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第6章

 今この場にいる招待客五名に加えて、残り六名いるうち、三名が七月十四日に到着予定ということだった。初日の夕刻に豪華な晩餐会が催されてのち、ホテルの従業員の紹介があった。すなわち、総料理長や彼の下で働く厨房の料理人数名、ロボットでない他のボーイやハウスキーパーの女性が数名といったところだった。数えてみたところ、全員で十七名いたことから、当初想定していた以上に大所帯であるように思われた。ちなみにこの日、招待主であるアダム・フォアマンの姿はなく、彼は招待客全員が揃ったらその時に挨拶に来るということだった。


 どうやらミロスは彼がもっとも信頼を置いている執事のような存在らしく、彼が晩餐会の場を取り仕切り、ホテルの従業員のメンバーと、それからグラハム・ウェリントンという医師、他に財務担当の弁護士、事務員など残り三名を紹介していた。


 そんなわけで、招待客がまだ五名しかいなくとも、大広間となっている宴会場はそれなりに賑やかだった。とはいえ、彼らは従業員という立場をわきまえてか、下座のほうでわいわいがやがやしながら酒を飲み、さらにはおのおの好きな楽器によって演奏したり踊ったりと――仕事以外では相当自由で奔放な性質の人たちであるように見えた。


 このうち、半数ほどが周辺の島のどこかから雇われた黒人の人々で、全員が英語を話せるわけでもないらしく、特に下働きをしている女性はスペイン語やクレオール語など、それぞれ地元の言葉しか話せないようだった。けれど、彼らは男も女もみな快活で明るく、言葉など通じなくてもどうでもいいだろう……とばかり、俺たちのことも誘い、音楽に乗って踊りたがった。


 サルサ系の音楽にのって踊ったことは俺にしてもなかったが、「楽しけりゃ踊り方なんぞどうでもいいんだよ」というざっくばらんさがその場には漲っていた。また、酒の力も手伝ってか、食後はとても賑やかな音楽の波に満たされ、その日の夜、俺は何も考えず、ベッドに頭をつけるとすぐ眠ってしまったものだ。


 この翌日から三日ほどの間、例の契約書に目を通し、サインすべきか否かで頭を悩ませることになったが――ロドニーやフランチェスカとも相談した結果、最終的に「問題ないのではないか」ということで話のほうは落ち着いていた。というのも、そもそもミロス自身が「あなたがたを騙す前提でこんなことを申し上げるわけではなく」と前置きしてから、こう述べていたからだ。「この契約書にサインしたところで、法的効力は弱いものと思われます」と。


 確かに、契約書にはこのオカドゥグ島の所在地や建物の所有者であるアダム・フォアマン氏のこと、またこの島で見聞きしたことを他言しないでいただきたい……といった旨について列記してはある。だが、違反したところでミスター・フォアマンは契約書を盾にとり、ひとりひとりを訴えて訴訟する気まではないということだった。にも関わらず、契約書に一応サインしてもらうのは「まあ、念のためということですね」と、ミロスは肩を竦めて言っていたものである。


 六月十八日という初日にオカドゥグ島入りした我々ではあったが、俺以外の四名について言えば――モーガン・ケリーという女性の腹の底についてまではわからなかったものの、百万ドルを狙ってお目々ギラギラ虎視眈々……というわけでもなさそうだった。


 ロドニー・ウエストに関していえば、彼の場合放っておいても儲かるようなスポーツクラブを細君と共同経営していたのであるし、彼は単に本当に管理魔である妻から一時的にせよ逃れたかったのが今回の招待に応じた理由であるようだった。


「オレに関して一番有名な動画、知ってるか?」


 ホテルにある図書室にて、俺の著作を見つけたロドニーは、そのうちの一冊を読むと俺に対し『信頼できる人物』という太鼓判を押すことにしたらしい。以降、俺たちは割合親しく話すような間柄になっていた。


「もしかして、アンパイア・ロボットをラケットでしこたまぶん殴ってるやつじゃないでしょうね?」


「そうだよ、それそれ!!」


 いつしか俺とロドニーは、軽く十万冊はあるという蔵書が収納された図書室にて、お互い本を見るとはなしに読んだりしつつ、暇つぶしに色々なことを話す仲になっていた。


「あのロボ公は確か、一体二万ポンドくらいするんだっけな。もちろん俺だってバカじゃないから、いまやその昔とは違ってあのロボ野郎の判定に間違いはないとわかってはいるさ。だがあの時はあんまりアッタマに来てたもんでな……ラケットが壊れるまでしこたまぶん殴ってやったわけさ」


