休日
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さすがに少し休むことにした。
旅立つ機械たちを見送ったあと、俺達は街へ帰投した。
任務は無事完了したが、ギルドへ報告すべきことは山ほどあった。
凶悪な罠として機能した塔の転移機能。
強力なマーダーを生産する上位工場。警備ロボットとして量産されたマーダーたち。ダイス型の亜種の発見。
『制御不能な巨大機械』を『立ち去るように誘導』したこと。その個体の予想進路。
数多くの報告事項があったが、それを主にこなすのはリーダーチームの仕事だった。彼らのほうに一通りの報告は済ませているので、俺達は要請のある場合に出頭するだけでいいらしい。箱はなにやら話したげにしていたが、マイク隊長に連行されて去っていった。
高度な機能がいくつも残っているタワー型遺跡をまるごと破壊するという大仕事をこなして帰ってきたわけだが、生産施設の破壊任務それ自体はディグアウターにとってありふれた日常にすぎない。ギルドの受付嬢はいつもどおりの満面の笑顔で「お疲れ様でした」とだけ返した。街の様子もいつも通りだ。どこか気が抜けるようで、それでいて安心もする。
というわけで、休日だ。
まず、赤兎機を修理に出したい。リンピアにとっての無二の相棒にして俺の女神。生命線たる仕事道具が壊れたままではどうにもならないので真っ先に済ませるべきだ。幸いにも単純な断裂損傷なので、難しい話にはならないはず。
次はジャンクショップで査定依頼を出したい。塔で入手して持ち帰った最大成果、大量の警備マーダーパーツの価値を知っておきたいのだ。派手に使い捨てたがまだ余るほど残っているので、緊急時のための換金手段として把握しておきたい。
ただし、今のところは売る予定は無い。コイツの価値はすでに圧縮されていて俺が自由に持ち運べる点にこそある。上位工場と戦ったときのように扱えば凶悪な戦列兵器として活躍できることは否定できない事実。どうしようもない時の保険だ。
狙撃軽量機体も売らないつもりだ。軽量パーツは生存性が低いために人気が無く、性能の割には高値がつかない傾向がある。予備機体として十分に使える性能だし、圧縮工場に頼んで結晶状態にして、俺が格納しておく予定だ。あとは、拳銃砲弾の補給。拳銃弾を使うマーダーが居なかったので消耗したままだ。俺自身が振り回す携行兵器として役に立ったので、これも再び圧縮して格納しておきたい。
そして市場に買い出し。特に生鮮食品。遠出する前に消費期限の短いものは食べきるようにしていたので、冷蔵庫が空だ。俺もリンピアも野菜は好きだ。発掘品で便利な世界だが、健康のために生野菜が重要なのは変わらない。市場などで普通に売られている。やけに粒ぞろいで形の良いものばかりなので、発掘品で栽培されているのだろう。
あとは遠出の準備。そろそろ金が貯まってきたので、リンピアの故郷であるドワーフの里への旅立ちが視野に入ってきた。すぐ必要なわけではないが、今のうちから支度を始めて悪いことはない。今までリンピアは雑用をお付きの『護衛騎士』にまかせていて慣れておらず、細々とした雑貨は二人で協力して調べつつ買い揃えていく必要がある。タワー遺跡の中で遭難したことで、長期的に持っておかないと困るアイテムについて理解が進んできた。たとえば水精製ボトルは多くても困らないので余分に入手しておきたい、等。店をチェックして、安かったらすぐにでも買ってしまっていいだろう。
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昼のジャンク街は日差しが強い。ゴチャゴチャした通りの上には看板や天幕が好き勝手に飾られ、モザイクの日陰を作り出している。
「トラブル続きだったせいか、街が久しぶりな気がするな」
「そうだな」
ジャンク街の商業エリア、市場通り。
ジャンク街は『立派なスラム街』のような雑然とした作りだが、この付近はさらに混沌としている。通りと呼ばれているが、『乱雑に詰め込まれた建物たちとその隙間』と表現したほうが正しい。
ボロい装甲板で作り上げられた店舗……キメラ蟲の甲殻を屋根にした売り場……真新しくピカピカに見えるコンビニ風の雑貨店(施設型の発掘品をまるごと持ってきたのだろう)。売り物も様々だ。ホームレスのような露天商が高度な発掘品を並べているかと思えば、その逆もある。強面の老兵のようなオッサンが可愛い動物の編み物を売っている、もちろんその逆もある。毎日チェックしていても全てを把握することは不可能だろう。見ていて飽きない光景だ。
さすがは龍震と遺跡で有名な『大岩』の下町といったところだ。遠くの地方からはそう呼ばれているらしいと最近知った。
「金があると、とたんに買いたい物が目につくようになってしまう……無駄遣いは敵なのに……」
「いいんじゃないか? それほど無駄ってわけでもないし」
俺は買い物カゴを背負いなおしながら言った。
すでに当初の予定は済ませ、今は自由な買い物の時間だ。生活必需品以外の、暮らしを潤わせるための買い物。これは俺達としては珍しい。
遭難からジャンク街に生還しての1ヶ月間、俺達はかなりストイックな生活をしていた。リンピアは売ってしまった装備を買い戻すために、俺は機体を揃えるための金稼ぎに奔走して、無駄な金をほとんど使っていなかったのだ。甘味やオヤツは買っていたが、それすらもカロリー補給に近い。充実はしていたが忙しい日々だった。
