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招待

 やらかした。

 完全に包囲されている。その数、七機。相手は警備隊――大岩の街の治安を司る、正真正銘の戦闘用アーマーたちだ。

 どうやら俺は、警察に目をつけられてしまったらしい。

 理由はわからない。半野盗の底辺ディグアウターたちを砂漠に放置したのが非人道だったか? ガレージに夜襲してきたゴロツキたちを返り討ちにしたのは傷害罪か? 狩りまくった野盗たちのなかに無実の市民でもまぎれていたか? どれも薄い。

 いちばん有り得るのは、俺が『アマルガム』であると判断された可能性。

 アマルガム――回路の力を盲目的に崇拝し、力を得るために他の人間からナノメタルを抜き取って奪う、まるで吸血鬼のような危険思想者たち。ほとんどの街で犯罪者として指定され、居住を禁じられている存在。

 俺の回路スコアは異常に高いうえ、変な方法で変な回路を取得することがある。普通の人間は機械や虫のナノメタルを飲んだだけで能力を獲得(コピー)できたりはしないらしい。特に異常なのは圧縮結晶を大量に出し入れ可能な《倉庫》とキューブたち《自立行動》の回路だが、厳密に秘匿していたわけではなく、目立たない程度に使っていた。便利だから。

 誰かに密告され、ギルドや街の偉い人が俺をアマルガムと判断した可能性……無いとは言えない。

 リンピアに申し訳ない。サジたちは無事だろうか。わざわざ俺がひとりになったタイミングでやってきたのだから、今現在は大丈夫だろう。

 だが、これから順番に対処されるのではないか。


「……()るか」


 腹の底が熱くなる。心臓がわりの8コアが胸の中で脈打つ。不安や憂いが──リンやサジのことが遠ざかっていく。

 かわりに湧き上がってくるのは、欲望。

 戦闘。アーマー戦。俺はこれを望んでいた。俺は不完全燃焼だった。

 これまで相手をしてきたのは野盗たち──間に合わせの装甲と、整備不良の武装を施した粗末なアーマーばかりだった。だが、こいつらは違う。警備隊は街と専属契約を結んだ治安維持戦力。常に万全の整備が施され、高性能な武装とドライバが載っている。

 俺と同等、いや、数で言えば圧倒的に不利な、本物の戦場。だからこそ、良い。

 俺自身の手札を確認する──通常モード状態のロックフェイスでは明らかに分が悪いので、《倉庫》に頼らざるをえない。即展開して使用可能なものをリストアップ……目眩ましの『花火』、一挙に地位的有利を覆す『雪崩』あたりが最有力……『戦列砲陣』はチート過ぎるのでできればやりたくないな、塔の中では離れていたので誤魔化せたが、俺が異常な回路を持っているのがバレバレになるという懸念もあるし。

 少しでも時間を稼げれば戦闘モードを起動して、あとはいくらでもやりようはある。攻撃すべきか、離脱が先か。ロックフェイスはガラクタを貼り付けて重装甲化すべきか、速度を優先してこのまま戦うべきか。警備隊の武装構成は……なぜか火力がイマイチだ……塔の時は本格的なディグアウトが初体験なのでそういうものかと思っていたのだが、やっぱりおかしい。明らかに瞬間火力が出ない組み合わせだ。右手に銃砲を持っているのに、右肩にも銃砲を吊り下げて……ブレードを装備しているわけでもないのに、なんでライフル砲やロケット砲のような銃タイプの武器を二丁持ちしないんだ? これならロックフェイス1機でも混戦に持ち込んでしまえば……


「待て、ジェイ! キミと交戦する意思はない! 言葉のとおりだ、同行を願いたい、それだけだ!」


 マイクがアーマーから飛び降り、身ひとつで近づいてきた。体を張ったアピールだ。

 必死の形相で叫んでいる。部下の命を守るリーダーの顔だった。それを見ると、気がそれた。

 なんだ……やらないのか……


 対戦相手の現れないマッチング画面── 


 一瞬、暗い感情があふれ出す気配がした。

 が、すぐに別の記憶が上書きした。塔攻略直後、九死に一生を得たチームメンバー同士で抱き合っていたマイクたち第2警備隊。彼らを救出する形になった俺とリンピアに対して丁寧な感謝も伝えてくれた。ジャンク街に帰る前に拠点内の酒場で少し話をした。家族がいて、小さな息子が可愛い盛りだと嬉しそうに語っていた。

