第18章
「そうした絵画手法というのは、ボタニカル・アートというんでしたっけ?」
クレイグ・ウェリントン医師とアーサー・ホランド博士のふたりの間にいたというのでは、彼らの医学知識に到底ついていけないということもあり、その後俺はホランド博士がどこかでひとりになる場面はないかと待ち設けていた。
ジェイムズ・ホリスターに続き、アーサー・ホランドもまた海辺のホワイトサンドあたりをランニングする姿が見受けられたが、ホリスター博士が走る時間を五時前後と決めているのとは違い、ホランド博士は走る時間がまちまちだった。はっきり言ってカリブ海群島のどこかにいて、ランニングできる時間というのは極限られているのではないかと俺は思っている。いや、正確には気温的に「走ってもいい」と思える時間帯というのは早朝のみといってもいいくらいなのだ。太陽が昇ったあとはぐんぐん気温が上昇していく一方で、この時点で数キロ走るような気力はすっかり萎える。また、夜に関していえば陽が沈んでもさして涼しくならないため――特に室内でエアコンの涼風に慣れたあとでは、わざわざ汗だくになってまで健康のため走ろうなどとは思えなくなっているものだ。
だが、ホランド博士はとにかく、一日に一度は海辺の砂浜を走ろうと心がけていたようである。また、夜にテントを張ってひとり潮騒の音に包まれ静かに眠る……ということを前は時々していたようなのだが、ロドニーの死後はそうしたことも一切やめてしまったようだ。
「そうだね。おれ自身、ボタニカル・アートの細かい定義などはよく知らないが、言うなれば見たままを写実的に描くというのかね。だがまあ、植物図鑑のイラストのように正確でありつつ、どこか生き生きとしてもいる……というのかな。そうした意味でおれは必ずしも正確に描こうとはしてない気はするな。ようするに下手の横好きというやつさ。自分が草や花や木を見て「綺麗だなあ」とか「心楽しいなあ」と思った気分そのままに絵筆を動かしているに過ぎないんだ」
アーサー・ホランドはイーゼルの前で「ふんふん」鼻歌を歌いながらパレットから絵の具を取っては筆を動かしている。水彩画の下絵のほうはすでにしてあって、こう言ってはなんだが、そこにはどうということもないソテツが描かれていた。
この小さな植物園のような場所には、カリブ海リュウゼツランや鳳凰木、インドソケイ、タチバロウ椰子などが、いかにも「観賞用」といった趣きによって植えてある。他に、バナナやマンゴー、レモンにダイダイ、シーグレープやグアバベリー、パパイヤやサワーソップ、バニラやオールスパイスといった香辛料の元になる植物もある上、アマリリスや蘭など熱帯に特有の花々が鬱陶しいまでに咲き誇っているというのに――(何故こんな平凡なソテツを絵の題材に選んだんだ?)と、俺は少しだけ不思議だった。
「これ、ソテツっていう植物で名前あってます?」
「ん?うーん……そうだね。これはヒロハザミアという種類なんだけど、別名メキシコソテツだから、確かに同じだってことかな。松ぼっくりみたいな球果をつけて可愛いよね。カリブ海全域に分布してる、平凡なつまんない植物かもしれないけど、おれのような凡人にはちょうどぴったりくるようなところがあってね」
ホランド博士は相変わらず「ふんふん」歌いつつ、いくつもの緑の絵の具を混ぜ、濃い陰影のある部分と明るい葉の部分とを塗り分けていた。実をいうとアーサー・ホランド博士とは何度となく雀卓を囲った仲であり、今では「アーサー」、「テディ」と呼びあう仲にもなっていたが、俺は彼に対し軽く酔っている時でさえ敬意というものを忘れたことはない。
「ホランド博士が平凡だとしたら、俺なんか一体どうなります?アンドロイド研究をしていた大学の研究室でも中途半端、ジャーナリストとしても中途半端……」
