評価
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『──評価せよ、評価せよ』
「評価とは、なんだ?」
『──評価せよ、評価せよ』
「評価とは、称賛するということか?」
『──評価せよ、貴殿は我を評価した、故に我が採用された』
「俺はおまえに……下で指揮官機として戦ったおまえに、グッドゲームと言った。それが、評価したということか?」
『──評価せよ、再度、評価せよ』
「そうか……評価、ね」
『──評価せよ、我々にはそれが必要だ』
ガシャガシャと足音。無数のダイス型がうごめき、俺を取り囲んでいる。
俺は奴らの群れの真ん中まで来ていた。こちらが特に攻撃をせずに歩み進めると、あちらも攻撃せずに包囲するだけだった。
だが敵対していないという意味ではない。無数のダイス型が戦闘姿勢をとり、何本もの砲塔が俺を向いている。効率を考えただけだろう。一瞬で決着をつけるため。時間あたりの戦果を最大化させるため。
より良い戦闘、より高い評価のために。
「わかった。俺が、おまえを評価してやる」
『──ジゼザザザザザ! 評価せよ!』
ダイス型が興奮したようにノイズを叫ぶ。歓声のような音を鳴らしながら、破壊的なエネルギーが高まっていく。
俺は言った。
「評価してやる、おまえは──クソだ。最低評価すら生ぬるい」
一瞬の静寂。
直後、怒号のような攻撃が殺到した。砲撃が襲いかかり、後を追うようにダイス型の大群が流れ込む。
しかしそれらは全て阻まれた。
壁だ。工業用アームによって編み上げられた、分厚い壁。寄木細工のように棒がいくつも組み合わさり、渦を巻いているようにも見える。
俺は一瞬で圧縮状態のアームを《解凍》していた。最も強度を高める形で。幾何学模様。フラクタル形状。どこか一部分が欠けても全体を保つ強いカタチ。ダイス型の強みと同じだ。
『撤回せよ、撤回せよ』
「いいや、撤回しない。クソ評価だ」
『撤回せよ、評価せよ。貴殿は小型機に対して脅威を認めた。警護部隊に脅威を認めた。貴殿は長年にわたって小型機との戦闘を嗜好した。我はそのために採用された。──我々は、評価されるべきだ』
ひとかたまりになったダイス型が、破城槌のように砲台を襲う。
コイツは……俺を監視していたのか? この指揮官機が……というより、ここの上位権限によって?
確かに俺は塔への侵入当初、通気ダクトのような場所で小型マーダーを避けた。街階層で連携するマーダーに苦戦し、指揮官機を『評価』した。小型機との戦闘を好むというのは……遭難生活時代のことを言っているのか?
だからコイツ等が現れたのか。指揮化された小型マーダーの大群。ここの上位工場であれば、もっと高度な機械を製造できたはずなのに。
だとしたら……見当違いもはなはだしい。
「確かにおまえは強い。だがそれだけだ。俺はそれを評価しない。おまえは根本的に、間違っている」
さらに《解凍》、そして《錬銀溶接》。
取り出すのは武器腕のライフル砲、および砲弾。
復元と同時、瞬時に装填し、壁に生やす。
できあがったのは砲台だ。それをいくつもいくつも、作り上げる。
陣地と、機関銃。
多数の雑兵への攻撃手段として極めて効果的であることが歴史的に証明されている、由緒正しい戦法。
武器内臓の照準センサーへ動く敵を狙うように簡易命令を書き込み、弾倉には100発ずつライフル砲弾をこめておいた。街階層の警備マーダーから集めた圧縮弾薬は有り余るほどある。武器腕パーツは製造時に半充電されているため、蓄電部が尽きるまでは動き続ける。長時間稼働する必要は無い。どうせ砲塔タワーによって狙われれば壊れてしまう。攻撃もできる障害物として役立てばそれでいい。
砲弾が撒き散らされる。全周囲が敵だらけだ。どこへ飛んでも、何体ものダイス型を巻き込んで破壊する。
「そもそも俺は、おまえの見た目が大嫌いだ。見飽きている。もう顔も見たくない」
回路を全力稼働。久しぶりの、損耗を考慮しないフルパワーだ。
全身筋肉を増量しつつ、ナノメタル筋繊維を混合し、重機並みの筋力を発動する。
