表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/34

第11章

 死体の第一発見者はボーイ長のヘンリー・ジェイスンとハウスキーパーのロージー・メイスンだった。そしてふたりは血相を変えて戻ってくると、このことをミロスに伝え……ミロスは医師のクレイグ・ウェリントンとアーサー・ホランドのふたりを呼んできた。それから五人で再び黒い岩場のほうへ向かい、クリストファー・ランドが完全に事切れており、蘇生の望みは一切ないことを確認したのだった。


 ランド博士はうつ伏せに倒れており、その周囲ではバカな機械が――というのは、ジェイムズ・ホランド博士の言葉である――博士の死体のまわりを繰り返しぐるぐる回ってばかりいたようなのだ。「もしこの機械が犬か何かだったら」と、クレイグ先生は言った。「もっと速くにホテルまでこの異変を知らせにやって来たんだろうにな」


 言うまでもなく、ジェイムズ・ホリスターもアーサー・ホランドも、かたや大金持ちの企業家、かたやノーベル生理医学賞の受賞者であると同時、まともな常識人であったから「すぐにも警察へ知らせるべきだ」といったように主張した。ところがミロスが「それには及びません」などと、いつもの涼しげな顔で言ったわけだった。「偶然、ここには非常に優秀な刑事さんがいらっしゃいます。彼女ならばランド博士が事故死だったのかどうか、正しく裁定してくださるに違いありません」


 もちろん、ミロスの意見は誰が聞いてもおかしなものだった。また、その『優秀な刑事』というのがモーガン・ケリーだったわけであり……大広間に全員が集められ、そのように説明がされても、当然誰も納得などしなかった。きのう初めて姿を現したアダム・フォアマンにしても、再び仕事の用で朝一番にプライヴェート・ジェットによりアメリカのほうへ戻ったというのだから猶更だ。


 正直、俺の脳裏には次のような図式が思い浮かんでならなかった。ランド博士が高い岩場で足を滑らせるなどして転び、転落した――頭の打ちどころが悪く、その後死亡した。首から下に大きな外傷はなく、頭のこめかみ付近に怪我から滲んだ血が付着していたとのことである。クレイグ医師は法医学研究所で検視官をしていたことがあり、地下にある専用のラボのほうで検視する間、マイアミ警察の殺人課刑事であるモーガン・ケリーに同席してくれるよう頼んだということだった。


 モーガンは自分の警部としての身分証のコピーを提示してもいたが、アーサー・ホランドもジェイムズ・ホリスターも懐疑的な態度を崩さなかった。「そんなもの、いくらでも偽造できる」と言うのである。


 俺やロドニーなどは、モーガン・ケリーの職業が刑事と聞いた瞬間に「あ~あ。なーる……」といった感じで妙に納得していたが、彼女は三博士に対しては俺から渡った録画及び録音物にて十分満足していたため、自分からは彼らと一切接触しようとしなかった。クレイグ先生について言えば、アーサー・ホランドがやって来てからは医学談義に花を咲かせることもあったが、彼は全体として「感じのいい謎めいた人物」だった。ただ、ホテルの従業員たちが彼に対し非常に尊敬した態度であったため、「お医者さんなのだから、きっといい人なのだろう」くらいに俺たちは受け止めていたような気がする。


 だが、よく考えてみるとクレイグ・ウェリントンはアダム・フォアマンから金で雇われている医師なのであり、検視官をしていたことが過去にあったにせよ、遺族に許可もなく遺体解剖なぞしていいはずもない。もしこれでクリストファー・ランドがノーベル賞受賞者でもなく、アンドロイド工学の方面における超のつく有名人でもないとしたら……五百歩譲って小さな会社の会社員か何かだったとしたら、あるいはアダム・フォアマンほどの大金持ちには自分が所有する島でそのような事件が起きたこと自体揉み消せてしまえるのかもしれなかった。だがこの場合、『ノーベル賞受賞者、謎の死』だのなんだの、マスコミが黙っているはずがないのだし、その時同じホテルに滞在していたということで、俺にしてもロドニーにしてもフランチェスカにしても身辺がどれほど騒がしくなるか――ちょっと想像しただけで、俺はうんざりしてくるほどだった。


(第一、アダム・フォアマンが姿を現した日にランド博士は死亡し、死体が発見された時にはミスター・フォアマンは姿を消したあとだなんて……なんだかまるで、このことを目的としてフォアマンはわざわざ俺たち全員を呼び集め、目的を達成したので姿を消したみたいじゃないか。誰が『ヒトそっくりのヒューマノイド』なのか知らんが、こののちもしわかりやすい形で全員に当てられたとしたら……その場合、その百万ドルは口止め料ということにでもなるんじゃないのか?)


