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第1章

 俺は新聞社の編集長に連絡して、そのような奇妙な依頼を受けることにした……という報告をしたが、その間コラムのほうは休載にして欲しいと頼んだわけではなかった。単にその『本物の人間そっくりのヒューマノイド当てクイズ』とやらに参加する期間である6月18日~9月13日、あるいはその前後も含めて連絡が取れなくなるという話を電話でしたのだ。


 つまり、今日は4月2日であって、オカドゥグ島へ滞在する期間の分のコラムについてはそれまでに新しく原稿を書き溜めておくつもりであること、その原稿をチェックしたのち、いつものように掲載許可が欲しいこと、また自分で記事を更新することが出来ないため、それを編集部の誰かに依頼したいことなど……「なかなか魅力的なお誘いを受けたらしいが、約三か月分のコラムを先に12~3本書き溜めておかなきゃならないだろ?こちらとしては『セオドア・ミラー先生は夏休みです。その間は別のセックス・コラムニストの大先生が代打としてご登場』ということでも構わんのだがな」と、部屋の壁のスクリーンに映るダグラス編集長は不敵な顔つきで笑っていたものである。


 彼はこれまで、政府の内部文書を告発したかどで法廷に召喚されたことが数度ある、有罪判決こそ受けなかったにせよ、常にそのスレスレの挑戦をしてきたという、生え抜きの本物の記者だった。記者のダニエル・ダグラスを特に有名したのが、おそらくは兵器のオートメーション化が現在どこまで進んでおり、その結果すでに世界が百度滅んでいてもまったく不思議でないという、軍部がひた隠しにしてきたことをスッパ抜いた記事だったに違いない(実際彼は、つい先日あった自分の六十三回目の誕生会の時も、「よく政府機関から消されなかったもんだ」と、白いものの混ざった口髭をひねり、首を刎ねる仕種をしていたものである)。


「セックス・コラムニストですって?」と、俺は肩を竦めて言った。「俺は百日間も放置してたのかといったような、フランスパン張りにお堅い記事しか書いてこなかったような男ですよ。そんな男の退屈でつまらない、勃起と無縁の記事に代わって三か月もそんな代打がバットを振りまくったんじゃ、オカドゥグ島なんていう変てこな名前の島から帰ってきたその日には――俺は無職になって今の地下アパートからも追い出されることになるんじゃありませんか?そんなのごめんですよ。だから、三か月分きっちりコラムについては出来るだけ質の高いものを書き残していくつもりでいるんです。もちろん、編集長のいつもの厳しい基準で裁定していただいて、ボツにするものはボツにしていただいて結構です。ただですね、その後俺がカリブ海で消息不明になってのち、『あとから思ったんだが、この記事のこの部分の表現はけしからんね』などと言われても……一時的に連絡が取れなくなる以上、俺には訂正しようがありません。そうした点についてのみ、どうかよろしくご了承くださいと、そう頼んでおきたかったんです」


「ハハハ。もちろんわかっているよ」と、ロマンス・グレイのダグラス編集長は、三度も離婚しているのが頷ける、魅力的な笑顔で再び笑った。その片方の手にはタバコが握られているが、それはニコチンの味がする健康にいいハーブを巻いたものである。「だが、私としては少々心配だね。もちろん私が君の立場でも、そんな面白そうな話には記者として飛びつかずにはおれなかったことだろう。その結果、テディ、君が目にし経験したことが記事になるのを見るのが今から楽しみなのと同様――その間、緊急の連絡先や方法というのを我々で取り決めておかないかね?まあ、スマートフォンが使用不能だったにせよ、招待客が何人いるかわからんが、その屋敷自体に電話がないということだけはあるまい。そこから警察に連絡したり救急ヘリを呼ぶことなどは可能なのかどうか……前もって探りを入れたりすることは出来そうかね?」


