疫不全の起きない自分の体の臓器をプリントアウト出来るんだからまったく驚きじゃないか!まあ、これもすべてiPS細胞の応用研究、ナノテクノロジーの賜物といったところなんだろうがね」


「まったくもってアメージングな研究だ!!」と、ジェイムズ・ホリスターも賛辞を惜しまない。「これで、一体今後どれだけの人間が意味のない苦痛から救われ、さらに寿命を延ばせることか。今でもすでに我々人類の寿命は最大で百二十歳生きられるかどうかというところが百四十歳まで延び、さらに百六十歳や百八十歳まで延ばせるという可能性が出てきている……しかも、その後は二百歳までゼェゼェハァハァどうにか生きるというのじゃなく――まったく新しい若返りの方法が誕生する可能性まで出てきたんだから」


「いやあ、ジェイムズ。気味のエアカーこそは、おれたち科学者が小さな頃から求めてやまなかったものだよ。今はヨーロッパのほうで建設が進んでいるにせよ、衛星ゴミのほうの片付けさえ済めば、さらに安全な形で計画を推し進めることが出来るんだろ?」


「話のほうはそう簡単じゃないのさ、アーサー」ジェイムズ・ホリスターは慣れた手つきで霜降りステーキをナイフで切り分けながら言った。「衛星ゴミってやつを片付けるのはほんと、天文学的な金のかかる一大事業でね。私の考えだしたモデルでは、楊力エンジンも無論大切だが、衛星からのコントロールによってエアカーが制御されることにより事故が起きないという前提が非常に重要なんだ。また、そのためには単にエアカーが増えればいいってだけの話じゃなく――どうしても衛星ゴミを片付ける必要があるんだよ。相当昔から言われてることだけど、地球の衛星軌道上を今、数え切れないほどの宇宙ゴミが恐ろしいスピードで回ってる。そのぶつかり合いが無限に連鎖し、エアカーを制御するための衛星になんらかの問題が起きてみろ。空を舞う自動車全部、すべて地上に落っこちて大惨事が起きる可能性だって……決してゼロではないんだから」


「宇宙エレベーターが建設されるって時にも、議論のほうは紛糾したものな」と、クリストファー・ランド博士。「何分、宇宙ゴミの片付けは莫大な金がかかるだけで、どこの国にも得なところのない人類の負の遺産みたいなものだし。それぞれの国でいくらいくら負担するといったように話しあっても――当然どの国も金を出し渋ってなかなか話しあいのほうがまとまらない」


 彼ら博士三人の知的な会話はその後も続いた。俺はこの三人の科学者の話に興味津々であったため、心の耳をダンボにして聞き入っていたものだった。そのせいもあって食事の間中ぼんやりしていたし、フランチェスカもロドニーもどこか元気がなかった。何故なのかはわからない。だが、彼ら三人がやって来る前まではこの大広間の食堂で主人公だったのは俺たち四人のはずだった。ところが、自分たちは何やらコース料理でいえば前菜のような存在で、彼らこそが実は光り輝くメインディッシュなのだと気づいてしまったというそのせいかもしれなかった。


 ただひとりモーガン・ケリーだけは、いつも通り隅のほうの席で美味しい料理と酒を堪能しつつ、さり気なくこの場にいる全員のことを観察しているようだった。ロドニーは最初彼女のことを『どうということのない、どこにでもいるおばちゃん』といったように評していたが、いまや俺たちもモーガンが刑事とはまだ知らないながら――彼女が『ただ者ではない』ということだけはよくわかっていたのである。


「あのおっさんら、どうやら三人とも七階に宿泊してるらしいぜ」


「あら、ロドニー。なんであんたそんなこと知ってんのよ」


 フランチェスカはこちらへやって来てから体重が増えたらしく、魚のコースを選ぶとデザートのほうも控え目にしていた。ミカエラは毎日、そんなことを考えるでもなくカロリーの高いものをいくらでも食していたが(彼女は痩せの大食いらしく、フランチェスカは「時々モデルにいるタイプよね。あー、腹立つ!!」などと言っていたものである)。