「いやいや、そんなに自分を卑下しちゃいけないよ」と、アーサーは笑って言った。俺も彼もアロハシャツに似た半袖を着ていたが、午後四時というこの時、暑さのあまり脇の下のみならず胸の前まで汗でびっしょりだった。いつもならすぐそばのプールまで走っていって飛び込むところだが、俺は辛抱強く我慢して、アーサーと日陰で話すことにしていたのだ。「そもそも、ジャーナリストなんてなろうと思って誰でもなれるものじゃない。大学の研究室においてもそうだね。誰でも研究室に籍を置けるとは限らず、極一部の優秀な学生だけが残ることが出来るわけだし……第一、おれの見たところテディ、君には高いコミュニケーション能力がある。特に理数系の学生に多い気がするけど、自分の研究分野だけに閉じこもって外へ出てこないようなタイプの科学者ってのは多いからねえ。君みたいに文学や芸術的なことにも強いタイプのハイブリッドな研究者というのは、むしろ珍しいくらいなんじゃないかな」
「なんていうか、俺が大学の研究室のほうに居づらくなったのは、実はそれまでと違って週末のほうが少し華やかになったせいなんですよ。新聞社の他の記者と親しくなったことで、映画のプレミアパーティへ招待を受けたり、それまで行ったことのないセレブも出入りするクラブへ連れていってもらったり……特段自慢気に語ったことは一度もなかったんですが、今にして思うと研究第一といった姿勢が崩れていたのかもしれませんね。その時は同僚が突然口を聞いてくれなくなって嫉妬されてるように感じたんですけど、もしかしたらそういうことじゃなかったのかもしれない。もう少し粘って頑張れば良かったと深刻に悩んだことまではなかったんですが、ランド博士やアーサー、あなたのような本物の天才科学者を前にすると『俺もあのまま研究を続けていれば良かった』と、初めて後悔したりしました」
「嫉妬なんてもの、ただの幻想さ」と、アーサーは絵筆を動かしながら続けた。「あとになってみれば、大抵はそうした場合が多いよ。唯一恋愛の場合はちょっと違う気もするが、特に研究者同士のそれっていうのはね……もうひとりの仮想敵を自分の中に作りだして、その影に怯えるみたいなね。大抵は相手が問題なんじゃない。自分自身の内側に問題があるのさ。テディ、君もそう思っておいたほうがいいんじゃないかな」
「その、ホランド博士には、信頼できるチームと相棒がいらっしゃったと思うんです。前にもおっしゃっていたとおり、ノーベル賞を受けたのは自分ではなく、チーム全員の功績であり、特に研究のパートナーだったファブリツォ・フォルトナート博士の助力が大きかったと……」
俺がこう聞いたのは意図してのことである。アーサーの部屋に飾られているゴッホとゴーギャンの絵――あそこにはおそらく何か意味があるのだろうと思えてならなかった。
「ファブリツォか……」アーサーの絵筆が一度止まった。絵のほうは七割方完成しているように見えるが、彼は緑の絵の具の彩色に満足しているわけではなさそうだった。「そういえばテディ、君、彼と共著になっているおれの本を読んだと言っていたね。まあ実際のところ、おれは忙しくてあの本の文章の五割も書いてるわけじゃないんだよ。おかしな言い方かもしれないが、本によっちゃファブリツォと編集者の二人三脚で出来上がったみたいなことも多くてね。だから、序文や解説だけを軽くおれが書くだけにして、彼の名前だけを印刷したほうがいいんじゃないかって言ったこともあるくらいなんだ。でも、アーサー・ホランドの名前が横にあったほうが本が売れるだかいう出版社の意向で、何故だか毎度そんなことになって……同じように研究者の相棒としてもファブリツォは優秀で、彼がいなくては全臓器を3Dバイオプリンターで生体印刷するような技術は完成しなかったことだろう。おれはそこらへん、ファブリツォほど真面目に根を詰めるってほどじゃなかった――わけじゃないんだが、彼は研究熱心なあまり体を壊してしまったからね。一時期、フォルトナート博士は自分の体を使って臓器研究をしてたから死んだんじゃないかって噂が流れたこともあったほどで……」
