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第2章

「父さん、最近ジョーが元気ないっていうか、調子が悪いんだ」


 俺はその頃朝食や夕食の席で一緒になった時、父さんによくそう口にした。正直、俺にはもうジョーのような子守りロボットは必要ないどころか邪魔ですらあった。けれど、時々しゃべってる途中で喉が詰まったみたいにガーガーピーピー言っているのを見ると……なんだか病気を持つ人のことをわざと無視している気がして、直せるものなら直してやりたいという気持ちがあった。


 けれど、父さんはいつでも俺の話を聞いているのかいないのか、「今度な」とか、「時間があったらな」としか言わなかった。俺は特段そのことが不満だったわけではない。けれどある時、母さんのほうが突然切れたのだ。「愛人に会ってる暇があったら、息子のおもちゃくらいちょっと時間を取って直してやったらいいんじゃないの!?」と。この時父さんは、当時もまだ紙で発行していたローカル新聞から慌てて目を上げていたものだ。そして怒鳴った。


「子供の前でなんていうことを言うんだっ!!」


「いいじゃないの、もうべつに」と、母はテーブルクロスに中身がこぼれなかったのが不思議なほどの勢いでマグをテーブルに叩きつけた。「テディももう十分大きくなったし、この子もなんであんたとわたしが時々喧嘩してるのか、その理由も知ってるわよ。言っておきますけど、もし離婚するとしたらそれはあんたの都合なんだから、養育費や慰謝料についてはあんたの体をギュッと絞って水が出なくなるまでいただきますからね。まったく冗談じゃないわっ!!」


 この時、人間同士の愚かな対立と喧嘩の気配を感じてか、ジョーがガーピー言いながらトマスとアンジーの間を走りまわった。「ケンカはイケマセン。ケンカは……何よりテディが悲しみマス」、「ガーガー、ミスター・ミラー、そろそろ出勤のお時間ではアリマセンカ?ミセス・ミラーも今日は美容院にヨヤクが……ピーピー、それから午後の一時からはパートのお仕事が……」


「うるせえっ!!」


 うろたえたようにせわしなく体を回転させてジョーが真横にやって来ると、トマスはジョーのことを張り飛ばし、彼を横転させた。それからずんずん玄関まで歩いていき、バシンッ!!とドアを閉めた。その後、ガレージの上がる音がしたと思うと、こちらもそろそろ修理の必要なポンコツ車に乗り父は出勤していったのだった。


「まったく、どうしようもない奴よね」


 母は溜息を着きながら、気の毒なジョーのことを再び立たせてやっていた。そして、そのことを手伝った俺と目と目が合うと――「テディ、あんたももう子供じゃないんだから、こんなポンコツロボット必要ないでしょ?まあ、もし本当に直して欲しいんなら、今週末は愛人宅へ行く前にジョーを直せって、父親としてそのくらいのことはしろって母さんが怒鳴ってもいいけどね」


「いや、いいんだ。べつに……」


 俺はそれ以上何も言わなかった。母さんと父さんが何が原因で時々夜遅くまで口論しているのか、狭い家のことだったから話のほうは筒抜けだったし、『父さんと母さんはもしかして別れてしまうのだろうか?』などと、輾転反側しつつ繊細に悩んで過ごしたといったこともない。


 ただ、その週末、俺はガレージのほうでジョーの部品を解体しながら――一応、父さんが愛人の元へ行き、母さんと離婚したらどういうことになるだろうか、とは頭の隅で考えていた。


 もちろん、親権のほうは母さんに渡るだろう。なんでも愛人のほうにも息子がひとりいて俺と同じくらいの歳らしいのだが、父によく懐いているらしい。そのことについて特段嫉妬の気持ちもないし、『実の息子より他人の息子のほうが可愛いのか!?』などと、ひねくれた思いも持っていない。簡単にいうと、父のトマスは単純なわかりやすい人間だった。また、先ほどジョーのことをカッとして張り飛ばしたように、短気で頭に血の上りやすい人でもあった。とはいえ、いわゆる職人気質というやつで、コツコツ真面目に働く、言葉で自分の気持ちを表現するのが苦手な――世渡り下手の、無口で不器用な人間だったのである。


