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第14章

「このホテルのどこかに隠し部屋があるんじゃないかですって?」


 モーガン・ケリーの部屋を訪ねてみると、そこにはすでにフランチェスカの姿があった。彼女はモーガンと向かいあうようにして座り、リキッドタイプのタバコを吸っているところだった。フレーバーまではわからない。


「確かに、ありえなくもないんじゃない?」と、マフィアのボスの情婦といった風情で、フランチェスはふーっと煙を吐いている。「ロドニーの遺体をクレイグ博士の研究室のような場所で見た時……彼の死に動転するあまり、あんまり細かいところまで覚えてないんだけど、『こんな場所があったんだ』とはわたしも思ったものね。他に、従業員たちの部屋あたりも実はあやしかったりするのかも。なんでって、彼らの居住区みたいになってるところって、宿泊客であるわたしたちにとって……なんかジロジロ見ちゃ悪いなって気がして、わざわざ訪ねていったりはしないじゃない。で、ここのホテルの勤め人たちはみんな金で雇われてるわけで、実はわたしたちが有利になるような情報があったとしても絶対口にしたりはしないんじゃない?」


 フランチェスカが何を言わんとしているのか、彼女が言外に語った言葉までも俺はよく理解していた。俺たちがこれまで出かけていった国のうち、キューバやジャマイカなどは貧しい国だった。南国特有の明るい国民性を有しているせいで、実は彼らが食物や生活物資にいかに事欠いているかを知るのは――金持ち向けのホテルに泊まり、そうした観光客向けの場所だけを見たとすればすぐには気づかないほどだったろう。失業率も高いため、こんなカリブの中でも辺境中の辺境と思われるオカドゥグ島なんぞへやって来てでも(一番近くにある島は八島ともすべて無人島)、働いて金を得、家族にそれを渡せるというのはすこぶる貴重なことだったに違いない。おそらく俺が彼らの立場でも、人殺しを見ても黙っているか、その片棒を担ぐことになったところで……「家族のため」という大義名分があるなら、いくらでも自分の雇い主のため、嘘をついたことだろう。


「そういうことだよな」俺はミカエラとソファに隣りあって座り、ロドニーの死を契機にすっかり意気投合したらしいフランチェスカとモーガンの両方を見て言った。「かといって、英語を話せる従業員にあれこれ聞くってのも悪い気がする。だって、彼らも彼女たちも金で雇われてる以上……ここをクビになったら困るってことで、『こういうことを知らないか?』だの、『実はああいうことを知ってるんじゃないか?』だの聞いても、知らないふりをするか、こちらがとうとう何かを察したらしいと仲間内で話すっていうそれだけなんじゃないかって気がする」


「そうよ。ここのホテルの関係者は絶対全員グルよ」


(そんなこと、最初からわたしにはわかってたわ)と言いたげな口調で、モーガンもまた溜息を着くようにタバコの煙を吐いている。


「じゃないと、そもそも話がおかしいじゃないの。あのミロスの奴がわたしたちに最初に分厚い契約書にサインさせたみたいに、彼らには彼らでそうした何かがあるってことなんじゃない?このホテル……ううん、オカドゥグ島で見たり聞いたりしたことを絶対他言しないという前提で働けば、前金としてこれこれ、後金としてあれあれの金を支払おうとか、何かそうしたことなんだと思うわよ。で、わたしたちが到着して脳梗塞や自殺であったにしても実際すでに死人がふたりも出たりしたもんで、ちょっとビビってるところもあるんじゃないかしら。そしてそれは、わたしたちにしても心情としちゃ似たようなものよ。確かに『百万ドル欲しさに喧嘩沙汰や、もしかしたら殺人未遂かそれに近い危険なことだって起きる可能性はある』みたいに、わたしもミロスから聞いてはいたわよ。脳梗塞?自殺?どう考えてもこうしたことが偶然とは思えないのよねえ」


