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第4章

 午前の便でニューヨーク(JFK空港)からマイアミ空港へ到着すると、そこではモニター越しにしか見たことのない、ミロスがロビーにて待ち構えていた。アダム・フォアマンはマイアミ空港に自身が所有するプライヴェート・ジェットの格納庫まで持っているらしく、俺はそちらのほうへ案内されると、タラップを上がって豪華な機内の座席のほうへ腰を落ち着けた。


 すでに先客のほうが三人おり、俺を含めて初日から参加するのは五名だということだったから、残りひとりを迎えにミロスは再び空港内へ戻っていった。


「いいわよねえ、マイアミって」と、俺の座った斜め左の座席にいた背の高い女性が、窓の外の強い陽射しにサングラスをかけ直して言った。シャネルのロゴが入っているというあたり、金持ちだったりするのだろうか。「伯父がね、心臓を患った時、ヨーロッパからわざわざこっちに越してきたのよ。心臓を一度悪くすると、冬の寒さが相当堪えるってことでね……iPS細胞によって心筋細胞を作りだして移植すれば拒絶反応のリスクもないわけだけど、その手術っていうのが嫌なんですって。医者の腕の良し悪しとか成功率の高さなんかは問題じゃなくって、全身麻酔で開胸手術しなきゃいけないとか、そういう説明受けただけでゾっとするんですってよ」


「へえ。あんたの伯父ってことは、ようするに金持ちなんだろ?じゃ、ナノボットによる治療って選択肢もあるんじゃねえの?今のとこバカ高い治療費がかかるらしいが、いずれこれが医療のスタンダードとやらになるって話だしな」


 シャネルのサングラスをかけた女性は、大体三十代初めくらいに見えた。そして、彼女の座席の通路を挟んだ右隣に座っている男が返事をしていたわけである。俺はその特徴的な、スコッチウィスキーのやりすぎで枯れたような声に惹かれ、収納棚に荷物を置くついでに彼のことをさり気なく観察した。


 白の涼し気なポロシャツに、下はベージュのハーフパンツだった。金と茶の混ざりあったようなすね毛ぼうぼうの足先には透明なサンダルを突っかけている。彼もまたサングラスをかけており、半可視化したデバイスをしきりと操作し、何か株の値でもチェックしていそうな様子だった。最新式の時計型デバイスも手首に嵌まっていたことから――彼もまた結構な資産家であるように見えた。他に、これはあくまで俺が受けたイメージだが、ロスあたりからわざわざゴルフするためだけにやってきた映画プロデューサーといったような貫禄がある。歳の頃は三十代後半から四十代前半といったところ。もっともこれは女性のほうに特に言えることではあるが、美容術の発達により、今は五十代の女性が二十五歳くらいに見えてもまったく不思議でない時代ではある。


「どうかしらね」と、やはりブランド物らしいノースリーブのワンピースを着た女が言った。「伯父はゲイでね、若い頃からずっと金にあかせて美青年を漁ってばかりといった感じの人だから、実際のところ今どのくらい資産が目減りしてるのか、親戚中で知ってる人間は誰ひとりとしていないのよ」


「そりゃいい人生ってことだな」と、サングラスの柄のところにあるボタンを男が操作すると、半可視化した小型モニターが消えた。本来、このモニターは本人にだけ見える透明なものだ。だが、完全に可視化してしまうと他人から個人情報を覗かれてしまうかもしれない。また、透明な画面に向かってしきりと操作を繰り返す姿というのは何やら滑稽でもある……というわけで、外から人が見ても何やらよくわからぬ半可視化モニターを人々は操作していることが多いわけである。「だってそうだろう?オレだって自分が金持ちで、性向のほうがゲイだったら同じようにするだろうからな。けどまあ、実際は全英恐妻家組合に登録してるってなご身分なもんで、時々こっそりそうした女性を買うってな生活なわけだ。そう考えたらオレは、あんたの伯父さんとやらが何やら羨ましくて堪らないね」


 ここで女のほうでは「ふふふ」と、何故か愉快そうに笑っていた。


「あのミロスってギリシャ系の青年、とても素敵だと思わない?モニター越しに初めて見た時、伯父さんの好みにドンピシャすぎてびっくりしちゃった。デニス伯父さんならたぶん、いくらでも金を積むから、一晩でいい。自分と寝てくれって頼むようなタイプよ、間違いなく」