 毎日淡々と同じことが繰り返される、なんの刺激もない中で、愛人の女性と何かのきっかけで知り合い、「女手ひとつで息子を育てているの(溜息)」、「うちにも息子がひとりいるが、子育てってのはまったく大変なもんだよな(深い同情による頷き。そして片方の手にはスコッチグラス)」……たぶん、何かそんなようなことがあって、父は愛人の女性と関係を持つようになり、その頃には離婚のことも脳裏を掠めるようになっていたかもしれない。しかも愛人の息子というのが、クエンティンのように釘バットを振り回し、「てめえか!?オレのおふくろと寝てるっていうふてえ野郎はよォ」などと言って脅してくるようなタイプでもない、今時珍しいとても愛らしい子供だというのである。


 何故そんなことまで俺が知っているかといえば、答えは簡単だ。父さんと母さんは喧嘩になるたび、ふたりとも声の音量を落とすことがないため、話を聞いているうちにだんだんそこまでのことがわかってきたのだ。


 俺は(ママもパパも喧嘩なんてやめてよォ)なんてしくしく泣くような愛らしい子ではなかったし、ただひたすら冷静に(父さん、流石にそこまでのことを母さんに話すのはバカだよ……)などと妙に冷静に分析していたものだ。というのも、先に書いたとおり、父さんは自分の本当の気持ちを言葉で表現するのが下手な人だった。しかも短気で喧嘩っ早いときてる。そして、母さんから脇腹あたりの痛いところをグサッと正確に突かれたりすると――怒りにまかせて、誰がどう聞いてもしゃべらないほうかいいことまでも、母さんになんでもぺらぺらしゃべってしまうのだ。


 しかも母さんは喧嘩した翌日の午後は必ず、パートの仕事から帰ってきたあとにでも、気楽に悩みを話せる誰かに電話して――大抵は姉か妹か高校時代の友人――「きのううちの旦那がこう言ったんだけど、どう思う!?」といったようなことを長々人生相談するわけだった。


「ジョー、父さんと母さんは今度こそ本当に別れるかもしれないな。父さんの愛人の息子は小さな頃から病気がちだけど、ものすごいがんばり屋さんなんだって。もちろんわかってるよ。父さんは『おまえなんか健康元気なんだから、学業面においてもスポーツにしても、もっと頑張って色々できるはずだ』とか、なんかそういう説教をするタイプの人じゃない。ただ、母さんと俺とおまえの四人でこの家にいたりするより、愛人の家でのほうが気楽で寛げるとかいう、離婚の理由ってのは大体そのあたりなんだ。もしかしたら俺だって将来、そんなふうになるかもしれない。父さんは母さんのお腹に俺が出来なきゃ結婚はしてなかったんだってさ。ようするに、一度結婚してみて『こういう場合はもっとこうしてりゃ良かった』とか『ああしてりゃ良かった』なんていう失敗を学習したみたいなもんだよな。それをわきまえて次の二度目の結婚をしてみたところ、今度はうまくいったみたいなさ。ジョー、どう思う?おまえみたいにもし俺がロボットだったら、この場合『情報ヲあっぷでーとシマシタ。コレデ次ノ結婚デハヨリヨク充実シタ家庭ヲ築イテイケルデショウ』なんて具合にうまくやってけるってことなのかな……」


 俺は当然、ジョーの電源スイッチを切ってからバラバラにして修理したのだったから、彼からの返事を期待してこんな独り言をブツブツつぶやいていたわけではない。けれど、ネットの取扱説明書を参照しながら元に戻したにも関わらず――もう一度電源スイッチを入れてみても、ジョーはもうピクリとも動かなくなっていた。


「冗談顔だけにしろよ!!」とか、「俺とおまえの仲だろ!!」とか言いながら、俺は友達の肩を叩く時のようにジョーの肩に相応する部分を叩いてみたりもした。もっとも俺は、父さんの最後の一撃が致命的だったと思ったわけでもなく……(もしかして余計なことをして、俺はジョーを完全に殺してしまったのか!?)と思い、慌てたわけだった。そして最後には、スパナをガレージの壁に叩きつけ、なんとも感傷的なことには涙を流していたのだった。


 父さんにこのことを相談してみると、自分に後ろめたい罪の意識があるからだろうか、この時ばかりは父さんも至極協力的にジョーのことを直そうとしてくれた。


「こりゃ、おそらくはバッテリーだな」


 電気技師としての父の腕前については信頼していたので、俺は父さんの言うとおりなのだろうと思った。


「普段はコンセントに繋げば、充電のほうは完了だ。だが、ジョーのような古いタイプのロボットは、このバッテリー自体もう新しく生産してないだろう。ネットで探せば手に入る可能性もなくはないが……」