「まあ、今は野球にしてもサッカーにしても……大抵のスポーツのレフェリーはロボットというか、機械が行ってますもんね。それ以前の時代を知る人々にとっては、お陰でスポーツ全般が面白くなくなったってことですが、どうなんですかね」


「確かにな。そういう連中はオリンピックなんか見たって今じゃもう大して感動もしない……なんて言ったりするからな。まあ、オレはそこまで極端なことを言うつもりまではねえが、オレがあの時アッタマに来てたのは、実はあの審判ロボスケにじゃねえんだ。全世界の約半分を占めると思われる女性陣は反対するこったろうが、その前日――例によって女房のレイチェルと大喧嘩しちまってな。というのも、オレがメンタル・トレーナーの先生と浮気したってんで、彼女をクビにしちまったからなんだ。以降、理学療法士にしてもトレーナーの面々の誰にしても、全員男だけで固めるようにしやがって……普段はな、大会中はレイチェルのほうでも我を折ることさえしてオレの言い分を通してくれる。だが、あのメンタル・トレーナーのことだけは許せないってことだった。まあ、なんやかやあってムシャクシャしてたら、絶対ライン上ぎりぎりだと確信できる球のほうをあのロボ公がアウトだと抜かしやがった。しかもそんなことが三度も続いたんだぞ!その昔はな、リプレイってもんがあった。一応念のため確認してみましょうっていうな。だが今や審判ロボットさまさまで、奴の言ったことは絶対なんだ。オレは前から常々あのロボットの奴には不審の念を抱いていたから、色んなことがごたまぜになった結果――いまや総再生回数が一億を越える例の動画が引退後も残るってことになっちまったわけだ」


「でも、そんなの恥かしいことでもなんでもないですよ」と、過去にその動画を何度も見ながら大笑いしたことも忘れ、俺は慎重に頷いた。「テニスだけじゃなく、サッカーでも野球でもなんでも……むしろ審判が人間の形をしたモノだとわかってるからでしょうね。ボクシングやプロレスなんかじゃ、選手が審判を不服だとしてロボットをのしてしまったりすると、「もっとやれえ!!」とばかり、やんやの拍手喝采ですよ。中には「オレはコイツが一番楽しみなんだ」という観客もいるくらいですしね」


 もちろんこうしたルール違反に関して罰則はある。何分、ロボットはお高いため、その分を弁償しなければならないのみならず――再発防止という意味も込め、実際にはその2~3倍を選手なり球団なりが罰金として負担しなければならないのだ。


「まあな。確かにオレもその口ではある」


 図書室にあるバルコニーで、真っ白なガーデンチェアを挟んで座り、お互いピニャコラーダを飲んだりしながら、俺とロドニーは大声で笑いあった。ちなみにそこからは、水着姿のフランチェスカとミカエラがプールで優雅に泳いだり、ビーチチェアに座って何かおしゃべりしているらしき姿が見える。


「それで、テディはあのミカエラって娘のこと、どうするつもりなんだい?」


「どうするって……前にも言ったじゃないですか。俺は招待客が全員そろって事態がどのように動くかを見極めるまでは――ミカエラに対しても疑いの目を向けておくべきだと考えてるんですよ。この間、フランチェスカは俳優仲間の友達が招いてくれたとかでセント・バーツ島へ行ったじゃないですか。ロド、俺もあなたに誘われたけど、俺はその時はあまり気が進まなかった。けれど、ミカエラやあなたの話では、フランチェスカは本物のセレブで、しかも百万ドルなんてはした金だと感じるくらいの――自分も金持ちなら、周囲にもそうしたセレブばかりがいるらしきことから、単に見栄を張ってるだけで、実は借金があって百万ドルを狙っている……といったタイプでないのはまず間違いないとかって」


「そうだぜ。セント・バーツから帰って来た時にも言ったがな、世界中の金持ちが別荘を持ってるあたりに友達がいて、オレやミカエラのことも含めて実に快く歓待してくれたんだよ!ハリウッドの金持ちプロデューサーやらなんやらわんさといてな、愛人とお忍びで来てる俳優もふたりいた。といったわけで、彼女が欲しいのは金じゃない。本人がそう言ってたわけじゃないが、愛とか自由とか……まあ、なんかそんなよーなもんだわな」