 

「繰り返す、交戦の意思は無い! 同行してもらいたいだけだ!」

「……教えて下さい。どうして俺は同行されるんです?」


 あぶないあぶない。俺はどうかしていた。声をかけてきたおまわりさんに歯向かうなんて本当のヤバいやつじゃないか。まずは事情を聞こう。


「説明する。依頼があったんだ、その依頼主というのが……」


 俺が声をだして反応したことに、マイク隊長は明らかにホッとした様子で言葉をつづけようとした。

 だがそこで横槍がはいった。


『なにをチンタラしてんだマイク、さっさと連れてこうぜ』


 横柄で威圧感のある声。真正面に現れたマイクに次いで俺の目につきやすい場所にいたアーマー……第二警備隊とは違って、茶色がベースカラーになっている機体だ。俺もそろそろペイントしたいなあ。

 この世界において、きちんと彩色(ペイント)されたアーマーはそれだけで実力を警戒すべきだ。ほとんどのアーマーが発掘されたままの金属色で働いているなかで、ペイントにまで気を遣う余裕があるという証拠だからである。表面色まで自動修復対象になっている高性能パーツである場合や、組織に所属したドライバである場合……両方とも脅威だが、今回は後者だ。

 肩に数字の1のマークがついている……ということは『第一警備隊』か?

 街には第四まであるが、第一は最も武闘派の部隊だと聞く。

 これはもしかして、『優しい刑事と怖い刑事』というヤツだろうか。容疑者にストレスを与える役の…… 


『こんなん脅して攫っちまえばオシマイだろうが。なにご丁寧にやってんだよ、かったりぃ』

 

 いや、ただの横柄で威圧的な奴だな。


『おい、さっさと出てこい。どういう状況か分かってんのか?』


 さらに、横柄アーマーはライフル砲をこちらに構えた。

 銃口が完全にロックフェイスに向いている。たとえ冗談でもタダでは済まされない行為だ。

 が、俺は動じなかった。攻撃しないと分かっていたからだ。照準機能が動いておらず、弾倉も薬室内に装填されていない。かなり集中して注意していたのでなんとなく分かった。

 強い脅しではあるが、今すぐ戦うつもりはないということだ。やはり事情を聞いて判断したほうがよさそうだ。

 慌てたのは俺よりも、むしろマイクのほうだった。

 

「直接交渉するのは私だと決まっただろう、大人しく控えていてくれ!」

『その交渉ってのがスムーズに進むようにしてやってんだろうが』

「言っただろう、刺激するな! 彼は私たち第2警備隊の命を救った実力者だ! 高度活性化したタワー型遺跡の──」

『ハッ、そうだったな、生身で助けにやってきたスーパーヒーロー! お前にしては傑作なジョークだ』

「では言い方を変えようか──貴様は紅いお姫様を怒らせたいのか!? また街が滅茶苦茶になるぞ!?」

『……、だが、騎士どもは今は居ねえ。前のようには……』

「その代わりが、彼だ! 1人で2人分──いやそれ以上だ! 私たち両隊が派遣されたことの意味をよく考えろ!」

『……』


 リンピアのやつ、マジで何をしでかしたんだ。警備隊に警戒されすぎだろ。3人で野盗団とそれに繋がりのあるディグアウターたちを敵に回して壊滅させたって話だったが、街の中でアーマー戦でもやらかしたのだろうか。

 市街戦……うらやましい。

 ともあれ、タイミングが良さそうなので切り出すことにする。


「マイクさんから説明を聞きたい。事情を教えてくれ」

「ああ、了解した。『第一』はジャンクショップや武器装備系店が出資している部隊でね、性質からして攻撃的なんだ。どうか許してくれ」

『……チッ』


 横柄アーマーはライフル砲を構えたまま、一歩下がった。

 冷静を取り戻したマイクが説明をはじめる。もしかしてここまでが演出の茶番だったりして……いや疑いだしたらキリがないか。


『我々が請け負ったのは、キミの移送──単純だが、問題はその依頼主だ。これを望んだのは、セントラルの最高管理者……大岩の街の、真の領主だ。これがいかに重大な事態か、理解してもらえるか?』

