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 カシイイイィィィンッ……! ガコンッ‼


「……くっ! ぐ……っ、くそっ……‼」


 敵の重量感のある武器が、カインの胴体に打ち込まれた。その衝撃に私はクラクラとしながら、なんとかカインへの衝撃を和らげようと懸命に耐えた。けれど気がついてみれば、もはやもう二度とカインの身を守ることはできないくらいのダメージを負い、私は防具としてお払い箱になった。


 真新しい防具を身に着け戦場に赴くカインを見送りながら、私は願った。


(あぁ……。神様……神様! 今度こそお願いです……! もしまた私を転生させてくれるのなら、今度は……今度こそカイン様と意思の疎通が図れる生命の通った姿でお願いしますっ……! もう少し、カイン様の心に寄り添えるような……)


 そして、しばしの時を経て私の願い事は、またも聞き届けてもらえることになる。

 けれどやっぱり神様は、斜め上だった――。




「さぁ行くぞっ、ペトラ。日が暮れる前に水辺にたどり着こう!」


 カインとその仲間たちはその日、国境付近の警備にあたっていた。小さな焦茶色の毛に覆われた私をともなって。

 橙と薄紫が絶妙に溶け込んだなんとも言えない美しい色に染まり始めた空と、少し冷えはじめてきた空気。その森の中を、私たちは野営予定の場所へと向かっていた。 


「クゥン……」


 前世では出会ったことのない景色だった。こんな美しい夕焼けも、深い森のむせ返るような緑の匂いもすべてが珍しく、前世の私に見えていた世界がどれほど小さかったのかを思い知る。

 そんな美しい景色を、たとえこれが平和な散歩でないにしてもカインとともに見られたことが嬉しかった。


 そう。私はなんと三度目の転生を果たしたのだった。今度はちゃんと血の通った命あるものとして。

 でもそれは残念なことに人ではなく、なんと警備隊に配属された隊犬ペトラだった。


 隊犬の仕事は、その耳と鼻とを使い敵の存在や罠を見破ること。ペトラは、代々隊犬として大事に飼われてきた血統の子犬だった。

 自分が生まれ変わったのだと気づいたのは、カインとともに夜野営をしていた時。


 パチパチと火が爆ぜる音。空に細くたなびく白い煙。テントで束の間の眠りにつく隊員たちのいびき。

 静かな森の中、めっきり冷たくなった夜風に体をくっつけ合いながらカインとともに火の番をしていると。 


「なぁ、ペトラ。ごめんな。こんな危ない役目をお前にやらせて……。本当なら他の犬と同じように平穏に楽しく生きられたはずなのに……」


 なぜかカインが私の背をなでながら、そんなことを言い出した。


「クゥーン……」


 ペロペロ。

 なんだかいつもと様子の違う元気のないカインの声にペロリと手の甲をなめれば、カインの大きな手が焦茶色の頭の上に乗せられた。そのぬくもりとなぜか懐かしさを感じて思わずうっとりと目を細める。 


「戦争さえ……この戦いさえ終われば……」


 カインはそうつぶやいて、夜空を見上げた。


 空には満天の星が瞬いて、肌寒くはあるけれど気持ちの良い夜だった。けれどここは隣国との国境地帯。いつ何時どこから敵兵が現れるともしれない。そんな緊迫感の中、私は息を潜めてカインとともに、じっと夜が明けるのを待つ。


「ペトラ。俺はずっと後悔しているんだ……。どうしても救いたかった女の子がいてさ。その子は薬がないと生きられない病気を抱えてて……」


 カインは静かにぽつりぽつり、と話し始めた。自分がかつて救えなかった小さな少女の話を。薬を届けられなかったこと、最期の別れにも間に合わなかったことをずっと悔やんでいるのだと。


「俺はもう、助かる命が目の前で消えていくのを見るのはもう嫌なんだ。本当ならもう少し長くこの世界で生きていられたかもしれない小さな命が消えていくのはさ……」 

「クゥン……?」


 その時だった。急に自分の中に別の存在を感じ取ったのは。それは前世人間だった頃の、ルナという少女だった頃の記憶だった。

 そして私は知った。自分がこの世にペトラとして転生してきた意味を。短いけれどとても幸せだったルナの人生を満たしてくれたカインに、恩返しをするために転生したのだと。


 頭の中にかけ巡る前世の記憶とよみがえった生々しい感情に呆然としながらも、こうして意思の疎通ができる生き物として転生できたことが嬉しかった。まぁ意思の疎通とはいっても、犬なりのコミュニケーションしかできないんだけど。それでも剣とか防具なんかよりはずっといい。これでやっとカインに感謝と愛を伝えられる。

 そう思っていた私だったのだけれど――。



 ある日、いつものように国境付近をカインと他の仲間とともに警備していた時のこと。


「ペトラ! どうした? 何か見つけたのか?」


 カインが私を呼び止める。


「グルルルルル……」


 人よりも優れた嗅覚で感じとったのは、仲間の隊の者とは違う匂いだった。火薬と何かとても嫌な匂い。これはおそらく緊張と警戒と、そして殺気に違いない。

 代々隊犬として受け継いできたその血が騒いだ。そして私は瞬時に判断した。近くに敵が潜んでいる、と。そして。


「ウー……ッ! ガウッ……‼」


 深く生い茂った森の暗がりに向けて猛然と飛びかかった私に驚いた敵兵が、慌てふためいたように飛び出してきたのだった。


「敵だっ! 敵がいるぞっ‼」


 カインの声に隊員たちが武器を取り、敵たちと対峙する。


 けれど何か様子がおかしい。敵たちはなぜかこちらに近づこうとはせず、一定の距離を保ってじりじりと後退し始めたのだった。その動きに違和感を感じてふと周囲を見渡せば、ひとりの兵が周囲の木に張り巡らされた一本のロープをナイフの刃を当てようとしているのが見えた。そのロープはどうやら周囲の木にも張り巡らされているようで。


(まさか、これは罠……⁉ カインっ……! 危ないっ‼)


 敵味方が激しく戦闘にもつれ込む混乱の中、切られたロープが勢いよく宙に跳ね上がり、シュルシュルと不穏な音を立てる。切れた反動で、周囲の木に張り巡らされていたロープに引っ張られていた太い枝がメキメキと割れ始めた。


 どうやら頭上に何かが仕掛けられているらしい。地上に落下したその衝撃で爆発するような爆発物か何かが。火薬の匂いとメキメキと今にも折れそうな枝の音に、私は弾かれたようにカイン目がけてジャンプした。今まさにカインの真上で発動しようとしていたその罠を、視界の隅にとらえながら。


(カイン! そこをどいてっ‼)


 カインへと向かって小さな体を宙に踊らせる。その様子にカインが驚きの表情を浮かべ頭上を見上げたのと、私がカインの体を突き飛ばしたのはほぼ同時だった。次の瞬間。


「……ギャンッ‼」


 後ろ脚に感じる鋭い痛み。けれど薄っすら目を開けてみれば、そこには無傷のままのカインが見えて安堵する。あぁ、カインを守ることができたのだ――と。


「……っ! ペトラ、大丈夫かっ⁉」


 罠が空振りに終わったことを知り、舌打ちしながら慌てて逃げ出す敵たち。それを追いかける隊員たちと、慌てて私に駆け寄るカイン。

 けれど私はひどい痛みにうめくことしかできなかった。大怪我をしてしまったのかもしれない。そんなことを感じながら、私は意識を手放したのだった。



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