 そんなことは俺としては断固お断りだった。それこそジャーナリストの風上にも置けぬ出来事だとしか言いようがない。ホリスターとホランドはミロスのことを質問責めにし、さらには自分たちの社会的身分のことを楯に脅しもしたのだが、彼は苦情受付係のアンドロイドのように辛抱強くふたりの言い分を聞いてのち、こう言い放ったのだった。


「オカドゥグ島及び、当施設の方針を変えるということは出来ません。ここは地図上に存在しないも同然の、政府の軍事秘密基地と同じく機密というものが最重要視されている場所なのです。ゆえに、外部からの警察やマスコミなど、こちらが望まない形での接触はタブーとされています。また、アダム・フォアマン氏は長くアメリカのCIAと懇意にしておられ、そのような理由で十分通ります。となるとどうなりますか?クリストファー・ランド博士はここオカドゥグ島にいなかったし、来たことも一度もなかったということです。彼が不幸にも亡くなられた場所は近辺のどこか別の島の岩場ということによって処理されるでしょう。事実の変更点としてはそのことのみです。無論、ランド博士の遺体の発見されるのがもっと速く、蘇生の望みが僅か一パーセントでもあったとしたら……我々はここからもっとも近い場所にある医療施設へ博士のことをすぐにも移送したことでしょう。ですが、ホランド博士、あなたも確認したとおり、ランド博士は死亡して約二十四時間が経過しており――彼が死んだ事実自体はすでに動かすことが出来ません。死因については高所から転落した際における重度の頭蓋内損傷である可能性が高いとのことですが、そのことを確かめるためにも検視の必要があると、そう主張したのはアーサー・ホランド、あなた自身ではありませんか」


「だが、せめても家族と連絡して許可を取るくらいのことは……」


 ホランド博士はこの時、すでに一度はあれほど強く『正しい』と感じた主張について訴えるつもりはないようだった。見てみるとそれはジェイムズ・ホリスターも同様であるようだった。もっとも、ホリスター博士の場合はアーサー・ホランドとは別の理由によって少しの間黙り込んだらしかった。


「検視の結果、と言ったね」と、ホリスターはどこか別の場所を眺めるような目つきで口にした。「確かに、ここにはクリストファーのことを恨んでいるような人物などいないだろうし、彼を殺害して得をする人間もいないことから……彼はおそらく足を滑らせるか何かして岩場から転落したんだろう。なんだったら、あのバカな機械がクリスの足許をうろつきまわり、岩場の高いところにいた時、ズガッと足首にでもぶつかってすっ転んだとか、ありえなくもない気がする。だが、もし万一――ランド博士のことを背中から押した人物がいたとした場合、事故か他殺かの見分けなど、検視したところで本当にわかるものなのかね」


「検視の目的は」と、クレイグ先生が言った。「ランド博士に持病はなかったと聞いていますが、たとえば心臓発作や脳梗塞が突然起きて岩場から転落した可能性――どちらかというと、そうした他の原因について確かめるためのものです。もしそのことがわかれば、我々としても博士の死は避けられないものだったとして……こんな言い方はどうかと思いますが、罪悪感を減らせるのではありませんか?今、この場にいる人々は次のように考えている。せめても自分がきのう博士と一緒に岩場まで出かけていれば、ランド博士は転落死などせずに済んだのではないかと。検視などと言っても、あくまで型通りのものです。昔と違って傷なども遺体のほうには残らない……のではなく、遺族に返す時には綺麗な状態にして戻す技術がありますからね。とはいえ、私はミスター・フォアマンに雇われている立場ですし、そちらのモーガン・ケリー警部とはここで会ったのが初めてでほとんど会話したことさえない――というのが事実でも、あなた方には何やら疑わしく感じられたとしても無理はない。ゆえに、医師であるアーサー・ホランド博士にも検視には同席していただき、検視結果についてはここにいる誰もが閲覧できる状態にする……ということでいかがですか?」


「検視のためには色々と特殊な医療器具が必要になるし、そもそも何故そんなものが最初からあったりするんだ!?」


 ホランド博士は縮れ気味で少し長めの黒髪をぐしゃりと両手でかき上げて言った。(まったくその通りだ)と思ったのは俺だけではないだろう。そもそも『たまたまマイアミ警察の刑事がいた』だの、『検視官経験のある医師がいる』だの、最初から何かが仕組まれていたのではないかという匂いがぷんぷんすること……普通に考えたとすればクリストファー・ランド博士の死は不幸な事故死の可能性が高いのに、用意周到にすべてが整っている傾向があるゆえに、我々はホリスター博士同様『他殺の可能性もあるのだろうか?』と疑いはじめていたようなところがある。


 遺体を検視するための医療器具などが揃っていたのは、その後理由のほうが判明した。クレイグ・ウェリントン医師が私室としている場所の地下には、急を要する手術の場合などに備え、手術室や特殊な医療カプセルなどが存在していたのである。クレイグ先生は長く再生医療の研究をしてきており、アダム・フォアマンはその後援者として出資してくれているという、そのような関係性らしい。