ここでホランド博士はハッとして、カンバスから絵筆を下ろしていた。絵を描くのに夢中になっていたことで暑さを忘れていたのだろうか。彼は突然周囲のムッとする温度に気づいたように、アイリスの描かれたシャツの胸あたりをパタパタさせた。
「いやいや、すまんね。一体なんの話をしていたんだっけ?暑さのせいで時々頭がぼーっとしちゃってね。なんにしても、テディ、君がファブリツォのことを聞いてくれて嬉しかった。彼はほんとにいい奴だったんだ。ノーベル賞を受賞した時、出来ればあの場に彼も一緒にいて欲しかったくらい……」
アーサー・ホランドは何故かおもむろに画材を片付けはじめ、ほとんど俺の存在を無視するような形でそそくさとその場を立ち去っていた。彼はギャンブルといったものが好きな質らしく、それはトランプやマージャンをしている時にもそうした性向が現れていた。とはいえ、負けて一番悔しい空気をはっきり前面に押し出してくるのはジェイムズ・ホリスター博士であり、ホランド博士は南国人の陽気さにも近いおおらかな気質でゲームそのものを楽しむといった傾向にあった(=負けても何か根に持つといったタイプでない)。また、ついでに言えば故人となったクリストファー・ランド博士はこのふたりの間をうまく取り持つような役回りだったと言える。
(まあ、せっかくある程度仲良くなったんだし、また彼が絵を描いている時にでも……今度はフォルトナート博士の名前は出さずに、何か聞いてみることにしようかな)
今のようにホランド博士が何気なく絵を描いている時も、俺は彼がこちらをほとんど見ないのをいいことに、アーサーのことをじっくり観察していた。彼は自分でもそう言っていたことがあるとおり、強烈なくせ毛をしており、(このくせ毛の下に、アンドロイドの頭脳が眠ってるってか?そんなこと、ほんとにあるもんだろうか)としか俺には思えなかった。また、彼自身が「下手の横好き」と言っていたように、アーサー・ホランドはもともとあまり絵がうまいほうではなかったのだろう。彼がもし実はアンドロイドであったとすれば、もっと写実的に、それこそ写真のような絵を描く能力すらあっても本来なら不思議でないはずなのに。
(そうなんだよなあ。あの汗の吹きだし具合にしても、人間に似せるために疑似汗腺からお水がちょぴっとずつ滲みでてるのだとは……とても思えんものな。アーサーの顔を間近で見たこともあるけど、夜通しマージャンしてる時なんか、朝方にはヒゲが三ミリくらい生えてるように見えたり……それに彼は酒にも強かった。ゆえに、総合的に見た場合、やっぱりアンドロイドとはとても……)
「キャッホー!!テディ、ホランド画伯とのお話はもう終わったのおっ!?」
メアリー・アンダーソンがプールを歩く隣で、ミカエラは俺に向かってぶんぶん大きく手を振っていた。実をいうとミカエラはその後、メアリーとヒューのアンダーソン夫妻、それにトム・ジョーンズの三老人と親しくなっていたのだった。とりあえず今の俺の中の疑惑を順に整理したとすれば、アーサー・ホランド博士に関して言えば、『研究の片腕だったファブリツォ・フォルトナート博士との間に何かあったらしい』という以外では、彼に対して「アンドロイドではないのか」との疑いを持つような外見的特徴までは一切見受けることが出来ない……そう判断していた。そしてこれでいくと、現在このホテルに滞在している招待客の全員、外から見た分にはアンドロイドであるか否かを判別するのは不可能なのではないか――との結論に俺は至っていたものである。
