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爺ちゃんと僕と

作者: 広江 七横

 それは僕が結婚を控えた冬の出来事。僕と彼女の両親の顔合わせも終わり慌ただしい日々の中、少しずつ結婚の二文字が現実味を帯びてきた時期の事だ。


 早朝、携帯電話のアラームが、けたたましく鳴っていた。僕は連休明けの重たい体を起こし、今日からまた仕事だという現実に向き合う。アラームを消し、そのまま携帯の待ち受け画面に目をやるとメールが一件届いていた。母からのメールだった。

 実家を出てからというもの、何事にも大ざっぱでいい加減な人間の僕は、用事がなければ実家とは連絡をとっていなかったし、実家からも連絡がくるという事もなかった。そんな母からのメールを不思議に思いつつ開いてみると『お爺ちゃんが昨日、入院しました。』と短い文章が綴られていた。

 今思えば爺ちゃんはかなりの高齢で、数日前に体調が余り良くないという話は聞いていたので、驚く事では無かったのかもしれないが、一瞬、僕はこのメールをたちの悪い冗談ではないかと思った。いや、現実を真っ直ぐに直視出来ず、受け止めれなかっただけかもしれない。

 爺ちゃんは年相応に足腰は弱くなり耳も遠くはなっていたが、呆ける事もなくしっかりとしていて、今でも僕の中では小さな頃からの優しい爺ちゃんのままだし、一度も大きな病気などにはかかっていなかった爺ちゃんと、入院という言葉が僕の頭の中で繋がらなかったのだと思う。


 そんな現実を目の前にした時に僕という身勝手な人間は、爺ちゃんの事を色々と思い出した。

 最近は年に一度会うぐらいだったけど、あの優しい笑顔と声だけは忘れる事はなかった。小さな頃、二人で出掛ける時に迷子にならないように繋いでいたあのシワシワの大きな手も忘れられない。

 まだ僕が小学生だった頃、爺ちゃんは近くに住んでいた事もあって毎日のように遊びに行っていた。その頃、すでに七十歳を越えていた爺ちゃんとは一緒に遊ぶという事をあまりしなかったが、僕が詰まらない話をしても嬉しそうに聞いていてくれていたのを覚えている。

 そんな爺ちゃんと映画を観に行った時などは嬉しくてしょうがなかった。一度、毎年見ていたアニメの映画では無く、怪獣の映画を観に行った時に冒頭の雰囲気が幼かった僕には怖すぎて、怪獣が出てくる前に僕は大泣きした。僕と爺ちゃんがすぐに映画館を後にしたのは言うまでもないが、そんな恥ずかしい思い出も今となっては爺ちゃんとの大切な思い出の一つだ。


 母からメールをもらった僕はすぐに実家へ電話をした。爺ちゃんの容態は? 何処の病院に入院した? それ以外にも色々と母へ訪ねた気はするが、細かい内容は余り覚えていない。

 母からの返答でその時の僕が理解した事は、爺ちゃんの意識はハッキリしているが高齢の為、けっして良い状況ではない事。入院先は実家の近くだが、お爺ちゃんは話すのが辛そうだから今日はお見舞いには来るなという事だった。

 母の話を聞いた僕は、その日の仕事を休む事が難しかったのもあって『分かった』としか答えられなかった。


 その日の仕事はまったく集中出来なかったのを覚えている。まだ爺ちゃんに彼女を紹介していなかったし、結婚する事も伝えていなかった。曾孫も観て欲しいから爺ちゃん、もっと長生きしてと言いたかった。こんな時になって色々な言葉が頭を過ぎる。伝えるチャンスなんていくらでもあった、でも伝えられなかった……。

 僕は仕事を終わらせ、すぐに実家へと電話をした、明日爺ちゃんのお見舞いへ行く事を決めたからだ。

 だけど母から伝えられたのは『さっき爺ちゃんが亡くなった』という現実だった。


 頭の中が真っ白になるというのはああいう感覚を言うのだろう。その時の僕の胸の中は悲しさと後悔だけで一杯になったんだと思う。でも、不思議と涙は流れてこなかった。やっぱり無意識にでも頭の片隅にはこうなる事を想定していたのだろうか? この日ほど僕は自分という人間が嫌になった日はない。行動力は無いくせに後悔だけは一人前にする、そのくせ冷たい。あんなに好きな爺ちゃんが死んだのに涙一つ流さない。本当は悲しくないのか? こうなる事を予想していたんじゃないか? 自問したが答えは分からなかった……。


 翌日、家族と爺ちゃんに会いに行った。母は葬儀の段取りをしているせいか、慌ただしく動いていたが、父は流石に落ち込んでいるようで今までに見た事の無い表情をしていた。

 爺ちゃんは声を掛けたら返事をしてくれそうなぐらい綺麗な顔をしていて、眠っているようだった。そんな爺ちゃんを前に線香をあげ手を合わせる。

 爺ちゃんを見つめながら父は僕に呟いた。

「爺ちゃんにな、こないだお前が結婚するって話したら、嬉しそうに、おめでとうって言っててな……」

 爺ちゃん結婚の事、知っててくれてたんだ。そう思ったが父の言葉に僕は答える事が出来なかった。


 爺ちゃん喜んでくれてたのかな? でもね、僕は爺ちゃんに直接伝えたかったんだ……。

 今度結婚するんだよって。

 言いたかったんだ……。

 この人と結婚するよって。

 僕に言って欲しかったんだ……

 あの優しい笑顔で『おめでとう』って。


 気が付くと僕は「ゴメンね……」とだけ呟いて爺ちゃんの前で大泣きしていた。


 もう爺ちゃんに直接伝える事は出来なくなったけどこれだけは言っておきたいと思う。

 今まで優しくしてくれてありがとう爺ちゃん。大好きだったよ。


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― 新着の感想 ―
[一言]  ども、近藤です。  ああ、こういうお話も書かれるんですね。実話を含んでいるかどうかは考えないことにします。  泣くか泣かないかは、その人が抱えてしまった悲しみとは直接関係ないんじゃないか…
2010/01/13 00:40 退会済み
管理
[良い点] 結婚話の進行にからめて時間が経過してゆく様を表現したしっかりとした文章に一気に惹きこまれました。 [気になる点] >そんな現実を目の前にした時に僕という身勝手な人間は、爺ちゃんの事を色々と…
2010/01/11 12:38 退会済み
管理
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