表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/34

第16章

「いやあ、先進国……なんていう言い方は欧米諸国でもしなくなって久しいですが、便宜上そんなふうに口にすることは今もありますからね。先進国の医療界というのは頭打ちといった部分があるのですよ。ほら、超微細手術マイクロサージェリーだなんだ、人間の医者が一度習熟した技術についてはAIの医師にその技術のみコピーすれば、AIのほうがその後よりうまく正確に手術できるようになってしまうのですから。となるとどうなります?大抵の医師が臨床を離れ、研究者となり、患者という人間のことを直接には診なくなります。また、自分でクリニックを構える場合においてはより儲かる分野の医者になろうとしたり……ところがですな、クレイグ先生、あなたのようにこうした後進国――というのも何やら侮蔑的な言い方でしょうか。ええと、なんと言ったらよいやら……」


「いいえ、構いませんよ、ホランド先生。実際、私は若い頃は先進国の医療界に身を置いていて、鼻つまみ者として追いだされたのですし……その後、アフリカや中東や東南アジア、あるいはこうした西インド諸島へやって来て、それまでの医師としての研究と経験を生かし、本当の意味での医者になったのです。大学病院で研究に励んでいた頃は、患者というのは臨床データを提供してくれなければ、私にとってさして意味のある存在ではなかった……ですが、まったくもって奇妙な話ですな。かつて後進国と呼ばれていた国々では、現在のところ大体21世紀初頭くらいの技術までに医療のほうが横並びになってきました。もちろん、まだそれより遅れている国々もたくさんあります。ですが、そうした後進国でこそ今や医師たちはやり甲斐や生きがい、張り合いをもって熱心に仕事に取り組んでいるのですよ。何故といって、私も色々な国を巡って診療や手術といったものを数え切れぬほど行ってきたからこそわかることですが――医師が最善を尽くして患者が死亡した場合、法律による裁きがそうした国々ではまだ比較的緩やかなのです。医療に関して法整備がしっかりしてないという意味ではなく、医療制度のほうもまだまだ不十分にしか発達してないもので、我々医者のほうでも十分な支払いなどなくても最善を尽くすしかないという状況が多々ありますものでな。そうした環境下では、我々医師の思いやりといった態度さえ欠如していなければ……手術が失敗したとしても、患者もその家族も涙ぐみつつ感謝してくれるのです。つまり、外科医たちは次々手術をこなして研鑽を積み、さらなる高度な医療が必要な患者については、運が良ければ魔法のような医療カプセルに入って治療を受けられるといった具合だということですな」


 クレイグ・ウェリントン医師については、一体何をやらかしたから西欧の医療界から追放の憂き目にあったのか、俺はよく知らなかった。そしてそれはアーサー・ホランド博士とふたりきりになった時でも、なんとなく聞きづらいことだった。だが、今までにもこのふたりの会話を聞いていて思うに――ウェリントン医師は欧米の、というのかいわゆる医療先進国で医師としては働けなくなってのち、まずはアフリカへ渡ったらしい。それから中東の紛争地帯、東南アジア、西インド諸島……といったように、大体計二十年ほども流しの医者、という言い方はなんだが、そのような働きに就き、患者のために尽力したということだった。


 そして、彼らふたりが外科医兼研究者として互いに尊敬の念を持っている――といった雰囲気によって終始話しているのを見るにつけ、俺はなかなか会話の間に入っていくのが難しかったのである。また、俺の気のせいだった可能性もあるが、これもまた空気的に『君、一体なんのためにここにいるの?』といった視線でちらとでも見られると、なんとなくすごすご退散せざるをえないことになるのだった。


「ええっと、ウォッホン。いわゆる医療後進国においては、先進国ではほぼ完全に癒せるようになったガン患者などが今も多いと聞いたりします。我々人類が病いの帝王の座から引きずり下ろして久しいガンという病気ですが、クレイグ先生は旧来型の手術といった方法で患者さんたちを何十人……いや、何百人となくお救いになったのでしょう?ですが、歯痒くはありませんでしたか?だって、我々の間にはすでに医療カプセルによる無痛の治療方法が存在するのに……患者の体をメスでかっさばいて腫瘍を摘出するだなんて、あまりに原始的な方法ではありませんか」


