打尽
低級CPUとは、自動で機械を動かしてくれるデバイスのことだ。発掘品として見つかり、少量流通している。あまり高度なことはできないが、最低限の仕事はするし安全機能だけはしっかりしているので、子供の手伝いよりは役立つ。機械なら接続さえできればなんでも制御対象。巨大重機などを操らせるのが有用だとされている。
ちなみに『高級CPU』はほぼ存在しない。あっという間に殺人機械化してしまうからだ。高度な人工知能的な存在ほどマーダー化しやすいらしい。
過去、大量の高級CPUを取り扱って栄えた大都市が一夜にして滅んだという実話が有名で、『賢い人工知能』そのものに対する忌避感が強く、特にディグアウターからの人気が低い。
『完全発掘品』『完美品』と呼ばれる保存状態完璧なものであれば大丈夫だが、荒野に連れ出すと感染しやすいので街中で使うしか無い。どこぞの都市連合体では秘書として高級CPUをはべらせるのがステータスになっているという。ただ希少すぎて高価なせいで有能な人間の人件費とあまり変わらず、金持ちの道楽だ。実用はされていない。
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キューブが『増える低級CPU』として役立ちそうなので、実験を行った。
キューブに備わっているのは平均的な通信機能、思考力、感覚センサー。
そして特筆すべきは機械への制御操作……これを詳しく調べたい。
とりあえずはおおまかに、量と質。
まず質……を試してみたのだが、これは早々に行き詰まった。
「赤あげて!」
『揚げ』
「白さげて!」
『さげ』
「赤あげないで白さげない!」
『あげ、さげ……』
「やり直し!」
ガレージに鎮座する上半身だけのアーマーが、手作りの粗末な赤白の旗を上げ下げしている。動かしているのはキューブだ。
結果から言うと、キューブはだいたいアーマーパーツ1つ分までしか動かせないことがわかった。腕だけや脚だけならいけるが、胴体と両腕のパーツをつなげた複数パーツ──『上半身』の制御となると、途端にぎこちなくなってしまう。脚部パーツ1つに歩行させるほうが難しそうなものだが、脚部になるようなパーツにはオートバランサーが内蔵されているから、そこをうまく利用しているのか? そんな気がする。
異なるパーツを連携させて動かすのは意外と難しいことのようだ。人型機械をなめらかに動かすのは前世地球の常識からしても最難関だったし、仕方ないかもしれない。
この上達に近道は無い。俺だって最初から回路をバンバン使いこなしていたわけではない、地下遭難生活で日常がスパルタだったせいだ。鍛錬あるのみだろう。
2体や4体で分担すればアーマー1機を動かせるようになるかもという期待はある。が、応用は基礎ができてからにしたほうがいい。回路密度が成長したら挑ませることにする。
一方、量に関してはほぼ無尽蔵らしい。十分なナノメタルさえ与えれば一夜で二匹に増える。倍々で続ければあっというまに膨大な数だ。
分裂の瞬間も観察できた。立方体の部分がじょじょに伸び、真ん中から切れ目ができてプルンとわかれていた。水餅みたいで美味しそうだった。
ただし増やしすぎると、性能のほうが低下していくことが判明してしまった。
『ちょうちょ』
『ねこ』
『ねむ』
『はな』
「こら、そこに登ると危ないぞ?」
『りん』
『ますたー』
「お前ら戻れ戻れ。機能を切って合体吸収しろ、命令だ」
『とり』
『はっぱ』
『ちょうちょ』
「駄目だこりゃ……頭が痛ぇ」
花畑の立体映像が展開されたガレージのそこらじゅうを、40匹ほどのキューブが遊び回っている。風邪をひいたときの夢のような、頭が痛くなる光景だ。実際に俺の脳には処理負荷がかかっている。
8体までは順調に増えた。だがそれ以上は著しく知能が低下してしまったのだ。どうやら10体前後が限界で、以降は質とのトレードオフになってしまうらしい。スタンドアロンの機械ではなく、あくまで俺の一部──回路の産物としての範囲限界があるということだろう。俺の側が無理をして補助しても、トータルではマイナスが大きくなるだけだった。……まあ無限増殖なんてしたら脱走からのマーダー化までやらかしそうなので、この程度でちょうどよかったと考えよう。