(もちろん、相手に不審がられたりすることなく)という言外にある編集長の言葉を俺は聞いた気がした。実をいうと連絡先のほうにはきのう、早速とばかり電話しておいたのだ。喜んで出席するつもりであること、初日から最終日までいても失礼にならないかということや、自家用ジェットでフロリダの空港まで迎えに来てくれるということだったが、具体的にどうすればいいかなどを詳しく確認した。ちなみに電話に出たのは招待主のアダム・フォアマンではなく、例の『本物のヒューマノイド当てクイズ』を管理する執事だというミロスという若い男だった。


「ええ、まあ……」と、俺は少し曖昧に頷いた。「一応、起きる可能性のあることについては、思いついたことをいくつか質問してみました。招待状にある地図によれば、本当に小さい島であるように見えるし、ネットで検索してもオカドゥグ島などという名の島は存在しないと出る。百万ドルという賞金に絡んで死人とまではいかなくても、怪我人くらいは出る可能性がある。そうした時、もしある人物が――何かの間違いによってよしんば俺が――瀕死の重傷を負ったとする。その場合、外部と連絡を取り、すぐにも警察や救急隊は駆けつけることが出来るのか、といったようにね。そしたら……」


「そしたら?」


「とても腕のいい医者がその屋敷にはいるそうです。また、何か少しでも事件性のあることが起きる予定なのだとすれば、そもそも俺のようなジャーナリストを招くはずがないでしょう、といったようにも言われましたよ。特段、言い方に含みもなければ感じの悪いところもなく、なんていうんですかね……全体として『これはあくまでただのちょっとしたゲームなんですから、そんなに肩に力を入れないで、リラックスして過ごされてはいかがですか?』みたいな。むしろ俺のほうが大仰に心配しすぎてるといったような感じだったんですよ」


「ふうむ。なるほどな……」


 俺は肺にいいハーブの煙を吐きだすダグラス編集長と、今後のことを二、三打ち合わせるために、明日の午後に食事する約束をしてから電話を切った。実際、俺はミロスという名の、ギリシャ系かイタリア系に見える執事と話してから、少しばかり肩から心配という名の重荷を下ろしていた。今のところ出席者のほうは十名を越えているが、その全員が最初から最後の日まで滞在する予定でもなく、一度用事で他の保養地へ出かけてから再び戻ってくる者がいたりと、出入りのほうにも制限やルールがあるわけではないらしい。ただひとつ、招待した人間以外のことは、それがどのように近しい肉親であれ、連れてくることだけは出来ないというそれ以外では……。


 また、ミロスは「ご主人さまはミスター・ミラー。あなたのコラムのファンなのです」とも、にっこり笑って言っていた。「ですから、おそらくこのイベントの記録者が欲しかったのではないでしょうか。もっとも、ミラー様がお越しになれなかった場合、他のジャーナリストの方を招待しようとまではお考えでないようですがね」と。


 俺はその日の午後からストックしておく分のコラムについて書きはじめ、事実確認や取材の連絡を取ったりしない間は、ただひたすらに空中に浮かんでいるキィボードを叩きまくった。もちろん音声入力によって記事を書くことも出来る。だが、俺はこっちのほうが「仕事をしている男」という感じがして好きなのだ。他に、ネット検索しても埒のあかないことについて、本棚にある本で調べたり、電子書籍ライブラリィを検索して必要な情報について探したり……日が暮れて夜になるのはあっという間だった。その間、ドローンによる配達連絡が二度あり、家事ロボットに取りにいかせた。他にこのロボットは冷蔵庫にある食材で俺の食べたいものを用意してくれ、美味しいタイ料理をいくつか食べながら、俺は引き続き仕事をした。


 俺がひとり暮らししている地下アパートを契約した時、この旧式の家事ロボットはレンタルの付属品としてついてきたものだった。旧式の安い中古だったから、おっぱいの大きな美人がミニスカートの上にエプロンを付けているといったこともなく、たとえて言うなら昔の映画『スターウォーズ』に出てくるR2-D2に似たタイプのロボットだった。ゆえに、色気も素っ気も何もなく、ただこちらに言われたことを最善かつ最短の方法によって解決しようとするという、お互いそのように気楽な関係性だった。