 俺のこのいかにもな素人意見に、クレイグ先生もホランド博士もどこか優しげに微笑んだ。おそらく、ふたりともわかっているのだ。『百万ドルなどどうでもいい』という振りをしながら、薄皮一枚剥いだ下はおまえも金の亡者なのだろう……という、憐れみの入り混じった微笑みというのではない。ランド博士の次にロドニーまでもが死亡し、『何かがおかしい』と感じ、自分たちに探りを入れにきたのだろうといったように、なんとなく察しているに違いない。


「そうだね」と、診療室にもなっている自室にて、クレイグ医師は籐椅子に座り、長い足を組んでいた。俺は本当はこちらの部屋でなく、地下にある研究室のほうをもう一度見たかったのだが、どうもそうした話運びへ持っていくのは今日も難しそうだった。「私も、アフリカへ渡った最初の頃はそう感じましたな。でもとりあえず、そうした手術設備はあるし、向こうの医師たちは私が医療界から追放の身となったことも知らず、最先端の医療知識を持っているとして最上の待遇で迎えてくれたのですよ……そこで医学生時代と研修医時代に練習させられた原始的手術方法のことを思いだし、出来る限りのことをしたのです。わたしの外科医としての能力はその後手術件数をこなすごとますます向上し、<神の手>を持つ医者がいるとして有名になった。そして、有名になりすぎたことがアフリカから他の場所へ身を移すことになった理由なんだが、中東の紛争地帯では流石に気が狂いそうになったものだよ。最先端の戦争兵器によって傷ついた患者のことを、こちらもまた最先端……あるいはそれに準じた医療設備やスタッフによって治療するのだが、私はそこでは絶望が深いあまり、医師としてさして役立つことは出来なかった。何故といって、患者を治療しても治療してもほとんど無意味としか思えぬほど、無差別に傷つけられた人々を治さなければならず、さらには自分たちの身も危険だった。有志の医師や看護師たちが、素晴らしい技術と人柄を有した人々が苦しみながら死ぬのを何度も見た時――明日は我が身との思いとともに、ある時はっきりと感じたんだ。自分はもうこれ以上ここで働けるほど強い精神力は持っていないということにね……そこで今度は東南アジアへ向かい、五~六年そこで少しばかり緩やかな生活をした。医者としては変わらず忙しかったが、それでもアフリカや中東で経験したほどの悲惨さはなかった。そして最終的にここ、西インド諸島に腰を落ち着けることになったというかね」


 クレイグ・ウェリントン博士は五十代くらいに見えるが、おそらく六十半ばといったところでないかと俺は思っていた。穏やかそうな顔つきの、若かった頃はハンサムだったろうことが忍ばれる容貌。いつも麻の涼しげな白いスーツを着用している。汚れやすいはずなのに何故白なのかと言えば、やはり医師の白衣を連想させるからなのだろうか。


「じゃあ、アダム・フォアマン氏と知り合われたのは、ここ西インド諸島のどこかで、ということなんですか?」


「まあね。金のほうはそこそこ貯まりつつあったが、ミスター・フォアマンに老後は一切困らないだけの給料を与えるから、自分専属の医師になってもらえまいかと依頼されたんだよ」


 俺が次に何を質問すべきか迷っていると、アーサー・ホランドが会話の間に挟まった。これまでもずっと思ってきたことだが、ホランド博士は誰にとっても『腹蔵がない人物』であるように見える(これはそうした印象を誰もが博士に持っているという意味で)。だからこの時も、俺が何か深い思惑があってここにいるとか、あまり深く考えるタイプの人ではなかった。ただ、『君もこんなところで長く過ごして暇なのなら、一緒に楽しく語らおうじゃないか』くらいの気持ちだったのではないだろうか。


「今は医療先進国ではオーダーメイド治療がスタンダードになったからね」と、ホランド博士。「また、そのためには自分にとってもっとも信頼できるホームドクターというのが一番大切だということになる。もちろん、電子カルテを見れば幼少期からなんの病気にかかって治療を受けたかすぐわかるにしても……将来、なんの病気になりやすいリスクが高いか、DNAレベルでわかるだけに、そうしたことについてまでもすぐにパッと思い浮かぶような医者がより大切だよね。まあ、定期的に医療カプセルに入って検査するのと同時、大体みんな一年に一回くらいはナノカプセルを飲んで体中、どこも問題がないかどうか調べるもんだろう?カプセル自体は口から飲むものだから、超小型とはいえとりあえず目には見える。でもそれが、どんな小さな病気の原因でも発見してどんな治療が必要かガイドしてくれるんだね。それで問題があれば医療ロボットかアンドロイド型の白衣を着たお先生が診断して治療のほうを引き受けてくれる……おれが思うにね、クリスはたぶん忙しさにかまけて、そうした検査を今年か去年かはわからんが、受けてなかったのではないだろうか。もし検査を受けていたとすれば、血栓溶解療法によって脳梗塞のほうは未然に防げたのではないかと思うと、本当に残念でならないよ」


