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第20章

 9月13日、とうとうオカドゥグ島に滞在する最後の日がやって来た。もちろん、天候不具合などによってはジェット機を飛ばせなくなるなど、滞在が数日延びる可能性はあったろう。だが、その日はこの上もない好天で、近くのホワイトサンドの砂浜からはセルリアン・ブルーの海と雲ひとつない空の間に水平線がはっきり見渡せたものだった。


『一体誰が人間そっくりのヒューマノイドか』の答えについては、全員が大広間に集められ、ひとりひとり順に答えていく……というのではなく、意外なことには地下にあるアダム・フォアマン氏の書斎へ通され、ひとりずつ面談してのち彼と握手して帰る――といったような運びになるようだった。


 実をいうとその間、他の招待客は自分の部屋として割り当てられた場所で待機しているよう言われたのだが、ミカエラは挙手すると「わたしはダーリンであるテディと一緒にいちゃダメですか?」などと無邪気に質問していた。その時も例によってミロスがてきばき事の説明にあたり、全員が集まった食堂にて「質問があればなんでもどうぞ」と、最後にそう聞いていたわけである。


「ええ、構いませんよ」ミロスはいつも通り人当たりのいい笑顔でにっこり笑って言った。「ただ、ミカエラさま、『誰が人間そっくりのヒューマノイドと思うか』とお答えになる時には、一時的にミスター・ミラーとお離れにならなくてはなりません。おそらくミカエラさまの場合、ミスター・フォアマンとはさして長く話をするようなこともありますまい。また、ミスター・ミラーがフォアマン氏とお話になる間も、少しの間ご婚約者であるセオドアさまとは離れていなくてはなりません。その点のみ、どうかご承知くださいませ」


 大体のところの別れの挨拶であれば、きのうの夜に済んでいた。俺とモーガンとフランチェスカとミカエラの四人は、それぞれどう答えるべきかの話しあいを済ませていたし、九月十二日の夜にはささやかばかりのお別れパーティとでも言うべきか、いつも以上に豪華な料理の並ぶ晩餐会が開かれてもいたからだ。ミカエラはメアリー・アンダーソンのプールでのリハビリにつきあって、ほとんど毎日のように一緒に歩いていたし、ヒュー・アンダーソンとトム・ジョーンズのじじいともそうした際に親しげに話していたものである。


 ところで、アダム・フォアマン氏の地下の秘密の書斎へ招かれたのは、実をいうとこのオカドゥグ島へやって来た順番通りだった。つまり、モーガン・ケリー、フランチェスカ・レイルヴィアンキ、俺、ミカエラ……いや、それぞれひとりずつ面談が終わるごと車で運ばれジェット機へ乗ることになっていたから、俺はその時点ではっきり全員のうち誰が無事元の世界へ帰り、あるいはオカドゥグ島へ留まることになったのか――正確な答えのほうをすぐ確認できたわけではない。


 ゆえに、ここから俺が書くことは、あくまでも俺とアダム・フォアマンなる人物、というのか便宜上そう語っていると思しき人物とした会話、ということになる。呼ばれるまで部屋で待て、とのことだったので、俺はなんとなくイライラと、狭い動物園の檻に入れられたばかりのチンパンジーかオランウータンのようにそわそわして過ごした。全員と挨拶がわりにそれぞれ順に話すということだったが、それはつまりは『誰それがおそらく人間そっくりのヒューマノイドでしょう!!』と答え、『ピンポーン!』あるいは『ブブーッ!!』といった解答ののち、『残念でしたなあ。あなたをここへ招いたのは~~といった理由あってのことだったのですが……』というようにでも説明してもらえるということなのかどうか。


「大丈夫よ、テディ。百万ドルなんてなくても、わたしたちはこんなにも深い愛情で結ばれてるんですもの。わたしたちならお金なんてなくてもきっと幸せにやっていかれるわ」


 蓮の描かれたソファのまわりをぐるぐる歩き回る俺に向かって、ミカエラはいつも通り屈託のない素直な笑顔を向けた。この奇妙な『ヒューマノイド当てクイズ』が終わってオカドゥグ島から出ていくか、あるいは正式に結婚するまで――俺は一応待つつもりではいたのだ。けれど、ミカエラがもう一日中二十四時間離れたくないという様子でべったりくっついて離れなかったため……しかも、少しの間「別々の部屋にいよう」と言ったりすると、そのたびに「ミカエラのこと、もう嫌いになったの?」とか、「一秒でも離れてると不安でたまらなくなるの」とじんわり瞳に涙を浮かべて言うため、結局俺たちはそうした関係になっていた。ロドニーはいわゆるセックスドールと人間の女性の体の違いについて指摘していたことがあったが、俺の思う限り感じる限りにおいて、ミカエラは人間の女性としか思えなかったものだ。


「うん……とりあえず、俺が今考えてるのは引っ越すことなんだけどね」と、ミカエラの隣にすとんと腰掛けながら、俺は膝の間で手を組んで言った。「グリニッジヴィレッジの今住んでるあたりは、気ままな独身男でいるうちは住むのにいいところかも知れないけど、君とふたりってことになるとね。でも、ニューヨークはどこへ引っ越すにしてもなかなか金のかかる街だから、もう少し安くて治安もいいところって考えたり……その、さ。俺ひとりだけなら百万ドルとか、金のことはどうでもいい。だけどミカエラ、君のことを考えると自分の奥さんには贅沢させてあげたり、金がないのであれが買えないとかこれが買えないとか、そんな思いをさせたくないんだ」


「まあ、テディったら!!」ミカエラはこの時も感動したように瞳を潤ませ、俺の腕にしがみついていた。「わたしのことはべつにいいのよ。でも、フランチェスカが『お金がないとどんなに仲のいい夫婦も喧嘩するものよ』って言ってたから、ないよりはきっとあったほうがいいのね。わたしたちが予想してる人が、もし本当にヒューマノイドだったらいいけれど、やっぱりわたし、そんなことあるかしらとしか思えなくって……」