 その後、検視の結果、クリストファー・ランド博士が脳梗塞によって倒れたことが、博士が高い岩場から転落した理由だったろうことが判明した。とはいえ、『ああ、そうだったのか』と一同がほっと胸を撫で下ろしたかと言えば決してそうではない。俺などはむしろ、クレイグ医師が「心臓発作や脳梗塞を起こしていたとしたら、あなた方も罪悪感を減らせるのではありませんか?」と言った言葉を覚えていただけに……何故なのだろう。理屈としてはまるで合わないのだが、クレイグ・ウェリントンが実は最初からそのことを知っていたのではないかという印象すら受けた。俺はアーサー・ホランドやモーガン・ケリーにも、「ランド博士の検視結果についてどう思うか?」と聞いた。ホランド博士は「クレイグ先生は医師としても優秀で、あやしむべきところは何もない」と証言し、モーガン・ケリーは「被害者の遺体を解剖するところは何度も見てきたけど」、「あのお医者先生は腕がいいように見えて、なーんかうさんくさいっていうか、あやしいのよね~」と首を傾げていたものである。


「それは、刑事の勘ってこと?」


「ようするに、よく考えたら何もかも最初から全部変じゃない」と、モーガンは自分の部屋を唯一訪ねてくる客である俺に、アイスティーと菓子を振るまいながら言った。「それに、わたしが刑事としてランド博士の死亡後第一に何をしたかわかる?」


「さあ……」


 俺はそろそろ南国に特有の甘ったるい飲料を飲み飽きていたので、彼女が持参してきたというお茶が有難かった。バタフライピーティー(蝶豆茶)という、青から紫に色が変化するお茶だった。


「博士の部屋を掃除したりせずにそのまま保存するってことよ。でも、携帯や他のデバイスなんかもここじゃ使えないわけだし、ランド博士の鞄の中からでさえもそうしたものが出て来なかったのは不思議じゃないかもしれない。だけどおかしいじゃない?三人はアトランタ空港で待ち合わせて、それからこちらまでやって来たそうよ。ということは、その前までの間、スマートフォンその他のデバイスを持っていないはずがない……ええ、わかってるわよ。今は時計タイプのものや眼鏡タイプのものや、あの虹色眼球野郎のようにコンタクトタイプのものを使ってる人もたくさんいる。でも、ホリスター博士やホランド博士にそのことを聞いたら、『前に会った時にはクリスはそういう眼鏡を確かにしていたね』っていうことだったけど、ホランド博士は『娘さんがプレゼントしてくれたデバイスウォッチを持ってたのは知ってる。けど、肌身離さずつけてたかどうかまではなあ』ってことなのよ」


「…………………」


 俺はこの時、物凄く嫌な予感がした。というのも、俺は覚えていた。博士は確かに散歩中、時計をしていたのだ。それで時々、ホテルから何歩歩いてきたかとチェックしたり、その他インターネットと接続しなくても使える機能については利用していたのではないかと思われる。


「その時計、もしかして博士の遺体にはなかったんじゃないですか?」


「ええ、そうよ」と、モーガン・ケリーは煙草を吸いながら言った。有害物なしの白い煙が、彼女の唇から水蒸気のように吐き出される。「今警察じゃどこも、殺人が起きたあとに真っ先に押収するのがデジタル・エビデンスってやつなのよ。こんなこと、あんたも犯罪関係のドキュメンタリーや何かで知ってるでしょうけどね……その人物が日常使いしてる時計タイプのものでも眼鏡タイプのものでもなんでもいいけど、とにかくそうしたデバイスが見つかったとするわよね。それで大体その人物が殺害された前後でどういった行動を取っていたのかがわかる。都市部なんかじゃ特にそうよ。だから、犯人もそういった証拠を消すべく動く。殺害計画を立てるとしたら、殺したあと、必ず被害者のデジタル・デバイスなんかも部屋から盗んでデータが復元できないまでに徹底的にぶっ壊すっていうのが一番確実ね。もちろん、そこまでしてもデジタルなエビデンス(証拠)すべてを消せるわけじゃない。各通信キャリアやプロバイダーに請求すれば、相手に送ったメールやチャットの文章に至るまで、送信後に消したとしても、その内容についても何時何分何秒に消したという事実についてまでも証拠を取ることが出来る……わたしもそうした捜査手法に慣れきっていたし、正直、ブラックライト(ALS)で博士の部屋を照らして見たところであんまり意味なんかないのよね」


 そう言って、モーガン・ケリーはテーブルの上にあったリモコンを操作した。途端、バルコニーに続く窓がぴたりと閉まり、ブラインドがゆっくり落ちてきたり、カーテンが左右から動いてきっちり閉まった。彼女が無言でゴーグルを手渡してきたため、俺はただ黙ってそれを装着し――その後室内の照明が落とされると、暗闇の中には色々なものがブラックライトの光にぼんやり浮かび上がってきた。


「……思ったより、随分きったねえもんだな」


「その通りよ」と、モーガン・ケリーはすぐに室内を明るくしながら言った。「ここ、従業員の誰かしらがやって来て掃除してるし、そういう意味じゃ綺麗なはずなのよ。特にシャンプードレッサーやバスルーム、トイレのあたりなんかは感動するくらいいつもピカピカね。でもそういうことじゃなくって、今暗闇に青っぽく浮かび上がった光っていうのは――サリーやロージーといったハウスキーパーや、今までここへ来たことのある人間の指紋なんかが蓄積されてるってことなの。わたし、あの子たちがテーブルのあたりなんかを拭いたりなんだりしてるところを見たことがあるけど……ま、それでも専用の薬剤を使ってブラックライトで照らせば、掃除した時のあの子の指紋は残ってるといった具合ね」