「その、医療の素人の馬鹿げた意見と思ってくださって構わないのですが、俺はもしかしてランド博士は脳梗塞を起こすような薬を飲まされた可能性だってあったかもしれないと、ちょっとそんなふうに疑ったりしたんですが……」


 窓には、暑い陽射しを遮蔽するためにブラインドが下りていた。とはいえ、エアコンが効いているために温度自体はとても涼しい。クレイグ先生とホランド博士はテーブルを挟んで向かいあわせに籐椅子に座っており、俺は患者用らしきパイプ椅子に腰かけていた。室内のほうはどちらかと言えば殺風景で、壁にはヴードゥーの呪いを連想させるような絵画や、あるいはクレイグ先生がアフリカあたりで集めたのかどうか、奇妙な民族衣装を着た人形や、仮面の類などが飾ってあったものである。


 この時、ホランド博士とクレイグ先生は互いに顔を見合わせると、何故か一拍置いてからぷっと吹きだしていた。俺はふたりの医師のそうした反応をある程度予期していたため、笑われても気にはしなかった。ロドニーの水死の件はともかくとして、とりあえずその可能性はないのかどうか、どうしても聞かずにはおれなかったのだ。


「そうだねえ」笑って悪かったと思ったのかどうか、クレイグ先生は慌てたようにテーブルのアイスティーを飲んでいる。「私の見解としてはね、クリストファー・ランド博士の脳梗塞の原因は普段の不養生の積み重ねといったところだったのではないかという気がするね。それでも今は定期的に検査さえ受けていれば、かなり速い段階で血栓などが詰まる可能性のある部位については特定されていたことだろう。今は昔と違って、頭蓋骨に穴を開けてまで手術するのは交通事故などの場合はともかく、病気が原因の場合はそんな原始的な方法は取らずとも腫瘍のほうは除去できる……これは私の想像の域を出ないことではあるが、おそらくランド医師はこのオカドゥグ島へやって来るのに相当無理をしたのではないだろうか。ジェイムズ・ホリスター博士もそうだったに違いないが、約一か月ほども休暇を取るとなったら、しかもその間連絡を取れないほどになるとしたら、その直前までスケジュールのほうを相当詰め込まねばならなかったろう。また、博士の住むイギリスとここカリブ海のあたりは気候がまるで違うしね。ランド博士に他に何か心労といったような、くよくよ悩まねばならぬことがあったかどうかまでは私にもわからない。だが、そうした理由も多少関係していたろうことを考えると――おそらく、私はまずランド博士に医師として健康診断させてもらえまいかと頼むべきだったのだろうね。いや、こんなふうに時間がたっぷりある時にこそそうすべきだと薦めるべきだったのだろう」


「いや、その責任は同じ医師であるおれにもありますよ」と、すかさずホランド博士。「おれは科学シンポジウムがきっかけでクリスとは知り合ったっていう程度だから、親しい友達というほどの仲ではなかったんだ。とはいえ、アトランタ空港で落ち合ってからこっち、ホリスター博士と三人ですっかり意気投合したというわけでね」


「そうだったんですか。でも、アトランタ空港で落ち合ったということは……」


 俺のこの質問には、流石にアーサー・ホランドも軽く眉を顰めていた。とはいえ、咎めるような雰囲気はまるでなく、なんだかまるで(サービスとして教えてあげよう)とでもいうかのような口調だったのである。


「そうとも。ミロスがおれとクリスとジェイムズの三人が、多少前後するかもしれないが、大体同じ頃合いにオカドゥグ島入りすることになるのでないかと教えてくれたんだ。だから、おれたち三人はそれぞれ顔見知りというのか、おれは二度くらいクリスと食事したことがあったし、ホリスター博士とは研究に関して出資してもらったことがあるという関係性だった。またこれはクリスにしてもそうだったんじゃないかな。ホリスター博士の会社にはアンドロイド開発部門があって、そこから他社の真似できない最新式のアンドロイドを発売するという条件で、結構な額、出資してもらっていたはずだ」