「うん、そうだね。その点については俺も同感だ」


 俺はミカエラの頭のつむじあたりにチュッとキスした。そしてこの時部屋のドアがノックされた。「どうぞ」と答えると、そこにはミロスがいつもの恭しい態度で立っていたものである。


「ミスター・ミラー、お時間でございます」


「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。またすぐ会えるから、心配しないで」


 ミカエラはこの時、心底寂しげな顔をすると、何かをせがむ子供のように両手を広げていた。最後に唇にキスして、という意味だと悟ると、俺はフランス式に彼女の右と左の頬それぞれにチュッチュッとキスしておいた。だが、ミカエラがこの時はっきり不満そうな顔をしたため、結局唇にもそうしておいた。


「いってらっしゃい、テディ!!あなたと十五分以上も離れていなくちゃいけないだなんて耐えられないけど、ミカエラがんばるわ!!」


「うん。どうせまたすぐ会えるよ」


 ドアから出ていくと同時、「ふう」と溜息を着く俺を見ても、ミロスの顔からはにこやかな感じの良さ以外何ひとつ読み取れはしなかった。普通はこういう時、『いくら好きあっていても、あそこまでベタベタだと疲れませんか?』とか、『結局そういうことに落ち着いたんですね。まあせいぜいお幸せに』であるとか、ちょっとくらいは顔の表情から読み取れそうなものである。けれど、やはりミロスからはプロフェッショナルなホテルの客室係――という以上の何ものをも読み取れはしなかったのだ。


「地下に書斎があるということは、アダム・フォアマン氏はおそらくずっとそちらにおられたのでしょうね」


「さて、どうでしょう」


 ミロスはエレベーターがあるのとは逆側の、階段のある方角へ先に立って歩いていった。木の葉のレリーフが彫刻された階段の手摺を見ながらこの時俺は、約三か月滞在して見慣れた建物のこうしたあれこれを二度と見ることはないのだと思うと、何故だか不思議な感慨に襲われていた。


「ミスター・フォアマンは、ここオカドゥグ島におられる時はここにいますし、いない時にはどこか別のところにおられます」


(そりゃそーだろ)と俺は思いもしたが、特に異議を差し挟めようとも思わなかった。涼し気な半袖シャツに紺の短いネクタイ、それに上品な風合いの縞柄のスラックス――それにはいつでも綺麗にプレスした後がついている。そんな彼の後ろ姿に黙ってついていくのみだった。


 やがて、クレイグ・ウェリントンの診察室兼私室へ到着すると、ミロスはノックするでもなくそこを通り抜け、開けっ放しになっている隣の部屋から(例の、ヴードゥーの呪いを思わせる不気味な絵画のある場所である)、壁を軽く操作して地下室へ通じるドアを出現させていた。


「他にも一階には複数、同じような秘密の地下室へ通じる階段やエレベーターがあるのです」


 気のせいかもしれなかったが、そう語るミロスの顔はどこか誇らし気だった。「どうぞ」と言われ、彼のあとに続いて階段を下りていく。だがこの時俺は多少なり記憶が混乱しそうになった。というのも、今二階から一階へ下りてきた時と同じく、階段の手摺のほうにはまったく同じサイズ、形の木の葉のレリーフが彫刻されていたからだ。


 それでも、青い毛氈のカーペットの模様の違い、さらには地下の行き当たりが大きな鏡になっていたことで――ここがまるで別の場所なのだとは一応わかっていた。この鏡は実際には扉になっており、登録のある人間にだけ表示されるデジタル装置によってのみ、開閉が可能になっているらしい。ゆえに、俺はミロスが透明な文字盤か何かに向かって暗証番号を入れるのを、『一体何やってんだ、コイツ』とでもいうような間抜けな顔をして見守っていたことだろう。


 おそらく、空気を清浄に保つために違いなかったが、外の暑さが嘘のような寒さに一瞬襲われてから、俺は前に一度だけ見たことのあるクレイグ・ウェリントン医師の研究室へ到着した。棚には滅菌されたあらゆる医療器具類が保管されており、冷たいステンレスの台がふたつほど並んでいる。他に、おそらく今医療先進国の病院であればどこにでも設置されているだろう総合診断装置や治療カプセルなども併設されている。


 また、今度は見えない形によってではなく、普通に隣へ通じるドアがあった。ただ、それはロドニーの遺体を確認した時にはなかったものだったのだ。(いや、そのはずだ)と思い、俺はここでも自分の記憶の不確かさに混乱しそうになった。


「一種の視覚マジックですよ」


 俺の心中を察してか否か、ミロスはフットレバーを足で軽く押し、その密閉式のドアを開いた。


「あなたがたが前にここへ来られた時、ここにはのっぺりした壁しか見えなかったろうと思います。ですがまあ、そんなホログラムが投影してあったという、ただそれだけのことでしてね」


「そうだったんですか。なるほど……」


 俺は神妙に頷いた。あの時俺たちはロドニーの死にショックを受けていたから、そんなことにまで気づく心の余裕はまるでなかったのだ。それに、今ではそうした種類のデジタル投影素材が街中に溢れているせいで、『同じ景色を見ているようで、隣の人はまるで違うものを見ている』ことなど、ありふれた日常にもなっている。


 そしてこの時俺はあらためて、気を引き締め直していた。クリストファー・ランド博士は病死、ロドニー・ウエストは自殺だったという可能性もなくはない。だが、俺は自分の直感としてはモーガンと同じく、彼らはふたりとも『殺された』のではないかと考えていた。そしてそのような完全犯罪をまっとう出来る殺人鬼と自分はこれからふたりきりで対面しようとしているのかもしれないと、あらためて警戒していたのである。


