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塔登り楽しい? 11

 淀んだ暗闇。

 ねじれ、のたうつ根。

 そして悪臭。


「リンピア、大丈夫か?」

『よ、良くない……』

 

 次の階層は、最悪だった。

 農業エリア。

 俺が遭難した地下遺跡にあったような、栽培機械によって管理された植物が整然と並ぶ空間──では、なかった。

 腐っていた。

 農業区画はそこらじゅうに異常成長した植物がひしめきあうジャングルと化しており、そしてそれら全てが腐っていた。グズグズに溶けかけた蔓をかき分けると下の方に壊れた設備を見つけることができる。何らかの食用植物が機械栽培される巨大農園だったようだが、その機能は損傷してしまったらしい。

 滝のように垂れ下がる蔓のせいで、フライトもブースト移動も難しい。歩行で進んでいくほうが安全かつ速いという結論になり、かなりのスローペースで前進することになった。


 まず悩まされたのは強烈な腐臭だ。腐ってしまったのは食用植物らしい。つまり栄養たっぷりの実などが腐敗しているということで、これが猛烈に甘ったるいような腐臭を撒き散らしている。

 アーマーのコクピット内にいればいくらかは軽減されるが、それも万全ではない。そもそもアーマーのコクピットはもともとは人間用ではない。もとから人型兵器として製造されたものはごく少数で、流通しているほとんどは殺人機械(マーダー)の機体部品を流用したものだ。コクピットはナノメタルが流体演算器(CPU)として収まっていた空間であり、アーマーとして乗り込むときには、代わりに人間がドライバとして演算器の役目を果たす。それゆえにアーマーの性能はドライバの回路技能の影響を強く受ける。

 コクピット内で空調として使われているのは、もとは液体CPUのための冷却機能だ。

 防塵フィルターがあるため、臭い粒子を軽減することもできる。だがあくまで機械のためのものであり、人間のためを考えると完全ではない。

 通常なら人間用に整備された後にアーマーパーツとして使うのだが、今乗っているのは敵から奪ったものそのままだ。ハンドルは電極むき出し、ドライバ用シートはナノメタル削り出し。細かいところに難がある。慣れない者なら座っただけで体が痛みだしているだろう。


『すまないジェイ……すこし休憩させてくれ』

「了解、気にするな。今日はもう休もう」


 腐った泥のない、地面の見える場所で休息をとる。

 まずダウンしたのはリンピアだった。彼女は感覚を鋭敏化する回路を持っていた。常人離れした高速機動戦闘をこなすための技能のひとつだ。しかしその回路はほとんど本能と結びついていて、スイッチのように完全にシャットダウンすることは難しいのだという。耳をふさいでも音を消すことはできないようなものだろうか。

 その感覚鋭敏回路のせいで、リンピアは階層に入った瞬間から体調を悪化させ始めた。機体の動きがあっという間にぎこちなくなっていった。いつも見ていたから分かる……もはや試射用ダミーと高レベルCPUくらい違う。


 俺はといえば、影響は軽微だ。だが気分はかなり悪い。

 そもそも俺には、ブレインエディタという極めて便利な回路が脳内に搭載されている。地下遭難時には発狂に近い精神状態すらリセットした。乱用すると破滅しそうなので今ではセルフロックをかけているが、『考えないようにする』というフィルター機能は使えるようにしてある。これによって『臭い』という情報を軽減していた。

 だが完全に無効化できているわけではない。そもそも悪臭とは危険シグナルだ。人間にとって有害な物質が近くにあることを、光や音に頼らず知らせる警告。嗅覚をカットしても、腐れジャングルが消えたわけではない。

 不潔な場所にいるという警鐘が、食道の裏のあたりを絶えず逆撫でし続ける。精神的な疲労を皆無にはできない。


 ↵


 武装トレーラーがダメになった。

 車輪へグズグズの繊維が食い込んで動かなくなったのだ。こまめに掃除したり、出力をあげて強引に引きちぎったりしてなんとか進んできたのだが……スペアパーツは尽き、ナノメタルで補修できる範囲を超えた。限界だ。

 アーマーで移動することになった。

 脚部パーツをくっつけて歩行トレーラーにする案もあったが、やめた。車輪と比べて操作処理が重くなるからだ。襲撃があったときに即応できなくなる。トレーラーには積載能力という利点があったが、製造工場で圧縮状態の新品パーツを大量入手できたので、必要性も低くなっていた。

 腐ったジャングル進むには車輪よりも歩行のほうが適している。進行速度は落ちはしなかった。

 だが問題は次へ進むための手がかりが見つからないということだ。

 この階層は、箱に言わせると『シナシナのカピカピ』──損傷がひどく、本来の生きている機能がほとんど見つからないらしい。解析できる対象が無なければ情報を得ることもできない。時間がかかりそうだ。


 ↵


 なにも無い。

 腐った景色が続くだけだ。

 もはやアクティブソナーを垂れ流しながら探索している。現在の機体パーツではあまり性能が良くないうえに敵を引き付ける可能性があるソナーだが、むしろ敵でもなんでもいいのでやって来てほしい。残骸からデータを得られるかもしれないからだ。だが虫一匹も現れない。