「だってオレ、ジェット機がもしやって来たとしたら窓から見える場所でずっと張ってたからな。で、墜落するでもなく無事到着しそうだったから、となれば当然オレたちがここへやって来た時以上に時間はかかるにせよ、ホテルへ来ることだけは間違いないわな。というわけで、どんな連中だろうと思い、こっそりスタンバっていたわけさ。何分、フランチェスカやミカエラといった美人どころが今のところいるもんで、次もひとりくらい美女がいるんじゃねえかと期待してたところもある。それでその女が例の人間そっくりのヒューマノイドの可能性ってこともあるだろ?ところが、なーんか地味で退屈でつまんなそーなおっさん……いや、じーさんか?とにかく見た目はそんな感じの人物がやって来たわけじゃねえか。オレはこの時心底がっかりしたね。とはいえ、これが盲点と言えなくもない。あの似たりよったりの雰囲気のスーツを着たおっさん三人、シャッフルしてもオレの目には遠くから見た場合そんなに違いなんかねえ。てことはだ、あの三人のうちのひとりがズバリ、例のヒューマノイドってことなんじゃねえのか?」


「ああ、なるほど。そういう可能性もあるか……」


 俺はぼんやり、そんなふうに呟いた。現代を代表するような、あんな科学界の大物三人のうちひとりがニセモノだなんて――そんなことはありえない。もしそうだった場合、必ずボロが出るはずだと思い、俺はその可能性を最初から除外していたようなところがある。


 そしてそう仮定した場合、俺はクリストファー・ランドとアーサー・ホランドとジェイムズ・ホリスター三名の会話が、今までとは少しだけ違ったものであるように聞こえてきたのだ。もし出会ったその瞬間から、現代科学界を代表する第一人者であるような彼らが、お互いにお互いのことを疑っていたとしたら?話を聞いていて思うに、三人は三人ともがそれぞれ以前からの知り合いらしい。となれば、相手をニセモノと見破るために罠を仕掛けあうということだって……。


(ありえなく、なかったりするのだろうか?)


 とはいえ、表面的には彼らは非常ににこやかかつ和やかに会食しており――そこからは何か険のある態度やそうした気配といったものは一切感じられない。


 俺はこののち、恥を忍んでこの三博士らのそれぞれと会話すべきかどうかと悩んだ。ここで見聞きしたことは外部に漏らしてはならないという契約書にサインしてはいたが、それは最早関係なく、俺にとって彼ら三人はある意味、科学界のアイドルにも等しい存在だったからだ。


(けどまあ、もし俺が三流の物書きだとわかったとすれば、途端に彼らの態度は硬化し、ゴミでも見るような目でこっちを見てくるかもな……ああ、そうだ。会の趣旨としてはわざわざ自分の身分をバラす必要はないし、それを偽ってもいいんだよな。じゃあまあ、大学時代に工学科にいたってことで、尊敬するお歴々に是非とも科学の一信徒としてお話を伺いたい……といったような態度で話を聞けばいいってことになるかな)


 だがこの場合、ひとつだけ問題がないでもなかった。彼ら三人から有難いお話を拝聴するのと同時、俺は出来れば『このうち、もしヒューマノイドがいたとすれば一体誰だ?』と疑ってかかるべきなのに、自分にとっての科学界のアイドルを前に緊張するあまり――とてもそこまで気が回りそうもないということだった。


 それはちょうど、ロドニーが十代の頃に憧れていただろうテニスプレイヤーにインタビューするようなものであり、フランチェスカが尊敬する女優として名前を挙げているオードリー・ヘップバーンに時を越え記者として取材するにも等しいような――俺にとっては尋常ならざる、ちょっとしたことで頭のてっぺんが大噴火するのではないかというくらいの、極めて緊張する一大出来事だったのだ。


 一方、そのあたりの真の偉大さがよくわからないロドニーもフランチェスカもミカエラも(事によったらモーガン・ケリーも)、実に呑気なものだった。もちろん、感覚としてはわからぬでもない。クリストファーランド博士にしても、アーサー・ホランド博士にしても、それぞれ「ノーベル賞を受賞している」と聞けば「おおっ!!」となるが、そう聞かなければ少しばかり知的なところのあるちょっと素敵なおっさん――せいぜいがそんな印象しか誰も受けなかったかもしれない。けれど、実はこれはテニスについてもスウェーデンのショービズ界にも似たようなことが言えたろう。たとえば、スポーツは大体のところ好きだが、特に興味のあるのはサッカーと野球とアメフトだという人物がいたとしよう。もし彼がテニスについてのみ唯一あまり興味がないといった場合――その年のウィンブルドンで誰が優勝しようと関心などさして抱かないかもしれない。また、フランチェスカは同じ女優である妹ともども、北欧の業界では有名らしいのだが、アメリカ出身の俺がまったく彼女という存在を認知してなかったように――彼女にしても、知らなければただの「とても綺麗な女性」で終わってしまうのではないだろうか?