肉神経は一時停止し、ナノメタル神経をフル回転。コアおよび脳を直結。思考速度と反射神経を高速化。
体表面をナノメタル装甲化。足には地面と敵を踏みつけるスパイクが生え、バールのような分解に特化した爪が伸びる。
「さらに許せないのはその……絶妙な強さだ……こんな……絶妙なクソさ加減の強さだしやがって……アーマーでは相手にしにくいエネミーだと? 生身で戦うのが最適解だと? そんな馬鹿な話があるか? せっかくのラストステージが、こんな……」
砲台をつくる。
砲台をつくる。
砲台をつくる。
殴りながら砲台をつくる。
逃げながら砲台をつくる。
引きちぎりながら砲台をつくる。
目には目を。数には数。技術も工夫も無い、美しさのひとかけらも存在しない戦い方だ。だがこれ以外の方法は思いつかなかった。
「こんなんじゃ、俺だってクソチート戦法で相手をするしかなくなるだろうが……!」
苦い思い出がよみがえる。前世アセンブルコアにも不正チートプレイヤーが出現したことがあった。愚かなチーターへの対策といえば、純粋な実力による返り討ち……が一番美しいのだろうが、それが成り立つのはチーターが本当に馬鹿な下手くそである場合だけだ。アセンブルコアというマニア向けゲームに出現するチーターは中途半端に賢かった。だから正攻法で立ち向かうことができなかった。
泣き寝入りをしたくなければ、こちら側も不具合を使うしか無かった。当時のアンチチート機能は貧弱で、他の道は無かった。チーターの蔓延はゲームの寿命を縮める。泣き寝入りは許されない。ヤツらに成功体験を与えてはならない。
アセンブルコアにはバグが多かった。ほとんどは修正されたが、知識とテクニックさえあれば再現できるものが残っていた。だが問題にはならなかった。対策は簡単……使わなければ良い。アセンブルコアを愛する者は皆、わきまえていた。ランクマッチの待ち時間、わざとバグまみれのお遊びに興じることもあった。
唾棄すべきチーターが現れたとき、それに対抗するために、この可愛らしいバグたちを乱用することを強いられた。
『ハウルの動く要塞』による押し出し強制エリアオーバー。
『消える魔弾』により遠距離武器を封印しての強制近接戦。
『多重スタッガー心中』による道連れコンボ。
固定1ダメの特殊挨拶モーションをマシンガンの連射判定に『属性合成』して無敵チートを貫通。
『金縛りの名所』へ誘導して『懲役30分』。
『パイロットおじさん無敵ゾンビ化』による無限ゲリラ戦。
アセンブルコアを知り尽くしたプレイヤーたちによる搦め手・禁じ手のオンパレード。好き勝手出来ないことに苛立ったチーターは短期間で姿を消した。
チーターに勝利は与えなかった。だがプレイヤーにも喜びは無かった。当然だ。ロボットゲームの戦いではない。アセンブルコアの楽しさはここにはない。虚無の戦い。誰も褒めてくれない。誰も楽しくない。誰も報われない。
「こんな──こんな、クソ戦法を俺にとらせやがって!! どうして俺に正々堂々戦わせないんだ!! 俺は気持ち良くアーマーで戦いたいだけなのに!!」
しかも二次被害があった。『アセンブルコアはバグまみれだ』というネット記事が掲載されて流行したのだ。内情を知りもしない部外者が面白おかしくチーターとバグを紹介し、大勢の人間がそれを嘲笑った。アセンブルコアの貴重なプレイヤー人口が減少する一因となった。
『──撤回せよ、評価せよ』
「いいや撤回しない! 俺はなあ、アーマーで戦いたいんだよ! アーマーによる、アーマーらしい、アーマーのための戦いが! 街階層は悪くなかったぞ! あれこそ戦いだ! あれに比べれば今のお前はクソ以下だ! どうして……どうして狙撃機で再登場してくれなかったんだよ!」
『──ジゼザザザザ……』
波のようなダイス型と豪雨のような弾幕がぶつかり合い、戦場に鉄屑が溢れていく。
所詮は箱人形。行動が高度化しても構造が強化されたわけではない。走行速度は変わらず、関節範囲も同じ。飽き飽きだ。かすりもしない。新しい行動パターンも見飽きつつある。