 そういえば、虫がいないのは救いかもしれない。腐乱した果実はそのまま朽ちているだけだ。もとから遺跡内に虫が存在せず、入り込みもしていないのだろう。


 ↵


 リンピアが重症だ。稼働時間が半分に下がった。食事が喉を通らないらしい。

 食事時になったら工場でもらった胴パーツを解凍し、その中で食べるようにさせた。解凍直後は製造時に封入された安全な空気で満たされており、十数分だけは無臭の空間で過ごすことができた。

 食事のためだけに胴パーツを使い捨てにするなど普段では考えられないほどの浪費だが、在庫は豊富にある。それよりも非常時である今の体力を優先だ。


 ↵


 1日を休息にあてることにした。チマチマと誤魔化しながら進むよりも、がっつり大きく休んだほうがいいという判断だ。

 敵の気配も無いので、軽く拠点を作った。2つの胴パーツを装甲展開した状態で背中合わせにくっつけると、コクピット部と格納部がうまいこと繋がってそこそこのスペースを確保できた。ナノメタルで隙間を塞げばほぼ密閉できる。キャンピングカーくらいの広さだ。

 武器腕パーツを解凍をしたとき、大量の空気を得られることもわかった。砲の細長さに対して、かなり大きな空間ごと圧縮されていたらしい。通販で1つだけの商品が梱包された段ボール箱を思い出す。臭くなってきたら砲身を解凍すると、圧縮されていた空気が空間内を満たして押し流してくれる。砲身は休憩スペース内に居座ってとても邪魔になるので、次の換気のとき急いで搬出──ポイ捨てする。

 荷物本体よりもエアクッションのほうを求めて解凍する人間なんて、俺達ぐらいだろうな。


「言い訳をさせてほしいのだが……ほとんど1週間ぶっ続けで遺跡攻略をして、体調を崩さない者のほうが少ないからな」


 リンピアが顔を赤らめながら言う。

 恥ずかしがっているのではない。酒を飲んでいるせいだ。

 ドワーフ族にとっていちばんの薬だ、と言ってグビグビとやり始めたのでビックリした。そして本当に調子が戻っているように見える。驚きだ。アルコールを栄養や燃料として利用できる体なのかもしれない。

 狭い空間に酒臭さが充満している。強そうな酒だ。俺はあまり飲まないので臭いだけで酔いそう。


「接続システムによってアーマーを動かすとき、ドライバは無意識領域の回路を使用している。じゅうぶんな休息をとらずに連日ディグアウトするのは推奨されない。非常時以外ではな」

「そうなのか……知らなかった……」

「……()()せずに直接操作で動かすほうが負担が大きいはずなんだがな」 


 そうだったのか。俺は身体の回路全般が強いせいでそのへんの一般的な感覚がよく分からん。

 ナノメタルを変質させる回路が強いので、体内で栄養にして飲まず食わずでも数日間は行動できる。筋肉骨格も強いので疲れ知らずだ。

 機械操作回路はいちばん好きだ。アーマーを動かすのは楽しいのでいくらでも続けられる。

 まあこの糞階層はさすがに飽きてきたが。

 

「ほかの連中についても、限界が来ている頃だろう。そろそろ見つけてやりたいところだ」


 リンピアが赤ら顔で酒臭い息を吐く。

 彼女を基準とすれば……ディグアウターとして優秀なリンピアですら疲労しているのであれば、確かに他の2チームも危ないか。


『ほんなら、ちょうど痕跡っぽいのが見つかったで』


 箱がピカリと言った。この階層には腐ったものか壊れたものしかないのでずっと無言で萎えていた。ひさしぶりに声を聞いた気がする。


『ゴミばっかで解析に時間かかったわ。さっき通り過ぎたところな、ちょっと焦げてたやろ?』

「……言われてみれば、ちょっと黒かったような?」

『あれな、ブースタの噴射した痕みたいやわ。誰かが戦闘したんや』

「グッジョブ、ルーマちゃん」

「ようやくか……」


 お手柄だ。ここは空気も景色も醜悪だが、敵も手がかりもなく歩き続けることが本当に辛かった。


『マーダーのか、部隊の誰かかはわからんけど、生きた相手や。手がかりになるはずやで』


 ようやく進捗がある。

 やっと敵と戦える。


 ↵


 見つけたときには手遅れだった。

 痕跡をたどっていくと、それはだんだん激しい戦闘のあとに変わっていった。

 強い戦闘機動で蹴られた地面。

 ブースターが腐った植物を吹き飛ばした跡。

 多数の砲撃痕。

 そして、広範囲を薙ぎ払う炎の痕跡。

 ついに通信回路にも反応があり、すぐその場へ急行した。

 だが全ては終わっていた。


『テメエらか……フッ安心しな……コイツはオレたちが倒してやったぜ……』


 顔通信でやたらに暑苦しいムキムキの男が言う。

 チーム『マッスラー』の隊長だ。


『コイツはおそらく……この階層のヌシ……へッ、なんとか相打ちにしてやったぜ……故障しちまって、厳しい戦いだったが……』


 近くには残骸があった。

 巨大な農耕機の怪物……の残骸。海外のデカくてゴツいトラクターをさらに数倍にしたような大きさだ。過去、回収屋の仕事で戦った『ギガント級』と呼ばれた巨大マーダーよりも一回り大きい。何本もアームがついていて先端に火炎放射器のような武装があるので、戦闘力も高いだろう。農業区画の管理と警備を兼ねたマーダーだったのだろうか。