立体映像を投写しているのは、こうしないとダクト穴やシャッターの隙間まで好き勝手に暴れまわって脱走寸前だったからだ。軟体なせいで無駄に小さな隙間まで通行可能で非常に厄介だった。
ガレージの地面の一定範囲に花畑を再現したのはリンピアのアイディアだった。どうやら生まれ落ちた瞬間に見ていた光景なので心が落ち着くらしい。
「ほら、くっつけくっつけ。はやく戻れた子が勝ちだぞ、はいスタート」
『りょうかい』
『らじゃー』
『ひょうかせよ』
リンピアが指示したとたんに言うことを聞き始めた。頭をくっつけ合って融合し、数を減らしていく。
やっぱりリンピアのほうに懐いている……。産まれた直後に最初に接触した人間だから、刷り込みでもされてしまったのだろうか。雛鳥のようなやつだ。産みの親は俺なのに。
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次は耐久性の試験……と考えていたが、これはもうチェック済みだ。心配するのも馬鹿らしくなるほどの結果が出ていた。キューブはほぼ不死身である。
増殖しすぎたときガレージの一番高い梁から空を飛んだ個体がいたのだが、そいつは床の銀色の染みとなった……と思いきや数分後には復活していた。横へ引き伸ばされていただけだったらしい。こういう潰れた状態からもとに戻るオモチャがあったなあ、と場違いなことを思い出した。
もし不可逆になるまでバラバラに飛び散ったとしても、別の個体を分裂させればいいだけの話だ。通信がつながる限り、俺を含む全体で情報が分散蓄積されているので、経験や記憶の喪失すら無い。キューブたちについて心配するのは辞めることにした。
少しずつ試すのが馬鹿らしくなってきたので、もう実際に使ってみることにする。低級CPUとして荒野での実地運用だ。
低級CPUは以前に少しだけ使ったことがある。ロックフェイスの修理費用稼ぎ中のことだ。安全チェックと動作確認のテスターのバイトだった。近くに危険度の低い屑鉄溜まりが流れてきたので、そこでジャンク拾いの手伝いをさせた。脚パーツに低級CPUをつけて制御させ、荷運び用ボットとして追従させたのだ。視覚識別で指定すれば原型をとどめているジャンクを集めさせることもでき、なかなか使えるやつだと思っていた。
何日かにわけて20台ほど運用テストした結果、5台が故障、1台がごく微弱なマーダー化のおそれありとして念のため不合格。残りが合格品として売られていった。現在では工場重機などの仕事を自動化させるために働いていることだろう。なかなかの値段だった。
キューブは壊れる心配のない原価ゼロの低級CPUとして期待ができる。
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晴天の空、ガラクタだらけの大地。
のしのしと重々しい足音を立てる作業用アーマーと、その後ろをテクテクとついていく、脚だけのロボットたち。見ようによっては、ペットや家畜を散歩させている牧歌的な光景のようでもある。
「いいっすねコイツら。口調が偉そうなのがちょっと気になりますけど」
サジたち少年回収屋グループといっしょに、以前と同じ屑鉄溜まりで屑拾いをしている。リンピアは別行動だ。ロックフェイスと作業用アーマーたちでやってきた。泊まり込みで取り組む予定だ。
屑鉄溜まりというのは、『死んだ街』よりもさらにボロボロな物が堆積している場所のことだ。大昔の都市のゴミ捨て場や、完全に圧壊した遺跡が地表に出てきたものがそう呼ばれる。価値のあるものは少ないが、大型マーダー化するほどの機械も無いので危険も小さい。
サジたちは回収屋の仲間入りをしたがまだまだヒヨッコなので、屑拾いとの中間のような仕事もしている。こんな屑鉄溜まりはちょうどいい場所だ。自分たちだけで行こうかどうか相談中だったらしい。
タイミングが良かったので、同行してキューブたちを貸出すことにした。
俺の回路は他人に言わないほうがいい特殊なものが多いが、隠してばかりいても窮屈なだけだ。役に立つなら使うほうがいい。キューブに関しては、見ただけではただのCPUなので心配も少ない。
以前と同様、適当な脚パーツへ作業用アームをくっつけて歩く荷台にする。キューブの方にセンサーが備わっているのでカメラの必要もなかった。
結果は上々だ。
作業用アーマーを使うにしてはローリスク・ローリターンだった屑鉄溜まりだが、キューブの補助によって利益率が上がっている。