 俺はロドニーの死の前日に、八時半頃から十二時過ぎ頃まで彼の部屋で飲んでいたことを先に説明しておいた。フランチェスカはロドニーの奥さんのレイチェルと弟シドニーの不倫について興味深い顔をして聞き、モーガンはやはり刑事らしい鋭さで、その時のロドニーの様子を細かく知りたがった。だが、俺に証言できるようなことはあまりに少なかったと言える。俺の見た感じとしては、ロドニーはあくまで『いつも通り』であり、特段変わったところなどあまり見受けられなかったからだ。


「あんたたち、自分たちが最初から盗聴されたり盗撮されてる可能性もあるかもしれないって、考えたことある?」


 フランチェスカはロドニーのことに思いを馳せてか、少しばかり涙ぐむと、途端に無口になっていた。モーガンは様子自体にあまり変化はなかったが、彼女もまたロドニーのことが好きだったと、説明などされなくとも俺たちにはよくわかっていることだったのだ。


「いや、可能性として百パーセントゼロってことはないって、一応頭の隅のほうにはあったけど……あんまりそのことは考えたくなかったんだ。隠しカメラがあったとしても、食堂とかホテルのエントランスあたりとか、共用になってる廊下や階段とかさ、そのくらいならいいなとは思ってた」


「えっ!?隠しカメラって、お風呂に入ったり、よだれ垂らして寝てるところまで見られてるってこと?」


 ガビーンとショックを受けているミカエラのことが可愛らしくなって、俺は彼女の髪を撫でた。途端、彼女は犬がころりと寝転がるように俺の肩にしなだれかかってくる。


「流石にトイレとかバスルームにまでは設置されてないと思うんだ。ただ、今は実際のところ……蚊やハエ、ゴキブリその他、そんなのに隠しカメラをわからない形で付けて情報収集するなんてこと、簡単に出来るからな。何分、『人間そっくりのヒューマノイドを当てろ!』ってなくらいなんだから、相手が本気になれば証拠を一切ださずにそんなことまで出来ても不思議じゃない。俺が言いたかったのはさ、ようするにこのホテルかオカドゥグ島のどこかに……まあ、秘密基地なんてっちゃあ笑っちゃうけど、とにかくある一定のスペース、俺たちを監視したりなんだりする部屋がどこかにあるんじゃないかってことなんだ。そしてそう仮定した場合――どうなる?ミスター・フォアマンは最後の招待客であるアンダーソン夫妻とトム・ジョーンズがやって来た時、挨拶するのに顔を見せた。けど、その後すぐに仕事のためにオカドゥグ島を離れたというのがミロスの言い分だが、今もまだここにいたとしたら?それか、アダム・フォアマンは最初からただの表向きの開催者にして支配人のような存在で、実は名前も姿も現していない黒幕がいたとする。そして彼がずっと俺たちの様子を監視して、事態をコントロールしているのだとしたら?」


「テディ、あんたのその考えは結構なとこいいセンいってるんじゃない?」


 モーガン・ケリーはこの時、とてもいい顔をして笑った。なんだかまるで自分の刑事の部下が、捜査に関して素晴らしい意見を述べた時のように。


「それで実際のところ、あんたたちは誰が人間そっくりのヒューマノイドだと思う?とりあえず一旦、話の都合上この場にいる四人は除くわよ?となると、残りはホランド博士とホリスター博士、あとはメアリーとヒューのアンダーソン夫妻、トム・ジョーンズの五人ってことになるけど……」