 無論、流石にアーサー・ホランド博士本人に対して「じゃあ、あなたも相当な額、ホリスター博士に出資してもらってるってことなんですか?」と図々しく聞くことまでは出来なかった。その後、ホランド博士とクレイグ先生とが、過去に自分たちが診たことのある珍しい臨床例に関して話しだすのを聞くと、俺はこの場から一時退散することにしたのである。ふたりはいつも通り互いの話に夢中で、俺がいようといまいとどうでもいいといった態度だったし、再び俺がボウフラか何かのように現れ彼らの話に耳を傾けていても――大して気にも留めなかったことだろう。


「今の俺たちの話、聞いてた?」


 俺は二階の自分の部屋へは向かわず、五階にあるモーガン・ケリーの部屋をノックしていた。無言で室内へ通されると、俺はコンタクトと盗聴器を外し、モーガンに一度返すことにした。


「ええ、まあね」


 モーガンはすでにモニターを閉じ、片耳にしていたと思しき透明な小型イヤホンも外していたが、今から一度録音したものを聞くのでない以上、話のほうは早くて済みそうだった。


「ホリスター博士はランド博士とホランド博士の研究の出資者だったわけよね。それで、ミロスが間に入って仲介してたとはいえ……『本物のヒューマノイド当てクイズ』に三人で参戦しようぜ、イェイ!!なんていうふうに前もってわかっててこのオカドゥグ島へはやって来たってこと?」


「その、さ……よく考えたらあの三博士にとって百万ドルなんて、研究費としてははした金とまでは言わないけど、そもそもあっという間になくなる程度の金でしかないと思うんだ。その点、ホリスター博士はセンティビリオネアで、総資産のほうは軽く千億ドル(約十五兆円)を越えてる……それで、俺はさっき、一旦ジェイムズ・ホリスター博士が本物のヒューマノイドである可能性が高いのではないかと仮定する話をあんたにした。そして、ランド博士、ホランド博士ともに、ジェイムズ・ホリスターの出資によって研究を続け、それぞれノーベル賞を受賞したという輝かしい過去があるわけだ。たぶん、ホリスター博士は同じような形で色々な方面の科学者に出資してもいそうだから、この点はただの偶然かもしれない。また、ホランド博士は元はランド博士とは友達といえるほどの関係ではないが、同じ科学者として意見交換したこともある同士といったくらいな関係性だったのだと思う。また、そう考えていくと、あの三人がこのオカドゥグ島へやって来た時、妙に親しげに見えた理由も説明がつきそうだ……いくら科学者としては対等であったにせよ、やっぱり金を出してもらっているか、過去にそうしてもらってノーベル賞まで受賞してるとなったら――そんな相手は会社の上司と一緒で、多少なり気を遣ったりするのが普通だろう。なあ、モーガン。俺たちの中でジェイムズ・ホリスターは一番の金持ちで、彼が欲しいとすればアダム・フォアマンか彼のバックにいる黒幕の何がしかの支援なんだろうと思ってた。でもよく考えると、去年のフォーブス誌の長者番付によれば……ホリスター博士よりも上に来るようなセンティビリオネアっていうのは二十人もいないんだよ」


「そうお?んな超のつく大金持ちが二十人もいやがんのかって、わたしなんかはそう思うけどね」


 モーガンがいかにも「ケッ」というような顔つきをしたので、俺は思わず笑った。クレイグ先生のところでもハーブティーをご馳走になったが、勝手知ったるなんとやらで、俺はアイスティーをグラスに注ぐと、特に断りもせずごくごく飲んだ。こう毎日暑いと、部屋自体はエアコンで涼しくとも、廊下などを移動中にどっと汗が吹きだしてしまい、喉などいくらでも渇くのだった。


(ほんと、こーゆう喉の渇き方をしてる時だったら、毒が入ってるかもと疑う前に、何も考えずにごくごく飲んじまいそうなくらいだもんな……)


