潮風と塩パンの港町日和
ここは港町──ベルメア。
潮風が吹けば洗濯物が一瞬で塩を噛み、朝が来ればカモメが勝手に屋根で会議を始める。
それでも、この町の人はだれも文句を言わない。
「カモメが騒がしけりゃ、魚がよく獲れる」
「洗濯物がしょっぱきゃ、天気がいい証拠さ」
何かと都合よく言い換えるのが、港町ベルメア流。
朝の合図は鐘の音ではなく、魚市場の声。
「タイ入ったぞー!」
「今日のサバは跳ねるぞー!」
港の朝はせわしなく、でも活気に満ちている。
村の少年トモは、朝食をかき込むと魚市場へ走る。
目当ては“切れっ端”──魚をさばいたあとの端っこ。
「今日はマグロのしっぽだ!」
それを拾って帰ると、祖母が潮パンに練り込んで焼いてくれる。
これがトモの、港の味。
昼になると、潮風が町を包む。
その風に乗って、灯台の笛が「ボー」と鳴る。
灯台番のじいさまは、午前の見回りを終えると高台のベンチに腰を下ろす。
子どもたちはその隣で貝殻を並べて競い合う。
「この青いやつは“海の涙”って名前なんだぜ」
「うそだ!それは“波の歯”っておばさんが言ってたもん」
名前の真偽より、そのやりとりの方が大事。
午後は、造船所のハンマーの音が響く。
それをBGMに、町の猫たちが昼寝を始める。
日差しのよく当たる船の陰で、とろけるように眠る猫。
それを描くのが町の少女リラの午後の日課。
貝殻を砕いて作った絵の具で、猫の寝顔を小瓶に描いていく。
「その瓶、売るの?」
「ううん、船に乗る人に渡すの。お守りがわり」
ベルメアの猫は、旅人を見送る守り神なのだ。
夕方、港に影が落ちると、海の色が金に変わる。
浜辺に並ぶのは、帰ってきた漁船。
そしてそれを迎えるのは、塩パン片手に手を振る家族たち。
「今日は荒れてたな」
「でも、無事に戻ったじゃないか」
この町では、戻ることが何よりも大事。
ベルメアの暮らしは、潮っけがあって、ざらざらしてて、でもやさしい。
風も魚も猫も、町の一部。
明日もまた、海が光る。
そしてきっと、塩パンは焼きたて。