「アンダーソン夫妻とトム・ジョーンズってことはないんじゃない?」


 目尻の涙をぬぐい、一度鼻をかんでから、気持ちを切り替えるようにしてフランチェスカが言った。


「わたしの伯父があの三人と同じ介護施設にいて確認を取ってあるせいもあるけど……メアリーもヒューもトムも、介護計画みたいのがあって、施設ではそんなのに沿って行動してたみたい。何時から何時までに起きて身支度をし、その後食事、食事のあとは運動がてらレクリエーションとか……今は介護ロボットのシノブがいて、糖尿病持ちのじーさん二人に対して『それ以上は塩分の取りすぎとなります』とか、『それ以上のアルコールの摂取は心臓に障る可能性があります』だの、いちいち注意してるようだけど……『うるさいのう』とか『もちょっとええじゃんか』だのブツブツ言ってあしらわれてるあの姿が――本物の人間と思い込まされてるヒューマノイドの態度といったようには、わたしにはあまり思えないのよねえ。メアリーはメアリーで、毎日プールで歩いて足腰鍛えてるでしょ?確かに人間そっくりのヒューマノイドだというからには、あのばあさんが一日にプールで歩く程度、水に浸かってても平気だってことはあるかもしれない。だけど、基本的にアンドロイドっていうのは水と相性が悪いもんでしょ?前から不思議に思ってたんだけど、人間そっくりって、体の素材は何で出来てるってことなの?」


「俺たちが普段、コーヒーショップやハンバーガーショップで見かける店員のアンドロイドは……露骨に金属製のロボットってこともあるけど、より人間に近いタイプは皮膚をシリコンに混ぜ物をして伸びをよくした物で覆われてるんだよね。で、中身のほうはチタン他の金属、コンプレッサーやらなんやら……もしその構造を一から説明するとしたら、とてつもなく長い話になるよ。そもそも人体の構造っていうのは極めて複雑なもので、俺たちが何気なく手を動かしたり膝を曲げて屈伸運動してるように見えても――これを機械で再現するのは本当に大変なことだ。今はそれがかなりのところ滑らかかつ自然にアンドロイドも出来るようになったけど、そのためには彼らの脳にあたる部分にインターフェイスが必要になる。ちょっとした衝撃にも耐えられるように、大抵アンドロイドの頭蓋骨は強化プラスチックなんかで覆われてるものだけど、こうした複雑な接続回線の中枢を守るためのものでもある。まあ、製造元によっては腹や他の部分に人間の脳にあたるものが隠されてることもあったり……ほら、ロボットに対するヘイト運動が起きた時、頭部のみを戦車で潰すとか、ひどい行動が起きたことがあっただろう?それはさておき、ロボットの脳は当然我々のものとは構造が異なる。何故といってそれは俺たちが普段使ってるパソコンにも似たものだから。一秒間に十億回以上もの複雑な処理が可能だけど、そんなことを繰り返していても五~六年で壊れるとか、通常そうしたことは起きえないほど耐用年数のほうもどんどん延びるようになってきた。でも、人間と同じように飲み食いして、おならしたりげっぷしたり排泄までするとなると……」


「確かにね」と、モーガンは微かに笑った。「ホリスター博士とホランド博士、それにあの三人のじーさん・ばーさんの食事する姿はわたしたちの全員が見てる。おならとげっぷと排泄についてまではわからないけど、食べたものはこの場合、栄養分にならずどこへ行くっていうの?」


「可能性としてはたぶん……俺たちの胃や腸にあたる部分で、なんらかの処理がされてるんじゃないか?ほら、犬型や猫型のロボットや、今じゃ動物園の中にもアンドロイドの象やパンダやライオンなんかがいる。犬や猫なんかは専用のペットフードをもぐもぐ食べて、腹のあたりで牧草みたいな匂いのするうんこに変えられて、ケツの穴からひねり出てくるわけだ。アンドロイド・パンダは竹を食い、客がいなくなったらスイッチを切り、飼育員が腹のあたりからだしたり、それはその動物や食べるものにもよるようだ。とはいえ、人間の喉っていうのは俺たちが普段思ってる以上に複雑な構造をしてるからね……たとえば、俺たちの喉頭には気道と食道の分かれ目があって、そこには喉頭蓋っていうものがある。食道は当然胃に繋がるほうへ伸びていて、気道は肺のほうへ伸びていく。そして、そちらへ食物が入っていかないように喉頭蓋がその都度閉じるように出来てるんだ。いいかい?食物がやって来て通っていくそのたびごとに一回一回喉頭蓋は閉じ、気管に食べ物が入っていかないよう守ってるんだ。とはいえ、生まれた時からずっとそんな仕事を専門にやってるんだから、年を取ると機能が衰えてきて「おっと、間違えてうまく閉じなかったぜ、喉頭蓋」なんてことが起きてくるわけだ。で、そういう時に人は噎せたり咳き込んだりして……」