(ジョーにそこまでする価値があるか?このポンコツに?)という言葉を言外に感じて、俺はそれ以上何も言わなかった。もしかしたら俺がもっと小さかったら、『ジョーは死んだの?』という愛らしい言葉が口から洩れていたかもしれない。とにかくこの時、俺はショックだった。もしかしたら自分が不用意にバラバラにして元に戻すような無用なことをしなければ――彼の息の根を完全に止めることまではなかったのではないかと、そんな気がして。


「ありがとう、父さん。もういいよ。ジョーはもう寿命だったんだ。父さんは自分が殴ったからかもしれない、悪かったって言ってたけど、たぶん関係ないよ。それに、もうこんなポンコツロボット、俺だって必要のない歳だしさ」


 口ではそう言ったものの、俺は自分の二階の部屋へ引っ込むと、デバイスを開いてジョーのロボットの型番を打ち込み、その横にバッテリーと半角スペースのあとに打った。検索結果のほうは惨憺たるもので、掲載されているのはそのほとんどがジャンク品だったし、>>「こちらのバッテリーを使用しても必ず起動するとまでは確約できません」といった表示のあるものばかりだった。


 さて、くだらないような話を長くしてしまったが、実はこのことには理由がある。例の、俺がニューヨークに本社のある新聞社でコラムを書いたことをきっかけに、ヒューマノイドに関して書いた本の最初のほうには――何故俺がアンドロイド工学科のある大学を受験しようと決意したのか、その理由などが書いてある。


 結局、俺の両親は離婚し、クエンティンとティモシーのモーティマー兄弟とも、引っ越して以降一度も会っていない。だが、デズモンド家のアンナやモーティマー家の家事ロボットのアリス、それに自分の家のロボット・ジョーのことを通して、自分が一体何を思い感じ考えたか……その中でも特に『ジョーを自分が殺したのではないか』という罪悪感は強烈な記憶として残ることになっていたのである。


 今ならもちろん、地下アパートに付属してついてきたロボットが壊れ、自己流で直してみようとしたところ、その後動かなくなったとしても――俺はそんなこと、管理会社に連絡して新しいロボットが来ることがわかったとすれば、何も問題にすることはなかっただろう。そのことはよくわかっている。だが俺はその後も、ジョーの駄目になったバッテリーだけは引っ越し先にも持っていった。というのも、ジョーのことを直そうとする間も、実は心のどこかで俺は(このまま壊れたままだろうがなんだろうが、どうだっていいや)くらいの面倒な気持ちでその作業を行っていたのだ。もちろん、こんな考え方は大人になった今では(馬鹿げている)とわかっている。けれど、もし俺があの時ジョーのことを心底大切に思い、「おまえのような大切な友達を失うなんて、こんな悲しいことはないよ」くらいの気持ちで、神に祈るかのような気持ちで必死に修理しようとしていたらどうだったろう?もしかしたら彼はバッテリー云々関係なく、再び甦ることが出来ていたのではないだろうか?


 本の中にもそのように書いたが、これは人間がロボットに対して時に持つことのある感傷的気分のようなものにしか過ぎない。だが、ジョーを殺してしまったと感じたことが、自分がアンドロイド工学科のある大学を受験することに決めた理由なのは間違いなく確かなことだった。そんなことは当時つきあっていたガールフレンドにでさえ感傷めかして聞かせたことさえなかったとしても。


(あの手紙の中には、俺のコラムを『長く愛読している』とあった。つまり、アンドロイドに対する根本的な考え方として、もしかして俺が比較的好感の持てる考え方をする人間だと評価した……今回のおかしな招待を俺が受けることになったのは、そのあたりに理由があったりするんじゃないか?)


 俺はもう一度、例の手紙の文面を読み返してみたが、やはりこの招待状の文面自体、「いかにもアンドロイドが書きそうな文面じゃないか?」との疑いが拭えないものだった。


「『非常なる公平な精神をお持ちの貴兄が、この件についてどのような判断・審判を下すものか、その点に大いに興味を持っております』……だって?まあ確かに俺は、アンドロイドのことだけじゃなく、他のどんな社会問題をコラムとして取り上げる時にも――どちらかに偏ることなく中立な姿勢を心がけるようにはしている。だがまあ、それにしてもなあって話だ……」