「モーガン、あんたもしかして結構な潔癖症だったりするのか?仕事でもねえのに、わざわざそんなものまで持ち歩いてるってことは……」


「べつに、職業病ってわけじゃないわよ」と言って、モーガン・ケリーは肩を竦めて笑った。「この場合わたしが言いたかったのはね、ブラックライトでクリストファー・ランド博士の宿泊してた部屋を照らしたところであまり意味はないだろうってことなの。掃除係の従業員が出入りしたり、ここへわたしたちがやって来て以降、ミロスやアダム・フォアマンがランド博士の七階の部屋へ入ってなかったとしても――それ以前に入室したことがあるなら、指紋なんていくら残っててもおかしくない。ホリスター博士やホランド博士は互いの部屋を行き来するような関係性だったようだから、このふたりのDNAがどこから出てきたところでおかしくない……たとえばね、わたしのこの部屋には招待客の中でやって来たことあるのはあんたくらいなわけじゃない。にも関わらず、一度も来たはずのないフランチェスカ・レイルヴィアンキやミカエラの指紋なんかがあったら――その場合はおかしい、なんかあるってことでしょ」


「頭のいいあんたに説明するまでもないけどさ、みんなの指紋を採取出来たところで、指紋を照合するための機械がないんだから、今のこの状態じゃどうにも出来ないよ」


 それでも俺は、モーガン・ケリーがそうした動かぬ証拠を得るべく常に何かを考えているのだろうことがわかった。ランド博士の死亡後、招待客たちは「きゃっほー!!」などと叫びプールへ飛び込んたり、バーのカウンターでだらしなく何時間もカクテルを飲んたり、娯楽室で賭けマージャンに明け暮れることもなくなったが――大体のところ、それぞれの部屋に引っ込んで静かに過ごしていた――唯一、ヒュー・アンダーソンとメアリー・アンダーソン、それにトム・ジョーンズはあまりクリストファー・ランドの死に心を留めていないようだった。『そのうち我々も同じように死んで彼の仲間になるさ』と思ってのことなのか、『転落死かと思ったら脳梗塞だって?そりゃわしらがもっとも恐れとる死因のひとつじゃぞ。ああ、いやだいやだ。そんな嫌な事実は記憶からさっさと抹消せにゃ……』という意識が強く働いてのことなのか、そのあたりはよくわからない。


 俺がある時――ランド博士が死亡して一週間後――図書室の窓から下を覗き、プールのほうを見てみると、ヒューとトムとメアリーはビーチチェアへ横になり、トロピカルジュースを飲んでいるところだった。トムとヒューは若い頃から体を鍛えてきた名残りなのか、年老いてなお立派な胸筋や上腕二頭筋を有しており、まるで若い娘たちに自分のそうした肉体を見せびらかしたいようだった。無論、この場にいるのは掃除係の女性くらいなものだったが、もし介護ロボットのシノブが人間だったとしたら……(このふたりの老人はいい歳をして自分の肉体美を彼女に見せつけたいのだろうか)と俺は勘繰ったかもしれない。


 それほど深い意味もなく、俺がその後も図書室の本を読む振りをしてプールサイドを見下ろしていると、メアリー・アンダーソンが水着姿でプールへ入っていき、泳ぐのではなく、何かのリハビリでもするように前へ前へと歩いていった。歳を取ると足腰が弱るため、そうした練習としての日課だろうかと俺は思った。プールの階段付近ではシノブがTシャツにショートパンツといった姿で、バスタオルを手にしてご主人さまが水から上がってくるのを待っている。


 ヒューとトムは小声で何か話しているようだったが、メアリーに対してはまったくといっていいほど無頓着だった。これはその後、俺がこの三人を何気なく観察していて気づいたことなのだが――彼らはホテルの従業員のことは召使いのように扱っていたにも関わらず、介護ロボットのシノブのことは『普通の若い娘』と見なしていたようなのである。つまり、メアリー・アンダーソンは言うまでもなくヒュー・アンダーソンの妻であり、ふたりがいつ頃結婚したのかははっきりわからなかったにせよ、おそらくは若い頃からの連れ合いであり、子供が何人いるのか、それともひとりもいないのかはわからないにしても……老いてなお大切にすべき女性であることに変わりはないことだろう。


 だが、ヒュー・アンダーソンは明らかに東洋人の二十代半ばの若い娘という見かけの介護ロボット、シノブのことのほうを気にかけていた。また、これはトム・ジョーンズも同様であり、ふたりは互いにこの介護ロボットの気を惹こうとしてみたり、ちょっとした恋の鞘当てを演じるような、そんなことさえしてみせることがよくあったほどである。


 とはいえ、こうした奇妙な人間関係に俺の気づいたのが、クリストファー・ランド博士の転落死後の約十日か二週間ほどの間、この老人たちを観察していてのことで、彼らはそもそも最初から非社交的で閉じた人間関係を生きており、俺たちやホリスター博士やホランド博士には心を開いて話しかけるつもりは最初からないようだった。