 俺は、収納棚にボストンバッグをふたつ上げると、ロスの映画プロデューサー(仮)の後ろの座席に腰を落ち着けた。彼らふたりよりさらに前の左右の座席には、左側にだけブロンドの髪の女性が座っている。足を組み、シャンパンらしきものを飲んでいるのはわかったが、どういったタイプの人物かまでは、この時点ではまったくもって謎だった。


「ねえあなた、ここ、座ってもいーい?」


 俺は先ほど自分が上がってきた搭乗口のほうが騒がしくなると、今度はそちらへ注意を向けた。見ると、青と白のストライプのワンピースを着た――なんとも美しいというのか、可愛らしい女性が、いかにも無邪気な声でそう聞いてきたのだった。


「ああ。いやまあ、その……いいけど……」


「お嬢ちゃん、座席なら前のほうのがひとつ、まだ空いてるぜ」


 ロスの映画プロデューサー(いや、英国出身だっけか)が後ろを振り返ってそう言った。確かに、このハスキー男の言うとおりだった。ジェット機の室内には五つ座席があり、最後部には右側にしか座席はない。他の三人はそれぞれ、自分の隣の席にも荷物を置くなどして使っていることから、前のほうの座席へ移動したほうが広々としていて使い勝手がいいだろうことは間違いない。


「ううん、いいの。オカドゥグ島までほんの一時間半くらいですって。何時間も座りっぱなしっていうんじゃないんですもの。それより話相手が欲しいわ」


 これから百万ドルを競いあう相手が気になったということなのかどうか、シャネル女も新しくやって来た若い女のほうを振り返っていた。そして俺はこの時、彼女がサングラスを外した顔を初めて正面から見た。どことなく北欧系のモデルといった感じのする美人だった。彼女は俺と茶褐色とも赤毛ともつかぬ長い髪の女を観察するような眼差しで一瞥してのち、再び前を向く。それからデバイスを操作して――何かデジタル雑誌でも見ようとしたらしい。これは俺があとから思ったことだが、一時間半といえば映画を一本見るのにちょうどいいくらいの時間だ。だが、耳のほうに音声が流れてきた場合、機内でされた会話のほうは聴こえないということになるだろう。つまりはそうしたことだったのではないだろうか。もしかしたら、単なる俺の考えすぎかもしれなかったが。


「ねえ、お兄さん。あめちゃん好っきー?」


「ええっと……」


(俺は童顔だってよく言われるけど、もう三十二だし、お兄さんって年でもないんだよね……)


 そう思い、俺は戸惑った。


「あめちゃんが好きじゃなかったら、ガムちゃんやラムネちゃんもあるのよ?なんだったらグミちゃんもいるわ。良かったら、おひとついかが?」


 明らかに前の座席の男はぷっと吹きだしていた。気持ちはわかる。どう考えても天然の電波系というよりは、そうしたキャラを装いつつ、まずは誰かひとり味方につけようという魂胆なのではないかと、彼が勘繰ってもまるきり不思議ではない。


「えっと、じゃあグミちゃんがいいかな。グレープ味のなんてある?」


「あ、お兄さん。グレープ味のグミが好きなの?奇遇ね~、わたしもグレープ味のグミ大好きっ!!」


「…………………」


(君、そのキャラでほんとに友達いる?)と聞いてもよかったが、俺は彼女がベルトにさげたポーチからお菓子をいくつも出すのをただ黙って見ていた。いちご味の飴やレモン味のガム、オレンジ色のグミ、ヨーグルト味のラムネなど、色々なものがゴチャゴチャ出てくる。


「おっかしいわねー。どこいったのかしら?グレープ味、わたしも大好きだから必ず常備するようにしてるのにっ」


「べつにいいよ。だったらそのヨーグルト味のラムネでももらえれば……」


「そうお?でも舌のほうがもうグレープグミちゃんに備えてたんじゃなあい?ねえ、これから行くオカドゥグ島にはコンビニなんてあるのかしら?」


「残念ながら、コンビニはありませんね」


 彼女は俺の顔をじっと見てそう聞いたのだったが、答えたのはタラップを上がってきたミロスだった。彼はいつもモニターの向こう側でそうだったように、この日も白の半袖シャツ、それにブルーのネクタイを締めていた。画面に映っているのはいつも上半身だけだが、下のほうは涼しげな麻のズボンを履いている。ベルトのほうはダンヒルの黒いそれだった。