それに、この戦場の外からの支援もある。
『青マークだ! 撃て、援護しろ!』
『ひええ、あはは』
『ジェイさん、これで死んでないんスか!?』
『マークのとおりに撃ってくれ。ジェイなら大丈夫だ』
ダイス型の砲塔タワーが次々と倒れていく。放電タイプ複数体が連携することで対ビーム防護膜をまとっていたようだが、ライフル砲弾には無対策だ。俺は砲塔の弱そうな部分を観測してマーキングしておいた。こちらに敵が集中することで余裕のできたリンピアたちが、そのマークに援護射撃をしてくれている。
『ジェーやん、朗報やで。そん中に親玉がおるみたいや』
「解析したのか」
『うん、ダイス型を操っとる個体が、一匹だけおる。そいつをやれば全体にでっかい隙ができるはずや。これから上位権限をやるのに集中するから、よろしく頼みたいんやわ』
電波塔はいつの間にか、枯れ枝のように細くなっていた。いや、これが本来の姿だ。虫のように集まっていたダイス型がほとんどこちらに押し寄せているのだ。これなら、あっちはなんとかなるだろう。
「任せろ。出口さえ分かってるなら、楽勝だ」
狂ったように押し寄せるダイス型に集中し、改めて観察に集中する。
意識するとかすかに感じる。ヤツらには、何かをかばうような気配が在る。ダイス型に中枢機能というものは無く、全てが等しく特攻兵である……はずだった。今までは。だが指揮化された大群の中に、かすかに見える。何か重要な存在を守るような動きが。
指揮官機。それが一個体として、いる。
聞こえる。やつの固有震音が。俺はその音を、肉声を間近で聞いた。間違えない。
「やっぱりおまえは箱になるべきじゃなかったな。群体が強みなのに、頭を作ってどうする」
『──ジゼザザザザザ……』
俺が気付いたことに、あちらも気付いた。
怯えている。守りに入っている。いままで液体のように振る舞っていたダイス型の群れが、個体のように繋がり合って強固な壁を……殻を作ろうとしている。
小賢しい。
「無駄だ。削り取ってやる」
砲台設置スピードを上げる。コツをつかんできた。
圧縮結晶を空中へ散布しながら解凍。地面へ突き刺さる頃には弾薬装填と起動を終えている。短期間で何度も実行したせいか、回路が成長している。《取り出し》と《解凍》の実行可能範囲がこれまでより数メートル伸びている……そのおかげで使い勝手が格段に向上している。
ついにダイス型の物量を凌駕しつつある。これまでは逃げながら削っていたのが、いまや正面からの弾幕で拮抗している。
さらにダメ押し。ナノメタルの糸を蜘蛛の巣のように伸ばし、これまで設置した、自動乱射状態だった砲台を操作。やつらが庇おうとする地点へ攻撃を集中し、薙ぎ払う。
いた。見えた。
指揮官機だ。
見た目は他と変わらないが、ナノメタルの気配が違う。間違いない。ダイス型十数体によってつくられた、籠のような多面球体……その中へ守られるように閉じこもっている。おそらく箱の個性を組み合わせて防御力を高めているのだろう。
無駄なあがきだ。
『──評価を……評価を……』
「おまえは間違った。おまえは、俺からアーマーを奪った……万死に値する」
胴体パーツを解凍。本来なら頭・腕・脚・背部が接続すべきポイントすべてに推進器パーツを搭載し、全力噴射命令。
大質量弾だ。砲弾というよりも、ロケットジェットミサイルに近い。ライフル砲とは桁違いの大きさの鉄塊が、何本もの炎の尾をなびかせながら飛翔し、敵の群れを貫いていく。莫大な推力を与えられ続けているため、勢いが衰えない。
大きな風穴が空いた。
ダイス型指揮官機はその直撃を受け、真っ二つに千切れて吹き飛んだ。
『──我々は……我は……貴殿を……』
最後にそう言い残して、やつは沈黙した。
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周囲のほかのダイス型は混乱したように無意味な挙動を繰り返している。電波塔のほうの作業が進んでいるのだろう。が、まだ動き続けてはいる。