 

 マイクは深刻な顔で語った。

『大岩』は、ジャンク街ができるまえから存在した。その外殻に生えていた自動砲台などの防衛機能をたよりにディグアウターたちが休憩地として利用したのがはじまりとして、人が集まるようになり、いつしか大岩の影に張り付くように村ができた。岩内部の高度な施設は『セントラル』と呼ばれたが、そこにいるはずの住民が姿を現すことはなく、何も言わず、何も求めなかった。大岩に寄生するかたちで村は成長し、龍震の活発なディグアウトの名所となり、今のジャンク街へと至る。

 ジャンク街とセントラルとの接触は最低限だった。はじめこそ街側はセントラルに対して交流をもとうとしたが、対応するのは『使者』と名乗る代理人の女ひとりきりで、定期的にごくわずかな物資を買い入れるだけの、事務的なやりとりしか無かった。

 やがて街はセントラルのことをまるで幽霊か、あるいは便利な背景としてしか認識しなくなった。ジャンク街は独自に自治組織を築き、発展を遂げた。実際それで何の問題も起きなかった。

 これまでは、そのはずだった。

 ジャンク街のディグアウターギルドへ、『セントラル最高管理者』名義の依頼が届けられるまでは。


「セントラルが我々ジャンク街に対して明確な動きを見せたのは、初めてのことだ。あの岩が本当にセントラルという名前で合っているということすら、初めて答え合わせされたんだ」


 依頼内容は、ジェイという男をセントラルまで移送すること。報酬は桁違いな高額。ギルド事務所へ依頼を届けに来た代理人の女は、最低限の手続きだけを済ませて()()()

 街の者たちは頭を抱えた。通常のクエストとして掲示板に貼り付けるだけでよいわけがなかった。有力者たちが緊急会議をひらき、街の中でも最も信頼できるドライバチーム『第一』と『第二』へ特命が下されることとなった。

 なんとしてもこの男を連行せよ──失敗は許されない。


「セントラルの機嫌を損ねることは万が一にもあってはならない。もし任務を失敗したなら、莫大な税をとられるのか、あの自動砲台がジャンク街に向くのか……予測すらできない。ゆえに我々は必死になってキミの居場所を突き止め、こうしてやって来たんだ」

「それは……ご苦労さまです」


 だいたいは理解した。俺はこっそり監視されていたようだ。そして最近では街から旅立つ兆候が見られ……そりゃ必死にもなるだろう。

 だが分かったのはジャンク街側の言い分だけだ。


「でも、どうして俺が?」

「……悪いが、それは分からない。分からないからこそ全力を尽くしているんだ」


 ……結局のところ、俺の選択肢は最初に戻るわけだ。逃げるか否か。

 セントラルは聞く限り、無傷の遺跡と同等の高い技術力をもっている。岩の内部だけで完結して生活できる文明……そんな場所が俺の身柄を求める理由……わからん。

 だが少なくとも敵対的ではないということは分かった。ただ来て欲しいだけ。襲えと命令してきたわけではない。引きこもってばかりだからコミュニケーションがすんなり通らなかっただけなのかもしれない。

 じゃあ……行くだけ行ってみるか? このまま逃げれば本当に敵対してしまう可能性もある。セントラル側の事情も分かればスッキリするだろう。歓迎してくれて仲良くなってお土産をくれる可能性も……無いわけではない。


「わかった、行く。連れていってくれ」

「協力感謝する。では我々のアーマーに同乗してくれ」

「自分の機体ではダメか?」

「……同乗を頼みたい」


 まあ仕方ないか。任意同行といえば、パトカーに乗せられるもんだろうし、たぶん。

 ロックフェイスの装甲を開いて姿を見せると、第一警備隊のアーマーたちから緊張が抜ける気配があった。俺が銃器を持たず装甲服も着ていない姿であることに安堵したのかもしれない。……レーザーソードを笑われた可能性もある。よく馬鹿にされるんだよなコレ。カッコイイのに。