「でも、たぶん心配いりませんよ。お菓子やアイスなら、オカドゥグ島に山のように備蓄してありますからね。その中にはきっとグレープ味のグミだってあるはずです」


「ほんとに!?わあ~い、良かったあ。嬉しいなっと」


「…………………」


 その後、ベルトを締めて離陸するまでの間、機内は暫しの間静かになった。俺の隣に座った女性はエサを食べている時の犬よろしく、飴ちゃんをなめている間は何故か大人しかった。俺は彼女が単に標準以上に可愛らしい容姿をしていたからとて、そんなところにデレデレする男と思われたくもなかったため、無視して仕事をはじめた。


 もちろん、約三か月留守にする間の原稿はすべて送信済みだったし、そのコラムの内容をひねりだして掲載許可をもらうのはいつも以上に骨が折れたが、ここからはざっくばらんに夏休みを楽しむような気持ちでいようと思っていた。とはいえ、オカドゥグ島へ向かう一時間半ほどの間、やはり暇といえば暇だった。そこで、もしこの『ヒューマノイド当てクイズ』が記事に出来ないかものにならなかった場合に備え、俺はこの長い休暇が終わってのち掲載するための記事について、早くもその内容を考えていたわけである。


「……君、もしかして窓の外の景色が見たいのかい?」


(だったら前のほうの空いてる席へ行けよ)と言ってもよかったかもしれない。けれど、やはり俺自身席をずれたくはなかったのだ。というのも、前の座席にいるブロンド女性がそのことで『失敗した』と思っているかどうかはわからない。だが、ひとつ前の座席の左右の男女はすでにそれなりに会話を交わしているようだし、今後もし何かの情報交換がこのふたりの間でなされるのだとしたら――この座席はやはり好ポジションだった。隣の席の天然アーパー女にしても、何者なのかそのうち自分から話すかもしれない。


「あ、わかる?」


 アーパー女は(てへっ)とでもいうように、舌をだして笑った。イチゴ味のキャンディをなめたせいかどうか、ピンク味が若干増した舌だった。


「でも気にしないでちょうだい。ここからでも外の景色はばっちり見えますもの」


「そういうことじゃなくて」と、俺はよいしょ、とすでに座席を交換するつもりで、体を動かして通路側へ出た。「そんなふうに横からじっと見つめられると、なんか落ち着かないんだよ。これから仕事をするにしても、何かのショート動画を見るにしてもなんにしてもね」


「あら。じゃ、一緒に見ましょうよ」


 アーパー女は手を打ち合わせてにっこり笑った。それでは座席を譲った意味がない――と思いもしたが、前の座席のふたりが耳を澄ませているだろうこともよくわかっている。そこで、彼女のことを黙らせ、なるべく何も話さない方策を取るには映画でも見るのが一番かもしれなかった。


「わあ~い。わたしね、日本のアニメやディズニーのがとっても好きなの。お兄ちゃんは何がいい?」


「お兄ちゃんって……女性に年を聞こうとは思わないけど、たぶん俺と君って大体同年代だよね?」


 ここで、前の座席の映画プロデューサー(仮)が吹きだしていた。また、本来であれば彼もずっと黙り込んだままこの一時間半ほどの空の旅を、シャンパンでも飲みながら過ごすつもりだったのではないだろうか。けれど、彼はわざわざ後ろを振り返ってこんなことを言ってきたのである。


「お嬢ちゃん、人間そっくりのヒューマノイドとやらはあんたなんじゃないかね?オレはな、もし人間とまるで見分けのつかないアンドロイドとやらがいるとしたら、たぶんそりゃフィメールタイプ(女性型)なんじゃないかって気がしてた。だってそうだろ?女性が開発研究者だって可能性もあるにはあるが、男の科学者がそのボディを色々いじくって楽しいのはやっぱり女性型のほうだろうからな。なあ、もしオレの勘が外れてるって保証してくれるんなら、どこの出身で小さな頃はこんなふうに過ごしただなんだ、少しくらい情報を開陳してもらえませんかね?」


「そんなこと、知りまっせ~ん!!」アーパー女は何故か気分を害したらしく、この時ぷう、と両頬を膨らませていた。確かにある意味、彼女はこの飛行機へ乗り込んできた時からどこか演技がかったように見えてはいたのだ。「それに、人にものを聞く時は……特に男性から女性に対してものを聞く時には、自分から名乗るべきよ。そんな失礼な殿方に対してあれこれ自分からペラペラしゃべらなくちゃいけない義理も義務もないわ」