 実をいうと俺と同じように<ヒト型>アンドロイドと暮らしたいと思わない人間というのは存外多い。これは俺が大学のアンドロイド工学科を卒業していることを知る人にはかなりのところ奇妙なことに思われるかもしれない。俺が小さな頃、両隣の家ではそれぞれ、そのような女性らしい容姿をしたアンドロイドを家事ロボットとして使役していた。我が家に旧式のロボットが一体しかいなかったのは、単に金銭的な理由と、母アンジーのロボット嫌いと自然主義的思想によるところが大きかったに違いない。


 実際、<ヒト型>といっても、特に俺の小さかった頃は――ということは今より二十数年も昔の話ということになる――今以上に容姿のほうが人間というよりも人形に近く、彼らや彼女たちというのは子供の俺の目にはむしろ不気味なものとして映っていた。家のポーチや庭先にいると、家政婦ロボットが植物の水やりをしたり、雑草を刈ったり、あるいは子供の世話をしたりする姿が見えた。ここまでならある意味微笑ましい光景と言えたに違いない。だが、右隣のハリーさん宅のアンナは、ある時右目の下の皮膚がタバコで焼け焦げたようになっており、不思議に思った俺は末っ子のエミリーに「アンナはどうしたの?」と生垣越しにこっそり聞いた。アンナの耳に入ってはいけないと思い、あくまで小声でそうしたのだが、実際には彼女にはそのような小声も分析できる情報収集能力がある……ということを知るのは、俺がもっと大きくなってからのことだった。


「パパがね、アンナにイタズラしたのよ」と、エミリーはいけないことを話す時のように、小声で囁き返した。「それで、ママがしっとして怒ったの。ええっとね、おねえちゃんがそう言ってたの。『ロボットになんかしっとして、ママおかしいわ』って。そしたらママ、もっと怒って、おねえちゃんのこともひっぱたいたの。パパはね、自分はいけないことをしたって言ってあやまったんだけど……ママ、アンナのこと、アンナがこわれるんじゃないかってくらい、びたんびたんぶっ叩いたの。そしたらパパ、今度は怒って『やめろ、このバカっ!!アンナが一体いくらしたと思ってるんだ』って。お兄ちゃんはママの次にアンナことが好きでしょ?だから、アンナのことをこれ以上いじめるなってママのびんたから守ろうとして……」


 その時のことを思いだしたのか、エミリーはじんわり瞳の縁に涙を滲ませはじめた。俺はこの一歳年下の幼馴染みのことが急速に気の毒になり、それ以上の追及はよすことにした。


 そして驚いたことにはこの時、アンナは七歳という小さな子供の感情の変化を敏感に感じ取ると、水撒きする手を止め、生垣の茂みに隠れている俺たちのほうへ近づいてきた。俺は反射的に「エミリー、泣くんじゃないよ」と言い、彼女の頭を撫で、慌てたように急いでその場を離れた。アンナは気味が悪いのと同時、非常に興味深い存在でもあった。彼女はデズモンド家の末の娘と同年代の隣家の子が逃げるように走っていったことも当然把握していたろう。だが、アンナ自身が第一優先として保護しなければならないのはデズモンド家の三人の子供たちなのだ。


 俺はひとりっ子で、父も母もふたりとも昼間は働いていたから、中古の<ヒト型>でないロボットと留守番していることが多かった。そしてそういう時、遠くからアンナの姿を見て――羨ましいと感じたことを今もよく覚えている。自分の家にも彼女のようなヒト型アンドロイドがいて、あんなふうに「あなたのことがわたしは存在として一番大切なのですよ」という優しい瞳で見つめてくれたとしたら……どんなに嬉しかったことだろう。