 そんな中、ミカエラがメアリー・アンダーソンが水の中を泳ぐのではなくゆっくり歩行するのを繰り返すのを見――彼女はこの老女の隣で同じことをやりはじめたわけである。「これ、なんか意味あるの?」という無邪気な疑問をミカエラが発する声を聞いた時、正直俺は(おいおい……)と思い、図書室の椅子から腰を上げると、プールのほうをバルコニーからはっきり見下ろしていた。


 すると、「おっほほほほほ!!」というメアリーの軽やかな笑い声が聞こえて来、俺は驚いた。「あらまあ、お嬢さん。こんなババアにつきあって水中を歩いたりするより、若い人は平泳ぎでもクロールでも、なんでも泳ぐことができるはずですよ。わたしも今日はもう結構運動しましたからね、そろそろ上がりましょうか。老人がお若い人たちの邪魔をしたりしちゃ悪いですものね」


「そんなことないわ。ここのプールはみんなの……ううん。正確にはアダム・フォアマンさんだっけ?あの大金持ちらしい人のものだもの。招待を受けた人はいつでも使っていいのよ。おばあさんが遠慮する必要なんかないわ」


 とはいえ、やはりそろそろ疲れたのだろうか。ババア……じゃない。メアリー・アンダーソンはプールから上がることにしたようだった。ミカエラはメアリーの隣をなおも一緒に歩いていき、何やかやと話しかけている。


「わたしもね、泳ぎのほうは最近覚えたの。ほら、ブロンドの髪がちょっと長めな人……テディっていうんだけど、彼に教えてもらったのよ。おばあさんももし泳げないんだったら、テディが親切に教えてくれるわ。ほら、彼って人に泳ぎを教えるのがとても上手だから」


「ほっほほほほ!!もしそうだったとしても、あなたのように若くて綺麗な女性であればともかく、わたしのような肌のぶったるんだババアになんぞ、ああしたお若い男性は近づくのもお嫌でしょうからね。遠慮しときますよ」


「そんなことないわ。テディはわたしが若いとかおばあさんが年取ってるとか、そんな理由で泳ぎを教えたり教えなかったりするような人じゃないもの。むしろわたしにも本当は大して水泳なんて教えたくなかったみたい。でも何度もしつこく頼んだらようやく教えてくれたの!!」


(やれやれ。余計なことを……)と、俺は心からそう思った。しかもこの時、ミカエラは図書室のバルコニーにいる俺の存在に気づくと、こちらに大きく手を振ってみせたのだ。メアリーだけでなく、ヒューとトムの視線もこちらへ向けられ、俺は(参ったな)と思った。


 とはいえ、水着を着て下へおりていってみると、メアリーは夫のヒューの寝そべるビーチチェアの隣で横になっており、俺の水泳の講義のことなぞどうでもいいようだった。だが、メアリーの隣の椅子にミカエラは座り、その後も何か世間話していたらしい。


「あら、テディ!メアリーさんは健康のために水の中を歩いていたのであって……若い頃は自由形の水泳選手だったこともあるから、教える必要はご無用ということなのよ。ええっと、こういうのをなんて言うんだっけ……」


「釈迦に説法とか、ようするにそういうことだろ」


 俺は呆れつつ、ミカエラの隣に座った。俺はランド博士が事故死でなかったのではないか……という疑いを捨てていなかったが、この暗い話題にしがみついてばかりいるよりも、そろそろ明るい気分に切り替えたほうがいいかもしれなかった。


「あるいは河童に水練、猿に木登りを教えるといったところかの」


 ヒュー老人がそんなふうに言った。トムのほうは介護ロボットのシノブのほうをじっと見つめてばかりいる。すると彼女のほうでも第三ユーザー登録者の視線に気づき、「何かご用でしょうか?」というように首を少し傾げる。「マッサージしてくれ」とトムが頼むと、シノブは「かしこまりました」と答え、彼の背中のあたりから順に揉みほぐしはじめた。彼女の手つきはまさしくプロのマッサージ師のそれだった。


「みなさんは、招待主であるアダム・フォアマンさんと親しいんですか?」


 俺はこう聞いても不自然なことは何もあるまいと思い、聞きたいことをそうズバリ聞いた。ヒューはサングラスをかけていたせいもあって表情のほうがいまいちよくわからなかったが、メアリーも彼も何か不都合だといった様子は何もないように見える。


「そういや、彼は挨拶した時に、わしらがいるマイアミの老人福祉施設の経営者だとは言っとらんかったの」


「そうなの。わたしもヒューもトムも……彼の昨年亡くなった奥さんのジュリアも、そちらでご厄介になっているものでね。以前から個人的に知りあいだったこともあって、こうして別荘地にまでご親切にもお招きくださったというわけ」


「ああ、なるほど」と、アンダーソン夫妻の話に俺は頷いた。「じゃあ今回のご旅行はちょっとした気分転換といったところなんですか?」


「百万ドルなぞ、当たるわけないじゃろ」


 そう言ったのは、太腿からふくらはぎ、足首や足指に至るまでくまなくマッサージを受けるトム・ジョーンズ氏であった。


「それに、わしらは三人とも棺桶に片足を突っ込んどるようなもんじゃからな。金なんぞあっても仕方ない。もし欲しいとすれば……テディさんと言ったかね?あなたが持っておるような溌剌とした若さですよ。むしろそうしたことのためになら、金なぞいくら積んでも惜しくはないといったところですな」