『舎弟集団の労働生産性を改善成功』
「おお、なんか頭良さそうなこと言ってますね」
「たぶん馬鹿にされてるぞお前」
ちなみにジェネレータの無い脚パーツだけで動かせているのは、直接『キャパシタ』に燃料棒を入れているからだ。
アーマーの各パーツにはENを一時貯蓄するキャパシタと呼ばれる部分があり、蓄電池のような役割を持つ。ジェネレータのEN容量を補助するサブタンクのようなものだ。
レーザーライフルなどのEN武器を握るときは、腕部キャパシタを重視して瞬間的なEN量を増強するのが基本。脚部キャパシタが大きいと、ジャンプブースタの連続使用回数が増えて瞬発力が向上する。キャパシタタンクという、背部武装のかわりにつけてEN量を増設する変わり種装備なんかも存在した。全身キャパシタとジェネレータ本体のEN容量をあわせたものがEN総量と呼ばれ、わかりやすく言えば『スタミナゲージ』の上限値となる。『スタミナ回復力』となるEN供給力と並んでとても重要な数値だ。……というのがゲーム内の仕様だった。
この世界で実在のキャパシタ内を観察すると、棒状のバッテリーのようなものが複数挿入されていた。設定資料集でも見たことのないディティールなので初めて見たときは興奮した。
そして驚くべきことに、そこへ燃料棒を代わりに入れると、なんと動力源となってパーツ単独で起動できてしまう。ジェネレータで燃焼されていないので戦闘モードを起動するほどの出力は無いが、通常モードなら──普通の重機くらいの働きなら十分可能なエネルギーだ。
電池と石炭を同じものとして扱ってしまうような超技術だ。便利過ぎる仕組みだが、だからこそ大流行して大昔のスタンダード規格となり、あらゆる遺跡から見つかっているのだろう。
「コイツらって低級CPUってやつともちょっと違いますよね、どうやって手に入れたんですか?」
「倒したら仲間になりたそうにこっちを見てきた」
「はえ~、さすがっすね」
信じてしまった。ちょっとは疑え。嘘は言ってないが。
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何日かかけて、この屑鉄溜まりを漁り尽くしてしまうことにした。
身ひとつで漁るには遠く危険で、アーマーで漁るには物足りない……そんな場所なので誰に遠慮する必要もない。
そんな中途半端な場所が、キューブの手伝いによって割の良い稼ぎ場に化ける。
「探せばあるもんすね。そのまま使えるのもけっこうありますよ」
キューブは『掘り出し物』の特徴をよく学習し、少年たちが見落とした瓦礫の山から金になる品をつぎつぎと発見した。
まだ中身の残っているナノメタルタンク。
損傷しているが修復機能が生きている製品やアーマーパーツ。
後半では少年たちとキューブとどっちが先により多く見つけるかという競争になっていたほどだ。最終的な利益は平等に人数割りということにしているのだが。
キューブを貸し出している俺は、なにもしなくてもいい身分だ。だから戦利品置き場で好きなことをしている。
その結果、俺の周囲にはバラバラになったいくつもの部品が散らばることになった。ライフル砲の機関部。アームの指や衝撃吸収関節。キャパシタ。制御盤。
「それは……修理してるんすか?」
「ああ。壊れてるやつをバラしたら、似たような部品があったからな。無事なのを組み合わせれば使えるようにならないかと」
「すげえですね」
「いや、うまくはいってない。分解するとオシマイだな。パーツとして成立しなくなってしまう」
この世界の発掘品は、共通規格のジョイントでパーツ同士を付け外しできるものが多いが、パーツそのものをそれ以上分解することは難しい。
分解してしまうと、元には戻せず、そのまま壊れてしまう。そのように製造されているようだ。模造防止や安全装置の機能が働いているのだろう。
生きているパーツの補修部品としては使えるが、死んだもの同士をツギハギしても生き返らせることはできそうにない。
全体的な仕組みがバラバラにほどけて崩壊してしまうかんじだ。ミクロ単位の部品ひとつひとつを《直接操作》すれば動かないことはないが、処理が重すぎて使い物にはならない。せいぜい使い捨てクラッカーのような単発火砲をでっちあげるのが限界だ。