 実をいうと俺は、フランチェスカ・レイルヴィアンキなんていう女優、名前も聞いたことすらなかった。というのも、今やインターネットを通せば、世界中の国の映画やドラマについて見ることが出来る。とはいえ、俺が見ているのはやはりアメリカのハリウッド配信のものが多く、ヨーロッパやアジアで製作された映画も時々見ることはあるが、よほど相手の演技が心に響いたというのでなければ、名前や経歴まで覚えていることは稀だった。


 だが、例の心臓病を患うゲイの金持ちおじさんがいるのと同じく、フランチェスカは両親がタレント事務所を経営していたりと、その他親戚にも有名人やセレブばかりが多かったらしい。ただ、本人曰く「そんな環境で育ってごらんなさいよ。娘としてアイデンティティを証明するってだけでもほんっと大変なんだから!役をもらうのにわたしが多少なり汚い手を使ったりしたのも……そんなあれやこれやがあったせいよ」――ということになるらしかった。


「ミカエラのことはよくわからんし、あのモーガン・ケリーという女にしても、今のところはサルサを踊るのがうまかったり、テニスの腕前がセミプロ級だってこと以外では、何者なのかまではさっぱりだな」


 ミカエラについては、最初のジェット機の機内で彼女が話した以上のことは、その後わからないままだった。セント・バーツから帰ってきて以降、ロドニーの中ではフランチェスカとミカエラと俺の三人は限りなくシロに近い――ということで結論が出たらしく、となると残り六名の招待客のことを目を皿のようにしてヒューマノイドか否かと疑ってかからねばならぬということになる。


「そうですね。モーガンさんについては、俺たちのうち誰とも一定の距離を置いてしか関わらないという態度が徹底してますし、これは俺たちの間で前にも話しあったことではありますが、彼女がヒト型アンドロイドだという可能性も――5%くらいはなきにしもあらずってくらいな印象ですよね。とりあえず、ルールとしてホテルの従業員は除外されるということでしたし、となるとミロスがヒューマノイドかもしれないという可能性はゼロってことなんでしょうし……」


「だよなあ」


 ロドニーは「ふあ~あ」と、両腕を上げて大きな欠伸をしていた。もともと、常に動いていてスケジュールが詰まってないと安心できないサメのような人物であるロドニーは、次の招待客の到着が待ちきれないようだった。ようするに、彼は嫌いな言葉の欄に「退屈」と書くようなタイプの人間なのだ。


「オレ、あのおばちゃんのこと誘って、暇つぶしにちょっとまたテニスでもしてくるわ」


 興味のある本や風景写真集、旅行記などをテーブルに積んでいたロドニーは、そのうちの何冊かを取ると、そう言って椅子から立ち上がっていた。ここへやって来た当初、俺やフランチェスカもロドニーのテニス相手を多少なりしていたが、男女混合ダブルスを組んでも、アマチュアとしてそこそこの腕しかない俺とフランチェスカでは、まるで戦力にならないミカエラ&ロドニーが相手でも勝利することは出来なかったものである。そこへ、窓のどこかから見ていたのだろうモーガン・ケリーが俺に声をかけてきたのだ。「わたしとあんたが組めば、勝てるとまでは言わないけど、もう少しあの虹色眼球野郎を苦しめてやれると思うわよ」とのことで、俺はただひたすらモーガンの頭脳プレイの通りに動いたというわけだった。


『チッ、年がいくつか知らねえが、おばちゃんの割になかなかいい動きをしやがるな』


『自分こそ、ただの金に明かせた若作りのおじちゃんのくせに何言ってんのよ』


『にゃーにおーうっ!!』


 ――おそらく、モーガン・ケリーも初日から勇んで『ヒューマノイド当てクイズ』に乗り込んだのはいいが、だんだん暇と退屈に耐えられなくなっていったのだろう。また、あとからしてみれば、ロドニーとモーガンは人間のタイプとして同じでもあったのだ。始終動いていてあれこれ考えを巡らせ、相手を自分の術中に嵌めるのが好きだという意味でも……だが、こんなことがあったあとでも、モーガン・ケリーはやはり俺たちのグループに接近してこようとはしなかった。とはいえ、このテニスは収穫だった。また、彼女がカクテルに詳しいらしいこともホテルのバーにてわかっており、なんというのだろうか。ある種の人物像の理解という意味でも――親しい交流まではないにせよ、俺たち四人がモーガンに好感を抱いていたというのはほぼ間違いない。