「ほほほ」と、ここでメアリーがまた軽やかに笑った。笑い声だけはまだ、若い娘のようだった。「トム、あなたときたらジュリアが死んで一年にもならないというのに、自分が今より五十も若ければシノブくらいの娘とでも再婚できたのになんて言うんですものねえ。ジュリアが墓で泣いてますよ」


「結婚して七十年も一緒にいりゃ、もう十分じゃろ」と、トム。「ジュリアだってそう思っとったんじゃないかね。わしらは全員、おそらくはキリスト教式に葬られることにはなるが、もし来世なんてものがあったら……ジュリアもわしでなく、もっと別の男と結婚したいといったようなことを言っとったからな。冗談とはいえ、『わしだってそう思っとるわい』とは言えない雰囲気だったから、流石にわしも黙っとったぞ」


 ここで、老人三人が快活にそれぞれ「おほほ」、「ぎゃはは」、「わっはっはっ」と遠慮なく笑いだしたので、一拍遅れてミカエラも俺も笑った。介護ロボットのシノブだけがぴくりとも笑わず、ただ自分の職務に忠実にマッサージを続けている。


「もしあんたらお若い人の中で」と、ヒューが上体を起こして言った。水着姿のフランチェスカとロドニーがやって来たので、場所を譲ろうと思ったらしかった。プールサイドにはビーチチェアが十も二十も並んでいたから、彼らが邪魔ということはない。だが、若い人は若い人同士、とでも思ったのだろう。「体に悪いところがあって、東洋の灸や針といった施術を受けたい人がおったら、シノブのことを貸してやってもええぞ。変なイタズラさえしないと約束してくださったらな」


「それはどうも……」


(変なイタズラ?)と思い、俺はそれ以上は何も聞かず、三人の老人たちの後ろ姿を見守った。ヒューとトムは年老いても頑健そのものといった様子で矍鑠と歩いてゆき、メアリーは彼らの後ろを少し遅れがちにゆっくり歩いていった。そして、彼女の隣にはいつでも支えられるようにと考えてか、シノブが寄り添うように並んでいたのだった。


 確かに、介護ロボットのシノブの見た目は東洋系の若い娘のそれではある。しかも、かなり近くまでいってその意図を持って確かめようとするか、かなり長い間話しこんでようやく『ああ、彼女ロボットなんだな』とわかるタイプの、高性能タイプのアンドロイドでもあった。だが、三人の気難しそうな老人の相手をさせられている彼女に対し、『変なイタズラ』をしようと考える人間などいるものだろうか?無論、ロボット嫌いな人間はいるし、アンドロイドがやがて人類を滅ぼすとして警鐘を鳴らし続けている人も数多い。とはいえ……。


(もしかして、シノブには性的な相手も出来る機能も備わってるってことなんだろうか?)


 この時、俺は直感的にそう感じはしたが(変なイタズラと聞いて思い浮かぶのがそれだけだったため)、それほど深く考えずにすぐ忘れてしまった。俺はインドやスリランカを旅行した時にアーユルヴェーダを受けて感銘を受けたことはあるが、東洋の鍼灸術については若干懐疑的だった。受けたことのある友人の話では、何十本となく針を打たれても「痛くない」ということだったが、見た目上そのこと自体到底信じられなかったのだ。


 こののち、ミカエラとフランチェスカはメアリーやヒューやトムとそれとなく親しくなっていき、彼ら老人たちの人間関係のバランスがどのように保たれているのかを理解するようになったようである。というのも、フランチェスカの心臓が悪いという金持ち伯父さんが、偶然にも三人と同じ高級介護施設でお世話になっており、若い頃は俳優をしていたこともあるというデニス・レイルヴィアンキとは割と親しい仲だということがわかったからなのだ。


 言うまでもなく、ミカエラは無邪気な好奇心か「老人には親切に」という優しさからこのジジ・ババと仲良くしていたらしいのだが、フランチェスカには他に明確な目的があった。というのもその後、『あのじーさんたちも金には大してキョーミなんかねえんだってさ』と、四人で集まった時に話したのだが、フランチェスカは納得していなかった。『うまく言えないけど、あの三人は絶対なんかあるわよ。携帯ですぐにでも伯父さんと連絡取れないとはいえ、もし伯父さんに話を聞けたところで、おそらくそう大した事実は出てこないでしょうね。三人とも伯父さんがゲイで、若い美青年が好きだから、そういう介護ロボットに相手をしてもらってるってことも知ってるわ。わたしもそのことを決まり悪いとは思わないにしても……なーんかこう、三人とも「フツーのリッチな老人」ってだけとはとても思えない感じがするのよねえ』