その後、ミカエラがメアリーとヒューの部屋のほうを六階へ訪ねた時の話を聞き、俺は新たにノートに自分の考えを整理していた。まず、彼ら三老人の部屋にはどんな絵が飾られているかについてだが、この点、ミカエラの記憶力はあまり当てにならない。だが、俺は三人のやって来る八月一日以前に、部屋にどういった絵画が飾られているかについてはある程度覚えていた。また、その後模様替えなどしてないことも、図書室にある印象派他の画集をミカエラに見せて確認していたし、サラやロージーといった清掃係は掃除する時には部屋のドアを大きく開くため、そんな時に彼女たちに用事を頼む振りをしつつ、再度確かめてもいたのである。
さて、ヒューとメアリーのアンダーソン夫妻の部屋はちょうど、俺とミカエラの部屋の四階上という形になっており――俺たちとの違いは何かといえば、部屋のほうが鎖と鍵によって閉ざされていないということだった。そこで、メアリーはちょうど俺のいる部屋の間取りと同じところにおり、その隣がヒューの部屋……といったようになっている。だが、今はすでにふたりの間にはさして夫婦の会話らしきものもなく、まるで見えない鎖と鍵によって心の扉が閉ざされてでもいるような冷えきった関係性だということだった。
俺たちと同じく、ミカエラは単に純粋な裏表のない性格なのだ――ということが理解されてくると、メアリーは「わたしにもあなたのような孫娘でもいてくれたらねえ」と、時に涙を流すことさえして人生相談することがあったらしい。その話によれば、彼女もトム・ジョーンズの死んだ妻ジュリアも、若い頃から夫の浮気に悩まされる人生だったとのことで、さらには彼らはふたりとも金銭面においても相当な締まり屋で、彼女たちは息苦しい結婚生活を今に至るまで七十年も続けてきたということだったのである。
ところで、メアリーの部屋には「アニエールの水浴」、「グランド・ジャット島の日曜日の午後」、「サーカス」、「サーカスの客寄せ」、「シャユ踊り」……といったジョルジュ・スーラの絵画が飾られているようだった。夫のヒューの部屋には「ゴルコンダ」、「アルゴンヌの戦い」、「無限の感謝」、「人間の条件」、「個人的価値」、「脅かされる暗殺者」、「秘密の遊戯者」など、ルネ・マグリットの絵画が多く掛かっている。さらにヒューの隣室の住人であるトム・ジョーンズの部屋には「ムーラン・ルージュにて」、「ムーラン・ルージュの舞踏会」、「ムーラン・ルージュに入るラ・グリュ」、「ムーラン通りのサロン」、「ムーラン通りの医者検査」、「イヴェット・ギルベール」など、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックの絵画が数多く飾られていたようである。
正直、これらの絵画について、何か深い意味があるのかどうか、俺にはよくわからない。とはいえ、クリストファー・ランド博士の部屋にミケランジェロの絵が、ジェイムズ・ホリスター博士の部屋にラファエロの絵が、そしてアーサー・ホランド博士の部屋にレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画が飾られておらず、俺の部屋にそれがあるということには――何か意図したことがあるのだろうとしか俺には思えなかった。
とはいえ、俺はさりげなく三老人それぞれに「ホテルの居心地はどうか」、「部屋のほうは快適で過ごしやすいかどうか」など世間話として訊ねたことがあり、その際に「室内に飾ってある絵についてどう思いますか?」と聞いたこともあった。けれど、メアリーもヒューもトムも、画家の名前自体知らなかったり、ほとんど絵画から感銘を受けたり不快な印象を受けたり、その深い意味について考えるといったことすらそもそもないようだったのだ。
唯一、この三人のことで俺が唯一気になっていることと言えば、ミカエラがメアリーの部屋を訪ねていった時、彼女がふと「自分は認知症ではないが、記憶に欠損がある」と洩らしていたこと、そしてヒューとトムのふたりに関していえば……介護アンドロイドのシノブを性的な目的で共用しているということだったかもしれない。「でもまあ、彼女は結局ヒュー、あんたのものだからなあ」、「いやいや、所有者はわしでも、シノブがトム、おまえさんのことを選ぶというなら、わしゃそれでも構わんのさ」などと、彼らは互いの脇を肘で突つきつつ、面白がって話すことがよくあったものである。