 とはいえ、俺は自分にそうした秘めた願望のあることを父の前でも母の前でもおくびにも出したことはなかった。ふたりが極端なロボット反対論者だったからではない。デズモンド夫人がアンナの右の瞳の真下をタバコで焦がしたように(ちなみに、アンナに痛覚のようなものは一切ない)、我が家には我が家で他に問題があったからだ。まあ、他愛もないよくある話ではあるのだが、そのことはまた後述するとして、今度は俺が小さな頃住んでいた家の左隣、モーティマー家のことに話を移そう。モーティマー家にはやんちゃなふたりの兄弟がいて、繋がりとしては俺はデズモンド家よりもモーティマー家とのそれのほうがより深い。下の弟のティモシーは同い年で、ずっと同じバスに乗って小学校と中学校に通った。また、父と母が仕事で不在であることが多いため、モーティマー家ではよく俺の身を引き受けてくれ、三人目の息子であるかのように扱ってくれたものだ。


 つまり、俺はデズモンド家のアンナについては遠くから眺めたり、お誕生日パーティなどに招かれても自分から積極的に話しかけようとしたことはない。だが、モーティマー家のアリスとはよく接する機会があったし、俺は彼女にファミリーとしてユーザー登録されているわけではなかったが、『モーティマー家によく遊びに来る重要人物』として彼女には認識されているらしいとわかっていた。


 ところで、モーティマー家の上の兄クエンティンは俺たちのふたつ年上だったが、学校でも目立つ存在だった。それも、学業優秀・スポーツ万能といった意味ではなく――カツあげした金で自分の弟と俺にハンバーガーを奢ってくれ、ゲームセンターでは小金を握らせてくれるといったような、悪い生徒としてだ。俺もティモシーもバイクや車をガレージで改造する彼に強烈に憧れ、クエンティンの不良グループの仲間に時折混ぜてもらえただけで、震え上がるほど嬉しかったものだ。


 もっともそんなクエンティンだったから、両親に反抗するのと同時、自分の親の言うことを繰り返すようなアリスのことを軽蔑するようになっていったというのはよく理解できる話であったろう。けれどある時、俺とティモシーがプラモデルを作り、塗装が乾くのを待って他愛もないおしゃべりをしていた時――母親から外出禁止を言い渡されていたクエンティンは暇だったのだろう。突然「おいおまえら、いいもの見せてやるよ」と、彼が時々見せる悪い笑顔をして声をかけてきた。


 俺もティモシーも彼の忠実なしもべみたいなものだったから、すぐにこの喧嘩の強い兄貴の言うなりになった。その時、モーティマー夫妻は留守にしており、屋敷にいたのは俺たちだけだった。確か俺とティモシーが十二とか十三とか、そのくらいの歳のことだ。


 クエンティンは一階へ下りていくと、膝丈の茶のスカート、それにレンガ色をしたサマーセーターを着るアリスが、いかにも『落ち着いた主婦』といった風情でソファに座っているのを見て、何故か口笛を吹いた。それから(ちょっとそこで見てろ)というように、親指で彼女のことを首を傾げて指し示したのだった。


「やあ、アリス。元気かい?」


「はい、クエンティン。わたしは元気です。あなたはどうですか?」


「実は、悩みがあってね。俺はここのところ謹慎を食らって欲求不満なんだ。わかるだろ?」


 クエンティンは何故かここで、恋人にでもするようにアリスの肩に手を回していた。アリスのほうでそれを『人間がよくする親愛の情を示す表現』と理解したかどうかはわからない。もっとも、彼と同じクラスの女生徒の最低50%は――その瞬間にこの不良の薄汚い手を即刻払いのけたろうことは間違いないのだが。


「そうですね。お気持ちは理解します。でも、次のテストで及第点さえ取得できればきっと御両親も満足……」


「いやあ、アリス。俺はそんなことを言ってんじゃねえんだ。俺はな、ようするにここが」と、クエンティンは自分の股ぐらにアリスの細くて白い、女らしい手を持っていこうとした。「欲求不満なのさ。ちなみに手コキなんて上品なワードについては理解してるのかな、アリスお嬢さんは」


「…………………」


 アリスお嬢さんは黙り込んだ。確かに、アリスがモーティマー家へやって来て七年以上になるが、彼女は来た時と同じく、短く切り揃えた髪が伸びることもなければ、モーティマー夫人のように額や目尻に皺が増えるでもなく、美しいままだった。


