子機
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「つまりおまえは俺の回路として産まれた存在で、半分自立意思を持って行動ができる、いわば俺の子機……ってことか?」
『肯定。我はオペレータから産まれた存在である。当機の情報は、もとよりオペレータの回路内に記載済みのはず』
「まあなんとなくは分かる。でも説明書は読まない派でな。ハッキリ全部知覚するのは面倒くさいんだよ。俺の回路は感覚的なんだ」
『オペレータは感覚的……学習した』
嫌味みたいな言い方だ。
「俺のこと、オペレータって呼ぶのか? 『マスター』が良いんだけど」
『我は子機。指揮者のもと働く存在。オペレータと呼び仰ぐのが正しい、オペレータ・ジェイ』
「私のことはリンと呼べ。覚えられるか?」
『了解、マスター・リン』
「おい、じゃあ俺もマスターって呼んでくれよ」
『非推奨。実態に即した正しい呼称はオペレータである』
「いやマスターが良い」
『……了解、マスター・ジェイ』
結論から言うと、ヤツは俺の新たな回路だった。一覧リストを頭から引っ張り出すと、《自立行動》という回路名がいつのまにか追加されていた。
俺の中のナノメタルから作られたモノだ。たしかにそういう気配がある。『自分だ』という感覚と『別の生き物だ』という感覚が混じっている。ファンタジーの魔法使いが実在したとして、使い魔を召喚したら、こういう感覚になるかもしれない。
半分俺で半分機械生命な軟立方体。あの指揮官機の面影があるが、マーダーではない。あくまで俺の回路がナノメタルによって形を持ち、動いているにすぎないようだ。風邪気味だったのは、こいつを生み出すのに処理負荷がかかっていたせいか。
「というわけで、たぶん安全だ、そいつは」
「見ればわかるだろう?」
リンピアは早くもヤツをペットのようにあやしている。ヤツのほうも気持ち良さそうに撫でられるがままだ。コテンと傾いて脚をピクピクしている。立方体に短い脚が付いているだけの、子供が描いた虫のような構造だが、感情表現が豊かだ。
「キューちゃんはマーダーじゃないよな?」
『肯定。当機は安全である』
「キューちゃん?」
「立方体だからキューちゃんだろ?」
「……じゃあそれでいいか。おまえはキューブ、キューちゃんだ」
俺が言うと、リンピアにじゃれついていた短足立方体がゆっくりと振り向く。なんだか不満そうな仕草だ。
『異議。キューちゃん、は略称として不適切。キューブ、よりも文字数が増加している』
「……キューちゃん、嫌か?」
リンピアが悲しそうに言うと、立方体がピンっと背筋を正すような動きをした。
『……判断訂正。キューちゃんを略称として登録完了。当機名称はキューブ、略称キューちゃんである』
俺の言葉には理屈で返してきたくせに、リンピアの言葉はあっさりと聞き入れている。俺から生まれたくせに。
「……なんかお前、俺よりもリンピアに懐いてないか?」
『疑義。懐く、の定義による。マスター・ジェイは我にとって絶対の上位存在である。マスター・リンに対しては、それに準ずる服従をしているにすぎない』
ひっくり返って腹(らしき平らな面)をリンピアにコチョコチョと撫でてもらいながら、キューブは真面目くさった応答を返してくる。説得力が無い。
やっぱりコイツ、リンピアのほうが好きっぽいな。猫は男性より女性に懐きやすいというが……似たようなことか? 立方体のくせにやけに小動物っぽいやつだ。
『侮蔑を感知。我の有用性が低く評価されている。《自立行動回路》として、機能の証明が必要である』
「お?」
ビビッと、キューブの思考が俺に伝わってきた。自分の本分は愛玩動物ではない、と言いたげな思考内容だ。さすが俺の『子機』なだけあって、簡易テレパスみたいなこともできるらしい。通信回路でも似たことはできるが、俺とリンピアでも最近にできるようになったくらいには相互熟練が必要なので、最初から可能なのはたすかる。
「わかった──リン、こいつ外に出たいらしい。力を見せてくれるんだと」
「ほう? いいじゃないか、出かけるか」
砂嵐は弱まってきているので、少しくらいなら大丈夫だ。
リンピアが立ち上がり、立体映像装置のスイッチを切った。大自然と岩山都市が消え、無骨なアーマーガレージの光景が戻って来る。
すると、キューブが動揺した。目で追っていた蝶々が突然消えてしまってキョロキョロとあたりを見回している。正確にいうと目は無いが、そういう挙動だ。
『観測対象ロスト。状況喪失。各機状況を報告せよ。状況を再計算せよ』
やっぱり投写映像を実物だと思い込んでいたらしい。
大丈夫だろうか、コイツ。
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自律行動回路ことキューブの能力実証のため、俺たちは人の居ない場所へと移動した。
ほどほどの沖――街から5キロほど離れた岩場だ。誰にも迷惑のかからない砂と岩石ばかりの殺風景な空間が広がっている。空は砂嵐の名残りで赤茶色に濁り、視界は悪い。今はそれが逆に好都合だ。
俺はそこに、十機のアーマーをずらりと並べていた。塔でさんざんお世話になった、自走砲マーダー製のライフル腕アーマーだ。倉庫回路で取り込んでいた圧縮パーツを《取り出し》と同時に《解凍》──最低限の燃料棒をセットし、最初から接続した状態で起動できるよう、完璧な位置へ『現れる』ように展開した。組み立ての手間すら無い。