 フランチェスカは最初、そうしたある種の女の勘によって動くことにしたようだった。俺もあの三人に探りを入れたい気持ちはあったが、何分ジェネレーションギャップということもあってか、長く話そうとしても会話がうまく続いてゆかないのだった。ロドニーは『あの老人どもとは気が合わん』と言って存在自体を避けていたし、俺はフランチェスカとミカエラのもたらしてくれる情報に期待することにした。もっともミカエラは天然なので、俺はそんなふうに彼女に頼んだことはなかったにせよ、いまやこのホテル内においてミカエラの存在は誰にとっても貴重で重要なものになりつつあったと言っていいだろう(唯一ミカエラ本人だけがそのことに気づいてないというのがなんだが)。


 いくら、「伯父のデニスが同じ介護施設に入所してるんです」……という共通項があったにせよ、それだけではフランチェスカにしてもあのガードの固い老人三名の相手を続けることは難しかったろう。その点、ミカエラは天然であり、彼らが金持ちだから取り入ろうという気持ちがあるでもなく、彼女がただ「親切にしたいから親切にするのよ」という純粋な娘であることに、メアリーもヒューもトムも気づいていたようなのである。フランチェスカは明らかに『あんたたち、絶対腹の底になんかあるでしょ』という目的があって彼らに近づいているのだが、ミカエラが一緒にいると不思議と場が和み、このくだんの老人たちにしてもうっかり本音を吐露してしまうことが何度かあったようである。


 そして以下は、フランチェスカが俺やロドニーにもたらしてくれた貴重な情報の要約となる。オカドゥグ島の滞在期限は九月十三日までだったが、八月の末頃には大体次のようなことが俺たちにはわかっていた。フランチェスカは四人で再びセント・バーツ島へ行くという振りをして、彼女ひとりだけマイアミへ飛び、伯父のデニスに会いに行くことさえしていたからである。


『トム・ジョーンズの奥さんのジュリアの死に関しては不審なところはないようね。ただ、夫妻はお互いに結構な額の保険金を若い頃からコツコツかけてたらしくて……片方が死んだら保険金については相当な額のものがジョーンズ氏には転がり込んできたんじゃないかっていうことだったわ』


『でね、これも伯父に聞いたことなんだけど、あのじーさんたち、それぞれがすでにもう百歳越えてんのよ!ヒューが百六歳で、トムが百七歳ですって。で、メアリーが百十一歳なのよ。びっくりじゃない?しかもあのじいさんたち、下半身のほうがたぶん……若い頃ほどの元気はなかったとしても、今も現役みたいなのよ。だから介護ロボットのシノブを共有して、お互いに……そのう、あんまり気味が悪くて想像したくないけど、ダッチワイフにしてるってことなんじゃない?』


 ロドニーは「おえっ」と言っていたが、俺はもしかしてそうなのではないかと予想していたため、あまり驚かなかった。ただひとりミカエラだけが「ダッチワイフってなあに?」と無邪気に聞いたが、誰も答えないでいると最後は彼女も黙り込んでいた。


『アンダーソン夫妻にしてもジョーンズ夫妻にしても、子供の有無については伯父もはっきりとはわからなかったみたい。両夫妻とも子供がいなかったのかもしれないし、伯父さんの話じゃあね、ああした施設に入ってる老人っていうのは息子や娘と不仲だったり縁を切ってたりすることも全然珍しくないから……お互い、失礼にならないようにそう突っ込んで聞いたりしないものなんですって。確かにそうよね。自分の息子や娘のことを自慢したかったら、そう大っぴらに話すでしょうし、孫が三人いてどったらこったら、3D写真を指差しながら聞いてもいない解説を長々はじめるくらいでしょうしね』


 これはあくまで俺の直感の域を出ないことではあるが、あの三人には子供はいないのではないかという気がした。なんというのだろう、メアリーもヒューもトムも、どことなく『自分のことしか考えていない』といったように感じられる人々なのだ。ゆえに、いたとしても絶縁しているにも近い状態であり、葬式後にでも遺産目当てに周辺をうろつくかどうか……というくらい、冷えきった関係性なのではないだろうか。


『で、前にも言ったけど、わたし「今のところこの中にヒューマノイドがいるとしたら誰だと思います?」って、冗談めかして聞いたことがあるのよ。そしたら、トムもヒューも顔の表情がいつも通りあまり変わらなかったけど、メアリーは様子のほうがちょっと変だったわ。「お、おほほ。一体誰かしらね」なんて、ちょっと声が上ずったりなんかして……ねえ、これってどういうことだと思う?そりゃ、大して深い意味なんかないのかもしれないわ。それに、この三人の老人がランド博士が自分たちの到着後、すぐ死んだって聞いてもあまり動じなかった理由もまあわかるわよ。出会って親しく話す前に死んだんだし、検視の結果脳梗塞だったことがわかってもいれば、老人には<死>なんて話題、楽しくもなんともないものでしょうからね。ホリスター博士とホランド博士は、ランド博士の死を受けててっきりすぐにもとんぼ帰りするかと思いきや……ホランド博士はクレイグ博士と再生医療だかなんだか知らないけど、そんな専門分野のことであれやこれや話し込んでいるようだし、ホリスター博士は自室に引きこもって自分の研究に熱中してるらしいわ。ボーイのヘンリーたちに食事を運ばせたり、部屋の多少の掃除といったことはロージーたちハウスキーパーが時々してるようだけど……まあ、わかんなくもないわよね。あの博士たちの関係っていうのはどうやら、知人以上友達未満みたいな、そんな感じに見受けられたにしても――理由はなんであれ、それまで親しく話していた人物が不幸にも死んだのに、わたしたちみたいに普通に食事したりプールで泳いだりしてたんじゃ、ちょっとヒトとしてどうかみたいな話だものね』