「わたしに何をして欲しいのですか?」


「まさしくその、ナニをして欲しいわけだよ。なんだったらしゃぶってくれるっていうのでもいい」


「それは出来ません」


(な、面白いだろ?)という視線をしきりとこちらへ送りつつ、クエンティンは話を続けた。俺は驚くあまりあんぐり口を開けていたのだったし、ティモシーのほうではごくりと喉を鳴らしていた。


「何故なら、わたしには性的オプションが付属していないからです。わたしはセックス・ドールではないため、そうした要望にお応えできる機能も備わっていないのです」


「わかってるよ、アリス。でもさ、やろうと思えば出来ないこともないんじゃないか?たとえば、ちょっと後ろを向いてテーブルに手をつき、こっちに尻を向けてくれるっていうそれだけでもいいんだ」


「…………………」


 再びの沈黙。俺は当時まだそうした体位が存在するということも知らなかったので、クエンティンが果たして何をしようというのかまったく理解できなかった。ティモシーはどうやら知っていたようなのだが、それもおそらく兄貴が見せてくれたその種の雑誌による知識だったに違いない。


「本当にそれだけでいいのですか?」


「うん。それだけでいいんだ」


 アリスは手コキやおしゃぶりについては芳しくない反応を見せていたが、クエンティンの最後の要求については『いやらしい意図のないもの』と彼女の賢い頭脳が判断したのだろうか。クエンティンが「ここに手をついて……」と命じるとその通りにし、「こうですか?」と最後にアリスが確認するように後ろを向いた時のことだった。クエンティンがアリスの首の後ろにある電源スイッチを切ったのである。


「お兄ちゃん、そんなことしたらまた母さんに叱られるよ」


 ティモシーは肩を竦めてそう言ったが、彼もまたすでにこのアリスという家事ロボットに対する敬意や優しさといった気持ちがこの頃には相当薄れていたようだった。唯一俺ひとりだけが、(アリスのことを優しく人間らしく扱うべきだ)という気持ちと、彼ら兄弟に優等生のいい子扱いされたくないという気持ちの狭間で葛藤していたわけだった。


「ほら、テディ。おまえもこっち来てよく見てみろよ」


 クエンティンはウィンクすると、動かなくなったアリスのスカートをめくり、それから色気のない白の下着を一気に膝のあたりまで下ろした。まだ十二か三だった俺が内心ドキドキしていたのは言うまでもない。


「ほら、さわってみ」


 クエンティンの言ったとおりにしてみると、アリスの申し訳程度に割れたお尻の間は、すべすべしていかにも気持ちよさそうだった。


「おまえんち、アンジー母さんがロボット反対派とかで、家事ロボットでさえレンタルしてもらえないんだろ?そのうち好きな子でも出来て、実際うまくいくかどうか心配になったらうちのアリスをこっそり貸してやるから、いつでも言いな」


(人形相手にそんな気持ち悪いこと、俺はしないよ)とは、俺には言えなかった。まるであと二年もすれば、自分もクエンティンに負けない不良になるだろう――というような振りをして、「クエンティンはアリスで先に練習したの?その、前につきあってたガールフレンドとそうなった時」と、何気なく聞いた。


「ハハハっ!!まあな」と、クエンティンは大笑いした。「もっとも、アリスにはセックス・ドールにはあるそうした締めつけたりする穴がないからな。本番とまったく同じというわけには当然いかない。だがまあ、童貞が練習台にするくらいには多少なり役に立つというわけさ」


 このあと、クエンティンは暗号で鍵をかけ、両親に絶対見られないようにしているいくつかの秘蔵アダルトコンテンツを俺と弟のふたりに披露してくれた。アリスはといえば、再びパンツを上げてスカートを元に戻し、起動スイッチを入れると――まるで何事もなかったかのように、ソファへ上品に座り直していたものである。