 とはいえ、その後の地下の通り道というのがなかなかに複雑で、俺はフォアマン氏がいるという書斎へ辿り着いてからもかなりのところ混乱した。照明の薄暗い不気味な廊下を歩かされること数度、なんのための装置なのかよくわからない機械の並ぶ無人の研究室を通りかかること数度……俺は自分のこの先の道ゆきのことも心配だったが、もしミカエラが次に同じようにするのだとしたらと思うと、そんなことも心配だった。


「ミカエラさまのことであれば御心配いりませんよ」


 よく磨かれた渋いオークの扉の前で、最後にミロスは無表情というよりは、周囲が薄暗かったせいもあり、少し不気味な幽霊的面差しによって言った。


「あの方は、ミスター・ミラーとは別の方法でご主人さまとお会いになります。また、受ける説明のほうもまったく別のものでしょう。ですから、ご心配には及びません」


「そ、そっか。だとしたらいいんだが……」


 ミロスが「どうぞ」というように一礼して、オークの扉の両方を開いて俺のことを通した。するとそこは二階にある図書室とそっくりであり、俺はあちこち遠回りしたにも関わらず、結局この夏よくいた場所へ戻ってきたのかと錯覚しそうになったほどである。


「こんなところまでわざわざ御足労願ってしまい、大変申し訳なく思っております」


 ミスター・フォアマンの口ぶりは慇懃だったが、それでいて(実際は大してそんなこと、思ってもいないんだろうに)と俺は感じもした。なんとなく、ノブレス・オブリージュという言葉が脳裏をよぎっていく。


「モーガン・ケリーとフランチェスカはそれぞれ、もうすでにジェット機の座席のほうへ座っているということでいいんですか?」


「それはお答えしかねますが」と、アダム・フォアマンはどこか曖昧に微笑んだ。フォアマン氏は黒髪に黒い瞳の、東洋や中東あたりの血が複雑に混ざりあっているように感じられる白人だった。また、若い頃からスポーツをやってきたことが、特段そう言及されずとも感じられる立派な体格をしてもいる。身長のほうは一メートル八十センチほどで、俺より若干高いくらいだったろう。「まずはあなたのお答えをお聞かせ願えますかな。また、その答えが当たっていても外れていても、いずれの場合もミスター・ミラー、あなたが現在胸の内で疑問に感じておられることに関し、出来得る限り誠実にお答えしようという用意がこちらにはあります。では、このホテルの招待客の中で『誰が人間そっくりのヒューマノイドであるか』、最終的な解答についてお聞かせください」


「そうですね。そういうことなら……」


 俺が二階の部屋のほうをミカエラとキスして出た時、時刻のほうは十一時を少し過ぎたところだった。また、こちらの面談のほうは九時頃はじまったことを思うと、モーガンとフランチェスカはそれぞれ約一時間弱ほど、フォアマン氏と話してこのホテルをあとにしたということなのかどうか。


「俺たちは……いや、俺はメアリー・アンダーソンがヒューマノイドなのではないかと考えました」


「何故そうお思いになられました?」


(残念な解答だ)というように、アダムが眉を顰めたように感じられ、俺は(外したか?)と、心に焦りを覚えた。


「俺は最初、ジェイムズ・ホリスター博士が人間に近いヒューマノイドではないかと考えました。ところがその方向性に固まりかけていた時、ホリスター博士と一緒に早朝ランニングしたりして、ふとあることに気づいたんです。まあ、ホリスター博士がヒューマノイドでビンゴなら、仮にそのように思い込まされているのだとしても……あんなに健康ということに拘り、それでいて葉巻を吸ったりラム酒を飲んだり……ちょっと行動に矛盾があるなと感じました。もっともそんなことは些細な点にしか過ぎません。それより、ホリスター博士自身が『もし人間そっくりのヒューマノイドがいるとしたら、あの三人の老人のうち誰かだと思う』というように俺にヒントを与えようとしたこと、そちらのほうが気になりました。その瞬間俺は、『ホリスター博士は誰が本物のヒューマノイドか知っているな』と感じたんです。普通に考えたとすれば、自分がヒューマノイドでそのことを知らないのだとすれば、それは自然な行動だったかもしれません。けれど、ランド博士が死に、人間の人生は儚いと思ったとか……俺はこう思いました。ホリスター博士はランド博士が何故病死に見せかけて殺されたのか、その理由についても知っているのだと。無論、何か証拠があるわけでもなく、俺が一方的に受けたそれは心象的な話にしか過ぎません。それであらためて考え直したんです。俺たちの部屋に飾ってある絵――そこから導きだした『いかにもそれっぽい理由』を俺は思いついていましたが、それをまずゼロに戻そうと。と同時に、そういえばあの三老人の滞在している六階の部屋にはそれぞれ、どんな絵が飾ってあったかあらためて思いだそうとしたんです。サラやロージーが掃除してる時、彼女たちに話しかける振りをして中へ入ったこともあれば、ミカエラがメアリーに招かれて部屋へ入ったりもしてましたからね」