「俺の記憶のほうも相当あやしいけど、その二十人の中にアダム・フォアマンって名前はなかったような気がするんだ。それに、前に話したホリスター博士が各国に訴えてるっていう宇宙ゴミの話っていうのは、今地球の衛星軌道上あたりに漂ってるものを全部片づけようと思ったら……国家的予算が必要になるから、土台個人でとやこうするのは無理って話でもある。だから、宇宙開発に関わってる国がちょっとずつ負担するしかないわけだけど、金ばかりかかってリターンとして得なところが何もない仕事なもんだから、どこの国も金を出し渋るというかね。まあ、ホリスター博士の<全世界を結ぶスカイレーン構想>の実現にとって難しいのは、他にセキュリティ関係の問題もクリアーしなきゃならないってことなんだけど、まずは害のない過疎地域っていうのかな。まだ問題が残る形でも協力してもいいって国を募って、空飛ぶ車を走らせることで――そうした夢のある映像っていうのはあっという間に拡散するものだろ?そしたら、世界中のあちこちの国が「我が国でも」ということになって、出資金が集まるのみならず、イギリスのロンドンとフランスのパリを移動するとかさ、何か国を挙げてのイベントがあった時にも友好関係をアピールするのに使われたり……まあ、とりあえず一旦この話はどーでもいいとして、俺は同じ金持ち同士、てっきりホリスター博士には何かフォアマン氏に頼みたいことでもあるんじゃねえかと思ってたんだ。だが、ここからは突飛な話になるけど、もしジェイムズ・ホリスター博士が人間そっくりのヒューマノイドであった場合、『彼は一体いつからヒューマノイドなんだ?』っていう問題があると思わないか?」


「そうね。それでいくとようするに、ホリスター博士はずっと誰かにとっての操り人形だった――みたいな、ホラーサスペンスみたいな話になってくるんじゃない?」


(そんなアホな話、あるわけないでしょ)という顔をモーガンはしていたが、俺にはわかっていた。もっともありえそうもないことが時にはありうるということを、彼女は刑事の経験上よく知っていたに違いない。


「ジェイムズ・ホリスターがもし本物のヒューマノイドであるとしたら、あんな大会社の総責任者であるにも関わらず、無理をして休暇を取り、ここへ滞在し続けている理由も理解できる気がする……そしてその彼がそもそも、クリストファー・ランド博士とアーサー・ホランド博士に出資していたということは、このふたりはある意味、ホリスター博士に弱味を握られているという言い方はおかしいけれど、ちょっと心情として逆らえないというのか、上司と部下の関係にも等しいわけだよな。そしてホリスター博士が本当にヒューマノイドで、アダム・フォアマンあたりに操られているのだとしたら?今回のこの『本物のヒューマノイド当てクイズ』なんていうお遊びをミスター・フォアマンが企画したことの目的は一体なんだ?ランド博士が死んだのは、本当にただの偶然だったのか?」


「まあね。クリストファー・ランド博士がホリスター博士のエアカーの研究に出資していて、研究成果のほうが捗々しくないとかいう理由で援助を打ち切ると言われ、思わずカッとなってジェイムズ・ホリスターはランド博士を岩山から突き落とした……とかならわかるんだけどね。実際にはその逆だもの。わたしは自分の私怨も絡んだ捜査を神の如き力で助けてもらったから、かなりのところ無理をしてでもこのオカドゥグ島へやって来ることに決めた。テディ、あんたはジャーナリストとしての興味だけど、手紙のほうには『あなたのコラムのファンです』みたいにあったわけよね。ロドニーも可能性としてはおそらく同じように、『あなたのプレイのファンです』ということだったのかもしれない。これでいくと、フランチェスカだって『俳優であるあなたのファンです』ということになり、ミカエラだってそういうことなんじゃない?」


「ミカエラか……結局あの子、一体何者なんだ?」


 普通の女性ではない、ということは俺にも漠然とわかっていた。また、モデルか何かなのかもしれないと思ったり……やはり、一度直接はっきり本人に聞いて確かめるべきだろうか。


「これ、フランチェスカから聞いたことなんだけど……彼女、たぶんバレリーナなんじゃないかって話よ。でも、本人にはっきりそう聞いて確かめたわけじゃないんですって。とはいえ、パリ・オペラ座のエトワール、ミカエラ・ヴァネリに顔がそっくりだって話なのよ」