   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *



 その後、俺自身もセント・バーツ島へ一度、マルティニークやセントキッツ・ネーヴィスなどへも出かけていき、楽しいひと時を過ごした。大抵はフランチェスカのセレブとしての権威や元プロテニスプレイヤーのロドニー・ウエストの顔などによって、ホテルはいい部屋を取れ、当地の観光名所を巡ったり、夜は比較的安全なバーで飲んだり踊ったりして過ごした。


 実をいうと、カリブ海のすべての国や地域がそうだということではないのだが――その多くの場所に、今の時勢と逆行するように、ロボットやアンドロイドといったものがほとんど存在しない。ゴミ収集ですら今も人が行っており、ゆえにレストランで食事を作るのも人間なら、料理を運ぶウェイトレスやボーイも人間であり、ホテルのフロントにいてサービスを提供してくれるのもすべて本物の人間だった。


 カリブ海に散らばる島々の多くが、北アメリカや南アメリカの<ロボット・アンドロイド先進国>から見た場合、<後進国>ということにはなるのだろう。俺自身、生まれた時からすでにロボットやアンドロイドが隣人として存在したから、ロボットやアンドロイドがどこででも労働力を提供しておらず、すべて人力経営、ゆえにそれなりの心の配慮が常に必要になる環境というのは――なかなかに新鮮な印象をもたらすところがあった。


 何より、聞いたところによると今より半世紀、あるいはそれ以上も前の昔から……キューバやジャマイカ、ハイチ、プエルト・リコといった国々では、カリブ海の景色もそこに住む人々もそれほど大きく変化することなく過ごしているということだった。


 たとえば、ニューヨークやロンドン、ヨーロッパの大きな諸都市でそうであるように、監視パトロールの小型ロボットに違反を見咎められて追いまわされるようなことはなく、ゆえに夜の盛り場のような場所では犯罪率のほうも高くなり、注意が必要だということだったのである。


 七月十四日に『ヒューマノイド当てクイズ参加者』の第二陣がやって来るということで、それまでの間の数週間、俺たちはカリブ海に散らばるいくつもの小さな島々を楽しんだ。ドミニカ国ではスキューバダイビングを楽しみ、ジャマイカのモンテゴベイでは海辺を馬で走ったこともある。他の島々でも水上バイクやカイトサーフィンをよくして過ごした。フランチェスカのセレブな友人たちのヨットで短いクルーズの旅へ出たり、彼らの持つプライヴェート・ビーチにて日がな一日のんびり過ごしたり……毎日、ただぼんやりしているだけでも退屈するようなことはほとんどなかったほどだ。


 この間、ロドニーやフランチェスカ、俺やミカエラの間で何か人間関係に大きな変化が生じた……ということは根本のところではなかった気がする。確かに、ヴァージン諸島やセント・バーツ島ではフランチェスカの本物のセレブの友人に紹介され、彼女に対する尊敬度が高まったといったようなことはある。また、彼らの会話の中でフランチェスカが実は双子で、マートルという名前の双子の妹がいること、また彼女がそうした家族の話を実はあまりしたくないらしい――ということに、俺もロドニーも鋭く気づいていた(ミカエラは本当に鈍いか、鈍い振りをしているので気づいたかどうかわからない)。


 ロドニー曰く、「オレもそうだが、家族に誰かひとり有名人がいると人間関係が難しくなるもんだよ」とのことだった。彼の場合、弟も同じくプロ・テニスプレイヤーだったが、コーチだった父親が才能のある弟にかかりきりになったことで、逆に兄である彼は「何クソ精神」で天才肌の弟を越えるべく努力したのだという。そしてそんな彼のことを母親が支援して家庭内のバランスを取ろうとしたことで、ウエスト夫妻はその後離婚、家族関係もバラバラに近いものになってしまったということだった。「まあ、オレも弟も今じゃ所帯ってやつを持ってそれぞれ大人だ。テニスにまつわる苦労も同じってこともあって、そこそこ仲良くはなったんだがな。とはいえ、両親には離婚して欲しくなかったというのが、当時のオレとシドの共通の願いだったんだ」