「まあ、確かにそりゃそうだな」


 男はこの時、サングラスを外して挨拶した。両方とも目が虹色だったが、いまや紫や深紅や金や銀など……コンタクトレンズ感覚で目の色など簡単に変えられるため、特段驚くには当たらない――にせよ、やはり虹色の目の人間を見るのは俺もこれが初めてだった。隣のアーパー女に至っては、驚きのあまりあんぐり口を開けっぱなしにしている。


「とはいえ、あのミロスってハンサム男の話じゃ、自分の身分を偽って語ったところでルール違反ではないってことだったからな。ゆえに、仮にオレが本当のことを話していたとしても――あんたらがそれを信じるかどうかは別の話だぜ」


「くだらないわねえ」と、この時、座席を下げてこちらを見ながら、例の北欧系美女が言った。「この人、プロの元テニスプレイヤーよ。最高位でベスト4までいったこともあるくらいだから、むしろ知らない人のほうが少ないくらいなんじゃない?だからこの人がもしロンドン出身のロドニー・ウエストじゃないなら、本物のロドニーが金に目が眩んで自分のコピーを製作することを許可したってことになるわね。そう考えるとおかしな話だと思わない?こんなの、ゲームでもなんでもないわ」


 テニスプレイヤーのロドニー・ウエストといえば、引退してかなり経つはずだし、現役だった頃は目玉のほうも自然なヘーゼルナッツ色だった。年齢としては五十過ぎのはずであるが、彼は若々しく溌剌としており、四十代前半――いや、下手をすれば三十代後半でも十分通りそうなくらいに見える。テニスといえばウィンブルドンや他の四大大会をたまに見るくらいだという俺にとっては……引退して何年にもなる元プロプレイヤーを見てもすぐには気づかなかったのだ。


「そういうお宅こそ」と、鏡のように反射するレイバンのサングラスをかけ直すと、ロドニー・ウエストは肩を竦めている。「スウェーデンを代表する女優のフランチェスカ・レイルヴィアンキさんじゃございませんか。オレたちゃ互いに顔を見合わせた途端、爆笑しちまったくらいなんだぜ。この『人間そっくりのヒューマノイド当てクイズ』とやらはもしや大嘘で、昔のマダム・タッソーの館よろしく、蝋人形ならぬ有名人の複製を造りたいってことなんじゃないかってね。しかもこの場合、蝋人形なんかよりずっとゾッとするような話だぜ。何しろ、自分そっくりのアンドロイドさんと御対面なんてくらいなブラックジョークですめばいいが、『あなたの脳も複製させていただきます。そしてオリジナルのあなたの脳は……オーホッホッホッ!!』てな具合でな」


「遥か昔のホラー映画じゃあるまいし」と、フランチェスカは大笑いしている。「第一ロドニー、あんたの予測じゃそのマッドサイエンティストっていうのは男って可能性のほうが高いってことなんじゃないの?」


「まあなあ。けど、フランチェスカ、あんたの伯父さんみたいにゲイだって可能性もあるだろうし、男だけどちょっとカマっぽいとか、そもそも自分の体も改造しててすでに男でも女でもないとか……この場合、色々考えられると思うぜ」


「あたしはねえ、あのミロスって男があやしいと思ってんのよ」と、フランチェスカは興奮したように言った。まるで、(ほんとはみんなもそう思ってんでしょお!?)とでも言いたげな口調だった。「だって、カスタマーセンターの苦情受付アンドロイドの顔つきやしゃべり方にそっくりじゃないの。賭けてもいいけど、あいつ、どんな侮蔑的なこと言われたりしても普通の人間のように怒ったり、顔を真っ赤にして怒鳴り返してくることはないって気がするわね。第一あのミロスくんがビンゴだったとしても、これもまたルール違反ってことにはならないと思うのよねえ」


 実をいうと、スウェーデンの女優が口にしたことはもっともだった。俺にしても、最後の電話を切る頃には(その可能性もある)と考えはじめていたのだから。


「さあて、とりあえずオレとそっちのレディの身分はこれで割れたも同然だぜ。とはいえ、オレたちが先に名乗ったのはこっそり写真でも撮って調べられりゃあ一発でわかるって理由からだ。あんたたちにはあんたたちで本当の身分を言うも自由、あるいは偽っても自由ってなわけで、無理に白状させる気まではない。ちなみに、前のほうの座席にいるブロンド女についてはオレにも女優さんにもよくわからん。オレたちが来る前にそこの座席に座ってシャンパングラスをくゆらせなさっていたし、トイレに行く振りして、ちらと様子を見てもみたが……どこにでもいる中年のおばちゃんってな印象だ。鼻と上唇の間の目立つところにほくろがあって、もしあのおばちゃんが人間そっくりのヒューマノイドってことなら――なんかちょっとがっかりってな印象ですらある」