「はあ!?バレリーナって……『白鳥の湖』とか『くるみ割り人形』とか、『ドン・キホーテ』とかのバレエかよ?」


(ただの他人の空似なんじゃないのか?)としか俺には思えなかった。何より、あのトロそうに見える子が、器用にくるくる爪先だけで回ったりだの、複雑な踊りの振付自体覚えられるとは到底思えない。


「でも、ありえなくはないでしょ?わたしはバレエになんて一切興味ないから、それがオペラ座だろうとボリショイ・バレエだろうと、そこに所属してるバレエダンサーについてなんてほとんど誰も知らないもの。それに、そういう分野っていうのは誰にでもあるものなんじゃない?プロのスキープレーヤーで金メダル取ってたとしても、ウィンタースポーツに興味ない人間にとってはそうと知ってから「おおっ!!」となるみたいな、そんな話だと思うもの」


「そっか。じゃあ、人選については『何故俺たちだったのか』はそのあたりで理由がつくってことなんだろうか?あの三博士はホリスター博士がホランド博士やランド博士の研究に出資してたってことであれば、それで説明がつくような気がするし……あの三人のじーさん&ばーさんは、彼らのいる高級介護施設を運営してるのがアダム・フォアマン氏だってことだもんな」


 だが、ロドニーが死んだ――あるいは殺されたことを思うと、人選についてはもっと深い意味があるのではないかと俺は疑った。とはいえ、現時点において収集できた情報に照らし合わせていえば、これが思考の壁の突き当たりといったところだった。


「それであんた、次はどうするつもりなの?ジェイムズ・ホリスター博士にでも直接、『うわあ。よく出来てるなあ。とても本物のヒューマノイドとは思えないや』とでも質問してみるつもり?」


「ファイナルアンサーを答えるには、まだ早すぎるだろ。それに、実はアダム・フォアマンのバックにいるのがジェイムズ・ホリスターで、彼以外に本物そっくりのヒューマノイドがいるという可能性だって残ってるわけだし……」


 ふう、と溜息を着くと、俺はまず、可能性のひとつを潰しにかかることにした。本当は俺はもっと早くに彼女にそう質問すべきではあったのだろう。たとえば、『君の名字って何?』、『仕事は何してんの?』といったような、くだらぬありふれた男女の会話によって。


「変なこと聞くみたいだけど……テディ、あんたお金なんてあるの?」


 俺が部屋から出ていく仕種をみせたからだろう。モーガンは最後、俺の背中にそう聞いてきた。


「どういう意味?そんなふうに見えないながら、本当は百万ドルが欲しくて、それで色々探りまわってるんだろうってこと?」


「ううん。それならそれで、わたし的にはまるで構わないんだけど……あんたが金のために色々熱心に探り回ってるわけじゃないっていうのはわかってるつもりよ。言うなればジャーナリスト魂みたいなもん?少なくともロドニーが死ぬ前まではね。でも、実はちょっとばかり借金があって金はあるだけあっても困ることはないとか、ニューヨークでの生活を維持し続けるのはちと苦しいとか、そういう事情があるなら……わたしたちは味方としてはまあ、四人いるわけよね。それで、フランチェスカとミカエラには彼女たちそれぞれ事情があるかもしれないから別だけど、わたしは少しばかり協力できるかもしれないからね。たとえば、ホリスター博士ともうひとり誰かヒューマノイドくさい奴がいたとした場合、あんたがホリスター博士に賭け、誰かもうひとり別に可能性のある奴のほうにわたしがベッドする。まあこの場合、カジノと違って賭け金は必要ないにしても、それでわたしがベッドしたほうがビンゴで当たった場合、百万ドルの半分、あんたにあげてもいいってこと。逆に、ホリスター博士がビンゴなら、あんたが百万ドル全部取ればいいのよ。べつに、そういう協定を張ってもあんたに損ってことはないでしょ?」


「あんた、それでも本当に刑事かよ」と、俺は笑って言った。「大抵、そんな山分け話がこじれて拳銃ぶっ放しただなんだ、そんな犯罪に繋がるってことだろ?気持ちは有難いけど、そこらへん、あんたが気にする必要はない。それにモーガン、あんたは本物のヒューマノイドを当てるのに成功したとしても――それは「百万ドルなんかもういらないし、ここで見たこと全部黙ってる。だから、助けてえっ!!」みたいになるんじゃねえかって疑ってもいるわけだろ?俺と同じく」