「あーっ!!わかったわ」と、ぽんと手のひらを打ち合わせてミカエラ。「あのおばあさんもおじいさんたちも、食べ物をもぐもぐやりながら、時々噎せたりしてたもの。っていうことは、三人ともやっぱり人間そっくりのヒューマノイドなんかじゃないってことなのよ」


「テディ、あんたもしかしてずっと、そういう目でわたしたちのこともあの三博士が食事する姿も観察してたってわけ?」


 フランチェスカが感心したような、呆れたような顔をしてこちらを見てくる。俺はただ、肩を竦めて返事にかえた。


「そういう意味では、ホリスター博士にしてもホランド博士にしても、ワインを飲みながら『おっと失礼』なんてちょっとゲップをしたりしてたし……結局、わからないんだよ。そもそも体内の消化構造が違うとしたら、食道も喉頭蓋も必要ないのかもしれない。でも、人間らしさを模倣するためだけに、『うっ』となったり、ゴホッと咳き込んだりすることさえあるということなのかどうか。しかもね、彼らの中のひとりが、突然『うえっ』となって胃の内容物がそのまま出てきたところで――それが半ば消化されていたら間違いなく人間だろうとか、実はアンドロイドでうまく消化されなかったから原形そのままの姿で出てきたのだろうとか、それは間違いなく絶対そうだとは判断できない気がする。これも馬鹿なたとえ話で申し訳ないんだけど、俺、昔ある喫茶店でピザトーストを注文して食べたんだよ。一緒に飲んだのがコーヒーだったかコーラだったか忘れちゃったけど、食べた時はすごく美味しかったんだ。でも、チーズで味がごまかされてたってだけで、たぶん何かが腐ってたんだな。次の日、朝のまだ四時半とかだよ。半分寝ぼけながら「う゛~ん」なんて寝返り打ったら、突然体がバウンドして、うえっていう吐き気が込み上げてきた。そしたらさ、口からトーストの半分くらいのが、ほとんど原形そのままで出てきたんだ。自分じゃちゃんと噛んで食べた記憶があるんだけど、「へ~、こういうこともあるんだ」ってびっくりしたことがある」


「それでいくとテディ、あんたが人間そっくりのヒューマノイドってことでいいんじゃないの?」


 モーガンが笑ってそう突っ込む。俺のほうではただ「勘弁してくれ」といったような顔をしてみせるだけだ。ミカエラだけが笑いもせず「その時、大丈夫だったの?」と、心配そうに小声で聞いた。


「ああ、全然ね。ほら、それまで気分悪かったけど、吐いた途端に気分がクリアーになってよくなるってことがあるだろ?何かそれに近い感じだったから」


「ようするに、体が危険な異物を排出することで健康を守ろうとしたみたいな話よね」と、フランチェスカがモーガンと一緒にひとしきり笑ったあとで言う。「でもそれでいくと……相手がもし人間そっくりに見えてもアンドロイドだっていうんなら、何か手がないかしらね。こうすれば人間はなんとも思わないけど、彼らアンドロイドには非常に危険だから、反射的に絶対それだけは受けつけない行動を取るとか、そういう決め手になるようなことが……」


「俺もずっとそう考えてるんだけどさ」と、ゴホッと反射的に咳き込んで俺は言った。わざとではない。たまたまちょっと喉がいがらっぽくなったのだ。「でもそれはほとんど間違ってたら殺人になるようなことだったりするし……本人がもし自分をアンドロイドではなく人間だと認識していて偽の記憶まで持ってるってことなら、アンドロイドとしての本能を剥きだしにして回避行動を取るとも限らないってことなんだろうし……ただ、俺はひとつだけちょっと気になってることがある」