 ロドニーはだんまりを決め込み(というより、あの老人たちに彼は最初から興味がないのだった)、俺は情報収集に励んでくれたフランチェスカに言うべき言葉を探したが、なかなか見つからなかった。それで同じように黙っていたのだが、フランチェスカは重ねてこう聞いてきたのである。


『ねえ、テディ。あんた、あのモーガン・ケリーにわたしが今話したようなことを情報として横流ししてんじゃないでしょうね!?』


『えっ、ええ!?まっさかあ』


 時々、そういうこともある――というのが事実だったが、モーガンは今でも「最低でも十パーセントくらいはランド博士が他殺だった可能性がある」として、滞在の最終日までに何が起きるのかと捜査の目を光らせているようなのだ。俺は彼女に対しても「一度くらいマイアミへ帰らなくていいのかい?」と聞いたことがあるが、「絶対帰らないわ」とモーガンは頑な口調で言った。「もしわたしが一度帰って戻ってくるって言ったとしたら、それはランド博士について何かを公にするかもしれない可能性があるってことでしょ?そんな理由でわたし、何かもっともらしい方法によって殺されたくないもの」


 もちろん、そんなのは俺にしてもロドニーやフランチェスカやミカエラにしても同様なはずである。だが、俺たちに関してはいつでも自由に島から出てもいいことになっているし、今のところなんの問題も起きていないのは何故なのか……とも言えるのではないだろうか。


 とはいえ、モーガンにそう言われた時、実はホリスター博士もホランド博士もその可能性があると、彼女とは別の理由によって理解しているからこそ、彼らはふたりともオカドゥグ島から出るでもなく滞在を続けているのではないかと、そんなふうにも感じていた。


『テディ、あんた前に言ってたわよね?モーガンはモーガンで、ランド博士の謎の死について探っていて、時々そのことで意見交換することはあるけど、自分は探偵じゃないから大したことは言えないし、彼女のほうでもこれといって捜査が進展してるわけじゃないみたいだって。でも、モーガン・ケリーがなんでもかでも話してるとは限らないから、彼女がどんなふうに今回の問題について詰めているかまではわからないって……』


『う、うん。まあね……』


 確かに、俺は彼らから聞いた話についてモーガンに横流しすることはあっても、モーガン側の情報については誰にも話したことがなかった。アダム・フォアマンは俺に対しては招待状に『公平な目でどのような審判を下すかを』といったようなことを書いていた。そして、モーガン・ケリーにはおそらく『彼女の鋭い正義の目で見て』どのような裁定を下すのかを見たいという……そうしたことではないのかと、俺は漠然とではあるがそう睨んでいるところがあった。


 だから、フランチェスカにもロドニーにも詳しいことは何も話せなかった。とはいえ、ミカエラが「テディ、またモーガンの部屋へ行くの!?」と聞いてきたことがあったように、ふたりともそのことには気づいていたようだった。そして俺は、あるひとつのことについて激しく後悔していた。確かに、ロドニーは最初から百万ドルという金に興味があったわけでもなく、クリストファー・ランド博士の死についてもどちらかと言えば「そっとしておくべきだ」といったように考えていたらしい。さらに、最後の招待客の第三陣のご老人三名と介護ロボットが到着すると――彼らの中に人間として好ましいような傾向を見出せなかったせいだろう。最早『誰が本物のヒューマノイドか当てるクイズ』にも一気に関心が失せてしまったようなのだ。


 だが、俺はいくら他のことに気を取られたり、興味が湧いていたり、好奇心がそちらへ大きく逸れたり傾いていたとしても……ロドニーのことをもっと注意して見ておくべきだったのだと思う。確かに、オカドゥグ島へやって来て以降、彼は俺にとって友人と呼べるただひとりの人間だった気がするし、何よりも一番心を許して色々なことを話せた人物だった気がする。にも関わらず俺は、ランド博士の死があって以降、個人的に深いところまで心を許しているわけでもないモーガン・ケリーと長く時を過ごし、自分の好奇心を満たそうとした上、ロドニーにそのことを隠してしまったのだ。


 あとになってみればわかる……おそらくロドニーはその瞬間から、俺が一枚壁を隔ててしゃべっているようにしか感じられなかったことだろう。こうしたことは普段の俺であれば決して犯さないミスだった。けれど、俺はロドニーに対して最初から、自分より年上の尊敬すべき有名なテニスプレイヤーで、あらゆる意味で自分より格上の素晴らしい存在、そんな彼が実は俺に対し『相談したいことがあった』とか、『そのことを話そうとしたが、おまえはまったく別のことに心が向かっているようだったから、やっぱり黙ってることにしたんだ』なんて思っていたかもしれないとは……想像することさえ出来なかったのだ。




 >>続く。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