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新連載です。完成済みなので完結保証です!
感想、語字などお気づきのことがありましたらぜひ教えてくださいませ!!
よろしくお願いしますっ。
九才の誕生日の朝、私は死んだ。
私はひどく病弱だった。薬なしには起き上がることすら難しいほどに。生まれた時からずっとベッドの上から見る小さな窓の外の景色だけが、私の世界だった。隣国との戦火が激しくなり、忍び寄る死の影に怯えながら窓から見える世界だけはどうか無事でありますようにと祈る毎日。
けれど、そんな今にも消えそうな私の心を温かく照らしてくれた人がいた。
カイン・アドレル。隣国との国境近い地に配備された警護団のひとりで、年はまだ十八才になったばかり。濃茶色の髪にきれいな若草色の目をした青年で、笑った時に下がる優しげな目尻がとても素敵だった。
『はじめまして、ルナ。今日から俺がこの地域の見回り担当になった。困ったことがあれば、いつでも頼ってくれよな』
もはや死を待つしかなかった私を、カインは何度となく見舞ってくれた。そして死の恐怖を一時忘れさせくだらない話をしていつも笑わせてくれた。
私にとってカインの存在は、まるであたたかなお日様のようだった。恐怖に縮こまる心をほわりと解いてくれるような。その優しい穏やかな声が、時折いたずらっ子のようにくしゃりとなるあたたかな微笑みが好きだった。
だから、命の灯が消えるその瞬間に私は願った。
――もう一度カインに会いたい。私にこんな幸せと恋を教えてくれた恩返しがしたい――。
そんな私の願いを、驚いたことに神様は聞き届けてくれた。ただし、ちょっと――いや、大分変則的な形で。
◇◇◇◇
ガキイイィィィィィンッ……‼
鋭く光る剣先がカインと対峙していた敵の腹を貫いた。敵は低いうめき声を上げながら膝をつき、そして動かなくなった。
その様子を私は見ていた。いや、見ていたというのは語弊がある。だって今敵の体を切り裂いた刃は、私自身だったのだから。
そう。目が覚めたら私は剣に生まれ変わっていた。カインが戦場で手にしていた鋭い切っ先の長剣に。その大きな手にぎゅっと力強く握られ、カインとともに激しい戦闘が繰り返される戦場の最中にいたのだった。
正直なところを言えば、気分は最悪だった。
ぽたり……ぽたり……。つぅーっ……。
(…………)
これはもう……とても言葉では言い表せない。
目の前に横たわりうめき声をかすかに上げる敵兵と、あたたかな血がゆっくりと刀身を伝い落ちる感触。刀身から伝わる体温がなんとも生々しい。それは、心が壊れるほどの衝撃だった。
けれど、ここは戦場。殺さなければ殺されてしまう、きれい事なんて通用しない世界なのだ。
そこにカインが立っている理由はただひとつ、この国の平穏を守るためだ。カインの所属していた隊は隣国との辺境地の警護を担っていたから、もしここが突破されれば私の暮らしていた町もきっとただでは済まない。
(戦わなくちゃ……! 私もカインと一緒に……、この国を守らなくちゃ……!)
誰の命も奪いたくない。でも、カインを死なせるわけにはいかない。たとえ短い束の間の人生でも、私にあんなあたたかな喜びと光をくれたカインの命をどうしても守り抜きたかった。
だから私はその後もカインとともに血と汗にまみれ戦場へと赴いた。けれどある日。
「くぅっ……! お前、若い割にやるじゃないか……。でも俺もそう簡単にやられるわけにはいかないんだがな……」
「奇遇だな……。俺もだよ……! ……っと‼」
屈強な体をした敵とカインが剣を交差させながら、にらみ合う。そして一瞬の隙を逃さなかったカインが、ぐっと男の剣を押しのける。
「悪いな……、俺にはもどうしても守らなきゃならない約束があるんでな……。そのためにもお前らをこの先に行かせるわけにはいかないんだ……よっ‼」
「なっ……、約……束だ……と⁉ ぐっ……! くぅっ‼」
カインの力に押し負けてバランスを崩した男の体に、カインの突き出した剣先が突き刺さった。すると男は自分の腹に突き刺さった剣に視線を落とし、そして。
最後の力を振り絞り、男はあろうことか鋭く光る刃をぐっと手で握りしめたのだった。その力は凄まじく、私の刃は――。
バギィィィィンッ‼
男の怪力によって私は真っ二つに折れた。ゆっくりと自分の体――刀身がふたつに離れ落ちていくのを感じながら、私は思った。
(あぁ……神様。どうかお願い……。できたら今度は、敵をやっつける剣なんかじゃなくて……、もっと別の……そう、カイン様を守れるものに転生を……。今度はそんな存在に!)
折れたのは剣じゃなく、もしかしたら私の心だったのかもしれない。とんでもなく物騒なものに転生してしまった私が願ったのは、どうかもう誰かを傷つけるようなものではなく純粋にカインを守れるものがいいな、という思いだった。
そんな願いを心でつぶやきながら、まさかの私の剣生は終わりを迎えたのだった。
それからしばらくして。
「おぅ、カイン。精が出るな。防具の手入れか」
「あ、あぁ。なんたって戦場で何度となくこいつに命を守られてるからな。大事に手入れしてやんないとさ」
カインが眩しいくらいの笑顔で仲間に答える。手には油汚れの染み込んだ布きれと、あちこち傷だらけの金属と厚い革でできた上半身を覆う頑丈そうな防具。
「次の戦場でも頼むな。相棒!」
カインの手が私をコンコン、と叩いた。その硬質な音に、思った。
あぁ、今度は防具なのね……、と。
どうも神様は斜め上の思考の持ち主らしい。なんで……なんで戦場限定なんだろう。確かにカインを守れる存在になりたいと願った。だから決して間違いじゃない。間違いではないのだ。
……でも、なんでよりにもよって剣とか防具なの?
そんな疑問を抱いてしまったのは、至極当然だと思う。だって素直に人に転生させてくれればいいじゃないの。剣とか防具なんかじゃなく。それに。
(防具ってこんなに蒸れるんだね……。好きな人の汗でもやっぱり汗は汗……。いや、でもまぁブーツに生まれ変わるよりはマシ……なのかしら?)
そんな罰当たりかもしれないことを心の中でつぶやきながら、私はまたしても防具としてカインとともに戦場を駆けた。
けれどある日のこと、終わりは突如訪れたのだった。