「ふうむ。それで、何かメアリー・アンダーソンがヒューマノイドで間違いないという証拠をそちらで発見したのですかな?」


「いえ、メアリーの部屋にはジョルジュ・スーラの絵が数点飾ってあって……彼の絵画で一番有名なものが『グランド・ジャット島の日曜日の午後』ですか。なんでもあの絵は、真ん中あたりにいる小さな女の子だけが真っ直ぐこちらを見ており、この子供を中心にした世界だとかいう話を、その昔美術の解説書か何かで読んだ記憶があります。もちろん、こんな中途半端な心象論によってだけでは、ミセス・アンダーソンがアンドロイドだとまでは当然言えません。ただ、画家のスーラは随分科学的な手法を用いて新しい絵画理論を確立しようとしていたようで……そうした光学理論や色彩理論というのですか?「科学」と「真実を見抜く子供の眼」という取り合わせが、もしかしたらメアリー・アンダーソンがアンドロイドであるのかもしれないと考えたのが一点、他に――これは、実はミカエラから聞いたことなのですが、メアリーはスーラの絵画を見ながらポツリとこう洩らしていたことがあったそうです。『自分の人生もこんな点描画をバラバラにしたパーツが寄り集まったものだったような気がする』と……その時、俺はふとこう思ったんです。俺は自分以外の招待客を見て、とりあえず全員、外見上からは本物とは見分けがつかないのはほぼ間違いないと確信しました。そしてその時、今まで頭の中でこねくり回してきた推理を一度ゼロに戻し、シンプルに考え直すことにしたんです。八月一日にあの三老人がマイアミからやって来るという時、その直前の招待客八名は残りの三人の中に本物のアンドロイドがいるということで間違いないといったように結論づけていました。そして実際、アンダーソン夫妻とジョーンズ氏はあなたが経営しておられるという高級介護施設の出身だと……ということはどうなります?彼ら三人のうち誰かをアンドロイドとして入れ替えても、ミスター・フォアマン、あなたほどの金持ちであればいくらでも揉み消しが可能ということでもある……」


「まあ、正確には私がマイアミ、もっと言えばフロリダ州のあちこちに持っている不動産物件のひとつである――といった、私のほうではそうした認識なのですがね。確かに、あの介護施設はセレブ専門のようなところで、そうした金持ちしか入所できないような場所ではあります。運営に当たっている管理責任者は信頼できる人物ですが、私のほうでは決算期にでもちらと収益について見るかどうかといったところです。というのも、財務に関しては専門の人間が部門ごとに何人もおりまして、彼らが採算が合わないカンパニーについては逐一報告してくれるのです。何より今はAIがそのあたりの数字的な予測については人間より正確なところがありますのでね……最終的に私のほうではその両者の意見を取り入れて今後の経営方針について裁定を下すといったようなところで。簡単にいえば、ああした老人福祉施設というのは、我々にとっては『人生引退後の老人の心身の健康と幸福度』についてデータを取り、それを他の医療福祉部門に生かす――という循環のあることのほうが重要なのです。もちろん、今も新しい入居希望者のリストはびっちりと長く続いているくらい、評判のよい施設ではありますがね」


 図書室のほうは、二階にある図書室ほどではないが、それでも軽く二万冊ほどは本棚に本が収納されているように見えた。壁の窓から太陽光が洩れているように感じるのは無論、これもまた視覚上のマジックだった。実際には光源にあたるものが奥にあって、そこにアンティークな窓のホログラムが被せてあるに過ぎない。


 俺はそこから射してくる淡い光に目をやりながら、なんとなく微笑んだ。ビロード張りの肘掛け椅子に腰かけているミスター・フォアマンは、俺が何故微かにでも笑ったのか不思議だったかもしれない。単に俺は、彼の判断から推し量って思うに(答えを外したのだ)ということがわかり、(やれやれ。百万ドルはパアか)と思うでもなく、他のことでおかしかったのだ。


「こんな大きな島まで所有しておられるのに、随分雑な経営なんですね。今、あなたの話を聞いていてふと思いだしました……ジェイムズ・ホリスター氏が、フォーシーズンズだったかリッツだったかは忘れましたが、そうした高級ホテルに泊まった時、請求書に自分では使った記憶のないサービス料が六ドルほど含まれているのを見て――フロントに連絡し、『これはなんの金か』と聞いたことがあったそうです。何分、あれだけの成功者ですからね。ホリスター博士の直属の部下だった人物が会社を辞めたあと、いわゆるビジネス本を出版した本の中に書いてあったことです。どこか外へ一件、電話をかけた電話料金だったらしいのですが、ホリスター博士は『スマートフォンがあるのに、今時電話など部屋からかけるかね』と主張し、ホテルマンたちが調べ直してみると間違いだったことがわかったとか。その時、ホリスター博士の部下だったその人は間近で見ていて驚いたそうです。『たったの六ドルじゃないか。金持ちほどケチだというのはほんとだな』というのではなく、『そのくらい数字に対する注意力が普段からあればこそ、博士はビジネスでこんなにも成功したのだ』と、そう思ったとか」


「なるほどね」


 ここでアダム・フォアマンは初めて相好を崩したようにニヤリと笑っていた。そうなのである。俺が今までジャーナリストとして、こうした超のつくセレブ連中を取材していて思うのは――そのほぼ全員が煮ても焼いても食えぬタヌキだということだった。たとえば、ジェイムズ・ホリスターもそのいい例だろう。博士は見た目、身だしなみに気を遣う、行儀の良いいかにもな紳士といった容貌をしている。だが、だんだんに話をして親しくなっていってみると、『このジジイ、やっぱりただ者じゃないな』といったような本性が滲みでてくるものなのだ。


「まあとにかく、今はメアリー・アンダーソン嬢のことに話を戻そうか。テディ、君にとって後悔のないように、彼女が『人間そっくりのアンドロイド』だと考える根拠について、すべてきちんと聞いておきたいからね」


「そうですか」


(やっぱり自分は外してしまったんだな)ということに失望しつつも、フランチェスカやモーガンは別の人物の名前を答えるのでないかと予測されることから――せめても彼女たちふたり、あるいはいずれかでも百万ドルを得ていてくれたらと、俺はそう願わずにはいられなかった。