 それと相打ちになるように『マッスラー』チームのアーマー4機もいた。

 全機、大破している。激闘だったらしい。

 タワー遺跡侵入時の強制転移によって機体が損傷したうえで、強力なマーダーとの戦闘。しかも彼らの機体はメイン武装に火炎放射器を採用していた。同じく火を扱う相手に有効打を与えるのは難しかっただろう。

 3人はすでに戦闘不能のうえに意識不明。

 残る1人も気絶寸前の状態だった。


『あと残り1階層だ。この上は最上階。そこに警備隊のやつらもいる。アイツらが権限奪取、俺達は退路確保を任されていたんだが……どっちもヘマをこいた……上はここのヌシよりもヤベえやつが出てきたらしい……』


 次の階層への位置情報も渡してくれた。彼は厳しい条件下で立派に仕事を果たしたと言えるだろう。


『すまねえ……ちっとばかし、眠くなってきちまった……あとは……頼んだぜ……』

『ああ、貴殿等の命は預かった。必ず帰す、安心しろ』


 マッスラー4人は消耗が激しかったため、肉体と機体は捨て置き、コアだけを回収することになった。傷だけなら医療品でなんとかなるが、長時間戦闘で体内回路がボロボロだったらしい。

 コアとは第二の心臓であり脳であり、人間にとっての命そのものだ。蘇生施設に持ち込めばコアだけの状態から肉体全身を再生することができる。

 心臓の隣にあるので取り出すのはなかなか大変だが、幸いにも彼等は『カートリッジ化』をしていた。右胸のあたりにSFぽっいプロテクターのようなものがついていて、そこを開くとコアが取り出せるようになっていたのだ。

 ディグアウターなどの危険な仕事につく者はスムーズにコアを取り外せるように施術することが多い。酒場で酔った奴らがカパカパと開いて度胸試しをしていることもある。もっと馬鹿なやつは数秒コアを取り外して戻すという失神チャレンジみたいなことをする。


『行こうジェイ。必ずやり遂げなければ』

「ああ、そうだな」


 俺は深く頷いた。


「新しい敵と戦うことも、新しいパーツを入手することもできなかった……この報いは受けさせてやる」

『……そっちか?』


 そうだよ。そっちだよ。

 クソッ。戦いもお宝もナシだ。期待があったせいで余計に辛い。

 せっかくこんな巨大エネミーがいたのに、激闘すぎてボロボロになっている。自機強化に使える新パーツなんてとても見つからない。死者無く1チーム回収救助できたのは、喜ぶべきなんだろうが……。

 どういうことだ、ここはローグライクタワーダンジョンではなかったのか?

 バトルと宝箱はどこだ?


『残念やけど、ジェーやんの期待するようなものは無かったと思うで。こりゃ大き過ぎますわ。アーマーパーツは少ないんちゃうか』

「そうなのか」


 大きさが違いすぎると難しいらしい。

 地中から見つかる発掘品には数メートルサイズの規格部品が多く、それがアーマーの手足や武器として適合するため『機体のパーツ』として扱われる。大昔の文明で広く普及していた工業品や兵器の共通規格なのだろう。しかし当然だがそれに適さない大きさの発掘品もある。


「なら、最上階だな。強敵がいるらしい。早く行こう」

『……救助と作戦のためにな?』

「……ああ!」


 希望はまだある。

 最上階の強敵。リーダーチームが苦戦するほどのマーダー。街階層の狙撃兵を思い出す。奴は強く、そして美味しかった。

 最上階ならさらに強い敵がいるに違いない。

 最終マップの凶悪エネミーからは、美味しい報酬が出ると決まっているのだ。

 それがお約束というもの。

 そうに決まっているのだ。


 ↵


『救援が来たのか!? 頼む手を貸してくれ!! 『通行止め』に襲われている!!』


 最上階にいたのは、どこか懐かしい姿の敵だった。

 鉄の箱ふたつを組み合わせたものに棒のような手足が生えた、簡単な構造。

 それは地下遭難生活で飽きるほど戦った、ブリキロボット──

 ──つまり、雑魚だ。

 

「糞が」


 俺は諦めた。

 終わりだ。

 この塔は破壊する。


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― 新着の感想 ―
再開してくれて嬉しい 楽しい楽しいローグライクハクスラダンジョンのはずがなぜ…泣 懐かしい敵と出会えてよかったね…
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