……残りはどうやって処理する? 指揮官個体は沈黙したように見えるが、死んだのか? 消えたのか? 粉々にしたほうがいいだろうか? それとも何か別の処理が必要か? また上位工場から再生産されてくるかもしれない。
「ルーマちゃん、親玉はとったぞ、早いところ上位権限を……」
『ほんまか、お疲れちゃん。ほな、ウチにまかせてや。最後のひと押しにマーダーコアが必要なんやけど、残っとる?』
「あるぞ」
衝撃が強すぎたせいか、指揮官ダイスは連結部から砕け散り、きれいに千切れて2つの箱に切り離されていた。
箱の一方は、ギラついた虹色をしていた。水に浮いた油のような銀色の腫瘍がある。不吉な気配も感じる──マーダーコアの残響だ。
「これか……?」
『お、それやな。ほなやるで』
視覚を盗み見られているのか? と思った瞬間だった。
突然、俺の手首からナノメタルが噴出した。なにも命じていなかったにもかかわらず、錬銀回路で操られているかのように液体銀が蠢く。普段も同じ場所から出しているので痛みはないが、違和感がものすごい。
湧き出た銀がウネウネと伸びて、箱の残骸へむかう。
腕だ。銀は腕のかたちをとっている。
滑らかな肉付き、細い指……女の腕だ。
『システム命令を逆算、上位権限の逆支配を開始──』
箱に手を触れた腕が、つかのま強い回路の気配を発し……
『──完了』
箱と銀の腕が同時に、ビチャリと崩れ去った。
周囲でまだウロウロと動いていたダイス型たちが一斉に動作を停止する。
電波塔をみると、ピカピカと明滅をしていた。あのパターンは見覚えがある──箱の光り方と同じだ。
『終わったで。最後の仕上げ完了。もうこの塔は安全や』
「ルーマ……いまの腕は何だ?」
『ごめんちゃい。さっきの回路渡したときにな、ウチと直接繋がるようにしたんや。権限相手に遠隔はどうしてもキツイからな』
「黙ってやるなよ、ビックリした。他に変なもの仕込んでないだろうな?」
『安心してや、使い捨てやで。もう残っとらん』
不気味なことをやってくれたものだ。
もっと追求しようと思ったが……実際に上位権限を黙らせることには成功した。工場階層は動きを止め、静寂が広がりつつある。箱の働きは大きい。
疲れた。気力が足りない。
ふと、ナノメタルを飲みたくなった。運動後に水分補給したくなるのと同じだ。ダイス型を分解すればナノメタルは得られるが、手間のわりに量が少ない。いままでは戦闘を優先し、回収してこなかった。
近くに、強く新鮮なナノメタルの気配を感じた。
「……飲みたい」
指揮官機のナノメタルだ。無事だったもう一方の箱のほうから、魅力的な気配を感じる。分解して容器を取り出すと、輝いているかのように見えた。みずみずしく、爽やかで、芳醇な……ナノメタルは人体に不可欠な万能栄養なので、食欲にも似た欲求をかきたてる。
飲み込んだ。
《──……》
一瞬、身体がブルリと震えた。風邪の寒気のような、感動したときの反射反応のような。急に高栄養を接種したので身体がびっくりしたのかもしれない。
『止まったな。ジェイ、無事か?』
「問題ない。でもまあ、さすがに疲れたな」
電波塔チームのほうも無事のようだ。
『お、終わった……?』
『死んでない……』
『……驚異的だな、君は』
もっと褒めてくれ。いや、褒められても嬉しくない。ひたすらに面倒で嫌な思い出の蘇る作業だった。もう二度とやりたくない。さっさと帰りたい。ロックフェイスに乗りたい。
「ルーマ、この塔は結局、どうなる? 制御するのは無理なのか?」
『基幹部分が混沌化しすぎや。再利用するのは危険やな』
「塔そのものがマーダー化してるってことか? なら破壊するしかないか」
『うん、せやから自爆させるで』
「自爆?」
耳をつんざくような音が鳴り響いた。警告音だ。
赤くギラついた照明も点滅し、階層全体が慌ただしく鳴動しはじめた。
『あと10分でコナゴナや。キレイサッパリ。これで安心』
「……」
『……』
『……』
『……』
『……』
沈黙が続いた。
強靭な精神力で最初に口を開いたのは、隊長さんだった。
『諸君、もうひと踏ん張りだ。必ず家に帰るぞ』