 残り、ミカエラに関していえば――「何故彼女の恋心に応えないのか」というより、もっとはっきり言えば「あんなに好きだとしつこくアピってきてるのに、何故さっさと彼女と寝てしまわないのか」といったようなことを、フランチェスカ・ロドニー双方から言われたものだった。「部屋を一緒にしてあげるから」と、妙な気を遣われた時にも、俺はそのことについてだけは断固として拒否したからだ。


 また、彼女のそうした気持ちというのは、その時の俺にとっては邪魔なものでもあった。嬉しい部分はもちろんあったにせよ、夜のバーにてカリビアン・ミュージックに乗って踊り、「ちょっといい雰囲気」になった女性がいても、ことごとくミカエラが間に入って邪魔してきたからだ。


 そして、その翌日には「テディはああいう肌がアーモンド色の、お尻の軽そうな子が好みなの!?」などと、怒っていびられるのだった。ゆえに、そうした煩わしさから逃れるためにも――「さっさと寝ちまえばいいじゃねえか」と、ロドニーなどは不思議そうな顔をして首を捻っていたものである。


 もちろん俺にだって、ミカエラに対してグッと来たり、くらりと来た瞬間が一度もなかったわけでは当然ない。むしろそんなことなど日常茶飯事だといってよかった。けれど、俺は今後のことを考え、理性を鎖でがんじがらめにし、ホテルのあのドアと同じく最後にガチャリと鍵をかけておくことにしたのだ。


「この三か月近くものバカンスの間中、こんな素敵なリゾートにやって来ててセックス抜きで過ごすつもり!?わあ~、かっわいそう~」などとフランチェスカにはからかわれたが、それでも俺に対して普段彼女の周囲にはいない男の誠実さを感じてか、七月十三日に岩ばかりの醜いオカドゥグ島へ戻るという時、フランチェスカはこう教えてくれたのだった。


「あの子、あなたに対して本気なのよ。ミカエラがテディにべったりしようとするのって初日からだったじゃない。だから不思議に思って随分前に聞いたことがあるの。テディのどこがそんなにいいのかって……これ、本人から絶対にあなたにだけは言うなって言われてることだから、秘密にしてね。あの子、ジェット機に乗り込んであなたの姿を見た瞬間――わかったんですって。あなたこそが自分の運命の人で、パリにいる元自分の恋人なんかはニセモノだっていうことがね。ミカエラって、時々もののしゃべり方がおかしいことがあるから、元の自分云々がどういう意味なのかとか、わたしも詳しくは聞かなかったわ。でも、あの子にとってはテディ、あなただけが永遠の恋人なのよ。それで、その気持ちだけは本物なんじゃないかって気がして、わたしもそのことだけは信用できるような気がしてるの」


 ――最初に出会った時、フランチェスカはミカエラに対して『絶対に好きになれないタイプの女』とか、『学生時代、同じクラスにいたら絶対いじめてるタイプ』と直感したという。けれど、話をするうちだんだん印象が変わっていったそうだ。「わたしみたいな人間にとってはこういうこと、ほんと珍しいんだけどね」と。


 旅の間中、冗談の発展のようなもので喧嘩らしきことをしたこともあったが、それもまた俺たち四人の間では(そう深刻なものじゃない)とか、(明日の昼か夜までには機嫌を直してまた同じテーブルで食事してるさ)くらいなものだったのだ。また、事実その通りでもあった。とはいえ、『ヒューマノイド当てクイズ』について結託した仲良し四人組ということもなく――俺たちの気が合ったのはある意味、旅先に特有の「その場限りの人間関係」による気楽さのようなものが手伝っていたろうことはほぼ間違いない。


 だから、とても残念だった。もしかしたらただの社交辞令だったにせよ、ロドニーは「もしテニス関係で何かコラムでも書きたかったら、いつでも連絡してくれ」と言ってくれたし、フランチェスカは「スウェーデンに来たら、いつでも寄ってよ。アメリカとはショービズの色合いがまた違うから、芸能界を取材するのも面白いかもよ。あと、もしミカエラと結婚しないんだったら、別の可愛い子を紹介してあげる」と言ってくれていたのに――この中の四人全員が元の生活へ戻れたわけではなかった、ということは。




 >>続く。






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