「どういうこと?」


 ミカエラとモーガンとフランチェスカはほとんど同時にそう言ってしまって――それから互いに顔を見合わせて笑った。ロドニーが死んだ時、もう二度とこんな雰囲気にはなれないだろうと思っていたけれど、きっと彼もそんなことは望んでなかったに違いない。


「ほら、ホリスター博士のことさ。博士はクリストファー・ランド博士が死んで以降、部屋からあまり出てこなくなっただろう?ホランド博士はクレイグ博士の部屋のほうに入り浸りだし……普通、この場合ふたりともオカドゥグ島から出ていっても全然おかしくないじゃないか。でもふたりともそうしなかったし、『わたしは誰が何をどう言おうとここから出ていくぞ~っ。ウオ~ッ!!』といったような一場面があったわけでもない。となるとどうなる?ふたりのうちどちらかが人間そっくりのヒューマノイドなら、当然ここから自発的に出ていこうとはしないんじゃないか?もちろんわからないよ。偽の記憶を与えられ、自分はエアカーを開発したセンティビリオネアだと思い込んでいるのだとしたら……やっぱり『もうこれ以上こんなところにいられっか!!』となるのが普通とも考えられるし……」


「ジェイムズ・ホリスター博士なら確か」と、考え深そうにモーガンが言う。彼女はもうタバコを吸っていなかった。「一階のロビーのカウンターみたいなところで、何か電話で話してたみたいよ。ほら、今となっちゃ随分前のことに感じられるけど、ここに来た最初の頃言ってたじゃない。あんな大会社の総責任者みたいな立場の人なのに、インターネットのない環境で本当に仕事に支障がないのかどうか、わたしたちみんな不思議がったけど……本当に何か困ったことがあった場合においてのみ、会社のほうからここへ電話がかかってくることになってるとかって。わたし、『ホリスター博士だけなんかずるい』って思っただけだったけど、その後確かに会社から電話がかかってくることがあって、何かそれっぽい話をしてたみたいだったもの」


「あ、ミカエラもホリスター博士がカウンターのところに肘をついて電話でおしゃべりしてるの見たことある~っ!!」


「わたしもよ」と、フランチェスカ。「だから、『あ、この人間違いなくエアカー開発した、本当に偉大なあのホリスター博士なんだ』って確信したくらいだもの。ということはよ?人間そっくりのヒューマノイドじゃないってことになるじゃないの」


「そこだよ」と、俺は溜息を着いて続けた。「相手は、最初から監視カメラやら盗聴器やらを仕掛けていておかしくないくらいの奴なんだから……当然、そのくらいのことはするよ。それに、もし博士が自分のスマートデバイスでしゃべってたとかなら、たぶん誰も気になんか留めなかっただろう。だけど、ネット環境がない中でホテルの入口あたりで大声でしゃべってたなんていうんじゃ絶対に目立つ。だけど、電話のほうはこのホテルのものなんだ。ホテル内からかけたものを、ボーイ長であるヘンリー・ジェイスンあたりが受けて、ホリスター博士を呼ぶ――確かに、ここを俺たちは便宜上ホテルと呼んでるけど、実際にはホテルじゃないから、お互いの部屋に電話があって内線で話せたりするわけでもない。だけど、ホリスター博士が会社の誰それとしゃべってるように思い込まされてる可能性というのは決してゼロじゃない……俺の言ってることわかる?そこまで考えるのは流石に疑い深すぎてて引くとか、ありえないって思われても全然いいんだけど……」