「これは俺が直接アンダーソン夫人から聞いたことではないのですが……ミカエラが彼女と世間話していて、色々話を聞いたそうなんですよ。確か、三十いくつだったかでヒューと結婚したということでしたが、幸せだったのは新婚だった最初のうちだけで、その後は度重なる浮気と裏切りの連続で、その上金銭面においても結構な締まり屋だったことから――彼女にとってそれは不幸な結婚生活だったようです。メアリーにとって心から気を許せる親友だったジュリアも、まるで彼女と双子のようにそっくりな結婚生活だったとかで、去年ジュリアが死んだことでメアリーは相当がっくりきたということでした。というのも、お互い夫に多額の保険金をずっとかけ続けてきたことから、『ヒューさえ先に死ねば……』とか、『トムさえ先に死ねば……』といったように、ふたりはずっとその瞬間を待ち侘びていたそうです。何故といえば、メアリーの夫のヒュー、あるいはジュリアの夫のトムが死ねば――彼女たちふたりのうち、ひとりはまずその時点で夫の資産のすべてを引き継ぐことになる。そうしたら、もう片方の夫が死ぬのを待たずしても、金銭的に余裕の出来た側がそれを共有財産にでもするようにして自由に生きる。そして残りひとりの夫の死を待つ……といったように、そのことだけにこのふたりのご夫人は人生のすべてを賭けてきたのですね。ところがヒューもトムも、すでに百歳を越える高齢ながら死ぬような兆候があまり見られない。メアリーはジュリアの死を受けてがっくり来るあまり、自分の場合もやはりヒューのほうが長生きし、保険金や年金などの資産をあいつが受け取り、ウハウハ百二十歳かそれ以上までも生き延びていくに違いない……そう思って毎日鬱々としていたそうです。もちろんこんなこと、おそらくフォアマンさん、あなたのほうでもすでにご承知のことに違いない。そこで、ですね。俺はこう考えたんですよ。結局このまま長生きしていても不幸なばかりのご婦人であれば、少し早めにお亡くなりになっていただいて、アンドロイドと入れ替える――そんなことをしても良心が痛まなくてすむのではないかと。そう考えていくと、プールでメアリーが毎日のように歩いていたというのは……『わたしはアンドロイドじゃありませんことよ。アンドロイドが自分からこんなに長時間水に浸かりたがるわけがないじゃないの。おーっほっほっほっ!!』というポーズだったんじゃないかと、そんな気がしてきましてね」


「ふうむ。なるほど……」


(その答えで、出来れば私としても正解にしたいくらいだ)と、アダム・フォアマンがそう考えているのではないかと、俺はなんとなくそんな気がした。彼は何かを迷ってでもいるように、しきりと顎のあたりの髭を片手でしごいている。


「あ、そういえば」俺はすでに『外れ』とわかっているのに、ついでと思い、言葉を重ねた。「ミカエラがアンダーソン夫人について、他にも面白いことを聞いたと言ってましたっけ。彼女、ミカエラが決して老人に対する同情といったことでなく、無邪気に純粋に自分と関わりたがっているのだと感じたからでしょうね……ふたりきりになった時、随分色々個人的なことも話してたみたいなんですよ。その話によれば、彼女はここオカドゥグ島に『神さまから永遠の命をもらいに来た』と語ったそうです。大切な秘密だから他の人には言っちゃダメよ、という前提で教えてくれたとか。もし彼女が今の姿のままで、さらに命を延ばせるだけ延ばすというのであれば、ある意味地獄でしょう。けれど『シノブのように若い女性として、もう一度生き直すことが出来る』と、そうおっしゃっていたとか……」


「とはいえ、もしそれがただの年老いたおばあさんのたわ言に過ぎないことだったとしたら?」


「まあ、おそらくそうなんでしょうね」と、俺は肩を竦めて言った。「でも、べつに百万ドルが当たらなかったからって、俺はもうそれでいいんです。何故って、ここへ来たからこそ俺はミカエラと出会えたんですし、そうした機会をあなたが与えてくださったことに感謝するという、ただそれだけですから」


 これは、俺の本心だった。またその場合、ミカエラと結婚してふたりで暮らしていくため、家賃の抑えられる場所へ引っ越さなければならないと、その具体案のことが自然脳裏を掠めていく(ついでに、懇意にしている何人かの不動産業者の顔も思い浮かんだ)。


 そして実際のところ、アダム・フォアマンは両手の指を組むと溜息にも近い重々しい吐息を着いて、こう最終宣告したのだった。


「残念ながら、あなたの今の答えは答えそれ自体としては不十分な解答です。とはいえ、それがあなたが我々の組織に入るためのパスポートを失効したということを意味しはしない。というより、セオドア・ミラー、あなたがこれまで約三か月の間、誰とどう接して何を話したか、そちらのほうが我々には遥かに重要でした。まあ、時間はまだたっぷりあります……あなたのことも我々は、あなたが年老いた頃にでももう一度資格ありと見なせば、メアリー・アンダーソンのように仲間としての特権を与えても良いと考えています」


「特権……?一体なんの話ですか」


 次の瞬間、逆光によってアダム・フォアマンの姿が見えなくなった。彼の姿だけではない。窓からの光が突然消えたかと思うと、あたりは真夜中のような暗闇に包まれた。そして、その闇の一点から再び光点が遥か彼方に現れ、それが今度はデジタルの矢のスペクトルのように広がり、俺の目の前には宇宙の星々が恐ろしい速さによって通り過ぎていったのである。


(違う!!これもたぶん、現実に感じられるような3D映像か何かだ。目に見えるものに騙されるなっ!!)