 それと同じように、この三博士がいかに偉大な存在、大いなる頭脳の持ち主であるか知らなかったとすれば……街角などで通りすがったり、レストランで隣同士になろうとどうだろうと、「ただのどこかにいそうなおっさん三人」だったという可能性は、確かに高かったかもしれない。


「あのおじさんたち、そんなにすごい人たちなの?」


 俺はその後、自分の部屋のほうでロドニーとフランチェスカとミカエラを相手にこのあたりのことをレクチャーしてもいたのだが――三人とも、あまりピンと来てない様子だった。


「俺は……実をいうと一番の大穴はクリストファー・ランド博士なんじゃないかって気がしてるんだ」


「ええっ!?そりゃ流石にないだろ」と、ロドニー。「だって、そのヒューマノイド研究の現代の第一人者みたいな人なんだろ?オレはまったくの門外漢とはいえ、それでもスポーツにたとえてもらえればわかる。そのルールや効率的な訓練の仕方やプレイその他について……一流のプロの領域になるには、相当の時間や練習量が必要になる。あのおっさんらについて言えば、それがスポーツじゃなくて頭脳専門のマインドゲームのプレイヤーってことだろ?そう考えた場合……」


「ロドニーの言いたいことはよくわかるよ」


(自分の言いたいことをうまくまとめられない)といった顔を彼がしたため、俺は理解していることを示して、何度か頷いた。


「いや、俺が言ったのはあくまで直観のようなことだから、あんまり本気にしないで欲しい。ただ、三人とも研究の規模としちゃ百万ドル程度もらったところですぐ研究費用として消えてしまう程度のことでしかない。クリストファー・ランド博士とアーサー・ホランド博士はノーベル賞受賞者だけど……確か、もらった賞金が当時百万ドルちょっとくらいじゃなかったかと思う。それもまあ何年も前の話であるにしても、彼らが『本物のヒューマノイド当てクイズ』なんてものに忙しい中参加しようとしたのは……アダム・フォアマン氏に自分の研究の支援者として百万ドルどころかもっと多くの金を出資してもらうためなんじゃないかって、そんな気がするんだ」


 俺はこの時点で思い浮かんでいた(もし彼ら三人のうちひとりが本物そっくりのヒューマノイドなら、本人はすでに死亡している可能性がある)ということを、口に出そうとしてやはりやめた。『そんなことあるわけねえだろ』とか、『さっすがにそりゃないわよお』といったように否定された場合――何故そう考えるか説明するのが単に面倒くさかったのだ。


「なるほどねえ。あの三人のうちふたりがノーベル賞受賞者ってわけ」フランチェスカは最初にそう聞いた時と同じく(だからそれが一体なんなの?)という顔をしたままだ。「確かにわたしも地元民として毎年一応チェックはするけど……かといってノーベル文学賞を受賞した作家の本を必ず読むとは限らず、それぞれの研究の成果の概要とか受賞理由みたいのを読んでもさっぱりちんぷんかんぷんだってことすらよくあるものね。で、受賞スピーチを聞いて心に残ることもあるけど、そんなこともすぐ忘れちゃうってこともしょっちゅうだし……第一わたし、去年のノーベル化学賞を誰が受賞したかなんて聞かれても、誰だかさっぱりって感じだもの」


「去年受賞したのは、ナノマテリアル研究で有名なサルガス・カプラン教授だよ。スタンフォード大学の……」


 俺は偉そうな口調に聞こえぬよう注意して、小さな声でつぶやくように言った。するとすかさずミカエラが「きゃっ。テディったらすごいわ!流石ジャーナリストさんねっ」などと、いつも通り俺のほうを尊敬の目で見上げてくる。俺は彼女のこうした眼差しと出会うたび、彼女がゴキブリを宝石と見間違えてるんじゃないかという気がして、いつでも落ち着かなくなったものだ。