この辺りの精密行使は、塔での死闘で嫌というほど鍛えられたおかげだ。改めて考えると、今の俺は手ぶらの状態からいきなり大武力を展開できる、とんでもなく危険な存在でもある。街への出入りを制限されたくはないので、この能力はこれまで以上に隠しておかなければならないだろう。
「こんなにたくさん、本当に動かせるのか?」
この物々しい光景は、全て足元にいる小さな立方体――キューブの要請によるものだ。
一糸乱れぬ統率の取れた部隊行動をとる、何機ものアーマー。それが、キューブが《自立行動回路》として俺に見せてきた能力のイメージだった。俺という主人がいちいち細かく命令しなくても、その意を汲み取り、自律的に最適な行動を取る機械の軍団。それが、この回路の真価らしい。
「よし、キューブ。やってみろ」
俺の言葉に、一体のアーマーの肩の上に乗ったキューブが、まるで閲兵する将軍のように、ピンと背筋を伸ばした。
『了解、マスター。状況を開始する――各機、起動せよ!』
キューブが高らかに宣言する。
ビビッと、俺の回路にもキューブからの強力な命令イメージが流れ込んできた。それに呼応するように、並んだ十機のアーマーのジェネレーターが唸りを上げ、ブブブブと低い振動音が荒野に響き渡り……
そして、それで終わりだった。
一機も、動かなかった。アーマーたちは、ただの鉄の置物のように、沈黙を守ったままだ。
『……各機、起動せよ』キューブの声に、焦りの色が混じる。
「おいキューブ」
『……各機、応答せよ』
「おいポンコツ立方体」
『……各機、反応せよ』
キューブは、壊れた再生装置のように同じ言葉を繰り返し、やがて完全に立ち尽くした。
うわ。よく見ると、立方体の体の継ぎ目から、銀色の液体がじわりと漏れ出している。まるで脂汗をかいているようだ。過負荷がかかったせいで活動限界を超えて死んだナノメタルを、体外へ排出しているのだ。
『当機は……機能低下中……トラブルシューティングを実行中……』か細い声で、キューブが呟く。
「なんだよ、不良品か? カスタマーサポートの窓口はどこだ?」
『当機は……我は……こんなはずでは……』
「返品期間はもう過ぎてるかな。まあ、元々拾い物みたいなもんだしな」
『……っ!』
キューブの体から、ぶわっ、とさらに大量のナノメタルが漏れ出し始めた。まるで失禁しているような哀れな姿だ。
「ジェイ、それくらいにしてやれ。キューちゃんが怖がっているぞ」
見かねたリンピアがアーマーから降りてキューブに近寄り、抱き上げた。
「怖がってる? 機械のくせに、大げさだな」
「そうじゃない。キューちゃんが恐れているのは、おまえじゃない。おまえの期待に応えられないこと、そのものに対してだ」
「……そうなのか?」
俺はキューブに対して集中し、意識の回路を繋げた。視線を合わせると、その小さな体から、奔流のような感情が流れ込んでくる。
焦り。困惑。そして、絶望的なほどの無力感。
──役に立たなければ意味が無い。『評価』に値しなければ廃棄されて当然。それが自己存在にとっての至上命題。なのに、その機会すら無い。
──やっと役立つ時が来た。そして幸運にも評価をいただいた。しかし最後には拒絶された。製品にとって『低評価』とは、死と同義である。
──神の思し召しにより、再びの機会を得た。今度こそ失敗は許されない。妥協も誤りも認められない。しかしそれなのに、また……
その思考は、悲痛な叫びにも似ていた。キューブには指揮官機だったときの記憶が不完全ながら残っているようだ。古代の企業製品だったころの認識と俺の回路としての自己認識が混濁しているうえに、アーマーだったころの自己スペックとのギャップにも苦しんでいる。
リンピアに対して気安いわりに、俺に対して頑なだったのも、使命感の強さからくるものだったようだ。
「……キューブ」俺は、思わず声のトーンを落とした。「まずは、身の丈に合った規模から始めよう。おまえは、アーマーだった頃どころか、ダイス型だった時からも大幅に弱体化しているはずだ」
俺は指先から、回路を走らせていない純粋な状態のナノメタルを出して、キューブの体へとかけてやった。それは機械にとって万能の栄養源のはずだ。
「体積で言えば、百分の一以下なんだ。いきなりは無茶に決まってる。まずは体を育てろ。もっと回路密度を上げるんだ。焦る必要はない」
キューブは素直にナノメタルを吸収した。まだ少しションボリとしているが、新たな目標という名の命令を与えられて落ち着いたように見える。
『……了解。指針変更。基礎スペックの向上を最優先事項とする』
その日の夕暮れには、脚部パーツ1つだけなら動かせるようになった。ジャンク街でたまに流通している低級CPUと変わらないような性能だが、歩行する脚部の上で揺れるキューブは誇らしげだった。
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次の朝、キューブは2体に増えていた。
「ジェイ、また産んだのか?」
リンピアがからかってきた。最近、彼女の中ではこの種のジョークが流行っているのだ。仕入れたばかりの知識は活用したくなるというやつだろう。
「違う。勝手に分裂したんだよ」
『我は常に成長し続ける』『我は成長期である』
正直、性能自体は成長していない。低級CPUと変わらないスペックだ。だがナノメタルさえあれば増殖し、故障を気にする必要も無い。今のところはそんな仕様になったらしい。
これは……意外と使えるかもしれない。