 そう警戒しながらも、やはり俺は見るもの、自分の見たもの、その見え方の規定するものに騙された。アダム・フォアマンのいた場所には、いまやまったく別の男性――三十代半ばほどの、眼鏡をかけたブロンドの、長い髪をひとつに束ねた白衣姿の男性が立っていた。ただの実在を伴わぬ立体映像である可能性のほうが高いが、俺はそのことよりも彼が次に何をしゃべるかのほうに傾注した。


「さて、ミスター・ミラー……いや、僕もあなたのことをテディと呼んでも構いませんでしたかな?」


 声のほうは明らかにアダム・フォアマンとはまったく違っていた。中年男性にしては若干声のキィのほうが高いというのだろうか。それとは逆にミスター・フォアマンはテノールよりも低いバスのような重みのある話し方だったのだから。


「じゃあ、俺はあなたのことをなんとお呼びすれば?」


「死んだ人間に名前など意味はない……とはいえ、僕の生前の名前、ノア・フォークナーと呼んでくださっても構いませんよ。というより僕は、あなたのコラムを毎週楽しみに読むうち、すっかり君のことを親しい友人のように感じていたくらいなんです。ということで、ここはノアとテディなんていうふうに、いかにも親しげな友人同士として呼びあうのはいかがですか?」


 光のスペクトルは動きを止め、一体どこから取り出したものか、最初からそこにあったのか、ノア・フォークナーは背の高い椅子を俺に指し示した。彼も斜め向かいあたりで同じような椅子に腰かけている。そして、「ふむ。やっぱり何かちょっと落ち着かないな」と一言つぶやいて、パチン!と彼が指を鳴らすと、場所は先ほどまでいた図書室のほうへ切り替わっていた。


「ノア・フォークナー博士というと……」


「そうですよ。あれはもう今から四十二年も前のことになるのかな。僕は前の人生において2055年にノーベル賞を受賞しました。他でもないアンドロイド研究のことでね……その時僕はすでに六十八歳だった。そしてその十年後くらいに世を去ったということになっている。とりあえず、表向きにはね」


 失礼な気もしたが、俺は椅子に座ったあと、ちょっと離れたところにいる彼をそっと盗み見るように観察した。確かに、彼は俺が生まれたちょうどその年、2065年に亡くなったはずだった。生涯独身で、本当に信頼していたのは動物やロボットだけだった、ちょっと可哀想な変わり者の天才おじさん――大体、世間の一般的なイメージとしてのノア・フォークナー博士というのは概ねそのような人物だったろう(こうしたことというのは、アンドロイド工学を学んだ学生であれば誰もが知っている常識的な情報である)。


「まあ、信じられないのも無理ありませんよ」と、フォークナー博士は奇妙に光沢のある眼鏡を上げながら言った。「第一、テディ、あなたがこの事実を受け容れなければならない理由もない……とはいえ、今回の招待客の中で僕にとって一番重要な客は君だった。ゆえに、君の相手は僕が直接することにしたんです」


「それは、一体どういう……」


「とりあえず、順番にいきましょう。モーガン・ケリーを我々が招いたのは、彼女をスカウトするためでした。まあ、言うなれば裏の……というか、闇のCIAの情報捜査官になってもらうためにね」


「そのために、彼女のことを助けたんですか」


「最初はちょっとした行きがかり上のことだったようですがね。ですが、彼女は稀に見る正義感の持ち主だということで、それがスカウトの理由となったようですよ。モーガン・ケリーの夫は麻薬捜査官だったのですが、ある時潜入捜査に失敗して、酷い拷問行為を受けて死んだのです。手足を縛られた状態で、両眼を抉られ、鼻は潰され、歯のほうはほとんどない状態だったとか……他に、自分のバディや部下を何人も理不尽な理由で失ってもいる。今は警察車両の走行中に、車のナンバーを付属の端末で調べただけで色々なことがわかりますからね。パトロール中に不審車両――つまり、登録がなかったり、乗っている人物を取り調べてみたら無免許だったりと、見回り巡回中にAIが次々とそのような車をいくらでも知らせてくるわけですな。結果、職務に忠実な警察官ほど割を食うというのか、損をすることになる。やましいことのある人間ほど、車を止められた時点で突然拳銃をぶっ放して逃走したり……結局どんなに長いことカーチェイスしても逮捕されるわけですが、真面目な警察官ほど早死にする。その矛盾に苦しみながらもモーガンは自身の正義感を曲げすに刑事としての職務をまっとうしようとした非常に稀な女性です。それが我々の組織へのスカウト理由だったようですよ」


「ようですよ……って、あなたが直接色々調べてモーガンのことをスカウトしたわけじゃないってことですか?」


「ええ、まあ。我々の組織はいくつかに分かれていまして、何も僕ひとりですべて担当してるわけじゃないものでね。とにかく、彼女が長年追っていて逮捕したいと考えていた連続レイプ犯のことをブタ箱へ放り込むことに力を貸したわけです。なかなかの知能犯だったので、悪い奴ではあるが同情すべき過去もあり、自然のまま放っておくことにしても良かったんでしょうがね……モーガン・ケリーの正義感に感動した組織の誰かが特別に彼女に協力し、今回我々の闇の暗きCIAへ招待することにしたようです」


「そのことと、『人間そっくりのヒューマノイド当てクイズ』と一体何が関係あるんですか?それに、闇の暗きCIAって……」


 モーガンには、メアリー・アンダーソンについてミカエラが話したことをそのまま伝え、判断については彼女に任せることにしていた。だが、もし百万ドルという金が手に入らなくても――俺が今聞いている以上に詳しく説明を受けただろう再就職先が、彼女にとってより魅力のある場所だとしたらいいのだが。


「まあ、便宜上皮肉をこめてそう呼んでるだけのことでしてね」と、ノア・フォークナーは肩を竦めて言った。「正確には、表の世界ではどうにも片付かない問題について裏から手を入れ、正義の鉄槌を下す機関とでも言えばいいか。でもそんな『我々は正義の味方です』みたいな言い方、なんだか小っ恥かしいですからね」


「いえ、俺が気になるのはモーガンがそれで幸せになれるのかどうかってことなんですが……」


 一応連絡先については交換してあったが、ここオカドゥグ島を出てのち、そちらへ訪ねていったり電話しても、彼女はそこにまだいてくれるのだろうか。なんとなく、そんなことが心配になる。