「やっぱり、ここに集められた人間はそれぞれ理由や意味があるってことなんだろうな」と、ロドニーが溜息を着いて言う。「だってそうだろ?テディ、もしここにおまえがいなくて、俺とフランチェスカとミカエラの三人なら……あの三人のおっさんらが何者なのか、気づくにも結構かかったと思うからな。そうだなあ。せめてもモーガンがどこの何者なのかがわかれば、もう少しくらいヒントになりそうな気がするんだが……」


「まあ、時間はそれなりにあるんだし、もう少し様子を見ましょうよ」と、フランチェスカ。「これでもし相手がマッチョなだけの、おつむ足りないようなタイプの男だったら……多少なり色仕掛けなんてのも有効だったかもしれないけど、あのおっさん三人組のしゃべってることはわたしにはキョーミないことばっかだから、そんなことしてもほとんど無意味だわ」


「その、さ。ロドニーでもフランチェスカでもどっちでもいいんだけど……」と、俺はおずおずして言った。「俺、自分がジャーナリストだってことは隠して、あの三人それぞれと話してみたいんだ。けどこの場合、ひとつだけ問題になることがある。俺はあの三人の博士のことを心から尊敬しすぎるあまり――自分が十代の頃夢中になってた女性シンガーとか、そうした相手と話すのと同じくらい緊張すると思うんだ。だから、細かいところまで彼らの言動をチェック出来ない気がするから、隣にいてサポートしてくれると助かるっていうか……」


「なるほどな~」


 干しパイナップルを口に入れると、もぐもぐ齧りつつロドニーが頷く。


「オレやフランチェスカなんかは、あんなアタマでっかちな科学者先生に何を聞いたもんかもさっぱりわからん。そこのところは主にテディ、おまえに任せておいて、それとなくその間にあの三博士先生が実はヒューマノイドなんじゃねえかとチェックしてくんねえかって、ようするにそういうことだろ?」


「うん……でもあの三人はそれぞれ顔見知りみたいだし、たぶん以前から科学シンポジウムか何かで知り合ってその後友達になったとか、そのくらいには親しそうだ。お互いの奥さんのことや子供がどうしてるかなんて聞いてたことから見ても、『お宅ら三人のうち誰かがヒューマノイドなんじゃねえかとオラたつ思っとるんだども、どう思うね?ああ?』なんて聞こうもんなら、三人ともそれぞれ大笑いしそうだもんな」


「どこの田舎もんよ」と、フランチェスカとミカエラが弾かれたように笑いだす。「まあ、そういうことならいいけど……でももし百万ドルにプラスして自分の研究の後援者になって欲しいってことなら、三人ともそれと気づいてても、最後の最後の瞬間まですっとぼけて何も言わないかもね。というか、本当に頭がいいっていうか、知性がある人ってそういうところがあるじゃない?とにかくあの三人のおっさんからはそうしたしたたかな腹黒さと油断ならない計算高さを感じるっていうのがわたしの第一印象ね」


「うん。フランチェスカの言うとおりだよ。俺もその点には大いに同意する」


「オレもだ」


「じゃ、ミカエラもそう思う~」


 ここで俺たち四人は大笑いした。確かにこれは、チェスと同じく一種のマインドゲームなのだ。あの三人の天才のIQを合わせた場合、俺たち四人のを合わせた遥か上をいくのはまず間違いない。だが、策士策に溺れるという言葉もある通り、だからとて勝ち目がないというわけでは決してないのだ。


 とはいえ、この翌日から暫く再び暑い夏の中で時が止まったように、オカドゥグ島内において大きな動きのようなものはなかった。俺は気おくれするあまり、現代科学界の巨匠三名に話しかける勇気がなかなか持てず、それでも図書室にあった彼らの本を片手に順に話しかけられそうな瞬間を待った。つまり、簡単にいえばそれは朝からずっと食堂のほうでクリストファー・ランド、アーサー・ホランド、ジェイムズ・ホリスターの三博士を待ち受けそれとなく観察し続けるということであり、必ず彼らがひとりでいる時を狙って話しかける機会を待つということであった。


 俺はロドニーとフランチェスカに、その際には同席して脇から援護してくれ――といったように頼んだのであったが、彼らは朝は早くても起きてくるのが十一時だったし、そうした勤勉さのようなものは一切期待できそうになかったものである。ゆえに、俺は彼ら第二陣の招待客の到着後、翌日からはとにかく早寝早起きを心がけるようにしていた。




 >>続く。






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