ヒューとトムにしてみれば、相手がアンドロイドであれ、どうやら彼女が「容姿の美しい若い娘」であるということがもっとも重要なことのようで、そんな恋の鞘当てをしあっているというのがもしかしたら、彼らふたりの心身の若さを保つ秘訣だったのかもしれない。
アーサー・ホランド博士がソテツ……いや、ヒロハザミアだったろうか。メキシコソテツを描くのを隣で見ていた午後遅く、俺はミカエラとプールから上がると、シャワーを浴び、軽く食事してから部屋のほうへ戻ってきた。それから、ソファで俺に寄りかかって映画を見ているミカエラの隣でノートに自分の考えをまとめた。
実をいうとアーサー・ホランドに関しては、プエルトリコやヴァージン諸島など、他のリゾート地で携帯電話その他のデバイスを使い、ホランド博士自身というよりは彼の家族のことを調べていた。つまり、最初の妻との間に二人、次の妻との間にも二人、三番目の妻との間に三人、そして現在四番目の妻との間にも幼い子供がひとりいることから……この四人の妻たち、あるいは息子や娘のSNSを探しては、遡って父親に対する発言や家族で撮影した写真の投稿や動画がないかとチェックすることにしたのである。
無論、「そんなことをして一体なんになるのか?」という話ではある。また、俺はファブリツォ・フォルトナート自身や彼の家族のことなども調べたかったが、こちらはほとんど情報がないに等しかったのだ。唯一情報として有力であるように感じたのは、フォルトナート博士がアメリカやイタリアの出版社から出していたアーサー・ホランドと共著の本の編集者に連絡するということであったが――俺は流石にそこまでのことはしなかったのである。こうしたことを通して何か「ずるをしている」という感覚は皆無だったが、そもそものルールと照らしてみても、この『誰が本物のヒューマノイドかクイズ』というのは、あのままオカドゥグ島に閉じこもり、ネットを使えない状態のままでも解けることが前提にあるはずなのだ。
それでも俺は、アーサー・ホランドの家族に関しては調べられるだけSNSのほうは見ておくことにしていた。結果としてわかったのは、とにかくアーサーが別れた妻や息子や娘のうち誰とも、どうやら概ね良好な関係を築いているらしいということだったかもしれない。何より、ネットを検索していて関連動画などが出てくるのだが、それはホランド博士のノーベル賞受賞に関連したものばかりだった。そして彼らの家族もまた、一番目の妻から三番目の妻に至るまで――「アーサーはモテるから仕方ないのよ」と、別れた理由についてざっくばらんに語っていたものである。また、彼は子供好きでもあったようで、息子や娘たちとも、離婚後も良好な関係を保つべく努力してもいたようなのだ。
(まあ、俺が思うに……このあたりのことっていうのは、ホランド博士のノーベル賞受賞を期にコペルニクス的転回を見せた可能性というのを想像しないでもない。おそらく彼女たちや彼らの間にも、家族として色々と複雑な心情というのが横たわっていた時期というのが必ずあったに違いない。けれど、せめても外見的には「ノーベル賞を受賞した元夫、あるいは父」の名声に傷をつけてはいけないという分別が働くくらいには――アーサーのことを今となっては憎んでいない、過去のことは水に流そう……といったように思えていたのではないだろうか)
もちろんこれは俺の邪推にすぎないことで、ノーベル賞受賞後、ボストンにあるアーサーの自宅にて四家族全員で集まっていたように、本当に心から仲のいい親密な家族だったのかもしれない。だが、こうしたことも考え合わせてみるにつけ、やはりアーサー・ホランドは俺の中で「アンドロイドである可能性は低い」として除外されるべき存在だったのである。