 そしてこの時俺は、初めてデズモンド家のアンナのタバコの跡が何故できたのかをようやくのことで理解したわけだった。ある種の教訓のためだろうか、あれから何年が過ぎてもアンナは右目の下に肌色の絆創膏を貼ったままだった。アンナはアリスと同じく、セックス・ドールとして機能するような器官を備えてはいない。だが、クエンティンがやってみせたように、アンドロイドの記憶にも記録にも残らない抜け穴のようなものがいくつか存在し、その間に彼女の足を開かせたり、乳首のない胸を揉んだりしながらマスターベーションすることは十分可能だったに違いない。


 おそらくデズモンド夫人はそのことに鋭く気づくと烈火の如く怒ったのだろう。俺は揉みあげは濃いのに頭のてっぺんは薄いハリー・デズモンド氏のことを思い浮かべると、何故だか今も時々おかしくて堪らなくなることがある。奥さんのほうはあまり教養があるといったタイプでなく、アンナの手を借りていてさえ子育てで手いっぱいだといった、少々ヒステリックなタイプの女性で――外に愛人を作る勇気も金もないとなれば、手近にいる家政婦ロボットのシリコン製の胸を触ったり、足の間にペニスを挟んで何が悪い……となっても無理はなかったのではないだろうか。


 また、この種のことというのは、ネットを検索すればいくらでも似たような話が出てくるようなことでもある。その後、ある程度資産のある家庭の女性であれば、男性の容姿の家事ロボットを使用するようになったものだし、健康な青少年がアンドロイドをセックス・トイにしようとする問題についても、どう叱ればよいかなどの例がいくらでも出てくる。


 それはさておき、俺の父よりも母がアンドロイドを危険視していたせいで、我が家には家事ロボットがいなかったものの、それでも子供の遊び相手になる『スターウォーズ』のC-3POを子供にしたようなタイプのロボットがいた。彼はジョーと名付けられ、両親の留守中危険なことが息子の身に及ばぬようにと遊び相手であると同時、監視する役目も請け負っていた。


 正直なところをいって、俺はジョーのことをクリスマス・プレゼントとして両親に贈られた時――一応喜んでいる振りはしたが、内心では少しも嬉しくなかった。デズモンド家のアンナやモーティマー家のアリスほどでなくてもいい。少なくとも『もう少しマシな』タイプのロボットが欲しかった。確かにジョーは、オセロやチェスやトランプをするには悪くない相手だったかもしれない。他に家庭教師や工作作業など、もっと高度で複雑なこともすることは出来たが……俺は自分のことを『ダサい中古のポンコツロボットを押しつけられた可哀想な子供』として認識したし、いじましいことにはその頃まだサンタクロースを信じていたせいだろう。『サンタさんはどうして僕が本当に欲しいと心から強く願っていたほうのプレゼントをくれなかったの』と、夜にベッドの中でしくしく泣いたものだった。


 こうしてジョーは俺が六頃の時に我が家へやって来て、「宿題が終わるまでおやつはお預けです」とか「寝る前に歯磨きをしないでベッドに入ってはいけません」など、時に鬱陶しくありつつ、いないよりはマシ程度の友達としての地位を俺との間に築いたのだった。


 実をいうと俺は、アリスのパンツを下ろして穴のない尻の間に触れた日の週末、ジョーのことを壊してしまった。セックス・トイにもならない、こんな子供向けの中古ロボットなんかもういらない――と思ったからではない。ジョーはミラー家へやって来た時、工場で組み立てられてから一体何年が経過していたのだろうか。ネットにある取扱説明書によれば、耐用年数は二十五年ということだったが、ロボットを大切にする家庭ではその倍の五十年、あるいは修理することで七十五年も百年も持つ……といったようなことが書いてあったものである。


 母がジャンクショップで格安だったジョーのことを見かけ、電気技師だった父トマスに修理させ、ミラー家へ来て六~七年くらいだったはずである。だが、その前にもし他家で乱暴な男兄弟三人に囲まれ、チャンバラごっこの相手を数年させられてのちうちへやって来たというようなことだったら……さらには、そんな経歴をもし二~三度重ねてのちミラー家へ来たのであったとすれば、もしかしたら彼はそろそろ本当に寿命だったのかもしれない。




 >>続く。






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