「ところで、俺のロックフェイスはここに野晒し?」

「……すまないが」

「うーん、じゃあ適当に隠すか」

「?」

「ひとつ、マジックを披露する。危険は無い」


 俺は降参するように両手をあげ、指をパチンと鳴らした。

 爆発音がして、ロックフェイスのすぐそばに積み上がっていた瓦礫が崩れだした。機体に弱く《表面装甲》を走らせると、降り注いだ瓦礫が機体に張り付き、その姿はカモフラージュされていく。すぐに遠目では見分けられないようになった。

 何をしたのかというと、ガラクタ置き場へイジり途中のまま放置していた単発火砲を遠隔操作して着弾させたのだ。ちょうどこちらを向いている不発弾入りのロケットがあったので利用した。

 突然のことに警備隊たちは浮足立ったが、まあこれくらいはさせてくれてもいいだろう。愛機をそのまま放置はできない。


「じゃ、行きましょう」

「……テメエは俺の機体へ来い。()()()お送りしてやる」


 横柄アーマーが装甲を開き、ドライバが姿を現した。

 濃い髭面の大男だ。意外と整った顔をしている……が、今はその頬をピクピクと震わせていた。重厚な装甲服。駆動音がする。バッチリ電源が入っているな。重犯罪者を厳戒に護送する気マンマンといった姿勢だ。

 怒らせてしまっただろうか。でも舐められるよりはいいか。

 俺は素直にコクピットへ登って後部スペースに収まり、ドバドバと注水されるナノメタルに身を任せた。

 汗臭いなぁ、このコクピット……。


 ↵


 とっても丁寧な操縦だった。全く必要のない急加速と急ブレーキが繰り返され、他の機体が直進しているなかでひとりだけバレルロールやらコブラ宙返りやら。

 不透明に設定された棺桶のような相席(サブシート)の中で、俺の身体は上下左右にブンブンと振り回された。わざと慣性軽減機能を切られていたのだろう。だが俺にとってはこれくらい、日常だ。コクピットの異空間化(ドライバーズドメイン)が使えない俺は普段から操縦Gをダイレクトに受け入れているからだ。この程度のマニューバなら屁でもない。


「う……おえっぷ」


 目的地に到着するなり、横柄男はコクピットから転がり落ちて地面へ這いつくばった。ムキになって無茶しすぎだようだ。こいつ……もしかして馬鹿なのか。


 降り立ったのは、グレートロックの巨岩ど真ん中だった。広大で高さがあるので、見渡すと地平線まで岩が続いているかのように錯覚する。以前ダクト掃除の仕事をしたときは端にしか立ち入っていない。ここまで中央に来るのは禁じられているはずだった。

 ジャンク街にリンピアやサジたちは帰っているだろうか。通信をかけようとしたが、距離と岩に遮られて繋がらなかった。


「ここのはずだ。迎えがあるらしいので、しばらく待つ」


 マイクはキョロキョロと周囲を見渡しながら言った。緊張しているのか?


「……初めてなんだ、セントラルと直に接触するのは」


 今までは物資搬入だけのやりとりで、それも無人クレーンが釣り上げられるよう特定地点にコンテナを置くだけのものだったらしい。

 他の第一と第二のメンバーも落ち着かない様子だ。頼りなく見えてこっちまで不安になるからドッシリ構えていてほしいんだが。

 ところで、今気付いた。

 俺は探している途中だったのに、中断して来てしまった。

 迷子のキューブ……

 まあ………今は仕方ないか……

 強く生きろ、キューブ。


 兆候はなく、突然だった。

 異様な気配があり──その一瞬の後には、青一色の奇妙な空間にいた。


『久しぶりやな、ジェーやん』


 金属の箱──ルーマが真っ青な空間に浮かび上がるようにいつのまにかそこにいて、聞き慣れたエセ大阪弁の挨拶を響かせた。

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― 新着の感想 ―
お前そんなえらい奴だったのか・・・! 続きも楽しみにしております!
Vの領地戦は勉強が捗ったなぁ
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