 ミカエラは頭の上に三つくらい「???」と疑問符を浮かべたような顔をしている。だが、モーガンとフランチェスカには俺の言いたいことが十分通じたようだった。


「確かに、可能性としてありえるわね」と、モーガン。彼女は今やすっかり刑事の顔をしている。「でも、それだとどういうことになる?ホリスター博士がもし人間そっくりのヒューマノイドであったとして……このクイズの主催者に一体どんなメリットがあるっていうの?それぞれ病死や自殺だったとしても、すでにふたりもこの短期間に死者が出てる。ただの金持ちの道楽として百万ドルを賭けてゲームを開催したら何かそんなことになった……なんていうことだけは絶対ないわ。アダム・フォアマンか、彼の後ろにいる黒幕が何者かはわからないけど、その人物には明確な目的とそれに伴うメリットがあるはずなのよ。じゃなかったらここまでのこと、するはずなんて絶対ないんだから」


「それはまだはっきりとはわからない」と、俺は頭をかきながらもう一度溜息を着いた。部屋へ戻ったらシャワーを浴び、髪を洗おうと考える。「もうひとり、アーサー・ホランド博士に関してだけど、彼はたぶん……ランド博士が死亡した時、何かに気づいたんじゃないかって気がするんだ。それで、クレイグ博士の研究室に入り浸ってるんじゃないかって。もちろん、わからないけどね。ふたりとも、再生医療のことに関してとか、医師として共通点も多いみたいだし、話していて楽しいことなんかいくらでもあるって感じだったから。でも、ホランド博士に関してだってやっぱりおかしいと思うわけだ。だって、四番目の若い奥さんと結婚して、彼女との間にまだ小さい子供もいる。さらにはその前に三回結婚してて、そちらの間にも計……何人だっけ?七人くらい息子や娘がいるわけだ。当然、スマートフォンに電話もくれば、今ごろ博士のパソコンのメールボックスやらなんやらは大変なことになってるはずだろう。その間、バカンスで長く留守にします、そこはネット環境整ってません、あしからず……なんて理由で、仕事先含めみんな納得してるものなのかどうか。これはあくまで俺の勘だから、確信まではないけど、ホランド博士は何かに気づいた結果、人間そっくりのヒューマノイドが誰か気づいた可能性があるんじゃないだろうか?百万ドルなんて、ホランド博士にはどの程度の価値のものなのかはわからない。だけどもし、『ヒューマノイドは間違いなくあいつだ!』と博士が確信している人物がいるなら――この奇妙なクイズ大会が終わるまで、博士はこのオカドゥグ島から出ていくことはない……何かそんな気がするんだ」


「じゃあテディ、あんたとしちゃ、ジェームズ・ホリスター博士がおそらくは人間そっくりのヒューマノイドっぽいって、最後にファイナルアンサーとして答えるつもりでいるってことなわけ?」


「それはまだわからない」と、俺はモーガンに向かってどこか中途半端な微笑みを浮かべた。「どっちつかずの中途半端なことばっか言って申し訳ないんだけどさ、メアリーとヒューのアンダーソン夫妻とトム・ジョーンズのじいさんがやって来た時……俺は直感的にこの三人のうち誰かだという気がした。根拠なんて何もなかったけど、こんな百歳越えてるじーさん・ばーさんのうち、誰かひとりを殺してヒューマノイドと入れ替えるなんてこと、割と簡単に出来るんじゃないかって気がした。しかも、あとから聞いた話じゃアダム・フォアマンが経営してる高級介護施設にいるってことだったから、その疑惑はいやが上にも高まった。それで、三人が食事するところとか、その他日常の風景をそれとなく観察してたわけだけど……これはホリスター博士やホランド博士にも言えることだけど、何か辛いものや酸っぱいものを食べた時に軽くえずいていたところで、それがヒューマノイドじゃないという証拠とまでは言えないと思うんだ。さっきとは逆のことを言うようで悪いんだけど……だって、食物による栄養分なんて必要ないのに、人間らしく見せかけるためだけに食べたり飲んだりするってことなら、食欲といったものについてまでうまくプログラミングされてるのだとしても――無理に食べようとしたら疑似的な食道を通っていったり、消化が進んだ時にちょっと空気が戻ってきて「おえっ」となるみたいな可能性だって……ないとは限らないと思うからなんだ」