「さあ?そもそもあのモーガン・ケリーという女性は、自分の幸福のことなど考えたことはないんじゃないですか?というより、心から愛していた夫が死んだ時に自分の心も死んだように考え、以降は刑事として仕事の鬼として生きてきたようですし……人の価値観は様々ですからね。なんにしても、あなたが僕に質問したいだろうこともたくさんあるだろうと思うと、なるべく早く順に説明していったほうがいいんでしょうね。時にテディ、あなたは双子というものについてどう考えますか?」


「質問が、よくわかりません。というか、今まで身の回りに双子がいたことがないものですから。小学生の時、隣のクラスに双子の女の子がいたことがありますが、遠くから見て『よく似てるなあ』と思っていただけで……俺はシャイなほうだったので、話しかけたい気持ちはあっても、いつでも目の前をただ黙って通り過ぎるというそれだけでした」


「そうですか。実は僕は昔から双子というものに縁があるんです。まず、小さい時、大体六歳ごろから大学に入学するくらいまでの間、近所のすぐそばに双子の女の子が住んでたんですよ。遠目から見てもすごく綺麗な可愛い双子でね……でも上に、ふたつくらい年上のお姉さんがいて、こっちは全然似てないんです。僕は小さい時から目が悪くて猫背だったし、パッとしない暗い奴でもあったから、シンパシーを感じたのはこの双子よりふたつ上の姉のほうだった。近所で双子と同い年だったので、仲良くなくても誕生パーティに招待されたりとか、そんなことがあって僕は双子ではなく姉のルースのほうと親しくなろうとした。なんでかっていうと、双子は可愛くてクラスの人気者。だけど、お姉さんのほうはずば抜けて背が高くて……僕の目にはそう見えなかったけど、他の人たちの意見によると、あんな可愛い双子のあまり美人じゃない姉ってことになるらしいんだな。僕は自分がパッとしない奴だったから、人気者の双子より、このお姉さんのルースのほうが話しやすかったんだ。それで、彼女のほうでもふたつ年下かもしれないけど頭のいい僕に心を開いてくれて、その後ふたりで色々なことを話したよ。僕はひとりっ子だったけど、お互いそれぞれ家族のことは自然と口にするもんだろ?僕は何年にも渡ってルースとは穏やかな友情を築いたといった関係だったけど、中学や高校に入る頃には……双子は男子にモテたりなんだりで大変だったみたいだね。もっとも、あの子たちにとって僕はクウキみたいなもんだった。『あんな奴とルース姉さんはなんでまともに口聞いたりするのかしら』みたいに疑問にさえ思っていたようだ。さて、この双子はね、僕のことは歯牙にもかけないみたいな感じだったけど、それでも姉のルースと親しかったことで、大して話はしないにも関わらず、十年以上にも渡って僕は彼女たちのことを観察し続けていたわけだ。で、この双子は顔もそっくりだったけど、性格の傾向についてもよく似ていた。好きな果物や肉の焼き方、好きになる男の子の傾向とか、そういったことがね。だから、いつでも喧嘩になる。僕がルースに会いにいくと、彼女たちはいつでも喧嘩して母親のことを困らせていたものだ。しかも、可愛いというのでずっとまわりのみんなからちやほやされてきたから、お互い譲るってことがないんだね。そんなふうに張り合って思春期や十代の大半を過ごし、ふたりで父の愛を取りあい、母の愛を奪いあい、姉のルースのことはふたりで右や左の手をそれぞれ握って引き裂こうとしたほどだった。彼女たちは父よりも母よりも姉のことを愛していた。ルースはいつでも平等で、えこひいきすることがなかったんだ。そのことがわかっている両親は双子のことでは何かと姉のことを頼りがちだった。自分たちの言うことは聞かないけど、ルースの言うことにはよく聞き従ったからだね。まあ、実際のところ、なんでルースが僕のことをまともに相手にしたのか、今も少し不思議ではある。彼女は背が高くていつでもバレーボールのレギュラー選手だったんだから……それに、成績のほうも良かったようだしね。まったく、あの双子は本当にルースに心から感謝すべきだよ。いつでも辛抱強く妹たちに勉強を一からコツコツ教えてくれてたんだから。でも、ルースにとってはもしかしたら、庭でこっそり泣いてる時に『僕はあの双子の妹たちより、ルースのほうがずっと綺麗だと思う』って言われたことのほうが――その後も記憶に残る大切なことだったのかもしれない」


「……その双子の話は、何か大切なことに繋がっていくんですか」


 双子、と聞いて今の俺の頭に思い浮かぶのは、フランチェスカのことだった。その後も詳しいことは何も聞かなかったが、彼女にはマージだったかマートルという名の双子の妹がいて、コンプレックスに悩まされ続けた……といったような、そんな話だったように記憶している。