こうして俺はこの翌日、今度は同じように外見的かつ外面的には、アーサー・ホランド同様ヒューマノイドであるとは到底思えぬジェイムズ・ホリスター博士に焦点を合わせ、もう少し探りを入れてみることを心に決めたわけだった。
「んふっ。ねえ、ダーリン。まだ誰がアンドロイドかの例のゲーム、諦めないで続けるつもりなの?」
「うん、まあね……」と、俺はノートに鉛筆で速記するのをやめると、『2111年宇宙の旅』のほうへ意識を戻した。前にも二度くらい見たことのある映画なため、最後どうなるのかは大体わかっている。「でも、百万ドルという金欲しさからっていうのとは少し違うんだ。何しろもう時間がない。モーガンともそう話していたとおり、もしクリストファー・ランド博士の死やロドニーの死が仕組まれたものなら……もうひとりくらい、誰かが偶然死ぬってことがあったとしたら?そう警戒してあらゆる可能性について気を配っておかないと、それは彼らの死を無駄にするってことなんじゃないかとか、色々考えてしまってね……」
「怖いわテディ、そんなの……わたしたちの間に誰か、そんな殺人鬼がいるんじゃないかって想像しただけでもわたし……何かたまらないの」
ミカエラがぎゅっとさらに体をすり寄せてきたため、俺は彼女を安心させるのに頭のつむじあたりにチュッとキスした。
「大丈夫だよ、ミカエラ。君のことは俺の命に代えても、絶対必ず守るから……」
「まあ、ほんとに!?テディ、嬉しいわ。わたし、頭の中では時々考えていたのよ。記憶がなくて踊れなくって、踊れないおまえなんか価値なーいみたいに、まわりのみんなから言われてつらかったけど……いつか誰かわたしだけの王子さまが現れて、あんな奴らからは守ってやるよって、そう言ってくれることだけ、ずっとわたし夢見てきたような気がするわ」
「俺はバレエのことなんてまるで詳しくないからね」
瞳を潤ませてこちらをじっと見てくるミカエラのことを、俺はもう一度抱きよせた。その後俺は、セント・バーツ島へいった時、「ミカエラ・ヴァネリ」でネット検索していたが、彼女はどうやら体調が優れなくて治療に専念している……という公式発表が、例のディアナというおばさんによってなされていたようなのだ。
「なんにしても、すべてはここオカドゥグ島を出てからのことだよ。ここへ来たばかりの六月やその翌月の七月あたりなら……俺たちはみんなこう思ってた気がする。もしかしてこの熱い優雅な夏がこのまま永遠に続くんじゃないか、なんてね。でももう、その夏も終わるんだ。このままここでミカエラとずっと一緒に終わらない夏を過ごしていたい気もするけど、流石にそういうわけにもいかないものな。俺たちは俺たちで、人生を先に進めることをそろそろ考えないと……」
「ねえテディ、わたしたち、ここオカドゥグ島を出てからもずっと永遠に一緒よ」
「そうだね。ずっと永遠に一緒だ」
映画が終わるのを待たずに、俺はミカエラのことをプリンセス抱っこして、隣のロマンティックな天蓋付きベッドまで彼女のことを運んでいった。俺たちにとってはこの時も、人生における最高の瞬間のひとつだった。
「愛してるわ、テディ」
「俺も愛してる。ミカエラ……」
俺もまた彼女との恋に夢中で、『もう誰が人間そっくりのヒューマノイドだろうが、なんかどうでもいいや!』と思うところがまるでなかったわけではない。けれど、ベッドの中でミカエラとの愛に溺れながらも、俺は二度彼女と抱きあい、ミカエラが安らかな吐息とともに眠ってしまうと――頭の隅のほうではやはり、こう考えていた。(ちょっとつらいが、明日こそは必ず早起きして、ジェイムズ・ホリスター博士の海辺のランニングにつきあうことにしよう)と……。
>>続く。