「そここそが、実は案外盲点なのかもよ?」と、フランチェスカ・レイルヴィアンキ。「ロドニー、あんたも言ってたじゃない。あたしみたいな北欧系の美人は肌も白いせいもあってか、いかにもアンドロイドっぽい感じがするって。だからフェイクとして混ぜたんじゃないかって……」


「まあ、考えればキリのないことではある」


(だろ?)と、同意を求められた気がして、俺はなんとなく曖昧に頷いた。それから、彼らふたりがかなりのところ高い確率で本当のことを話している気がして――自分も本当の身分を名乗ることにしたわけである。


「俺は……そんなに有名というわけではありませんが、ジャーナリストをしています。ゆえに、N新聞社に問い合わせていただければ、所属自体は確認が取れるかと。あと、ノンフィクションライターとして本を出版してもいるので、写真自体は古いものですが、著者近影のようなもので確認を取ること自体は出来ると思います」


「まあっ、あなたもしかして記者さんなのっ!?」


 アーパー女は手を打ち合わせると、何故か心からの尊敬を込めて俺のほうを見た。嘘はついてないにせよ、クズのようなゴシップ記者という可能性だってなきにしもあらずなのに。


「そりゃおかしいわね」


 俺の正体がわかるなり、フランチェスカはさもがっかりしたというように、座席を元に戻して前を向いていた。おそらく今までの人生でパパラッチには相当嫌な目に合わされてきたのだろう。


「こんな『ヒューマノイド当てクイズ』なんていう奇妙な大会に、よりにもよってノンフィクションライターを参加させるですって?あんた、もしかして一攫千金を狙う人間たちの醜い争いでもつぶさに観察して記事にでもしようってんじゃないでしょうね!?」


「そうですよね。おかしいですよね」と、俺はその点については素直に認めた。「なんでも、アダム・フォアマンさんは俺のファンだということだったんですが、今初めてこう思いましたよ。俺は人から恨みを買うような記事の書き方をしたことは一度もないと思っています。でもそれだってわかりませんからね。もしかしたら俺が知らないってだけで、誰か人を傷つけたことがあって……その恨みを晴らすために今回呼ばれたって可能性もあるんじゃないかって」


「怖いこと言わないでよ」と、フランチェスカは怒ったような口調で言った。「それじゃなんだかまるでアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』みたいじゃないの。みんなだって調べて知ってるだろうけど、カリブ海/オカドゥグ島なんて検索しても、そんな島どこにもないみたいにしか表示されないのよ。正直、わたし役とるのにライバルを蹴落としたことだってあるし、今までの人生で誰のことも貶めてこなかったとは言えない人生ではあるわ。だけどそんなの――」


「落ち着けよ、フランチェスカ」と、ロドニーが笑って言った。「むしろ、今のこの坊やの話を聞いてオレは安心したぜ。『ヒューマノイド当てクイズ』なんて、こんなうさんくさい大会にライターを呼びたいような奴は絶対いやしねえ。てことはだ、やっぱなんか裏があんだよ。たとえば『より人間にそっくりなアンドロイド、新発売!!』ってな企画の、前段階にある広告パイロット版みたいなさ」


「おかしいわよ、絶対そんなの」


 よほど過去に後ろ暗いことでもあるのかどうか、フランチェスカ・レイルヴィアンキは落ち着かなげだった。


「まあね、そりゃオカドゥグ島へ来ることを誰にも言ってはいけませんとか、そんなことならわたしも今ここにいなかったとは思うわよ。それに、キューバとかドミニカ共和国とか、あるいはマイアミやハバナ諸島あたりにとんぼ帰りするっていうのでも……それで、用事足してまた戻ってくるっていうのでも構わないってことですものね。命の危険についてまでは考えなくていいんでしょうけど……」


「その点はどうかな」と、ロドニー・ウエストは今度は請け合わなかった。「オレは、その点についてはわからないと思っちゃいるぜ。何分百万ドルだからな。後発で来る人間は残り六人だってよ。その中に借金だらけの奴がいたり、あるいは金に目が眩んだとなりゃ、人間ってのは何やりだすかわかったもんじゃねえからな」