「いや、最終的にすべての話は一本の道へと繋がってゆくのさ。だから、一見くだらんように聞こえてすまんが、もう少々僕のつまらん戯言につきあってくれないかな。で、その後僕はまた別の双子の女の子に出会った。中学一年の時と二年の時、彼女たちとはクラスが一緒だったんだ。ぷっくら太ってるって感じの双子でね、可愛い可愛くない以前の問題として、印象的に何かこう……見苦しい双子だった。一応誤解しないで欲しいんだが、僕は自分がパッとしない奴だったから、見た目で人を判断することはない。また、僕は自分が勘の鋭い人間だと自惚れてるわけでもない。でも人と最初に会った時の第一印象ってのは大切なもんだよね。この小太りの双子は、なんか意地悪な印象を周囲に撒き散らしていたし、実際そんなところのある双子だった。同じ顔のふたりして積極的にいじめをしてたとかいうんじゃないんだよ。どちらかというとその逆で、被害者意識が強いんだ。何かちょっとしたことで自分たちに不利益を被らせようとする相手に対して、すぐにそれを察知して大袈裟に言い立てて容赦しない……実際のところ、ルースの双子の妹たちは互いに自己を主張しあうあまり周囲が疲れるみたいな関係性だったけど、この小太り双子は違うんだな。もし彼女たちが双子じゃなく、ひとりだけだったとしたらどうしてたろう?意地悪な同級生が通りすがりに「ブタ!ちったあ痩せろ!!」と言ったとしたら?気の強い子でもすぐには言い返せなくて黙り込む……思春期の時代っていうのは何かとそんなものだ。ところがだね、この双子は違うんだ。ふたりでくっついてなかなか離れるってことがないし、「ブタが二匹でくっついてら!!」なんて聞こえよがしに言おうものならもう大変だよ。片方がリュックで殴りつけ、もう片方が「てめえこそ何さまのつもりだよ、ああ!?」と、ふたりがかりで素早くやっつけてしまうんだ。まったく、恐ろしい光景だった。だから、男子のみならず他の同じクラスの女子たちもあまり近づこうとしなかった。そんな双子でも喧嘩することはよくあったらしいが――大体、与えられたお菓子の量が妹より少ないとか、姉のほうが量が多いとか、平等性に関することが多かったらしい――ところが、片方がなんらかのことで攻撃されると、途端にひとりの人間のようになって結託するんだね。僕もまた同じクラスで一緒にいる間、この双子のことを恐れ、ルースの妹たちとはまた別の理由で彼女たちとは話をしなかった。そして最後に三組目、いわゆる社会人というやつになってから、今度は男の双子と出会った。ふたりは東洋人で、正確には最初に知り合ったのは片方とだ。彼がデスクに双子の兄と自分の映った写真を飾ってるのを見て、『君、双子なのかい?』って聞いた。べつに、その兄貴と会わせろなんて頼んだわけじゃないけど、なんとなくそんな話の流れになって何度か一緒に食事をしたことがある。あと、彼らの実家のほうにも招かれて遊びにいったことがあるし……僕はこの時初めて、バランスの取れた健全な双子というのに出会った気がする。もちろん、小さい頃は喧嘩なんてしょっちゅうだったらしいが、両親の話も聞いていて思うに、彼らの場合は顔そっくりの双子だから喧嘩になるのではなく、単に顔が少し似てる程度でもよくする兄弟喧嘩みたいだったね。なんというか、見ていて彼らのような関係性の兄や弟であれば欲しかったなあと羨ましくなるような仲のいい兄弟で……容姿が似ていることはふたりにとってどうでもいいことだったようだ。さて、話のほうが長くなったけど、アンドロイドっていうのは似た顔の奴が何人もいたりするだろ?テディ、君はこのことについてどう思う?」


「どうって……今あなたが言ったように、顔が似ていようといまいと、大切なのはその中身――人間性ということなのではありませんか?」


「まあね。だけど、さっき君がこの部屋のちょっとした視覚トリックに騙されたみたいに、やっぱり人間は視覚に多くの情報を頼ってる生き物だ。セックスドールがそのいい例だろう。彼女たちはあの美しい人工皮膚の下に……製造元の会社にもよるけど、精密な金属機械や複雑な配線、コンプレッサーなどを隠し持っている。それでも、見た目が美しければその心は空洞でも構やしないのさ。実際、僕は人間なんてそんなものだし、それでいいとも思ってる。ただ、ここで僕が問題にしたいのはね、アイデンティティの問題なんだ。ある哲学者がこう言っていたことがあるね。全人類の容姿が全員同じなら平等な社会が実現できるか築けるかということで、そうした個性のない世界ではおそらく創造性は死ぬということだった。僕は一概にそうも言えない気がしてるんだが、たとえば、この世界の全男性がミロスのように美しかったとしてみよう。すると、容姿がまったく同じということは、次に人が評価するのは純粋な彼の能力や性格ということになるね……僕はね、ルースの妹たちはそういった一種のアイデンティティ・クライシスに無意識のうちにも悩まされていたのではないかという気がするんだ。あの小太り双子にしてもそうさ。だから、普段は喧嘩することがよくあっても、外部からの攻撃に対してはふたりとも敏感に反応し、まるでひとりの人間のようになって対抗したんだ。三組目の双子の東洋人は、本当の意味で対等に人とつきあうことの意味について知っていたし、性格的にもお互いバランスが取れていた。ようするに、相手を本当の意味で尊重するっていうことの意味を知っていたんだね。同じ顔であれば、もしかしてもうひとりはいらないのではないか……あるいは、人類全員がまったく同じ容姿をしていたとすれば、それは交換可能な部品みたいなもので、すべての命がこうして平等となり、あるものは不運にも若く死んだり酷い不幸に遭遇するにしても、人類みな兄弟、また新しく同じ顔の兄弟姉妹が生まれればいいさ……そんな社会、まったくもってゾッとしてしまうが、現行、かなり進んだ賢いとされるAIにも、人間が修正せずに放っておくとこうした奇妙な思考に偏ることがわかっている。血の通った人間にとってはわかって当たり前のことが、AIにはどうしても理解できない領域が存在するというわけだ。これはディープラーニングといった深層学習、さらには外で人間同士の交流に触れさせて何十時間、何百時間となく過ごさせても修正には限界があるらしきことがわかっている」


「じゃあ、どうするんですか?」


 一応、俺には大学で習った解答があることにはあった。現在、すべてのアンドロイドには危険防止のための安全弁が装着されている。また、これがないと一般社会で流通できないと法律で定められてもいるのだが、ダークウェブなど闇の取引市場もあり、そうしたアンドロイドが次第に増え、同期して暴走したらどうなるのか……といったようにはずっと噂されているのだ。




 >>続く。






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