「なるほどね」


 今度は、モーガンとフランチェスカのふたりが、声を揃えてそう言った。お互い、何故か腕を組むというまったく同じポーズをしていたと気づき、ほぼ同時にふたりとも腕をといている。


「なんにしても、明日からは九月で、『人間そっくりのヒューマノイド当てクイズ』の期限まで約二週間ってとこなわけじゃない?」と、モーガン。「わたしはこれからもこの四人で結託して、ランド博士は本当に脳梗塞を起こして死んだのか、ロドニーは本当に自殺だったのか、誰が本物のヒューマノイドかが事件の鍵だから一緒に探っていくのはどうか――なんて提案するつもりまではないのよ。とりあえず、わたしは百万ドルに興味はないとまで言うつもりはないけど、それより上に来るのがね、真実をすべて知ってから出来ればこのオカドゥグ島から安全に出ていきたいっていうそれだけなのよ」


「安全にって……」と、フランチェスカ。「モーガン、あんたのその言い草から察するに、なんだかまるでわたしたちをこの島に呼んだ招待主にはわたしたち全員を無事に出ていかせるつもりはない――みたいに内心推理してるってこと?」


「フランチェスカ、あんたが自分で前に言ってたんじゃないの。アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』みたいに、ひとりずつ、そして結局は最後全員いなくなるみたいなことだったらどうするって……とにかくね、これもロドニーの死後、あんたと腹を割って話した時に言ったことだけど、わたしのことを殺人捜査の件で助けてくれた人物は――少なくとも至極公平な立場から正義を行うことについて知ってる人だった。それで、これもわたしの良くない思考の癖だけど、わたしは捜査の間中『一番最悪な事態』から逆算して物事を推定する癖がついてる。友人にこんなこと言ったらたぶん、『だからあんたは幸せになれないのよ』なんて笑われるでしょうけど……とにかくね、クリストファー・ランド博士にもし、まだ姿を現してない影の招待主にとって『これだけは許せない』という罪が存在したのだとしたら?脳梗塞を起こさせる薬なんて聞いたことはないけど、ここへやって来た時から博士の食事にだけ、脳の血管がいずれ詰まるような薬剤が少しずつ混ぜられていたのだとしたら?もちろん、ロドニーについてはわからないわ。確かに、浮気で奥さんのことを泣かせたことがあったのだとしても――弟とその奥さんが今度は不倫関係にあるだなんて、そのこと自体が罰みたいなものじゃないの。でも、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』パターンでいくとしたら……わたしたちにそれぞれひとつくらいずつ、『これは絶対許せない』という罪があって、順番に殺されていくってこと?」


「流石にそれはないよ」と、俺は無理に笑った。何故かというと、ミカエラが怯えて腕にぎゅっとしがみついてきたからであり、フランチェスカは最初の頃に言っていたように『心当たりがある』のかどうか、すっかり顔を青褪めさせていたからだ。「第一、オカドゥグ島の滞在期間はあと約二週間だ。となるとどうなる?そんな殺人鬼がいた場合、かなりのハイペースで毎日のように俺たちを順に殺していかざるをえないことになるだろ?つまり、どう論理的に考えても『そして誰ひとりとしていなくなった』ということだけはありえないということさ。またそれは、もし招待客の中にヒューマノイドがひとりだけいるのだとしたら……その人物だけは絶対必ず生き残るってことでもあるんじゃないか?俺はノンフィクションライターだけど、もし三流か四流のミステリー作家だったとしたら、そんな結末を用意した可能性もなくはない。けど、これはあくまで現実の出来事だ」


 このあと、一時的に沈黙が落ち、フランチェスカが「そろそろわたし、一度自分の部屋に戻るわ」と言って、モーガンの部屋から出ていった。俺は自分より先に彼女に出ていって欲しかったので、この時心からほっとした。フランチェスカのことは好きだけれど、俺はモーガン相手にふたりで話したいことがあったのだ。




 >>続く。






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