 最後のひとり、アーパー女が何も言わず、ガムをくちゃくちゃやりだしたため――俺が「君……」と言いかけた時のことだった。本当は『名前なんていうの?』と聞こうとしたのだが、操縦席へ続くドアのほうが開き、ミロスが姿を現したのだった。


「みなさん、今日は遠路はるばるご苦労さまでした。もしお飲み物その他、ちょっとした軽食ということでしたら御用意できますが、いかがでしたでしょうか?」


「けいしょくって、具体的に何があるの~?」


 天然電波女はサッと垂直に挙手すると、その場に立ち上がってそう発言していた。学校の教室で先生に何か聞く時のように。


「そうですね。サンドイッチやちょっとしたお酒のおつまみといったところでしょうか。豆類やキャビアなどは缶詰になりますが、味のほうはそう悪くもないと思いますよ」


「ミカエラ、お酒はいいのっ。ミロス、ジュースはある?ジュースっ」


「ジュースでしたら、オレンジジュースやグレープフルーツジュース、その他野菜ジュースにミックスジュース、炭酸飲料はコカコーラにペプシ、マウンテンデューやメロウイエローなど……」


「じゃあわたし、ミックスジュースね!あと、サンドイッチもお願い。お腹すいちゃったもの」


 ミカエラと名乗った女は、隣の俺をじっと見てきた。まるで自分と同じようにサンドイッチやジュースを飲んだり食べたりしたくて堪らないはずだ、とでもいうように。


(そうだ、食事……)と俺は思った。どんな高性能なアンドロイドであれ、エネルギー摂取のために人間と同じく食べたり飲んだりする必要はないはずなのだ。あるいは「振り」くらいはさせられるにしても、消化できる機能まではないはずだった。(いや、だが……アップルゲート社から発売になってる犬や猫にはその後、エサを食べる愛らしい姿が見たいだのいう要望があって、改良がされたんだ。そこで専用のペットフードを別売にして、それを食べるとその後牧草みたいな匂いのする清潔なうんこが排出されるってことだった……犬や猫でそれが出来るなら、ヒト型アンドロイドだって出来るといえば出来るか?)


 俺はようやく名前のわかった女性と同じものを注文した。深い意味はない。ただ、飴やガムやグミ以外にも、彼女がいかにも美味しそうに食事していたとしたら――たぶんこのミカエラという女はヒューマノイドなどではない、そんな気がしてのことだった。


「ねね、それであなた、お名前はなんておっしゃるの?」


 ポテトサンドやステーキサンド、野菜サンドなどをもぐもぐ食べ、ずずーっとミックスジュースをすする姿は、どう見ても人間の女性そのものだった。俺はジャーナリストであるとは言ったが名前を名乗ってなかったと思い、「セオドア・ミラーです」と海老入り海鮮サンドを食べながら言った。


「ふう~ん。じゃ、テディね!よく知らないけど、英語圏の人はセオドアって名前の男の人のこと、愛称でテディって呼んだりするんでしょう?あの世界一有名なクマさんもおんなじ名前だけど!」


「英語圏って……」


 ミカエラの英語は特に訛りやクセがあるわけではなかったため、出身国について実をいうと俺は疑いを持ってなかった気がする。自分と同じくアメリカ北部かどこかなのだろうと。


「わたし、どうもフランス人らしいのよ。あ、ほんとはロシア人なんだっけな?生まれたのはロシアなんだけどー、その後フランスにやって来たらしいのね。で、両親とも小さな頃に亡くなっちゃったんですって。それで、ディアナっておばさんが引き取ってくださって、その後はずーっと一緒に暮らしてるんですって」


「暮らしてるんですってって……人ごとみたいな言い方するんだね。ずっとっていうことは、今も一緒に暮らしてるってことだろ?今日ここに来てるってことは、そのディアナっておばさんは知ってるのかい?」


