第二話 ユグレイティの地
俺は、エンダーンに連れられて、彼が治めるユグレイティの地に来た。
俺が買われたところと、ユグレイティの地は大陸中央の山脈を隔てて、逆側にあった。
エンダーンは、棋獣である鷲獅子に乗り、俺を相乗りさせ、山脈の上を超えて、ゆうゆうとユグレイティの地に戻った。棋獣は人を乗せるために慣らされた魔物だ。棋獣に乗ることすら初めてだった俺は、乗っている間、目を開けることができず、ひたすら自分と彼とを繋いでいる帯を握りしめていた。
着いた時には、身体も握りこぶしも緊張でカチカチに固まっていて、帯から手を離すのも難儀した。彼はそんな俺の様子を楽しげに見ているだけだった。
彼と行動を共にしてから数日たっているが、彼はほとんど言葉を発しないし、とにかく、ついてくるように行動で示すだけだ。奉仕の経歴を聞いておきながら、夜に奉仕することを要求はしなかったし、自分の近くで俺を寝かせることもしなかった。
ただ、泊るところはいつも豪勢なところで、彼の周りの人は皆、頭を伏せていたから、きっと普通に町に降りてくる身分の人ではないのだろう。そう考えると、彼は魔王なのだと腑に落ちた。
魔王は、魔人の中でとにかく強い人物だ。魔人の世界では、魔力の多さがその強さに比例する。魔王には誰も逆らえない。そのしぐさ一つで相手を翻弄し、相手の魔力、身体、命を奪うことができるとされている。魔王を倒せば魔王に成れるが、魔王に成ろうとする人は、そうそういない。たいてい返り討ちにあうからだ。魔王に成っても、力は誇示できるかもしれない。ぜいたくな暮らしができるかもしれない。だが、すべては命あっての物種だ。死んでしまったら、意味はない。
俺は珍しくもそんな魔王の目に留まってしまったらしい。
ユグレイティの地の館に連れてこられて、何をされるかとひやひやしたが、俺の前では、一人の男性がこめかみに手を当てながら、こちらを見つめている。
魔王エンダーンではない。エンダーンは俺をこの男性に預けると、またどこかに行ってしまった。
エンダーンよりは年上のようだが、魔人は寿命が長く、魔力が多いほど身体の成長が遅いので、見かけ相当の齢とは限らない。見かけは20歳代後半に見える。
髪の色は深い赤、瞳は黄緑色だった。
「さて、アメデと言ったか。エンダーン様は、そなたに私が行っている業務を教え、二人で行えるようにするよう指示をされていった。・・そなたは義務教育を受けているのか?」
「義務教育?受けていない。」
俺の言葉に、男性は大きく息を吐く。
「まったく、そこからか。エンダーン様は気まぐれが過ぎる。」
「エンダーン様は?」
「さあ?まだ、館におられるかも怪しい。」
彼はしばらく空中を見つめた後、俺に向かって言葉を紡いだ。
「本日は館に滞在されるそうだ。今は自室におられるらしい。そなたの自室を今調えているから、それまでは私は館内を案内しよう。」
「え、今どうやってそれを・・。」
「執事のイーヴォに確認した。あと、私は宰相のアシンメトリコだ。そなたが仕事を覚えるまでは、厳しく教えていくから、そのつもりでいろ。」
アシンメトリコは、俺のことをその黄緑色の瞳でじっと見つめた。