解体屋バイトのときも、技師が指定した部分には手を付けないように厳しく指示された。今ならよく分かる。あれが『パーツ』を含む部位だったんだろう。発掘品として高度な機能を発揮する部分と、ただの殻のような部分を見分けて分解するのが肝心ということだ。
仕組みを理解して修理するよりも、別の発掘品を見つけてくるほうが圧倒的に容易い……ディグアウターという職業が流行るわけだ。どこかの大都市では劣化品を作れる程度の研究が進んでいるらしいが。
「直せたら、さらにオイシイんだがなあ。そううまくはいかないか」
「いまでも十分じゃないすか? おかげさまでかなり稼げてますよ」
『我の有用性が顕著に現れる有意義な任務である』
「あ、コイツ自分のおかげだって言ってます? まあその通りですけどね」
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翌日、予定よりも早いが切り上げることにした。手際よく漁りすぎたせいで、これ以上は粘っても効率が悪いと判断したからだ。
サジたち回収屋少年団は輝くようなホクホク顔だった。今回の成功はキューブのおかげだが、テストで実験台にさせてもらったので使用料は求めていない。恩を売ったと考えればいいだろう。今の俺はそこまで金に困っているわけではない。タワー型遺跡のトータル報酬と比べれば可愛いものだ。
山のような戦利品は、女回収屋の船長が所有する『小舟』で街へ運ばれることになった。船員たちが派遣されてきて、輸送用車両へあっというまに積み込んでくれたのだ。サジと女船長は、あれからも良好な関係を続けているらしい。
ちなみに船長本人は現在別件で、リンピアといっしょに動いているはずだ。ここに来る前にそういう話をしていた。またデカい儲け話でも企んでいるのだろう。
「ちょっと探してくる。あと1時間で帰らなかったら先に帰ってくれ」
俺は積み込み作業をする戦利品置き場から離れて、ひとり残業をすることになった。
キューブのうちの1体が戻っておらず行方不明なのだ。どこかのガラクタに埋まっているのか、通信がうまく繋がらない。だいたいの方向はわかるが近くまで寄る必要がある。
俺との繋がりが切れた場合どれだけ長く保つのか……実験する気にはなれなかった。わざと見捨てる必要もないだろう。
「ひとりで大丈夫っすか?」
「誰に言ってる。お前らこそ気をつけろ」
「このあたりは虫くらいしか居ないから大丈夫ですよ」
「人の方を警戒しろ。あんなパンパンに膨れたボートなんてカモだぞ」
「返り討ちにしてやりますよ。戦闘用パーツの割合増えてきましたからね」
サジは自信満々に言った。
確かに、作業用アーマーたちはところどころが強力そうなパーツに換装されていて、迫力が増しているように見える。新しい機体も増えていて頭数もあるし、街に近いので野盗は少ない。心配はしなくてよさそうだ。
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心配すべきは俺の方だった。
完全に油断していた。
「おーい、キューブ、そこかー?」
ガラクタの小山をロックフェイスの腕でかきわけているとき、アーマーの駆動音が近づいてきた。
戦闘モードのジェネレータ音だ。
見知った誰かのアーマーの音──聞き覚えのある音だった。だから警戒しなかった。誰の音かを気にしなかった。
サジたちが急用か? あっちのほうでキューブが見つかったのかな。そう思っていた。
完全な油断だ。街に近く安全な場所だったせいか。タワー型遺跡を経験した反動か。リンピアとイチャイチャしすぎて平和ボケしたか。
気付いたときには遅かった。
『そこのアーマー、止まれ。ただちにジェネレータを停止し、装甲を開いて姿を見せろ』
ロックフェイスの戦闘モードを起動する暇もなかった。
空からアーマーが降ってきた。5、6、……おそらく7機。
ズドンズドンと急降下してきて、瓦礫を吹き飛ばしながら着地し、そのまま瓦礫に身を潜めてこちらを狙っている。
俺は完全に包囲された。
1機だけが──聞き覚えのあるジェネレータ音を出すアーマーが俺の前に降り立ち、前面装甲を開いて顔を見せた。
見覚えのある軍服じみた装甲服。
『第二警備隊』の隊長、マイクだ。
「ジェイ、キミだな? 悪いが、同行願えるか。抵抗はしないでもらえると助かる」