「うん……知ってるちゃ知ってるみたいな?」


 ミカエラはこの時初めて、ずっと明朗快活だった態度に迷いが生まれ、何かを誤魔化すように決まり悪そうな顔になった。


「正確にはね、置き手紙を書いてきたのっ。ちょっとの間留守にするけど心配しないでくださーいみたいな……」


「それでいいのかい?そりゃ君だっていい大人なんだし、一夏くらい自由に過ごしたっていいんだろうけど……」


 彼女が頼んだものと同じものを食べ、つい共感的な態度を取ってしまったせいだろうか。ミカエラはニコッとして、とても嬉しそうに笑った。


「わたしのこと、心配してくれるの?テディ、あなたって優しいのね。実はわたし、家にいるのがいやんなっちゃって、それで出てきたようなものなの。だからほんと言うとね、これから行くカリブ海の地図で見たとしたら豆粒くらいの小さな島で……ええっと、なんでしたっけね。『ヒューマノイド当てクイズ』だったかしら?そんなことも半分くらいどーだってよかったの。ただ家をでる口実さえあればそれで……」


(おいおい)と俺は思った。ミカエラはどう見ても二十代――もし若作りをしているのだとしたら三十代前半、つまりは俺と同じくらいの年齢であるように見える。けれど、もしかしたらもっとずっと若かったりするのだろうか?


「つかぬことを聞くようだけど……っていうか、女性に年齢を聞くのはどうかって話だけど、君、一体いくつ?そのおばさんとふたり暮らしってことなのかい?」


「んー、どうかしら。実をいうとわたし、自分のことよく知らないのよ。なんか、一応わたし、独り立ちはしてるらしいの。でもディアナおばさんとは職場が一緒だし、そういう意味じゃほとんど毎日顔を合わせるってわけでね。でも、わかるでしょう?わたしのことを引き取って育ててくれた恩義のある人だけど、四六時中一緒なんていうんじゃしまいには息が詰まってしまうわ。なんかわたし、恋人がいたりもするらしーんだけど、わたし、その人のこと実は全然好きくないの。すごーくいい人なんだけど、なんか全然ピンと来ないみたいな……」


(おいおいおい……)


 前の座席のロドニーとフランチェスカは、それぞれワインやシードルを飲んだりしており、こちらに耳を澄ませつつ、キャビアを食べたりチーズをつまんだりしているはずだった。だが、今度はあえて何も話しかけてこない――ということは、(このミカエラという天然アーパー娘は何やらあやしいぞ)と、心の四角ボックスにでもチェックを入れているのではあるまいか?


(まあ、ありえなくもないか)


 ミカエラがあんまり美味しそうに食事をするため、その姿を見ていると彼女がアンドロイドなどとは到底思えない。だが、自分のことを他人のように話すというのはあまりに初歩的なミスではないだろうか?たとえば、偽の記憶イメージを作成して記憶領域に移植してみたが、定着はしたものの、若干の不具合が残ってしまった……ということもありえるということなのかどうか。


 とはいえ、俺はそれ以上ミカエラにあれこれ聞いたりしなかった。というのも、ロドニーとフランチェスカが耳をダンボのようにしているとわかっていたからだし、確かにミカエラは聞かれたことに対しては聞けばなんでもペラペラしゃべりはしたろう。けれど、俺はなんとなくそういうのはフェアじゃないような気がしたのだ。


「つまんないわたしの人生のことなんてどーだっていいわ。それよりわたし、テディのことがもっと知りたいな」


「べつに、俺の人生だって君以上につまんないものだと思うけどね。大学のアンドロイド工学科のほうに研究員として二十九歳まで籍を置いていたから……そういう本を何冊か出してる。たぶん、招待主のアダム・フォアマンはそれで俺のことを呼んだのかなって最初は思ったんだけど――結局はよくわからないね。俺はミスター・フォアマン自身もまた実はアンドロイドで、まだ本当の招待主は姿を現してすらいない……みたいに、映画のような事態を想像したりもしてたけど、もしかしたら彼は余命宣告でも受けていて、自分が好きなテニスプレイヤーや女優さんなんかを集めたって可能性もなくはないのかなって、今はそんな気がしてる」


「へええ~。テディったら、頭のいい人なのね。わたし、人間そっくりのヒューマノイドがいたからってそれがなんなのかしらと思ってたわ。だってそうじゃない?毎日街で見かけるアンドロイドだって、タイプにもよるけど、新型ほどよく見ないとロボットだなんて全然わからないこともしょっちゅうあるわ。それなのに、さらにもっと人間と全然見分けがつかなくなったからってそれが一体なんなの?」