「そうね。そうならない可能性も大いにあるけど、夏のバカンスにカリブ海の島に招かれて、ただで飲み食いした挙句、お土産に百万ドルまで貰いました……なんてうさんくさい話、わたしは到底信じる気になれないからね」


「同感」


 そう頷いてから俺は、自分の部屋のほうへ戻ることにした。正確にはミカエラの部屋のドアをノックし、彼女の名字がヴァネリなのかどうか、バレリーナなのかどうかと訊いてみようと思ったのだ。


(もっと早くにこうしておけば良かったのに、俺も馬鹿だな……)


 だが、ミカエラの部屋のドアをノックしてみても返事はなく、鍵もかかっていた。(昼寝してるか、シャワーを浴びてるか、それともプールにでもいるか……)と俺は思ったりしたが、疲れていたせいもあり、やはりあとにしようと考えた。もしかしたら、無意識のうちにもミカエラが何者なのか知るのが怖かったのかもしれない。


 この日、俺は暗号というほどの技術ではないが速記によって、ノートを広げると再び自分の推理についてまとめてみることにした。その前までのページには、誰に見られたとしてもいいような文章として、今までのカリブ海周辺の島々における旅の印象などが書き記してある。結局、オカドゥグ島であったこと及び、『本物のヒューマノイド当てクイズ』の顛末についてはコラムとして何も書けずに終わるかもしれない。だが、バルバドスやグレナダやセントキッツ・ネーヴィス、セントルシアやタークス・カイコス諸島などの旅の印象をスケッチすることくらいは――おそらく何か書いて発表しても問題などなかろうと思ったのだ。


 そしてこの時俺が、机の前でそんなふうにして過ごしていると、ふと隣の続き部屋のほうから人声がしてきた。例の、衣服をかけたり荷物を置くことの出来るクローゼットのある部屋で、ミカエラの寝室と通じているが、何故かわざわざドアノブに鎖がぐるぐる巻きにしてあるという場所だった。


『ここには九月十三日までいてもいいんでしょう?』


 そう聞いているのはミカエラだった。


『ええ。ですが一度やはり、お医者さまに見ていただいたほうがよろしいのではないかと……』


 よく通るテノールのような声で、こちらはほぼ間違いなくミロスだろうと断定できた。もし疑い深いことを言うとすれば、なんのトリックも細工もないと仮定した場合、92%くらいの確率でミロスの声だとしか思えない。


『お医者先生になら何人も会ったわよ。それとも、クレイグ先生にでも色々相談したほうがいいってこと?でもわたし、あの先生のことあんまし好きくないの。それに、あなたもなんで今さらそんなことを言いだすのよ?』


『いえ、ミスター・フォアマンもミカエラ、あなたのことを心配しておられるのですよ。また、このままあなたのことをお帰ししてもいいものかどうかとも危惧なさっておいでなのです』


 寝室側からリビングのほうへふたりは移動したのだろうか。以降、話し声のほうがしなくなってしまった。俺はこの時、ミカエラが自分ではない別の男と話していることに激しく嫉妬を覚えた。もちろんこれまでも、ミカエラはミロスと何か事務的な話というのか、「かき氷ないの?」とか、「プールサイドにあるテーブルのパラソルが可愛くないわ」だの、会話しているところを見たことはある。けれど、ベッドのそばでふたりが話しているところを想像しただけで――いてもたってもいられなくなり、俺は急いで部屋を出ると廊下のほうを覗き込んでいた。


『しつっこいわね!!ミロス、あなたのことなんて大っ嫌い!!もう出ていってよ!!』


 俺はその声に驚くあまり、もう一度室内のほうへ頭を引っ込めた。と同時、バタン!!とドアが閉まり、ミロスが追い出される姿が見える。それでも彼はいつもの冷静沈着な顔のまま、一階のほうへ続く中央階段のほうへ、首を振り振り向かっていたものだ。


(一体、どういうことなんだ……?)


 この時、俺ははっきり覚悟を決めた。理由はともあれ、俺はやはり彼女のことが好きなのだ。それも、自分より格好いい男と親し気にしているところをちらと妄想しただけでも――こんなにも激しい嫉妬に駆られてしまうほど。だったらこの際、すべてをはっきりさせてしまいたかった。




 >>続く。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