それが一息ついた。リンピアはレーザーブレードを買い戻して戦闘力を取り戻し、俺のロックフェイスは復活を果たした。そして塔攻略というディグアウターとしての本業をこなし、まとまった報酬が入った。
「ちょっとくらい贅沢してもバチは当たらないだろ」
「じゃあ……おさけ、買ってもいいか?」
「買え買え」
「わかった!」
パアッと明るい顔になったリンピアが跳ねるように酒売りへ向かう。
ちょっとビックリするくらいの喜びようだ。改めてみると、リンピアが積極的に酒を飲むところは見たことがなかった。人から振る舞われたり、気付け薬のように使ったりしたときくらいだ。本当はもっと飲みたいのを、かなり我慢していたのだろう。
これからは酒に困らないようにしてやりたいものだ。
ふと考える。俺は今幸せだ。だが、リンピアにとってはそうではないはずだ。故郷から遠く離れ、親しかった身内は昏睡状態、荒くれ者だらけの街で独り働く……もっと労ってやるべきなのかもしれない。これも傭兵──雇われ者の配慮のうちだろう。
そう考えながらリンピアのあとを追っていると、とある露店の商品が目に入った。
これ、買ってあげれば喜ぶか? この街ではあまり見かけない品。そのわりに高額では無い。良いのではないだろうか。
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ガレージへ帰り、ふたりして戦利品を整理する。慣れたものだ。
それもさっさと済んでしまった。
まだ明るいが、今日はもうガレージ内で大人しくすることになった。
こうして落ち着いてみると、自分が疲れていたことを自覚する。塔攻略はなんだかんだで当初の予定通り、ほぼ1週間かかった。ジャンク街に来てからというもの、ここを離れたのは屑拾いの時が最長だったので、それを超える長期滞在となったわけだ。
「そうだ、コレ」
さっき買ったものを、忘れないうちに渡しておく。
ハシゴの上の女部屋へ酒瓶を運ぼうとしていたリンピアが、怪訝そうに振り返った。
「ん? なんだ?」
「リンス……いや、コンディショナーっていう……髪がキレイになるやつだよ。うち、石鹸だけだっただろ?」
俺が買ったのは、綺麗なガラスの小瓶……を容れ物にしたコンディショナーだ。最初は香水かと思ったが、話を聞くと髪のためのソレだった。昔手に入れた保存箱の発掘品に多数入っていたもので、半分私物だが使い切れそうにもないため『お裾分け』らしい。それを売る婆さんの髪はやけにツヤツヤしていた。
あまり売れているようには見えなかった。というのもここの人たちには『髪を美しく洗う』という考えが薄いせいだ。無意味な贅沢らしい。
この世界は発掘品ありきなせいか、モノによって技術度の差が激しく、ゆえに、文化もいびつに見えることがある。発掘品として『風呂』や『シャワー』が発見されるので入浴文化は浸透しているが、一方で、洗髪液すら無いのだ。原始的な石鹸だけ。ついでにタオルもやたら丈夫でゴワゴワなものだけ。前世地球でも、毎日風呂で髪を手入れするなんてかなり最近のことだったはずだから、そんなものなのかもしれない。もっと別の地方で、製造工場ごと見つかっていれば普及しているのかもしれないが。
リンピアも石鹸で髪を洗っているが、前世地球の美容を知っている俺にとってはもったいなく見えていた。あの膨大な毛髪を万全にすれば、どんなCMに出しても恥ずかしくないものが出来上がるだろう。
「使い方知ってるか? 石鹸のあとにこれを使うと、髪がギシギシにならなくなるってやつ」
「これを、私に、使えと?」
なんだろう。リンピアは身を固くしている。緊張しているのか?
しまった、男が女の美容に口を出すべきではなかったか。
そもそも、女性に身だしなみを整えるものを送るって……下手するとセクハラって言われるやつか?
「馴染みが無いんだったら、中身捨てて容れ物だけ使っても……」
ひったくるように奪われた。
「これを、使えば、いいんだな?」
「ああ、うん。良さそうだったらまた買ってくるから、感想教えてくれ」
「わ、私の口から聞きたいのか? 詳しく説明させたいのかっ?」
「あー、いや、店を教えるから、自分で買ってくるか?」
「いやいい、おまえが買ってこい。また買ってこい」
リンピアは背を向け、パタパタとシャワーブースへ走り去っていった。去っていったと言っても、ガレージの一角にあるシャワーボックスとカーテン仕切りへ行くだけなのですぐ着いてしまうのだが……やけに急いでいるような様子だった。そんなに汗をかいていたのだろうか。早速、使ってくれるようなので、それは嬉しいが。
俺のほうはマナーとして、リビングスペース隣の男部屋へ引っ込む。仕切りがあるとはいえ隙間から脱衣が見えてしまうし、水音も聞こえるからだ。ここ1ヶ月ほど共同生活を送ってきたので慣れた光景である。
……と思ったら、小声をかけられた。
「時間が少しかかる……待っていろ」
「うん……? ああ、うん」
髪の手入れで時間がかかるから、そのぶんリビングスペースから締め出してしまうことを言われたのだろうか。いまさら気にしなくていいのに。
とりあえず、無事受け取ってもらえたのは確かなようだ。良かった。
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寝てしまっていたらしい。
普段なら回路の整理などをして過ごすのだが、ベッドに横になっているうちに意識を失っていた。もう夜だ。
なぜ起きたのか。
気配を感じたからだ。男部屋の入口にリンピアがいる。だが妙な気配だ。緊張している? いやこれは……
「ジェイ、起きているか? 入るぞ」
リンピアは肌が透けるほどの薄着姿だった。