「そうだね」と、俺はミカエラが結局外の景色など大して見てないと気づき、席を譲ったりするのではなかったとこの時後悔していた。「量産型のヒト型アンドロイドなるものが人間社会に馴染んで随分になるけど……最初、それは足りない労働力を補填するためのものだった。工場のオートメーション化に伴い、人間が手を貸さなくても機械がやっても同じなら、そうした仕事は当然ロボットにでもやらせたほうが効率がいい。この時点ではまあ、このロボットたちっていうのも非人間的な容姿をしていたし、その後俺たちが今街角でよく見かけるようなウェイトレスやショップ店員なんていうのも――初期のものはマネキンが顔の表情筋を必要最低限動かしてるみたいな、ぎこちないものだった。しかも、表のカウンターの裏には必ず本物の人間が待機していて、マネキンが同じことしかしゃべらないループに陥ったりすると、「あら、ごめんあそばせ」なんて具合で代わりに対応しなきゃならない……みたいなね。でもその後、マネキンたちはさらに少しずつ進化して、我々人間に似るようになってきた。つまり、今では近くまでいってよく観察したり、暫く会話を交わさないとヒト型アンドロイドとは気づかない――というくらいになると今度は別の問題が生じてきた。マネキン時代はマネキン時代でこの人類とは似て非なるものに対して「気持ち悪い」と感じる人々というのは結構いた。ところが今度は「似すぎていて怖い」、「気持ち悪い」という意見が多くなり、今では明らかにアンドロイドであることがはっきりわかるよう、「気持ち悪いほどにはあえて似せない」というタイプのものが売れ筋になったりと……まあ、おかしなもんだよね。それでそういう中、アダム・フォアマン氏は人間の間に混ぜても「見破れないでしょうな。ワッハッハッ!!」くらいのヒューマノイドを誕生させることに成功したっていうんだから」


 実をいうと、このヒト型アンドロイドに対する我々人類の態度というのはある程度二分している(これは各国で定期的にそうしたアンケートを必ず取ることから、かなりのところ信頼できる数字のものだ)。簡単にまとめるとすれば、人類はこの自分たちよりも頭がよい存在(もっとも、特定の労働に専門従事するタイプのアンドロイドは、仕事に関する以外の情報にアクセスできないようにはなっている)を生みだしはしたが、優しく思いやりのある奴隷の主人にはなれないことがすでにわかっているということだ。


 これはノーベル賞受賞者、ノア・フォークナー博士の言葉であるが、我々人類はアンドロイドの生みの親であり、ある意味では神でさえあるかもしれない。だが、我々人類も自分たちに残酷な現実を一切突きつけず、いつでも神が優しく思いやりある態度であったなら……そのような神を信じ崇め愛することを決してやめはしなかったことだろう。だが、悪しき忌むべき奴隷制が存在した時代、西欧の白人たちは黒人をどのように扱ったか?相手を自分と同じヒトとは思わず、あくまでモノとして扱った。それでも、こうした黒人たちが可能性としては低くとも、優しく思いやりのある、真のクリスチャンの鑑のような人物と巡り会い、素晴らしい主従関係と信頼関係を築くということも時にはあった。なんとも皮肉なことだが、現在の人間とアンドロイドの関係というのは、この白人と黒人奴隷のそれに酷似したところがあるのである……。


 俺はこの時、ミカエラの肩越しにカリビアン・ブルーの海を見てハッとした。これから自分たちが向かう西インド諸島には七千以上もの島が存在するということだったが(言うまでもなくオカドゥグ島もそのひとつである)、かつてここでは悲惨な奴隷貿易が行われていた。そうしたところにも何か、意味するところがあるのかどうか……。


「ふふっ。テディ、あなたったら博識なのね。なんにしてもわたし、思いきって家出してこんなところまでやって来てよかったわ。これから一夏の間、一緒にみんなで楽しく過ごしましょうよ」


(一緒に楽しくねえ)と、この時も俺は内心で溜息を着いた。こののち、食後のコーヒーを飲んでいた時にジェット機はオカドゥグ島へ到着し、ミカエラは両手と顔をべっとり窓に張りつかせてはしゃいでいたものだ。最初はただの天然電波系アーパー女とばかり思いきや、飛行機のタラップを降りる頃には(これがもし本当にすべて腹に一物隠し持った女の態度だというなら……大したものだ)と、俺は彼女に対し、少し考えを変えていたかもしれない。それこそ、アカデミー賞かエミー賞ものだとしか思えないくらい――彼女の笑顔も態度も、天使そのもののように純粋で無邪気であるようにしか見えなかったからだ。




 >>続く。






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