 俺が事務用椅子を回転させて、招待状を外の窓からの陽射しで透かし見るようにしていると――俺が住んでいるのは「地下」アパートだが、窓があって、そこからは燦々と陽光が降り注いでいた。人体に害のない疑似的な太陽光が、その日の気分で選んだ壁紙の窓から流れてくるわけだった。


「ゴ主人サマ、何カ御用ダッタデショウカ?」


 キッチンのあたりにいたんだろうに、三百メートル先の物音ですらも明瞭に聞きつける家事ロボットは、独り言をつぶやく俺の元まで許される限りもっとも速い速度でやって来た。


「ああ、ごめんよ。いつもの書き仕事に伴う朗読というのか、例の独り言さ。そんなわけだから、ロボットの君が『ひとりでブツブツ言っててご主人さまなんかカワイソウ』なんて同情する必要はないんだよ」


「ソウデシタカ。デハ、ゴ用ノ際ニハマタドウゾ、ゴ遠慮ナクオ申シツケ下サイマセ」


「うん、ありがとう」


 家事ロボットのシズカは(彼女の型番の下にはメイド・イン・ジャパンとある。SHIZUKA-SERIES.RH/5564371といったように)、用のない時に自分がいるべき所定の位置(大抵は充電器のそば)へ戻ると、次に俺が何か言いつけるか、行動を起こすべく設定された時間がやって来るまでは待機することにしたようである。


 こうしたロボットを通して、全世界の全市民は監視されているのではないか――ということは、随分昔から討論されてきたことだった。そのためのオンブズマン制度もある。また、その疑いありとしてアメリカのみならずヨーロッパ各国やアジア諸国においても、重大な裁判にまで発展したということが、今までに何度となくある。たとえば、俺がなんらかの殺人事件を起こした場合、何時何分何秒にどこで何をしていたかというのは、映像自体がもしなかったにせよ、今の御時世把握するのはあまりに容易いことだった。だが時々、捜査の関係上プライバシーに踏み入るのは致し方ないとはいえ、「何故ここまでのことがわかるのか」という証拠の出てくることがあり、それが大きな刑事上、あるいは政治上のスキャンダルにまで発展したことがあるわけである。


 確かに、その相手がロボットでなくても、ニューヨークやロンドンといった大都市はどこも、通りは監視カメラだらけだったと言ってよい。だが、道ゆく人々は誰も、気にも留めていなかった。誰もが自分の手のひら、あるいは胸の前あたりで半可視化されたデバイスによって何か見たり読んだり調べたりしているからだったし、むしろそのことで犯罪率が低下したことのほうを喜んで受け容れたのだ。


 俺はもう一度、例の招待状の文面を最初から読み、>>NYでもそろそろ美しい花の便りが……とあるのを見て、(近いうち、セントラルパークあたりで走り込みでもはじめるか)と考えた。ジム通いせずとも、トレーニング器具さえ揃っていれば、優秀なトレーナーとのプログラムを今ここにいるかのような状態で呼びだすことは出来る。だが、そうしたバーチャル・プログラムに囲まれてロードマシンで走るより、走る時には実際に外へ出たかった。


 他に、射撃についても室内における疑似訓練では限界があるため、俺は行きつけの射撃場に予約を入れておいた。無論、もしかしたらここまで用心するような必要はないのかもしれない。とはいえ、そこまで精巧なヒューマノイドが数体できたので、自慢かねがねちょっと見て欲しいんだよね……といったことでもないだろう。とにかく俺は、なんとなく嫌な予感がしていた。今までロボットによる故意の殺人が起きたことは世界的に見ても一度もないとされている。起きたとすればそれは、改造されるなどして例のアシモフ法則として有名なロボット三原則が適用されぬようプログラムし直されるなど、悪意のある人間が関わった場合だけに限られる――と、一応そのように巷では言われている。


 だが、軍事用ロボットなるものがすでに存在する以上、可能性としてはSF映画やSF小説によくあるような、人間VSアンドロイドといったような、世界最終戦争なるものがもし明日勃発したとしてもおかしくはないのかもしれなかった。


 とにかく俺はこの時、六月十八日にマイアミ空港へ向かうまでの間――体を鍛え、射撃の腕も上げておくに越したことはないだろうと決めていたわけである。無論、人間を殺す意志のある軍事用アンドロイド数体に囲まれただけで、オカドゥグ島へ招待された十数名の人間の命など風前の灯に等しいということも、俺はよく知っているつもりだったのだが。




 >>続く。

 





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